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18.星の欠片
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桃は、院試を終えて、やっと解放された。
結果はまだ出ないから心配だが、それでも大きな山を越えたと言う気持ちが強い。
落ちたら、院0年生、つまり研究生として来年の試験に備えるという事になる。
何せ就職活動もしていない。
落ちたから就職します、なんて言えないんですから、勉強にしっかり取り組みなさいね、と教授には念を押されていた。
やはり祖父の教え子の一人でもある彼は、母や父や公太郎の先輩に当たる。
周りの友人も、新卒就職や、留学するとか、それぞれに進路が決まって来ているようだ。
友人から、新生活に対する不安や期待を聞かせられる度、羨ましいよりも、憧れてしまった。
皆、それぞれに奮闘しながら前を歩いて行く。
自分は立ち止まっているだけのような気がして。
そう言うと、何言ってんの!と笑われる。
「桃は誰よりも先歩いてるじゃない!だって結婚するんでしょ?いいなあ」
そのいいなあ、は、人生の伴侶を見つけた事と、自分達はこれから生活の糧となる術を手に入れる為に苦労をするけれど、お前はとりあえず生活の心配は無いんでしょ、と言う意味でもあり。
そうなのかなあと、それは疑問。
どちらにしても、自分の食い扶持と学費は自分で用意しなくちゃならない。
しかし、具体的にそれがどうなるかなんて、自分が一番分からないのだけれど。
その結婚生活に辿り着いてもいないんだから。
保真智はたまに大学にも現れ、桃と友人達にも併設のカフェで食事をご馳走したりして、すっかり顔を売っていた。
少し前には、教授にお歳暮を渡さねばと奮起していた。
教授は、何がお好きですか?と聞かれ「モツとガーベラ」と答え、保真智が頭を抱えていた。
桃の婚約者として、自分の印象を良くする営業活動の一環らしい。
桃としてはちょっと困るが、あの行動力は確かに尊敬すべきものもある。
結婚式の準備が本格的に始動となり、保真智からパンフレットがあれこれ届けられていた。
一緒に、会場や衣装を見に行こうと誘われていた。
英家のホテルは当然結婚披露宴丸投げコースがあるので心配しないでと言いながら、保真智が一番心配していたのがおかしかった。
帰宅時に大家さんに会い、お伊勢参りに行ったお土産の赤福を貰った。
彼女が留守の間、飼っている猫達にエサをあげる約束をしていたのだ。
そのお礼らしい。
赤福とは聞いたことはあるが初めて食べる。
名物や銘菓がとにかく多いのが、日本の生活の楽しみの一つ。
水道代払っておいたと公太郎のメモが冷蔵庫に貼ってあった。
この部屋は母親が契約しているのだが、何せ家主は不在がちなのだ。
公太郎と母が交際して早や7、8年になるのではないか。
一回り年の違うあのカップルは、年始に一緒に恒例の箱根駅伝を見に行ったらしいけれど、そのまま母はアメリカに戻って行った。
桃はいつも通り、年末に祖父母の家に帰省し、祖母の店を手伝いつつ年越しをしたのだが、母は今年も実家には帰らず、去年はお盆にちょっと帰って来たくらい。
「正月はまあいいかと思うんだけど、何だかお盆は帰らないと悪い気がする、私って日本人よねえ」と、自分よりだいぶ血中外国人濃度が高い顔で言っていたけれど。
母はレトルト食品や、好物の金平糖をたくさん買ってアメリカに戻って行った。
桃も、淡い色合いの星の欠片のような砂糖菓子が可愛らしくて、瓶に入れてテーブルに飾っていた。
たまに少しづつ食べては、これはやっぱり砂糖の塊だなと、そのほのかな風味と共に確認するのが楽しみだった。
最近の金平糖は、ラズベリーやらライチ味のものまである。
口の中で小さな星を舐め溶かしているとき、インターホンが鳴った。
「はーい」
何か注文していたっけ、とドアを開けた。
ドアを勢いよく開けたもので、立っていた人にガンとぶつかり、桃は大いに慌てた。
「・・・あ!すいません・・・!あれ?どなたでしょうか・・・?」
