金魚の記憶

ましら佳

文字の大きさ
上 下
14 / 86
1.

14.初めての約束

しおりを挟む
それから1年近く、桃と保真智ほまちは、時間が合えば週末ごとに会うような日々。
いちご狩り、さくらんぼ狩り。
昨年からだいぶ回った。

「果物にこんなに品種があるなんて知らなかった」
桃はガイドブックを眺めた。
それはそうなのだ。
トマトだってじゃがいもだっていろいろあるのに。
世の中、知らないことばかり、気づかないことばっかりだ。
見渡す限りの桃畑。
笑っているかのように、輝くように濃い桃色の果実が鈴なりになっている。

「・・・ものすごく暑いことを除けば、最高だよね・・・」
炎天下で、保真智ほまちが汗だくで言った。
「・・・こっちはゆだりそうなのに、何でモモは煮えないのか・・・。ああ、こっちの桃ちゃんは煮えやすいから・・・」
保真智ほまちは桃に経口補水液を渡し、冷えピタを貼った。
なるほど、これは冷たくていいかも、と桃は感心した。

しかし、まるでインフルエンザで伏せっている程の手厚い扱い。
ハンディーファンの風に吹かれながら6個目のモモにかぶりついた。
「・・・美味しい・・・」
この暑さで他の桃狩りツアー客達は、げっそりした顔で冷房のきいた観光バスに戻って行く。
あまりに暑くて、冷やし中華とかざるそばでも食いたい気分、と言いながら。

保真智ほまちが頼もしそうに恋人を見た。
果樹園の人間に品種や特徴を聞きながら、次々に食べている。
かと思ったら、
「・・・保真智ほまちさん、あれ!」
「え?」
どこかへ走り出そうとした桃を保真智ほまちが捕まえた。
「今、ポメラニアンがいて・・・」
「え?外に?・・・ここの?逃げたのかな?」
農園主がどれ、と顔を出した。
「あぁ?うち、いねぇよ?ポメラニアンなんて。柴犬はいるけど。お嬢ちゃん、どれ?」
「え?あの、木の下の・・・」
胡桃くるみの木の下にじっと丸く膨らんでいる毛玉と桃が見つめ合った。
「何だあ。あれ、タヌキだよ?」
「タヌキ?あれタヌキなんですか?・・・初めて見た・・・」
「お嬢ちゃん、見た事ないの?この辺よく出るのよ。出るだけなら別に昔からだけど、そこにバイパス出来たでしょう。よくかれてんのよ・・・。子ダヌキなんかかわいそうだよねぇ・・・。夜行性だから、夜動き回るんだけどなあ。どっか怪我でもしてんのかな?」
その話に桃が悲しそうな顔をした。

 
 結局、合計で11個ぺろりと平らげた。
「・・・今日一番の関取だって言われました」
つまり一番食べたと称えられたらしい。
「確かに、あまりの暑さに他の観光客は皆逃げ出したもんなあ」
車に戻ると、桃は保真智ほまちに冷えピタを張り替えられた。
今日一番の大食いだったから景品と言われて、少し傷のある桃を袋いっぱい貰った。

「元は取れた気がします!」
いつもウキウキのやる気十分でブッフェに行くのだが、早々にリタイアして、友達から「アンタとバイキングじゃもとが取れない」と苦情を言われるタイプだが、この果物食べ放題と言うのは案外向いているのかもしれない。
果物だから、熱中症対策にもいいのでは無いかと保真智ほまちは言った。
「そうか。・・・体に吸収される時間がゆっくりだから・・・。ミネラルもあるし」
「ああ、なるほど。じゃあ、朝に、果物食べれておけば貯水になるかもね。そうするといいよ」
保真智ほまちは車のトランクに山積みのお土産贈答用桃の入った箱を示した。

「私もラクダみたいに貯水タンクがあれば、熱中症になんてならないんだけど。・・・高校の時、部活の時に突然気持ち悪くなって救急車で病院に連れて行って貰った事があって・・・それ以来毎年なるんです」
「一回なるとなりやすくなるって言うからね」
部活は弓道部だったそうだ。
彼女が弓道着を来て、弓を構える姿は凛々しく優美であった事だろう。
さて、と保真智ほまちが車の時計を見た。
「帰りますか。桃ちゃんのおばあちゃんのところに寄ってお土産をお渡しして行こう」
桃は頷いた。


 祖母は、お土産と言われて見せられた桃をとても喜んだ。
「まあ、まだ固い。私、固い桃が大好きなの」
「マリネやサラダにしても美味しいですよね」
「・・・それにしてもあなた達、面白いわねぇ。いつも畑に行くのねえ」
「ぶどうから始まって、梨にりんごに、みかんに、さくらんぼに桃ですもんね。一巡しちゃいました」
その度にお土産と称して果物が届くのを紫乃しのは楽しみにしていた。
「いやそれが、パイナップル狩りと言うものがあるそうなんですよ・・・」
保真智ほまちが言うと、紫乃しのが楽しそうに笑った。
「パイナップルではあなた・・・沖縄にでも行かないと」
またおかしな事を考えだすものだ。
「そうなんです。なので、来年あたり二人で行こうと思ってます」
「まあ、そうなの・・・!」
紫乃《しの》が微笑んだ。

結婚すると言う事だ。
「桃ちゃんが年が明けたら院試、春には院に進む事になりますから。それが終わったらすぐ。旅行は夏ならちょうどいいかと思いまして」
「・・・受からないと進めませんけどね・・・」
「受かりますとも!」
保真智ほまち紫乃しのが声を揃えて言った。

桃は、こんな風に、誰かと未来の約束をしたのは初めて。
ただ、心配なのは。
「・・・祖父母も母も結婚式には出席するとの事なんですけど・・・」
「そうね。あちらで了承してくださっているんだから、父親は出ない方がいいわよね。・・・私がお話しておきますからね」
保真智ほまちの両親には本当のことを全部話していた。
激情型だが情緒的に豊かな夫妻は、不思議な程に理解してくれた。
保真智ほまちがそうであったように、そのままでいいじゃないと言ってくれたのだ。
桃は、それがとても嬉しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...