2 / 86
1.
2.冷たくて甘いもの
しおりを挟む
藤枝は、桃を自分の部屋に連れて行き、不安そうに顔を覗き込んだ。
「・・・また今頃か。・・・座りなさい」
2リットルのスポーツドリンクを差し出された。
毎年本格的に暑くなる前に桃は一度体調を崩すのだ。
学生時代には、部活の最中に救急車で運ばれた事もある。
「・・・いや、こんなには・・・飲めない・・・かな・・・?」
なみなみと注がれたマグカップ出されたが、有無を言わせない様子に桃はおとなしく口を付けた。
やはり脱水だったようで、予想外に一気に飲み干した。
おお、いい飲みっぷりだな、と公太郎が茶化した。
水分が体に吸い込まれて行くのがわかる程だった。
「・・・献血後と熱中症時のスポーツドリンクというのは湯上がりのビールよりうまいのはなんでなんでしょう?」
桃が呑気にも正直に言う。
「・・・それが熱中症だからだろうな。ほれ、もう一杯」
表面張力ぎりぎりにまた注がれた。
「・・・あ、すみません」
桃はまたカップをあおった。
その様子をホッとしたように見ながら、公太郎がため息をついた。
「・・・この寒暖差も悪いらしいよな。外は40℃、室内は20℃だろ。・・・でも省エネなんて言ってらんない暑さだもんなあ」
これが温暖化か、と公太郎はため息をついた。
ここ二十年で、年々気温は上昇を続けている。
「私も、部屋、一日中エアコンつけっぱなしですから」
自宅で猫を飼っているので、常に適温を保たないといけないのだ。
「・・・この暑さじゃ、蒸し猫になっちゃうもんなあ。・・・少し、休んで行きなさい」
さすがに断ろうとしたが、まだ立ち上がる事ができず、桃は素直に頷いた。
しばらくすると、同僚達が何人もお見舞いと称して藤枝の部屋を訪れ、冷たいお茶や、スポーツドリンクや、カップに入ったダイスカットされたスイカ、トマトジュース、塩飴やカリカリ梅の救援物資を置いて行って、ソファに横になっていた桃の枕元にはお供えが山積みになっていた。
桃が熱中症になり、藤枝の部屋で行き倒れていると話が回ったのだろう。
それぞれが自分の一推しの熱中症対策食品を熱く語りながら置いて行った。
「・・・皆、優しいよね。日本てこういうとこあっていいなあ」
桃はソファに寝そべりながらカットスイカを頬張った。
優しいスイカの青い香りと甘みに軽い感動を覚えた。
「スウェーデンはそうでもないけど、アメリカなんて体調管理出来ないやつは仕事できないって言われて出世出来ないから。皆、病気になったら隠すの必死よ。でもバレると、申告しなかったって総叩き」
「・・・丈夫で健康なやつしか病気にもなれないな」
矛盾する事を言い、公太郎は世知辛いと呟いた。
桃は藤枝にもカステラを渡した。
「このカステラかわいい」
包装に不思議なキャラクターが描いてあった。
熊のような、猿のような、犬のような。
「・・・あー、昔からいるな。何じゃこりゃ」
と言いながら、公太郎は受け取ったカステラを頬張った。
カステラなんて口にするのは随分久しぶりだが、しみじみ美味い。
桃は壁の時計を見て、はっとした。
「・・・大変ご迷惑おかけしました。・・・すいません、遅くして・・・」
既に就業時間は過ぎていた。
まだ少し足元が変な感じがするが、大丈夫のようだ。
「・・・送って行くから待ってなさい」
「いいです。大丈夫です。水分と塩分と糖分、電解質もとったし血糖値も上がったし」
お供えありがたや、と桃は同僚達に感謝した。
「・・・桃、熱中症と言うのは・・・」
公太郎が説明と説得をしようとした時、ノックの音がして、失礼しますと声がした。
桃は、またお供えかな、今度はアイスがいいな、と笑ったが、思わぬ人物に半身を起こした。
常務の小松川悠だった。
「・・・オルソン博士。体調不良と伺いました。医師をお連れしました。・・・どうぞ」
白衣姿の女性が促されて入室して来た。