したたかにドアに頭を打って半分吹っ飛ばされたらしき男性がうずくまっていた。
桃は、いつもインターホンの音が鳴ると飛び出すので、カメラの映像を確認した事など無い、と言うのが十分にわかる様子だった。
「・・・いえ・・・あの、相手を確かめてから、開けてください・・・」
その人物は、顔を押さえながら、桃の無用心さを咎めた。
「・・・え?あ、はい・・・?」
不思議に思ってよく見ると、小松川悠だった。
桃は温かいお茶と小皿に乗せた赤福を出した。
突然に赤福?と不思議そうな悠に、大家さんにお土産でいただいたと言うと、彼は納得したようだった。
テーブルの瓶に入った金平糖を珍しそうに眺めていた。
悠とは、たまに祖母の家で会ってはいたのだが、自宅に訪ねてくるのは初めて。
きっと、自分のことで揉めたのだろうな、と気がつき申し訳なく思った。
「・・・悠さん、あのですね・・・」
「・・・桃さん、保真智さんと結婚するんですか?」
ああ、やっぱり。
紫乃が父親に話したのだろう。
「今度ね、保真智さんがきちんとお父さんのところにご挨拶したいって仰っていて・・・」
「ええ、それもおばあさんが言ってました」
「そう・・・」
断られたのだろうか。
「父は、英さんのところと結婚するのならば自分も式に出たいと言い出したんですよ。それで母と揉めまして」
「・・・え?でも、おばあちゃんが、それはしないって・・・」
「突然、父親としていい顔をしたくなったんじゃないですか?英さんと結婚するとなったら快挙ですからね」
快挙、と言われて、桃は俯いた。
「・・・桃さんのお母さん、ご不快でしょうね」
結婚するときに、自分の存在はあるが、母娘共に関わらないと言う約束になっていたそうだ。
それなのに亡くなった義父ばかりか、義母と息子が交流をしていて、更に夫ともなれば、彼女は自分を疎かにされたと思うだろう。
桃はどうしたものかと黙ってしまった。
会って、きちんと話をしなければならないかもしれない。
「・・・一度、場を設けて、ちゃんと話すべきですね。桃さん、週末、付き合っていただけませんか?」
悠がそう言って微笑んだ。
結果はまだ出ないから心配だが、それでも大きな山を越えたと言う気持ちが強い。
落ちたら、院0年生、つまり研究生として来年の試験に備えるという事になる。
何せ就職活動もしていない。
落ちたから就職します、なんて言えないんですから、勉強にしっかり取り組みなさいね、と教授には念を押されていた。
やはり祖父の教え子の一人でもある彼は、母や父や公太郎の先輩に当たる。
周りの友人も、新卒就職や、留学するとか、それぞれに進路が決まって来ているようだ。
友人から、新生活に対する不安や期待を聞かせられる度、羨ましいよりも、憧れてしまった。
皆、それぞれに奮闘しながら前を歩いて行く。
自分は立ち止まっているだけのような気がして。
そう言うと、何言ってんの!と笑われる。
「桃は誰よりも先歩いてるじゃない!だって結婚するんでしょ?いいなあ」
そのいいなあ、は、人生の伴侶を見つけた事と、自分達はこれから生活の糧となる術を手に入れる為に苦労をするけれど、お前はとりあえず生活の心配は無いんでしょ、と言う意味でもあり。
そうなのかなあと、それは疑問。
どちらにしても、自分の食い扶持と学費は自分で用意しなくちゃならない。
しかし、具体的にそれがどうなるかなんて、自分が一番分からないのだけれど。
その結婚生活に辿り着いてもいないんだから。
保真智はたまに大学にも現れ、桃と友人達にも併設のカフェで食事をご馳走したりして、すっかり顔を売っていた。
少し前には、教授にお歳暮を渡さねばと奮起していた。
教授は、何がお好きですか?と聞かれ「モツとガーベラ」と答え、保真智が頭を抱えていた。
桃の婚約者として、自分の印象を良くする営業活動の一環らしい。
桃としてはちょっと困るが、あの行動力は確かに尊敬すべきものもある。
結婚式の準備が本格的に始動となり、保真智からパンフレットがあれこれ届けられていた。
一緒に、会場や衣装を見に行こうと誘われていた。
