8 / 62
⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
8.荊棘《いばら》の傷痕
しおりを挟む
しばしの後、二人の強引な計画を残雪は笑いながら聞いていた。
「当然、心配だと思うの。でも大丈夫。お腹にずっと収めているのは大変だけれどしばらくの辛抱。産むのはお腹切ってしまって済んじゃうから。私もそうだったから」
蛍石は手術で二度出産した事があるのだと言って、ホラ、と腹部の傷を見せた。
灯りが落としてあるので気づかなかったが、残雪が痛ましそうに目を細めた。
筋肉が少ない柔らかく白い肌に、思うより大きな荊棘の蔓のような傷跡があった。
まるで大きな鉤爪にでも掴みかかられたかのように無残だと残雪は息を飲んだ。
「痛そう・・・。王族の方は皆そうなの?」
違う、と五位鷺が首を振った。
「蛍石様はまだお若い頃だったから体が出産には耐えられないと言う事でだよ。本来、王族、ましてや皇帝の玉体をそんなにサクサク切り刻んで良いものじゃない。・・・当時は家令の力が及ばずで、我々家令の典医も遠ざけられたから、無念なことだけど」
皇帝だというのに不遇を一人耐えていた少女と、弱かった立場から巻き返して蛍石を守ったと言う五位鷺を思って、残雪は胸に迫るものがあった。
「王族はなるだけ早く結婚して子供を作らなければならない決まりがあるんだけど。私、父が早くに亡くなったから、即位した時まだ子供だったし。体も小さくてね、今でもたいして変わらないけど。正室を迎えたものの、なかなか妊娠やら出産まで至らなくてね。立場も弱くてね。男后も焦ったのでしょうね。いろんな医者を連れて来て、薬やらなんやら、だいぶ使ったの。・・・そもそも元から骨盤なんていきなり大きくならないんだから誰もがわかっていたのよね。妊娠までこぎつけて外に出しても生きれる程に成長したら腹を切って出してしまえって。・・・ようやく一人、公主が産まれたけど、私、だいぶ体が弱ってしまっていて」
淡々と説明する蛍石に五位鷺はため息をついた。
「あんなの繁殖だ。毎日犯されていただけ。・・・こっちはそれが耐えられなくなって、継室を迎える算段をつけた」
その後、正室は遠ざけられて、今は蛍石が夜を共にする事はなくなった。
残雪が泣きそうに眉を寄せた。
まだ成熟していない女性を無理やり妊娠させて、乱暴な手段で出産に至らせていたと言うのか。
周りの大人達が、守るどころか強要していたと言う事だ。
「なんてひどいことをするの。あなたの立場が弱いなら、あなたを守る為にいるべき人達よ」
ついに残雪が泣き出し蛍石は大いに戸惑った。
そんな風に言って貰えるのは、初めてて。
当然の義務だと、そればかり。
「ああもう、雪、きっと私、あなたを愛するわ。こんな日にベッドでこんなこと言ったの初めてなんだから。本当よ」
「確かに、言われてない。俺も、ご正室も、継室も」
五位鷺が真面目な顔で頷いた。
「・・・そんなこと、なんで知ってるの?」
「皇帝の結婚は、公式な行事だもの、きちんと記録されるもんだから」
当然のように五位鷺が言った。
残雪は赤くなってから青くなった。
「だ、誰か、居るってこと?」
「エート、総家令、女官長、副女官長、典医、司祭」
「ヤダ!信じられない!ヘンタイ!そういうのって、とってもプライベートなことよ?」
「へ、変態って‥‥。いや、あの、公人の塊の皇帝にプライバシーなんかあるもんか。重要なことだもの」
「プライバシーとプライベートは違うの。それって、すごく大切にしなきゃいけないのよ!重要と大切は違うのよ!そうしないといろんなものがすり減っちゃって自分もまわりも大切にできないのよ?かわいそうよ!よくもまあ貴方達、偉い大人が揃いも揃って非常識な事ばかり考えつくものね!」
残雪が五位鷺を叱り飛ばした。
「雪、もう、本当、大好き!」
感激して蛍石は残雪を抱きしめた。
翌々春に、残雪は五位鷺との間に女の子を産み、棕梠春北斗と名付けられ、また初夏に差し掛かる頃に蛍石女皇帝が総家令の子を産み、銀星と名付けられて王族に列せられた。
その頃、予定通り、宮城の皇帝の私室に近い一室に太子と乳母の為の瀟洒な部屋が用意されていた。
「当然、心配だと思うの。でも大丈夫。お腹にずっと収めているのは大変だけれどしばらくの辛抱。産むのはお腹切ってしまって済んじゃうから。私もそうだったから」
蛍石は手術で二度出産した事があるのだと言って、ホラ、と腹部の傷を見せた。
灯りが落としてあるので気づかなかったが、残雪が痛ましそうに目を細めた。
筋肉が少ない柔らかく白い肌に、思うより大きな荊棘の蔓のような傷跡があった。
まるで大きな鉤爪にでも掴みかかられたかのように無残だと残雪は息を飲んだ。
「痛そう・・・。王族の方は皆そうなの?」
違う、と五位鷺が首を振った。
「蛍石様はまだお若い頃だったから体が出産には耐えられないと言う事でだよ。本来、王族、ましてや皇帝の玉体をそんなにサクサク切り刻んで良いものじゃない。・・・当時は家令の力が及ばずで、我々家令の典医も遠ざけられたから、無念なことだけど」
皇帝だというのに不遇を一人耐えていた少女と、弱かった立場から巻き返して蛍石を守ったと言う五位鷺を思って、残雪は胸に迫るものがあった。
