金魚の記憶

ましら佳

文字の大きさ
上 下
19 / 86
1.

19.柊木犀

しおりを挟む
桃は助手席で温かいジャスミンティーを飲んだ。
だいぶ冷え込んで来たが、はるかの車の座席は、ヒーターが入っているようで暖かい。
積み重なった疲労と試験から解放された安心感もあり、つい眠くなりそうになるが。
しかし、今はそんな呑気な事も言っていられない。

だいぶ走った気がする。
鎌倉市とかかれた標識がみえて神奈川県であると分かった。

「来たことありますか?」
「中学校の修学旅行で、1回だけ」

慌ただしいスケジュールで、大仏の前で集合写真を撮り、移動して八幡宮の前で更に集合写真を撮り、また移動して長谷寺の前で更に更に集合写真を撮り、またまた移動して鳩のお菓子をいっぱい買って、バスでディズニーに移動、という、集合写真と移動と鳩サブレしか記憶が無い。
今でもあのお菓子は大好き。
サブレと言うよりはガレットに近いが、それより軽くて優しい味。

銀杏いちょうの葉っぱの形のサブレもあるんですよ」
「・・・知らないです」

葉っぱの形のクッキーだなんて、なんてすてき。

「あとで買いましょう」

はるかの機嫌が悪くないのが不思議だ。
この地には小松川の別邸があるらしい。
そこに、父か、もしかしたら彼の母もいるのだろう。
紫乃しのの目の無い場所で話したいと言う事か。
車は山を分け入るような道の中腹で停まった。
生垣は、冬でも青々と葉を茂らせていた。

「トゲがあるから、気をつけて」

言われてみれば、ギザギザの葉っぱ。

柊木犀ひいらぎもくせいだそうです。秋に金木犀みたいな匂いの白い花が咲くんです」
どんな匂いなのだろう、と桃は興味を惹かれた。

「もとは、大正時代の歌人だったか、そういった方が住まいにしていたようです。そういう物件、多いんですよ、ここらへん」
それが何度か持ち主が代わり、やはり趣味人が買い求めるものだから、リフォームの度にますます趣味的な建物になっていく。

「・・・そうなんですか。大正時代というと、20世紀の初めの頃だから、100年くらい前なんですね」
ヨーロッパも100年、200年を経過している建物はザラだが、あちらは石造りだ。
改築はしているのだろうが、木造建築がこうして残っているのは驚き。

「と言っても、やはり昔の造りは暮らしづらいから、天井を高くしたり、入り口を広くしたり。中は大分現代的ですよ」

招かれてみると、確かに、天井が高く、明るい。
日本建築と言うのは薄暗いと思っていたから意外だった。
古民家ではなく、趣のある古い邸宅と言う感じのまま改装され、高級旅館のような雰囲気だった。
はるかは暖房を入れると、桃にソファに座るように言った。

「・・・ここは、おじいさんが買ったものなんです。桃さんのおじいさんも何度か来たことがあるようですよ」
そう言えば、祖父もヒイラギが好きだっけ、と思い出した。
植物学にも興味がある祖父は、西洋柊と日本の柊は種類が違うとか言ってた気がする。
桃は今まで、節分の時に鰯の骨をくっつけるトゲトゲの木、くらいに思っていたけど。

夕方に差し掛かり、更に冷えてきた。

はるかさん、・・・お父様・・・ご両親は、いついらっしゃるんですか?」
「・・・何と言うつもりですか?」
「私が、何か意見とか、そういうのではなくて。お願いをするしかないと思うので・・・出席を控えて頂けないかってお願いしてみようと思います」

自分のせいで、父の、はるかの家族に波風が立つのは嫌だった。
もちろん、保真智ほまちにも、彼の家族にも迷惑をかけたくはない。

「桃さんて、特定の信教ってあるんですか?おじいさんは?」
「・・・いいえ?おじいちゃんも特に・・・。あ、でも、実家に普通に仏壇があるから、仏教徒なんでしょうけれど・・・。誰もお経の一つもわかりませんけど」
「日本人は大概そんなものですよ。はなぶささんのところは神道ですからね。でも、たいして気にもしないご家族だし、何せホテル婚を企画している方ですから、チャペル婚でも構わないのでしょうけど。神道の場合は結婚式は血縁のある近親者しか参加できません」

そういうものなのか、と桃は感心して頷いた。

「祖母は、まさか結婚式は無理だから、保真智ほまちさんのお母さんの友人という名目で披露宴に出席したいと言っていましたけど。・・・私は?桃さんの弟では出席できませんね。桃さんか保真智ほまちさんの友人枠かな?」

そんなに出席したいのだろうか。
それはありがたい話なのだろうけれど、どちらかと言ったら、嫌われていると思っていたのに。
何となく、父方の祖母と再会のきっかけとなってくれた存在でもあり、彼には感謝もしている。
誰かに姉弟と名乗のれない寂しさはあった。
仕方ないことだとしても。

「桃さん、子供の時、初めて会った事を覚えていますか?」
話が変わり、桃は少し戸惑ったが素直に首を振った。

「・・・すみません。あんまり覚えていないの。・・・でも、お祭りで金魚を貰ったのは覚えています」
その赤い金魚はその後、水槽で5年生きて、小鯛のように大きく育った。

「すごいな。僕は、赤いのと出目金を、金魚鉢で飼ってたけど、冬になったら死んでしまって・・・。・・・桃さん、何言ってるか分からなくて。あの時は困りました」

当時の桃は、言語が混ざっていて、きっとどこの国の人間も意味不明だったのではないだろうか。
それでも物分かりと愛嬌がいいのと順応性が高いので、自分も周りの大人も特に問題と感じないまま過ごしていた。
気恥ずかしくなり、桃も笑みこぼれた。

「・・・おじいちゃん、頭を抱えたそうなの。お母さんには厳しく日本語とスウェーデン語と英語を教え込んだのにって」

母は学校に入ればそこの国の言葉をちゃんと覚えるだろうからとあまり気にしていなかった。
だからこそお構いなしであちこち連れ回したのだろう。

「金魚すくいなんて初めて見たから、感激しちゃったのね」
「私も今でも覚えていますよ」

コロンコロンと不思議な音のする小さな鈴のついたかんざしを楽しそうにして頭を何度も振っていた

「・・・可愛かったな。・・・何言ってるかは全然分からなかったけど・・・。赤い浴衣で、桃さんの方が金魚みたいだった」

赤い浴衣に、ふわふわした不思議な素材の帯が、水の中で揺れる尻尾のようにひらひらしていていた。
はるかはそう言って微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

続・上司に恋していいですか?

茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。 会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。 ☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。 「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...