英家のホテルは当然結婚披露宴丸投げコースがあるので心配しないでと言いながら、保真智が一番心配していたのがおかしかった。
帰宅時に大家さんに会い、お伊勢参りに行ったお土産の赤福を貰った。
彼女が留守の間、飼っている猫達にエサをあげる約束をしていたのだ。
そのお礼らしい。
赤福とは聞いたことはあるが初めて食べる。
名物や銘菓がとにかく多いのが、日本の生活の楽しみの一つ。
水道代払っておいたと公太郎のメモが冷蔵庫に貼ってあった。
この部屋は母親が契約しているのだが、何せ家主は不在がちなのだ。
公太郎と母が交際して早や7、8年になるのではないか。
一回り年の違うあのカップルは、年始に一緒に恒例の箱根駅伝を見に行ったらしいけれど、そのまま母はアメリカに戻って行った。
桃はいつも通り、年末に祖父母の家に帰省し、祖母の店を手伝いつつ年越しをしたのだが、母は今年も実家には帰らず、去年はお盆にちょっと帰って来たくらい。
「正月はまあいいかと思うんだけど、何だかお盆は帰らないと悪い気がする、私って日本人よねえ」と、自分よりだいぶ血中外国人濃度が高い顔で言っていたけれど。
母はレトルト食品や、好物の金平糖をたくさん買ってアメリカに戻って行った。
桃も、淡い色合いの星の欠片のような砂糖菓子が可愛らしくて、瓶に入れてテーブルに飾っていた。
たまに少しづつ食べては、これはやっぱり砂糖の塊だなと、そのほのかな風味と共に確認するのが楽しみだった。
最近の金平糖は、ラズベリーやらライチ味のものまである。
口の中で小さな星を舐め溶かしているとき、インターホンが鳴った。
「はーい」
何か注文していたっけ、とドアを開けた。
ドアを勢いよく開けたもので、立っていた人にガンとぶつかり、桃は大いに慌てた。
「・・・あ!すいません・・・!あれ?どなたでしょうか・・・?」
したたかにドアに頭を打って半分吹っ飛ばされたらしき男性がうずくまっていた。
桃は、いつもインターホンの音が鳴ると飛び出すので、カメラの映像を確認した事など無い、と言うのが十分にわかる様子だった。
「・・・いえ・・・あの、相手を確かめてから、開けてください・・・」
その人物は、顔を押さえながら、桃の無用心さを咎めた。
「・・・え?あ、はい・・・?」
不思議に思ってよく見ると、小松川悠だった。
桃は温かいお茶と小皿に乗せた赤福を出した。
突然に赤福?と不思議そうな悠に、大家さんにお土産でいただいたと言うと、彼は納得したようだった。
テーブルの瓶に入った金平糖を珍しそうに眺めていた。
悠とは、たまに祖母の家で会ってはいたのだが、自宅に訪ねてくるのは初めて。
きっと、自分のことで揉めたのだろうな、と気がつき申し訳なく思った。
「・・・悠さん、あのですね・・・」
「・・・桃さん、保真智さんと結婚するんですか?」
ああ、やっぱり。
紫乃が父親に話したのだろう。
「今度ね、保真智さんがきちんとお父さんのところにご挨拶したいって仰っていて・・・」
「ええ、それもおばあさんが言ってました」
「そう・・・」
断られたのだろうか。
「父は、英さんのところと結婚するのならば自分も式に出たいと言い出したんですよ。それで母と揉めまして」
「・・・え?でも、おばあちゃんが、それはしないって・・・」
「突然、父親としていい顔をしたくなったんじゃないですか?英さんと結婚するとなったら快挙ですからね」
快挙、と言われて、桃は俯いた。
「・・・桃さんのお母さん、ご不快でしょうね」
結婚するときに、自分の存在はあるが、母娘共に関わらないと言う約束になっていたそうだ。
それなのに亡くなった義父ばかりか、義母と息子が交流をしていて、更に夫ともなれば、彼女は自分を疎かにされたと思うだろう。
桃はどうしたものかと黙ってしまった。
会って、きちんと話をしなければならないかもしれない。
「・・・一度、場を設けて、ちゃんと話すべきですね。桃さん、週末、付き合っていただけませんか?」
悠がそう言って微笑んだ。
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