「王族はなるだけ早く結婚して子供を作らなければならない決まりがあるんだけど。私、父が早くに亡くなったから、即位した時まだ子供だったし。体も小さくてね、今でもたいして変わらないけど。正室を迎えたものの、なかなか妊娠やら出産まで至らなくてね。立場も弱くてね。男后も焦ったのでしょうね。いろんな医者を連れて来て、薬やらなんやら、だいぶ使ったの。・・・そもそも元から骨盤なんていきなり大きくならないんだから誰もがわかっていたのよね。妊娠までこぎつけて外に出しても生きれる程に成長したら腹を切って出してしまえって。・・・ようやく一人、公主が産まれたけど、私、だいぶ体が弱ってしまっていて」
淡々と説明する蛍石に五位鷺はため息をついた。
「あんなの繁殖だ。毎日犯されていただけ。・・・こっちはそれが耐えられなくなって、継室を迎える算段をつけた」
その後、正室は遠ざけられて、今は蛍石が夜を共にする事はなくなった。
残雪が泣きそうに眉を寄せた。
まだ成熟していない女性を無理やり妊娠させて、乱暴な手段で出産に至らせていたと言うのか。
周りの大人達が、守るどころか強要していたと言う事だ。
「なんてひどいことをするの。あなたの立場が弱いなら、あなたを守る為にいるべき人達よ」
ついに残雪が泣き出し蛍石は大いに戸惑った。
そんな風に言って貰えるのは、初めてて。
当然の義務だと、そればかり。
「ああもう、雪、きっと私、あなたを愛するわ。こんな日にベッドでこんなこと言ったの初めてなんだから。本当よ」
「確かに、言われてない。俺も、ご正室も、継室も」
五位鷺が真面目な顔で頷いた。
「・・・そんなこと、なんで知ってるの?」
「皇帝の結婚は、公式な行事だもの、きちんと記録されるもんだから」
当然のように五位鷺が言った。
残雪は赤くなってから青くなった。
「だ、誰か、居るってこと?」
「エート、総家令、女官長、副女官長、典医、司祭」
「ヤダ!信じられない!ヘンタイ!そういうのって、とってもプライベートなことよ?」
「へ、変態って‥‥。いや、あの、公人の塊の皇帝にプライバシーなんかあるもんか。重要なことだもの」
「プライバシーとプライベートは違うの。それって、すごく大切にしなきゃいけないのよ!重要と大切は違うのよ!そうしないといろんなものがすり減っちゃって自分もまわりも大切にできないのよ?かわいそうよ!よくもまあ貴方達、偉い大人が揃いも揃って非常識な事ばかり考えつくものね!」
残雪が五位鷺を叱り飛ばした。
「雪、もう、本当、大好き!」
感激して蛍石は残雪を抱きしめた。
翌々春に、残雪は五位鷺との間に女の子を産み、棕梠春北斗と名付けられ、また初夏に差し掛かる頃に蛍石女皇帝が総家令の子を産み、銀星と名付けられて王族に列せられた。
その頃、予定通り、宮城の皇帝の私室に近い一室に太子と乳母の為の瀟洒な部屋が用意されていた。
1
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
仔猫のスープ
ましら佳
恋愛
繁華街の少しはずれにある小さな薬膳カフェ、金蘭軒。
今日も、美味しいお食事をご用意して、看板猫と共に店主がお待ちしております。
2匹の仔猫を拾った店主の恋愛事情や、周囲の人々やお客様達とのお話です。
お楽しみ頂けましたら嬉しいです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
御伽噺のその先へ
雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。
高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。
彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。
その王子が紗良に告げた。
「ねえ、俺と付き合ってよ」
言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。
王子には、誰にも言えない秘密があった。
「知恵の味」
Alexs Aguirre
キャラ文芸
遥か昔、日本の江戸時代に、古びた町の狭い路地の中にひっそりと隠れた小さな謎めいた薬草園が存在していた。その場所では、そこに作られる飲み物が体を癒すだけでなく、心までも癒すと言い伝えられている。店を運営しているのはアリヤというエルフで、彼女は何世紀にもわたって生き続け、世界中の最も遠い場所から魔法の植物を集めてきた。彼女は草花や自然の力に対する深い知識を持ち、訪れる客に特別な飲み物を提供する。それぞれの飲み物には、世界のどこかの知恵の言葉が添えられており、その言葉は飲む人々の心と頭を開かせる力を持っているように思われる。
「ささやきの薬草園」は、古の知恵、微妙な魔法、そして自己探求への永遠の旅が織りなす物語である。各章は新しい物語、新しい教訓であり、言葉と植物の力がいかに心の最も深い部分を癒すかを発見するための招待状でもある。
---
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる