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26.ケセランパサラン
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桃は、図書情報センターからの帰り道、大学の構内で声をかけられた。
「オルソンさん?」
「・・・はい」
誰だろう。
自分より少し年上だろうか。
流行りのブランドの服装にバッグ。
黒や茶色などの暗い色のコートやバッグが増える冬場に、彼女の明るいキャメル色のコートは光り輝くようだった。
・・・すてきな人。
桃はちょっと見惚れた。
でも、どこかで会ったような、無いような。
学生ではないようだし、職員でもないだろう。
いや、知らないはずた。
既視感があるのだけれど、わからなかった。
彼女はじっと、桃を見て来た。
「・・・少し、お時間いいですか?私、英《はなぶさ》宝《たから》と言います」
ああ、そうか。
保真智《ほまち》の、妹か。
桃は小さく頷いた。
二人は近くのカフェに入った。
「ここでいい?」
宝は店の奥のあまり人通りから見えない場所に促した。
桃は頷いて、椅子に座った。
宝は改めて目の前の女を眺めた。
黒のタートルネックのカシミアのニットに、同じ系統の黒のジャケット。
かなり上質の品物だとわかる風合をしていた。
襟元に小さなファーの丸いブローチ。
目玉が付いているところを見ると、何かの小動物のモチーフだろう。
これは何だかヘンね、と思う。
パンツ姿に、カーキに近い深緑色のハーフブーツ。
地味な格好と言えたが、それがどうにもぴったりと似合っていて華やかに目を引く。
こういう女はそうそういない。
今までは派手な女や、清楚(風)の女ばかり身近にいたあの兄がハマったのが意外だけれど。
だけれど、あの兄は現在も、いわゆるプロ彼女未満と遊んでいる。
さすがに長兄に咎められたらしい。
桃と結婚するに当たって、手を切るつもりらしいが、さて、揉めるだろうな。
兄の自業自得だとは思っている。
意外に感じたのは、桃から、服装もその雰囲気も、兄の気配がしない事。
宝から言わせれば、プロ彼女未満の彼女志望の兄の彼女たちからは、いつも保真智《ほまち》の気配がしたものだ。
例えば、贈られた品物を身につけていたり、言動のどこかにそう感じたり。
いわゆる、匂わせと言うもの。
故意にしてもそうでなくとも。男女が付き合うとはそういうものだろう。
しかし、桃にはあの好ましくも軽薄なところのある兄の存在を感じないのだ。
とすると、兄からはたいしたものを何も受け取っていないと言う事でもあるし・・・。
兄は、誕生日に桃から贈られたという、素晴らしく肌触りの良いイタリアの老舗文具メーカーの山羊革製の書類のケースや、桃が好んで使っているものを教えてもらったとアメリカの黄色い紙のメモ帳に専用のホルダーを自慢していたものだけど。
その為、書類をケースに入れて保管携帯しているとか、メモを取っている、なんて割に社会人として当たり前の習慣を始めた兄に対して、両親も長兄も喜んでいたけれど。
「クラスのバカが学級委員長と付き合って、ちょっとマネしてるようなもんじゃない」と嫌味を言う宝に、母は「そういうのが大事なのよ!」と大真剣だった。
「ああ、やっぱり桃ちゃんと結婚するのは大正解よ。・・・よく言うじゃない?100点とる子と友達になってお前も100点取れって。無茶だと思ってたけれど、努力に繋がるならそれでいいわ」
「自分より教養がある女の子と結婚するって大切よね」
「それで自分の質が上がってお互い満足なら、いい結婚だぞ」
これは両親の、長兄とその妻への当て付け。
兄の妻は、母が言う“上質の女性”では無いから。
「悪い人じゃない。いい方よ。でも、あの人、努力しないじゃない?」
これが母の、長男の妻への評価。
だって、義姉は、長兄と結婚するのが目標でゴールだったんだもの、それは当然。
そこから先の努力なんてするわけない。
結婚前も後も、長兄夫婦は、良くも悪くも何も変わらないのだ。
桃はどうだろう。
そうね、確かに、趣味がいい。
スウェーデンの血を引いていると聞いたから、どれだけと思ったら、だいぶ東洋系ではないか。
髪は確かに少し薄い茶色。
切りそろえてボブのようにしたいのだろうが、髪質が柔らかいらしくスタイリッシュと言うよりフェアリーな感じ。
ひんやりとした印象のパウダリーな肌感。
目が不思議な色合いで、ブラウンのようなグリーンのような。
混じり合ってゆらゆら不思議に見えて、個性的できれい。
同時に、何考えているか、わかりづらい。
宝は、少しだけ苛立った。
「・・・それ、可愛いわね、若い子に流行っているものなの?」
何か自然に会話の糸口をと思って、全くそうは思っていないが、桃の襟元の目玉と毛玉のお化けのようなものを示した。
自分が知らないけど、もしかしたらどこかのブランドのキャラクター商品なのだろうか。
桃は、嬉しそうに微笑んだ。
「・・・ありがとうございます。友達が、アクセサリーを作っていて、誕生日に貰ったんです」
「そうなの。ハンドメイド?器用なお友達ねぇ」
大袈裟に褒めながら「なあんだ、素人の作ったものか」と宝はちょっとつまらなく思った。
そんなもの嬉しそうにつけているのもおかしい、贈る方もどうかしている。
女友達って、どれだけ良いものを贈り合えるか、じゃない?
宝は、こういう価値観の持ち主である。
「・・・猫?じゃないわよね・・・?」
「ケセランパサランってご存知ですか?」
「・・・え?」
「白い綿毛がついた種子《タネ》なんですけど。昔の人は、生き物だと思っていたらしいんです。見つけると幸運になるって信じられていて。白粉《おしろい》を食べるって言われてて、女の人が大事に白粉《おしろい》箱の中に入れて飼ってたんですって。・・・その民間伝承をモチーフにしたキャラクターなんです」
桃は楽しそうに襟元の毛玉を指先で突っついた。
「・・・・・ああ・・・そうなの・・・」
・・・・なんだ、不思議ちゃんか・・・。
大学に残って研究したい、勉強続けて社会に出たくないなんて女はこう言う感じなのだろうか。
社会に出てこそ、勉強は生きるんじゃないの、と宝はため息をついた。
「オルソンさん?」
「・・・はい」
誰だろう。
自分より少し年上だろうか。
流行りのブランドの服装にバッグ。
黒や茶色などの暗い色のコートやバッグが増える冬場に、彼女の明るいキャメル色のコートは光り輝くようだった。
・・・すてきな人。
桃はちょっと見惚れた。
でも、どこかで会ったような、無いような。
学生ではないようだし、職員でもないだろう。
いや、知らないはずた。
既視感があるのだけれど、わからなかった。
彼女はじっと、桃を見て来た。
「・・・少し、お時間いいですか?私、英《はなぶさ》宝《たから》と言います」
ああ、そうか。
保真智《ほまち》の、妹か。
桃は小さく頷いた。
二人は近くのカフェに入った。
「ここでいい?」
宝は店の奥のあまり人通りから見えない場所に促した。
桃は頷いて、椅子に座った。
宝は改めて目の前の女を眺めた。
黒のタートルネックのカシミアのニットに、同じ系統の黒のジャケット。
かなり上質の品物だとわかる風合をしていた。
襟元に小さなファーの丸いブローチ。
目玉が付いているところを見ると、何かの小動物のモチーフだろう。
これは何だかヘンね、と思う。
パンツ姿に、カーキに近い深緑色のハーフブーツ。
地味な格好と言えたが、それがどうにもぴったりと似合っていて華やかに目を引く。
こういう女はそうそういない。
今までは派手な女や、清楚(風)の女ばかり身近にいたあの兄がハマったのが意外だけれど。
だけれど、あの兄は現在も、いわゆるプロ彼女未満と遊んでいる。
さすがに長兄に咎められたらしい。
桃と結婚するに当たって、手を切るつもりらしいが、さて、揉めるだろうな。
兄の自業自得だとは思っている。
意外に感じたのは、桃から、服装もその雰囲気も、兄の気配がしない事。
宝から言わせれば、プロ彼女未満の彼女志望の兄の彼女たちからは、いつも保真智《ほまち》の気配がしたものだ。
例えば、贈られた品物を身につけていたり、言動のどこかにそう感じたり。
いわゆる、匂わせと言うもの。
故意にしてもそうでなくとも。男女が付き合うとはそういうものだろう。
しかし、桃にはあの好ましくも軽薄なところのある兄の存在を感じないのだ。
とすると、兄からはたいしたものを何も受け取っていないと言う事でもあるし・・・。
兄は、誕生日に桃から贈られたという、素晴らしく肌触りの良いイタリアの老舗文具メーカーの山羊革製の書類のケースや、桃が好んで使っているものを教えてもらったとアメリカの黄色い紙のメモ帳に専用のホルダーを自慢していたものだけど。
その為、書類をケースに入れて保管携帯しているとか、メモを取っている、なんて割に社会人として当たり前の習慣を始めた兄に対して、両親も長兄も喜んでいたけれど。
「クラスのバカが学級委員長と付き合って、ちょっとマネしてるようなもんじゃない」と嫌味を言う宝に、母は「そういうのが大事なのよ!」と大真剣だった。
「ああ、やっぱり桃ちゃんと結婚するのは大正解よ。・・・よく言うじゃない?100点とる子と友達になってお前も100点取れって。無茶だと思ってたけれど、努力に繋がるならそれでいいわ」
「自分より教養がある女の子と結婚するって大切よね」
「それで自分の質が上がってお互い満足なら、いい結婚だぞ」
これは両親の、長兄とその妻への当て付け。
兄の妻は、母が言う“上質の女性”では無いから。
「悪い人じゃない。いい方よ。でも、あの人、努力しないじゃない?」
これが母の、長男の妻への評価。
だって、義姉は、長兄と結婚するのが目標でゴールだったんだもの、それは当然。
そこから先の努力なんてするわけない。
結婚前も後も、長兄夫婦は、良くも悪くも何も変わらないのだ。
桃はどうだろう。
そうね、確かに、趣味がいい。
スウェーデンの血を引いていると聞いたから、どれだけと思ったら、だいぶ東洋系ではないか。
髪は確かに少し薄い茶色。
切りそろえてボブのようにしたいのだろうが、髪質が柔らかいらしくスタイリッシュと言うよりフェアリーな感じ。
ひんやりとした印象のパウダリーな肌感。
目が不思議な色合いで、ブラウンのようなグリーンのような。
混じり合ってゆらゆら不思議に見えて、個性的できれい。
同時に、何考えているか、わかりづらい。
宝は、少しだけ苛立った。
「・・・それ、可愛いわね、若い子に流行っているものなの?」
何か自然に会話の糸口をと思って、全くそうは思っていないが、桃の襟元の目玉と毛玉のお化けのようなものを示した。
自分が知らないけど、もしかしたらどこかのブランドのキャラクター商品なのだろうか。
桃は、嬉しそうに微笑んだ。
「・・・ありがとうございます。友達が、アクセサリーを作っていて、誕生日に貰ったんです」
「そうなの。ハンドメイド?器用なお友達ねぇ」
大袈裟に褒めながら「なあんだ、素人の作ったものか」と宝はちょっとつまらなく思った。
そんなもの嬉しそうにつけているのもおかしい、贈る方もどうかしている。
女友達って、どれだけ良いものを贈り合えるか、じゃない?
宝は、こういう価値観の持ち主である。
「・・・猫?じゃないわよね・・・?」
「ケセランパサランってご存知ですか?」
「・・・え?」
「白い綿毛がついた種子《タネ》なんですけど。昔の人は、生き物だと思っていたらしいんです。見つけると幸運になるって信じられていて。白粉《おしろい》を食べるって言われてて、女の人が大事に白粉《おしろい》箱の中に入れて飼ってたんですって。・・・その民間伝承をモチーフにしたキャラクターなんです」
桃は楽しそうに襟元の毛玉を指先で突っついた。
「・・・・・ああ・・・そうなの・・・」
・・・・なんだ、不思議ちゃんか・・・。
大学に残って研究したい、勉強続けて社会に出たくないなんて女はこう言う感じなのだろうか。
社会に出てこそ、勉強は生きるんじゃないの、と宝はため息をついた。
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