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14.初めての約束
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それから1年近く、桃と保真智は、時間が合えば週末ごとに会うような日々。
いちご狩り、さくらんぼ狩り。
昨年からだいぶ回った。
「果物にこんなに品種があるなんて知らなかった」
桃はガイドブックを眺めた。
それはそうなのだ。
トマトだってじゃがいもだっていろいろあるのに。
世の中、知らないことばかり、気づかないことばっかりだ。
見渡す限りの桃畑。
笑っているかのように、輝くように濃い桃色の果実が鈴なりになっている。
「・・・ものすごく暑いことを除けば、最高だよね・・・」
炎天下で、保真智が汗だくで言った。
「・・・こっちはゆだりそうなのに、何でモモは煮えないのか・・・。ああ、こっちの桃ちゃんは煮えやすいから・・・」
保真智は桃に経口補水液を渡し、冷えピタを貼った。
なるほど、これは冷たくていいかも、と桃は感心した。
しかし、まるでインフルエンザで伏せっている程の手厚い扱い。
ハンディーファンの風に吹かれながら6個目のモモにかぶりついた。
「・・・美味しい・・・」
この暑さで他の桃狩りツアー客達は、げっそりした顔で冷房のきいた観光バスに戻って行く。
あまりに暑くて、冷やし中華とかざるそばでも食いたい気分、と言いながら。
保真智が頼もしそうに恋人を見た。
果樹園の人間に品種や特徴を聞きながら、次々に食べている。
かと思ったら、
「・・・保真智さん、あれ!」
「え?」
どこかへ走り出そうとした桃を保真智が捕まえた。
「今、ポメラニアンがいて・・・」
「え?外に?・・・ここの?逃げたのかな?」
農園主がどれ、と顔を出した。
「あぁ?うち、いねぇよ?ポメラニアンなんて。柴犬はいるけど。お嬢ちゃん、どれ?」
「え?あの、木の下の・・・」
胡桃の木の下にじっと丸く膨らんでいる毛玉と桃が見つめ合った。
「何だあ。あれ、タヌキだよ?」
「タヌキ?あれタヌキなんですか?・・・初めて見た・・・」
「お嬢ちゃん、見た事ないの?この辺よく出るのよ。出るだけなら別に昔からだけど、そこにバイパス出来たでしょう。よく轢かれてんのよ・・・。子ダヌキなんかかわいそうだよねぇ・・・。夜行性だから、夜動き回るんだけどなあ。どっか怪我でもしてんのかな?」
その話に桃が悲しそうな顔をした。
結局、合計で11個ぺろりと平らげた。
「・・・今日一番の関取だって言われました」
つまり一番食べたと称えられたらしい。
「確かに、あまりの暑さに他の観光客は皆逃げ出したもんなあ」
車に戻ると、桃は保真智に冷えピタを張り替えられた。
今日一番の大食いだったから景品と言われて、少し傷のある桃を袋いっぱい貰った。
「元は取れた気がします!」
いつもウキウキのやる気十分でブッフェに行くのだが、早々にリタイアして、友達から「アンタとバイキングじゃもとが取れない」と苦情を言われるタイプだが、この果物食べ放題と言うのは案外向いているのかもしれない。
果物だから、熱中症対策にもいいのでは無いかと保真智は言った。
「そうか。・・・体に吸収される時間がゆっくりだから・・・。ミネラルもあるし」
「ああ、なるほど。じゃあ、朝に、果物食べれておけば貯水になるかもね。そうするといいよ」
保真智は車のトランクに山積みのお土産贈答用桃の入った箱を示した。
「私もラクダみたいに貯水タンクがあれば、熱中症になんてならないんだけど。・・・高校の時、部活の時に突然気持ち悪くなって救急車で病院に連れて行って貰った事があって・・・それ以来毎年なるんです」