「・・・え?いや、そんな・・・すみません、軽い熱中症みたいなものなだけで」
「オルソンさん。去年もそう言って、寝込みましたよね?」
社内医の葉山月子が言ったのに、桃はハイと情けなく頷いた。
「お食事は?今日、召し上がったものは何ですか?」
「・・・お昼は、アイスと、アイスコーヒーと。今、スポーツドリンク1リットルと、あとスイカとお菓子を皆に貰っていっぱい食べました」
桃が嬉しそうに言うのに、三人が押し黙った。
このひと、ちょっとガイコクジンだから言葉のニュアンス通じなかったかしら?と月子は首を傾げた。
「お食事ですよ?」
「食べたものですよね?だから、アイスと・・・」
「・・・桃、いや、オルソンさん、いいか?あのー、先生は、例えば、カレーとか、蕎麦とか。そういう事をな・・・」
「本部長、私、日本語わかりますって。私、第一言語が日本語です。意味わかってますよ?」
全員に「本当かよ、こいつ」と言う懐疑的な顔で見られて、桃は戸惑った。
なるほど、ではもっと問題だ、と月子がため息をついた。
「・・・そう。じゃ、アナタ。ごはん食べてないのね?」
「だって毎日こんなに暑いのに、あつあつのカレーやおでんより、冷たいもののほうが体にもいいでしょ?」
灼熱の日々で、愛すべき冷たくて甘いもの。
これのどこがダメなんだ、と桃は三人を見渡した。
藤枝がため息をついた。
「・・・あのな、栄養というのは、ブドウ糖やらタンパク質やらビタミンやらと言うな・・・」
「そうよ。まずは食事って基本なの。まとまった量の炭水化物と、タンパク質」
それはちゃんと取ってる、プロテイン飲んでるしと反論しようとした時、小松川が割って入った。
「・・・オルソン博士。・・・体調管理も仕事のうちですよ」
体調管理できない奴は仕事出来ないって事、と自分で言った言葉が、手厳しく痛いブーメランで帰ってきた。
桃は、ハイ、とだけ言って頷いた。
「・・・また今頃か。・・・座りなさい」
2リットルのスポーツドリンクを差し出された。
毎年本格的に暑くなる前に桃は一度体調を崩すのだ。
学生時代には、部活の最中に救急車で運ばれた事もある。
「・・・いや、こんなには・・・飲めない・・・かな・・・?」
なみなみと注がれたマグカップ出されたが、有無を言わせない様子に桃はおとなしく口を付けた。
やはり脱水だったようで、予想外に一気に飲み干した。
おお、いい飲みっぷりだな、と公太郎が茶化した。
水分が体に吸い込まれて行くのがわかる程だった。
「・・・献血後と熱中症時のスポーツドリンクというのは湯上がりのビールよりうまいのはなんでなんでしょう?」
桃が呑気にも正直に言う。
「・・・それが熱中症だからだろうな。ほれ、もう一杯」
表面張力ぎりぎりにまた注がれた。
「・・・あ、すみません」
桃はまたカップをあおった。
その様子をホッとしたように見ながら、公太郎がため息をついた。
「・・・この寒暖差も悪いらしいよな。外は40℃、室内は20℃だろ。・・・でも省エネなんて言ってらんない暑さだもんなあ」
これが温暖化か、と公太郎はため息をついた。
ここ二十年で、年々気温は上昇を続けている。
「私も、部屋、一日中エアコンつけっぱなしですから」
自宅で猫を飼っているので、常に適温を保たないといけないのだ。
「・・・この暑さじゃ、蒸し猫になっちゃうもんなあ。・・・少し、休んで行きなさい」
さすがに断ろうとしたが、まだ立ち上がる事ができず、桃は素直に頷いた。
しばらくすると、同僚達が何人もお見舞いと称して藤枝の部屋を訪れ、冷たいお茶や、スポーツドリンクや、カップに入ったダイスカットされたスイカ、トマトジュース、塩飴やカリカリ梅の救援物資を置いて行って、ソファに横になっていた桃の枕元にはお供えが山積みになっていた。
桃が熱中症になり、藤枝の部屋で行き倒れていると話が回ったのだろう。
それぞれが自分の一推しの熱中症対策食品を熱く語りながら置いて行った。
「・・・皆、優しいよね。日本てこういうとこあっていいなあ」
桃はソファに寝そべりながらカットスイカを頬張った。
優しいスイカの青い香りと甘みに軽い感動を覚えた。
「スウェーデンはそうでもないけど、アメリカなんて体調管理出来ないやつは仕事できないって言われて出世出来ないから。皆、病気になったら隠すの必死よ。でもバレると、申告しなかったって総叩き」
「・・・丈夫で健康なやつしか病気にもなれないな」
矛盾する事を言い、公太郎は世知辛いと呟いた。
桃は藤枝にもカステラを渡した。
「このカステラかわいい」
包装に不思議なキャラクターが描いてあった。
熊のような、猿のような、犬のような。
「・・・あー、昔からいるな。何じゃこりゃ」
と言いながら、公太郎は受け取ったカステラを頬張った。
カステラなんて口にするのは随分久しぶりだが、しみじみ美味い。
桃は壁の時計を見て、はっとした。
「・・・大変ご迷惑おかけしました。・・・すいません、遅くして・・・」
既に就業時間は過ぎていた。
まだ少し足元が変な感じがするが、大丈夫のようだ。
「・・・送って行くから待ってなさい」
「いいです。大丈夫です。水分と塩分と糖分、電解質もとったし血糖値も上がったし」
お供えありがたや、と桃は同僚達に感謝した。
「・・・桃、熱中症と言うのは・・・」
公太郎が説明と説得をしようとした時、ノックの音がして、失礼しますと声がした。
桃は、またお供えかな、今度はアイスがいいな、と笑ったが、思わぬ人物に半身を起こした。
常務の小松川悠だった。
「・・・オルソン博士。体調不良と伺いました。医師をお連れしました。・・・どうぞ」
白衣姿の女性が促されて入室して来た。
「・・・え?いや、そんな・・・すみません、軽い熱中症みたいなものなだけで」
「オルソンさん。去年もそう言って、寝込みましたよね?」
社内医の葉山月子が言ったのに、桃はハイと情けなく頷いた。
「お食事は?今日、召し上がったものは何ですか?」
「・・・お昼は、アイスと、アイスコーヒーと。今、スポーツドリンク1リットルと、あとスイカとお菓子を皆に貰っていっぱい食べました」
桃が嬉しそうに言うのに、三人が押し黙った。
このひと、ちょっとガイコクジンだから言葉のニュアンス通じなかったかしら?と月子は首を傾げた。
「お食事ですよ?」
「食べたものですよね?だから、アイスと・・・」
「・・・桃、いや、オルソンさん、いいか?あのー、先生は、例えば、カレーとか、蕎麦とか。そういう事をな・・・」
「本部長、私、日本語わかりますって。私、第一言語が日本語です。意味わかってますよ?」
全員に「本当かよ、こいつ」と言う懐疑的な顔で見られて、桃は戸惑った。
なるほど、ではもっと問題だ、と月子がため息をついた。
「・・・そう。じゃ、アナタ。ごはん食べてないのね?」
「だって毎日こんなに暑いのに、あつあつのカレーやおでんより、冷たいもののほうが体にもいいでしょ?」
灼熱の日々で、愛すべき冷たくて甘いもの。
これのどこがダメなんだ、と桃は三人を見渡した。
藤枝がため息をついた。
「・・・あのな、栄養というのは、ブドウ糖やらタンパク質やらビタミンやらと言うな・・・」
「そうよ。まずは食事って基本なの。まとまった量の炭水化物と、タンパク質」
それはちゃんと取ってる、プロテイン飲んでるしと反論しようとした時、小松川が割って入った。
「・・・オルソン博士。・・・体調管理も仕事のうちですよ」
体調管理できない奴は仕事出来ないって事、と自分で言った言葉が、手厳しく痛いブーメランで帰ってきた。
桃は、ハイ、とだけ言って頷いた。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる