11 / 86
1.
11.空色のアイリス
しおりを挟む
悠は呼び出されて、祖母の家を訪れていた。
自分も確認したい事があったから丁度いい。
母親違いの姉である桃の話だ。
先月、祖母の依頼で通訳の仕事をしたというのは聞いていたが、その後、その話を持ってきた、英氏と親しくしているようだと聞いたのだ。
驚いて桃本人に尋ねたら、何とその提案をされて、受諾したと言う。
確認したところ、実際は特に何も起こっていないらしく、本人に自覚は薄いようだった。
「・・・お付き合いって、お食事とか行くんでしょ?・・・でも行ってないし、まだ何だかわからないです」
と、呑気なものだったのに。
祖母は、上機嫌なのが丸わかりな様子。
「・・・は?武道ですか?」
何の話だ、と悠が聞き返した。
「嫌ね、葡萄よ。・・・保真智さん、今度行こうかと考えてるって言ってたのよ。桃ちゃん、くだもの狩りをしてみたかったんですって。ほら、英さんとこ、ご実家が山梨じゃない?」
まるで自分が行くかのように、今の時期はちょっと寒いから薄手の上着が必要ね、などと服装の計画までしている。
「・・・おばあさん、保真智さん、大丈夫なんですか?」
「彼、葡萄に詳しいらしいわよ?」
「・・・違いますよ。葡萄じゃなくて」
ああ、と紫乃は頷いた。
「・・・まあ、確かに。桃ちゃんは、今まであのひとの周りには居なかったタイプよね。・・・だからかしらね。お母様から正式に打診が来たの」
交際に親を引っ張り込むなよ、断りづらいじゃないかと、悠は不愉快に思った。
紫乃は、夢見るように美しい空色のアイリスが描かれた美しいファイルを眺めていた。
「・・・見てみる?」
悠は紫乃が楽しそうに出して来た書類を何だろうと訝し気に受け取り、内容にはっとした。
「仕事の早い事。見る?あの坊ちゃんのちゃんとした経歴とか初めて見たわ。優秀ねぇ。健康診断書までつけてらして」
交際どころか、これでは縁談ではないか。
「おばあさん・・・」
何考えてるんだ、と呆れた。
「・・・これはなんとなくとか、思いつきとかではないの。あなたのお祖父さんとも話していた事なの。孫娘のことはきちんとしてあげようって」
「・・・なお悪い、それじゃ悪巧みです」
しかし、祖母は怯まない。
「・・・昔、エンマさんは、何もいらない、何も要求しないと言ってね。・・・捨てるつもりで、捨てられたのは、私達の方。あなたのお父さんはそれにも気づいてないでしょうけどね」
学生同士で子供が出来たと言われ、反対したのは確か。
なぜか。話は簡単。
当時はまだ外国人の血を引く女性を受け入れる準備がこちらに出来ていなかったのだ。
学生というのも受け入れ難い。
子供が先にできたというのが尚悪い。
勿論、不用意なのは息子だとわかった上で、それでも了承出来なかった。
夫も息子の不始末だと頭を抱えていた。
そもそも親友の娘であり、本来なら祝福してあげたかったろう。
しかし、それは、状況と、彼の立場では難しかった。
エンマに「どうか無かった事に。あなたもその方がいい」と言ったのは自分。
今でも間違っていたとは思わない。
まだ社会に出てもいない女が赤ん坊を抱えて生きて行くのは、並大抵ではない。
その点では、エンマの母親と意見が一致した。
息子も、娘も。
今、その荷物を背負わなければ、もっといい未来を望み、生きて行くことができる。
特に、そう出来るという選択肢があるという事が、女にとって、罪と同時にどれだけの福音でもあるか。
しかし、彼女は並大抵では無かったのだ。
結局、彼女は女の子を産んだ。
バカな事、バカな娘、と思ったと同時に、どうかこの母娘に幸多かれと願った。
まとまった現金、それくらいしか誠意にもならず。
それを持参した時、「あなたやあなたの娘の為ではなく、慰謝料や手切れ金と思ってくれて構わない」とこちらが言って、初めて、エンマ•オルソンはこちらの気持ちを受け止めたのだ。
善意ではなく贖罪なら受けると言うのか。
なんとプライドが高く、不遜な女だろう。
・・・ああ、これでは息子(あの子)は負ける。
その後は、エンマはスウェーデンで政府の仕事を請負い、あちこちの国で活躍をしていたわけだが。
ああ、確かに、並大抵の女では無かったという事。
あの時、結婚させなくて良かったと思った。