「一回なるとなりやすくなるって言うからね」
部活は弓道部だったそうだ。
彼女が弓道着を来て、弓を構える姿は凛々しく優美であった事だろう。
さて、と保真智が車の時計を見た。
「帰りますか。桃ちゃんのおばあちゃんのところに寄ってお土産をお渡しして行こう」
桃は頷いた。
祖母は、お土産と言われて見せられた桃をとても喜んだ。
「まあ、まだ固い。私、固い桃が大好きなの」
「マリネやサラダにしても美味しいですよね」
「・・・それにしてもあなた達、面白いわねぇ。いつも畑に行くのねえ」
「ぶどうから始まって、梨にりんごに、みかんに、さくらんぼに桃ですもんね。一巡しちゃいました」
その度にお土産と称して果物が届くのを紫乃は楽しみにしていた。
「いやそれが、パイナップル狩りと言うものがあるそうなんですよ・・・」
保真智が言うと、紫乃が楽しそうに笑った。
「パイナップルではあなた・・・沖縄にでも行かないと」
またおかしな事を考えだすものだ。
「そうなんです。なので、来年あたり二人で行こうと思ってます」
「まあ、そうなの・・・!」
紫乃《しの》が微笑んだ。
結婚すると言う事だ。
「桃ちゃんが年が明けたら院試、春には院に進む事になりますから。それが終わったらすぐ。旅行は夏ならちょうどいいかと思いまして」
「・・・受からないと進めませんけどね・・・」
「受かりますとも!」
と保真智と紫乃が声を揃えて言った。
桃は、こんな風に、誰かと未来の約束をしたのは初めて。
ただ、心配なのは。
「・・・祖父母も母も結婚式には出席するとの事なんですけど・・・」
「そうね。あちらで了承してくださっているんだから、父親は出ない方がいいわよね。・・・私がお話しておきますからね」
保真智の両親には本当のことを全部話していた。
激情型だが情緒的に豊かな夫妻は、不思議な程に理解してくれた。
保真智がそうであったように、そのままでいいじゃないと言ってくれたのだ。
桃は、それがとても嬉しかった。
いちご狩り、さくらんぼ狩り。
昨年からだいぶ回った。
「果物にこんなに品種があるなんて知らなかった」
桃はガイドブックを眺めた。
それはそうなのだ。
トマトだってじゃがいもだっていろいろあるのに。
世の中、知らないことばかり、気づかないことばっかりだ。
見渡す限りの桃畑。
笑っているかのように、輝くように濃い桃色の果実が鈴なりになっている。
「・・・ものすごく暑いことを除けば、最高だよね・・・」
炎天下で、保真智が汗だくで言った。
「・・・こっちはゆだりそうなのに、何でモモは煮えないのか・・・。ああ、こっちの桃ちゃんは煮えやすいから・・・」
保真智は桃に経口補水液を渡し、冷えピタを貼った。
なるほど、これは冷たくていいかも、と桃は感心した。
しかし、まるでインフルエンザで伏せっている程の手厚い扱い。
ハンディーファンの風に吹かれながら6個目のモモにかぶりついた。
「・・・美味しい・・・」
この暑さで他の桃狩りツアー客達は、げっそりした顔で冷房のきいた観光バスに戻って行く。
あまりに暑くて、冷やし中華とかざるそばでも食いたい気分、と言いながら。
保真智が頼もしそうに恋人を見た。
果樹園の人間に品種や特徴を聞きながら、次々に食べている。
かと思ったら、
「・・・保真智さん、あれ!」
「え?」
どこかへ走り出そうとした桃を保真智が捕まえた。
「今、ポメラニアンがいて・・・」
「え?外に?・・・ここの?逃げたのかな?」
農園主がどれ、と顔を出した。
「あぁ?うち、いねぇよ?ポメラニアンなんて。柴犬はいるけど。お嬢ちゃん、どれ?」
「え?あの、木の下の・・・」
胡桃の木の下にじっと丸く膨らんでいる毛玉と桃が見つめ合った。
「何だあ。あれ、タヌキだよ?」
「タヌキ?あれタヌキなんですか?・・・初めて見た・・・」
「お嬢ちゃん、見た事ないの?この辺よく出るのよ。出るだけなら別に昔からだけど、そこにバイパス出来たでしょう。よく轢かれてんのよ・・・。子ダヌキなんかかわいそうだよねぇ・・・。夜行性だから、夜動き回るんだけどなあ。どっか怪我でもしてんのかな?」
その話に桃が悲しそうな顔をした。
結局、合計で11個ぺろりと平らげた。
「・・・今日一番の関取だって言われました」
つまり一番食べたと称えられたらしい。
「確かに、あまりの暑さに他の観光客は皆逃げ出したもんなあ」
車に戻ると、桃は保真智に冷えピタを張り替えられた。
今日一番の大食いだったから景品と言われて、少し傷のある桃を袋いっぱい貰った。
「元は取れた気がします!」
いつもウキウキのやる気十分でブッフェに行くのだが、早々にリタイアして、友達から「アンタとバイキングじゃもとが取れない」と苦情を言われるタイプだが、この果物食べ放題と言うのは案外向いているのかもしれない。
果物だから、熱中症対策にもいいのでは無いかと保真智は言った。
「そうか。・・・体に吸収される時間がゆっくりだから・・・。ミネラルもあるし」
「ああ、なるほど。じゃあ、朝に、果物食べれておけば貯水になるかもね。そうするといいよ」
保真智は車のトランクに山積みのお土産贈答用桃の入った箱を示した。
「私もラクダみたいに貯水タンクがあれば、熱中症になんてならないんだけど。・・・高校の時、部活の時に突然気持ち悪くなって救急車で病院に連れて行って貰った事があって・・・それ以来毎年なるんです」
「一回なるとなりやすくなるって言うからね」
部活は弓道部だったそうだ。
彼女が弓道着を来て、弓を構える姿は凛々しく優美であった事だろう。
さて、と保真智が車の時計を見た。
「帰りますか。桃ちゃんのおばあちゃんのところに寄ってお土産をお渡しして行こう」
桃は頷いた。
祖母は、お土産と言われて見せられた桃をとても喜んだ。
「まあ、まだ固い。私、固い桃が大好きなの」
「マリネやサラダにしても美味しいですよね」
「・・・それにしてもあなた達、面白いわねぇ。いつも畑に行くのねえ」
「ぶどうから始まって、梨にりんごに、みかんに、さくらんぼに桃ですもんね。一巡しちゃいました」
その度にお土産と称して果物が届くのを紫乃は楽しみにしていた。
「いやそれが、パイナップル狩りと言うものがあるそうなんですよ・・・」
保真智が言うと、紫乃が楽しそうに笑った。
「パイナップルではあなた・・・沖縄にでも行かないと」
またおかしな事を考えだすものだ。
「そうなんです。なので、来年あたり二人で行こうと思ってます」
「まあ、そうなの・・・!」
紫乃《しの》が微笑んだ。
結婚すると言う事だ。
「桃ちゃんが年が明けたら院試、春には院に進む事になりますから。それが終わったらすぐ。旅行は夏ならちょうどいいかと思いまして」
「・・・受からないと進めませんけどね・・・」
「受かりますとも!」
と保真智と紫乃が声を揃えて言った。
桃は、こんな風に、誰かと未来の約束をしたのは初めて。
ただ、心配なのは。
「・・・祖父母も母も結婚式には出席するとの事なんですけど・・・」
「そうね。あちらで了承してくださっているんだから、父親は出ない方がいいわよね。・・・私がお話しておきますからね」
保真智の両親には本当のことを全部話していた。
激情型だが情緒的に豊かな夫妻は、不思議な程に理解してくれた。
保真智がそうであったように、そのままでいいじゃないと言ってくれたのだ。
桃は、それがとても嬉しかった。
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