金魚の記憶

ましら佳

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45.アイリスとヒヤシンス、それからピオニー

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はるかは、夕方過ぎに、公太郎のオフィスを訪れた。
最近、よく来るはるかは公太郎のチームのモチベーションになりつつある。
はるかは、コーヒーを出そうとした様子の秘書に、すぐ失礼しますのでお気遣いなく、と言って微笑んだ。

「・・・藤枝本部長、桃さんはいらっしゃいますか?」
「これは常務。桃ならさっき、帰りましたよ」
「・・・早いですね。桃さんの部屋オフィスに行ったら、ご不在で。こちらじゃないかとお伺いいしたんですが・・・」

いつもは遅くまで残務整理しているのに。

「友達の結婚式だそうで早退です。これから北海道に行くそうで。週明けには山のように菓子箱抱えて出勤して来ますよ」

同僚たちからお勧めの銘菓を聞いてあれこれメモしていたから。
公太郎は、その間の猫の餌やりを言いつかっていた。

「急ぎですか?」
「いえ、そうでもないんです。わかりました。ありがとうございます」

はるかはそう言うと、その場を後にした。


桃は大きなキャリーバッグを引っ張りながらエントランスを出ようとした時に、はるかに声をかけられた。

「桃さん」
「・・・はるかさん・・・・何かありましたか?」
「・・・いえ、これから遠出されるとか・・・?」
「そうなんです。友達の結婚式のおばれで札幌に行くんです」
友人のひなから招待されて、初めて北海道に行く。
新郎が北海道出身で、札幌で結婚式と披露宴、新婚旅行後、雛の地元でまた大きめの食事会という計画になっていた。
桃はどちらにも招待されていた。
今回は一緒に前泊する事になっている。

「大学のご友人ですか?私も知っている方ですか?」
「ああ、いえ、幼馴染なんです。・・・あ、来た。お嫁さんです」

桃が手を振ったのに、振り返した女性が近づいて来た。

「ごめんね、間に合った!・・・桃、こちらは・・・?」
「・・・ええと、小松川悠こまつがわはるかさん。・・・私の、・・・弟なの」
誰かに弟だと紹介したのは初めてで、言わない方が良かったかと桃は少し緊張した。

大体の事を察したひなが、会釈をした。

「・・・初めまして。南澤雛みなみさわひなです。桃さんとは小学校の時からの友達なんです」
「そうでしたか。小松川です。この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます。・・・桃、すごい荷物。・・・あ、ごめん。着物、ホテルに発送すればよかったね。気づかなかった・・・」

明日は新郎側の出席者ばかりなので、心細いと言うのもあって、会場が華やかになるからと桃には振袖を着て欲しいと頼んでいたのだ。
ひなが桃の大荷物を見て謝った。

「いいの。持てるもの。でも、あとトレッキングするんでしょ?そのグッズ買ってきたの」

新郎新婦とトレッキングに行く事になっていたのだ。

「でもキャンプじゃないのよ?・・・あ、早くしなきゃ」

桃は頷いた。

「羽田ですか?だったら、お送りしますよ。桃さん、これ持って行くのは大変です」
「まだお仕事のお時間ですから。大丈夫です」
「桃さんも大荷物だけど、結婚式で花嫁になる方に何かあったら大変ですから。どうぞ」
そう言って、はるかは車を回してくると言って出て行った。

はるかのおかげで、余裕を持って空港に到着した。
鉄道の遅延があったらしく、正直、助かった。
その上、有料の会員制ラウンジの利用ができるように手配をしてくれて、これから結婚式の予定の新婦が居ると伝えていたらしく、シャンパンとブーケが用意されていてひなは感激していた。

「・・・すごい・・・何者よ・・・気が利くわね。爽やかだし」
「ねえ・・・すごいよね・・・」

桃は、黙ってアイスクリームを食べていた。

「・・・桃、今、お父さんの会社で働いてるって聞いてたけど。弟もなの?」
「最近ね。・・・私、早く実績出して、大学戻らなきゃなんだけど・・・」
「・・・まあ、気を使うよねぇ・・・」

普通の父娘おやこ姉弟きょうだいでは無いし。

「・・・あとね。直属の上司が・・・ほら、藤枝さん、なのね・・・」
「藤枝ぁ・・・?って、前の・・・?」
「うん。・・・偶然なんだけど。まあ、同業転職したみたい」
「・・・うわあ・・・。それはちょっとね」
「結婚して離婚したみたいだし。今更どうにかなるかと言ったらそんなことはもうないんだけど・・・出張の時、猫の世話とか・・・あと、大家さんが結構おばあちゃんで足が悪いのね、だから心配な時は猫と一緒に様子見に行ってもらったり、助かっては居るんだけど・・・」
「・・・待って待って・・・。今も、付き合いって言うか、行き来してるの?」
「猫、居るからね。他に頼める人居ないし」
「あー、生き物いるとねえ・・・」

更に、なぜかはるかは最近、公太郎のオフィスによく現れるようになって、チームのモチベーションになりつつある。
公太郎のチームには贅沢なことに若く可愛らしい秘書が二人いるのだが、はるかが来るた度にどちらがコーヒーを出すかでジャンケンをしていたくらいだ。

桃は、たまに、思ってしまう。
どちらが、消えてしまったあの子の父親だったのだろう、と。
ほんの少しちらりと思う時がある。
言えないけれど。
考えても仕方ないこと。
でも、あの時の子がもし生まれて居たら何歳だろうとか、今どうして居ただろうと考えてしまう時もある。


更に驚いたことに、航空券がビジネスクラスに変更されていた。
恐縮しきりのひなであったが、飛行機に乗り込み、たっぷりとした座席に座ってしまうと、実は準備と緊張で寝不足気味だったから助かったと笑った。

披露宴会場にはアレンジ花と新郎新婦の誕生年のワインが両家宛に届いていて、新郎新婦とその両親は大感激。
はるかはすっかり株を上げたようだ。
会場の一角で、紫色と薄青、それにピンクの花々がまるで微笑むように咲き、祝福するかのようであった。
ひなはそのフラワースタンドの前で早速一緒に写真を撮ろうと桃を誘った。
まだドレスにも着替えていないのに、よほど嬉しかったらしい。

「きれいね!アイリスと・・・ヒヤシンスって珍しい。それから・・・これボタン?」
「・・・シャクヤクね。どっちもピオニーだけど・・・」

桃は、はるかから届けられたその美しく仕立てられた飾り花を前に、戸惑ってしまっていた。
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