自分も確認したい事があったから丁度いい。
母親違いの姉である桃の話だ。
先月、祖母の依頼で通訳の仕事をしたというのは聞いていたが、その後、その話を持ってきた、英氏と親しくしているようだと聞いたのだ。
驚いて桃本人に尋ねたら、何とその提案をされて、受諾したと言う。
確認したところ、実際は特に何も起こっていないらしく、本人に自覚は薄いようだった。
「・・・お付き合いって、お食事とか行くんでしょ?・・・でも行ってないし、まだ何だかわからないです」
と、呑気なものだったのに。
祖母は、上機嫌なのが丸わかりな様子。
「・・・は?武道ですか?」
何の話だ、と悠が聞き返した。
「嫌ね、葡萄よ。・・・保真智さん、今度行こうかと考えてるって言ってたのよ。桃ちゃん、くだもの狩りをしてみたかったんですって。ほら、英さんとこ、ご実家が山梨じゃない?」
まるで自分が行くかのように、今の時期はちょっと寒いから薄手の上着が必要ね、などと服装の計画までしている。
「・・・おばあさん、保真智さん、大丈夫なんですか?」
「彼、葡萄に詳しいらしいわよ?」
「・・・違いますよ。葡萄じゃなくて」
ああ、と紫乃は頷いた。
「・・・まあ、確かに。桃ちゃんは、今まであのひとの周りには居なかったタイプよね。・・・だからかしらね。お母様から正式に打診が来たの」
交際に親を引っ張り込むなよ、断りづらいじゃないかと、悠は不愉快に思った。
紫乃は、夢見るように美しい空色のアイリスが描かれた美しいファイルを眺めていた。
「・・・見てみる?」
悠は紫乃が楽しそうに出して来た書類を何だろうと訝し気に受け取り、内容にはっとした。
「仕事の早い事。見る?あの坊ちゃんのちゃんとした経歴とか初めて見たわ。優秀ねぇ。健康診断書までつけてらして」
交際どころか、これでは縁談ではないか。
「おばあさん・・・」
何考えてるんだ、と呆れた。
「・・・これはなんとなくとか、思いつきとかではないの。あなたのお祖父さんとも話していた事なの。孫娘のことはきちんとしてあげようって」
「・・・なお悪い、それじゃ悪巧みです」
しかし、祖母は怯まない。
「・・・昔、エンマさんは、何もいらない、何も要求しないと言ってね。・・・捨てるつもりで、捨てられたのは、私達の方。あなたのお父さんはそれにも気づいてないでしょうけどね」
学生同士で子供が出来たと言われ、反対したのは確か。
なぜか。話は簡単。
当時はまだ外国人の血を引く女性を受け入れる準備がこちらに出来ていなかったのだ。
学生というのも受け入れ難い。
子供が先にできたというのが尚悪い。
勿論、不用意なのは息子だとわかった上で、それでも了承出来なかった。
夫も息子の不始末だと頭を抱えていた。
そもそも親友の娘であり、本来なら祝福してあげたかったろう。
しかし、それは、状況と、彼の立場では難しかった。
エンマに「どうか無かった事に。あなたもその方がいい」と言ったのは自分。
今でも間違っていたとは思わない。
まだ社会に出てもいない女が赤ん坊を抱えて生きて行くのは、並大抵ではない。
その点では、エンマの母親と意見が一致した。
息子も、娘も。
今、その荷物を背負わなければ、もっといい未来を望み、生きて行くことができる。
特に、そう出来るという選択肢があるという事が、女にとって、罪と同時にどれだけの福音でもあるか。
しかし、彼女は並大抵では無かったのだ。
結局、彼女は女の子を産んだ。
バカな事、バカな娘、と思ったと同時に、どうかこの母娘に幸多かれと願った。
まとまった現金、それくらいしか誠意にもならず。
それを持参した時、「あなたやあなたの娘の為ではなく、慰謝料や手切れ金と思ってくれて構わない」とこちらが言って、初めて、エンマ•オルソンはこちらの気持ちを受け止めたのだ。
善意ではなく贖罪なら受けると言うのか。
なんとプライドが高く、不遜な女だろう。
・・・ああ、これでは息子(あの子)は負ける。
その後は、エンマはスウェーデンで政府の仕事を請負い、あちこちの国で活躍をしていたわけだが。
ああ、確かに、並大抵の女では無かったという事。
あの時、結婚させなくて良かったと思った。
2
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる