15 / 86
1.
15.野生に近い愛しき感性
しおりを挟む
保真智は、りんごの木箱を抱えて、兄の家を訪れていた。
ぎっしり詰まった木箱入りのりんご。
更には緩衝材に稲の籾が入っていたものだから、兄の子供達は大喜び。
小学生の年子の男の子と女の子の甥と姪は、見る度に小さな大人に成長して行く。
りんごは毎日10個づつ食べて、籾は撒いて遊ぶ、箱は机にするとか宝物入れにするとかで大騒ぎ。
保真智は嬉しく思った。
「今時りんごの木箱なんて珍しいものね!わあ、美味しそうねえ」
兄嫁の美智子が、りんごをいくつか取り出した。
「一輝さん、りんごいくつ食べる?」
夫である兄は、しばし考えてから、「4つ?」と答えた。
「・・・いや、食い過ぎだろ、兄ちゃん」
「何言ってんだ。季節の果物つうのは、一番美味い時にまとめて食うのが一番うまいんだぞ。野生の熊とかもそうだろ」
確かにそうかもしれない。
とすると恋人である桃も野生に近いのかと、保真智はおかしくも愛しくもなった。
一回り以上歳の離れた兄は、嬉しそうに木箱を眺めた。
「こりゃいいな。・・・お前から定期的に果物が届くようになって、父さんも母さんも楽しみにしてるようだよ」
「産地直送だからな」
自分と桃の家族にと、果物狩りのお土産に季節の果物を届けるようになって一年がたつ。
実家の両親も、同居の妹も美味しいものアテにしちゃってその辺の店の果物を買う気にならないと言っていた。
これほど美味しいものが定期的に届けば当然だと納得する。
両親も兄も自分もあまり酒を飲めない体質で、アルコールの代わりに果物や甘いものは、家族の誰にとっても喜びである。
「結婚式の準備はもう始めたの?私、結婚式にお招ばれなんて久々。楽しみ!」
兄嫁は、結婚式用に色留袖を買ったのだと楽し気に話した。
「うちの子達にリングボーイとフラワーガールなんてお役目まで頂いちゃって。上手にできるかしら。練習しなくっちゃねえ」
自分の結婚式以上にはしゃいでいるらしい。
「・・・なあ、お前さ。結婚前の遊び納めのつもりか?」
二人きりになると、一輝がそう訊ねた。
保真智がバツが悪そうな顔をした。
「・・・なんで・・・兄ちゃん・・・」
に、そんな事言われなきゃいけない、なのか。
が、そんな事知ってるんだ、なのか。
「・・・そんな、噂になってる・・・?」
一輝がため息をついた。
ここしばらく、この弟が、プロホステスでアマチュア彼女とでも言う立場の女性達と行き来がある事を耳にしていた。
「・・・いや、ピンポイントで知られているって話。・・・でも、良くは無いわな。・・・小松川さんとこの娘さんなんだろ?」
「うん・・・」
「いくら外の子とは言え、あちらの家に知られたとして、気持ちのいいものでは当然無いし。父親がわりの祖父《じい》さんって、俺も知ってるくらいの文化人のセンセイじゃないか。しかも北欧系のイケオジ。・・・ああ言う連中って、あちこちの教授と知り合いだろ?どことどんなふうに繋がってるか。そもそも、その祖父《じい》さんの孫なわけだし、大学にも現役合格して院に進むって言うくらいだから、才媛なんだろうし。・・・母さんも大絶賛だもんよ。頭はいいし、着物の趣味もいい。着付けもお茶もお花も一通りできる、何より真面目、すごい掘り出し物を見つけた保真智《ほまち》は、でかしたトリュフ犬だって言ってた。しかもそれもお祖母様仕込みでございますなんて、そんなの今時普通にいねぇだろ」
妻が、将来、義弟の妻になるその女性の人となりより、彼女の身につけている、いわゆるお嗜みについて母から聞いて、多少神経質になっているのは伏せておく。
妻とは職場結婚である。
経営するホテルでは、そこそこのお家柄の子女が推薦という縁故として就職する伝統がある。
彼女もまた秘書として勤務していて、そのうちの一人であった。
妻は、そこそこの私立大出だし、何より機転も利くし愛想も良く、そこそこ英語も話せる。
しかし、彼女なりに負い目を感じているようなのだ。
お茶だのお華だの、着付けだの。
確かにあって困るものでもないし、素晴らしい事であるが、自分としては、そんなもの、今時、一生のうちに、あっても二度くらいしか必要じゃないもん身につけなくてもいいのではと思っていて、妻に至らなさは感じていないのだが。
しかし、彼女の負い目というのは、つまり向上心の現れで良いものでもあると思うのだ。
だから何か行動するのか、と言うのは別としても。
「まあね。多言語話者だし、頭はいい。何回聞いてもわかんないような研究してるし。いちいち不思議面白いし、たまらなく可愛いしな」
途中から惚気《のろけ》になる。
「それから。なんて言うか、桃ちゃんと一緒にいると、自分がちょっと良くなったような、つうか・・・」
それが何なのか、わからないけれど。
桃と居ると、桃の生活圏の中にいると、自分がちょっと良い人間になったような気持ちになる。
桃を下に見ている、と言う事ではもちろん無く。
素直になってみて、その良い部分に気づいてほっとすると言うような。
「・・・なら尚更だろ。お前、自重しろよ。派手に遊ぶのやめろよ。・・・大体、そういうものってバレんだろ。・・・それともお前が遊ぶのも気にしない、そんなにサバけた女なのか?・・・そんな事ねぇだろ?」
心配性でしっかり者の兄が呆れたように言った。
「・・・サバけたどころか・・・」
「あぁ?・・・若いから、世間知らずで丸め込めそうってか?・・・そりゃお前、今時分のこのホワイト社会で分が悪いぞ・・・」
自分もまた度を越した夜遊びにキレた妻に何度かキレられた事のある一輝が小声で言った。
「・・・うーん、確かに世間知らずではある。いや、世間知らずって言うか・・・。浮世離れ・・・?」
そこがまた、興味深いんだけど。
「・・・だからさ、俺とあんまりにも違う、わけよ・・・」
「・・・そりゃあなあ。お前、世間擦れしてて、教養無いもんなあ」
「・・・で。・・・俺は思ったわけだ。・・・これは、どうしたら誠意を見せれるかって」
「・・・へぇ?」
誠意。
まさかこの弟の口からそんな言葉が飛び出すとは。
こいつも成長したのだなあと感慨深い。
ぎっしり詰まった木箱入りのりんご。
更には緩衝材に稲の籾が入っていたものだから、兄の子供達は大喜び。
小学生の年子の男の子と女の子の甥と姪は、見る度に小さな大人に成長して行く。
りんごは毎日10個づつ食べて、籾は撒いて遊ぶ、箱は机にするとか宝物入れにするとかで大騒ぎ。
保真智は嬉しく思った。
「今時りんごの木箱なんて珍しいものね!わあ、美味しそうねえ」
兄嫁の美智子が、りんごをいくつか取り出した。
「一輝さん、りんごいくつ食べる?」
夫である兄は、しばし考えてから、「4つ?」と答えた。
「・・・いや、食い過ぎだろ、兄ちゃん」
「何言ってんだ。季節の果物つうのは、一番美味い時にまとめて食うのが一番うまいんだぞ。野生の熊とかもそうだろ」
確かにそうかもしれない。
とすると恋人である桃も野生に近いのかと、保真智はおかしくも愛しくもなった。
一回り以上歳の離れた兄は、嬉しそうに木箱を眺めた。
「こりゃいいな。・・・お前から定期的に果物が届くようになって、父さんも母さんも楽しみにしてるようだよ」
「産地直送だからな」
自分と桃の家族にと、果物狩りのお土産に季節の果物を届けるようになって一年がたつ。
実家の両親も、同居の妹も美味しいものアテにしちゃってその辺の店の果物を買う気にならないと言っていた。
これほど美味しいものが定期的に届けば当然だと納得する。
両親も兄も自分もあまり酒を飲めない体質で、アルコールの代わりに果物や甘いものは、家族の誰にとっても喜びである。
「結婚式の準備はもう始めたの?私、結婚式にお招ばれなんて久々。楽しみ!」
兄嫁は、結婚式用に色留袖を買ったのだと楽し気に話した。
「うちの子達にリングボーイとフラワーガールなんてお役目まで頂いちゃって。上手にできるかしら。練習しなくっちゃねえ」
自分の結婚式以上にはしゃいでいるらしい。
「・・・なあ、お前さ。結婚前の遊び納めのつもりか?」
二人きりになると、一輝がそう訊ねた。
保真智がバツが悪そうな顔をした。
「・・・なんで・・・兄ちゃん・・・」
に、そんな事言われなきゃいけない、なのか。
が、そんな事知ってるんだ、なのか。
「・・・そんな、噂になってる・・・?」
一輝がため息をついた。
ここしばらく、この弟が、プロホステスでアマチュア彼女とでも言う立場の女性達と行き来がある事を耳にしていた。
「・・・いや、ピンポイントで知られているって話。・・・でも、良くは無いわな。・・・小松川さんとこの娘さんなんだろ?」
「うん・・・」
「いくら外の子とは言え、あちらの家に知られたとして、気持ちのいいものでは当然無いし。父親がわりの祖父《じい》さんって、俺も知ってるくらいの文化人のセンセイじゃないか。しかも北欧系のイケオジ。・・・ああ言う連中って、あちこちの教授と知り合いだろ?どことどんなふうに繋がってるか。そもそも、その祖父《じい》さんの孫なわけだし、大学にも現役合格して院に進むって言うくらいだから、才媛なんだろうし。・・・母さんも大絶賛だもんよ。頭はいいし、着物の趣味もいい。着付けもお茶もお花も一通りできる、何より真面目、すごい掘り出し物を見つけた保真智《ほまち》は、でかしたトリュフ犬だって言ってた。しかもそれもお祖母様仕込みでございますなんて、そんなの今時普通にいねぇだろ」
妻が、将来、義弟の妻になるその女性の人となりより、彼女の身につけている、いわゆるお嗜みについて母から聞いて、多少神経質になっているのは伏せておく。
妻とは職場結婚である。
経営するホテルでは、そこそこのお家柄の子女が推薦という縁故として就職する伝統がある。
彼女もまた秘書として勤務していて、そのうちの一人であった。
妻は、そこそこの私立大出だし、何より機転も利くし愛想も良く、そこそこ英語も話せる。
しかし、彼女なりに負い目を感じているようなのだ。
お茶だのお華だの、着付けだの。
確かにあって困るものでもないし、素晴らしい事であるが、自分としては、そんなもの、今時、一生のうちに、あっても二度くらいしか必要じゃないもん身につけなくてもいいのではと思っていて、妻に至らなさは感じていないのだが。
しかし、彼女の負い目というのは、つまり向上心の現れで良いものでもあると思うのだ。
だから何か行動するのか、と言うのは別としても。
「まあね。多言語話者だし、頭はいい。何回聞いてもわかんないような研究してるし。いちいち不思議面白いし、たまらなく可愛いしな」
途中から惚気《のろけ》になる。
「それから。なんて言うか、桃ちゃんと一緒にいると、自分がちょっと良くなったような、つうか・・・」
それが何なのか、わからないけれど。
桃と居ると、桃の生活圏の中にいると、自分がちょっと良い人間になったような気持ちになる。
桃を下に見ている、と言う事ではもちろん無く。
素直になってみて、その良い部分に気づいてほっとすると言うような。
「・・・なら尚更だろ。お前、自重しろよ。派手に遊ぶのやめろよ。・・・大体、そういうものってバレんだろ。・・・それともお前が遊ぶのも気にしない、そんなにサバけた女なのか?・・・そんな事ねぇだろ?」
心配性でしっかり者の兄が呆れたように言った。
「・・・サバけたどころか・・・」
「あぁ?・・・若いから、世間知らずで丸め込めそうってか?・・・そりゃお前、今時分のこのホワイト社会で分が悪いぞ・・・」
自分もまた度を越した夜遊びにキレた妻に何度かキレられた事のある一輝が小声で言った。
「・・・うーん、確かに世間知らずではある。いや、世間知らずって言うか・・・。浮世離れ・・・?」
そこがまた、興味深いんだけど。
「・・・だからさ、俺とあんまりにも違う、わけよ・・・」
「・・・そりゃあなあ。お前、世間擦れしてて、教養無いもんなあ」
「・・・で。・・・俺は思ったわけだ。・・・これは、どうしたら誠意を見せれるかって」
「・・・へぇ?」
誠意。
まさかこの弟の口からそんな言葉が飛び出すとは。
こいつも成長したのだなあと感慨深い。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる