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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》

8.荊棘《いばら》の傷痕

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 しばしの後、二人の強引な計画を残雪ざんせつは笑いながら聞いていた。
「当然、心配だと思うの。でも大丈夫。お腹にずっと収めているのは大変だけれどしばらくの辛抱。産むのはお腹切ってしまって済んじゃうから。私もそうだったから」
蛍石ほたるいしは手術で二度出産した事があるのだと言って、ホラ、と腹部の傷を見せた。
灯りが落としてあるので気づかなかったが、残雪ざんせつが痛ましそうに目を細めた。
筋肉が少ない柔らかく白い肌に、思うより大きな荊棘いばらつたのような傷跡があった。
まるで大きな鉤爪にでも掴みかかられたかのように無残だと残雪ざんせつは息を飲んだ。
「痛そう・・・。王族の方は皆そうなの?」
違う、と五位鷺ごいさぎが首を振った。
蛍石ほたるいし様はまだお若い頃だったから体が出産には耐えられないと言う事でだよ。本来、王族、ましてや皇帝の玉体をそんなにサクサク切り刻んで良いものじゃない。・・・当時は家令の力が及ばずで、我々家令の典医も遠ざけられたから、無念なことだけど」
皇帝だというのに不遇を一人耐えていた少女と、弱かった立場から巻き返して蛍石ほたるいしを守ったと言う五位鷺ごいさぎを思って、残雪ざんせつは胸に迫るものがあった。
「王族はなるだけ早く結婚して子供を作らなければならない決まりがあるんだけど。私、父が早くに亡くなったから、即位した時まだ子供だったし。体も小さくてね、今でもたいして変わらないけど。正室を迎えたものの、なかなか妊娠やら出産まで至らなくてね。立場も弱くてね。男后おとこきさきも焦ったのでしょうね。いろんな医者を連れて来て、薬やらなんやら、だいぶ使ったの。・・・そもそも元から骨盤なんていきなり大きくならないんだから誰もがわかっていたのよね。妊娠までこぎつけて外に出しても生きれる程に成長したら腹を切って出してしまえって。・・・ようやく一人、公主が産まれたけど、私、だいぶ体が弱ってしまっていて」
淡々と説明する蛍石ほたるいし五位鷺ごいさぎはため息をついた。
「あんなの繁殖だ。毎日犯されていただけ。・・・こっちはそれが耐えられなくなって、継室を迎える算段をつけた」
その後、正室は遠ざけられて、今は蛍石ほたるいしが夜を共にする事はなくなった。
残雪ざんせつが泣きそうに眉を寄せた。
まだ成熟していない女性を無理やり妊娠させて、乱暴な手段で出産に至らせていたと言うのか。
周りの大人達が、守るどころか強要していたと言う事だ。
「なんてひどいことをするの。あなたの立場が弱いなら、あなたを守る為にいるべき人達よ」
ついに残雪ざんせつが泣き出し蛍石ほたるいしは大いに戸惑った。
そんな風に言って貰えるのは、初めてて。
当然の義務だと、そればかり。
「ああもう、雪、きっと私、あなたを愛するわ。こんな日にベッドでこんなこと言ったの初めてなんだから。本当よ」
「確かに、言われてない。俺も、ご正室も、継室も」
五位鷺ごいさぎが真面目な顔で頷いた。
「・・・そんなこと、なんで知ってるの?」
「皇帝の結婚は、公式な行事だもの、きちんと記録されるもんだから」
当然のように五位鷺ごいさぎが言った。
残雪ざんせつは赤くなってから青くなった。
「だ、誰か、居るってこと?」
「エート、総家令、女官長、副女官長、典医、司祭」
「ヤダ!信じられない!ヘンタイ!そういうのって、とってもプライベートなことよ?」
「へ、変態って‥‥。いや、あの、公人の塊の皇帝にプライバシーなんかあるもんか。重要なことだもの」
「プライバシーとプライベートは違うの。それって、すごく大切にしなきゃいけないのよ!重要と大切は違うのよ!そうしないといろんなものがすり減っちゃって自分もまわりも大切にできないのよ?かわいそうよ!よくもまあ貴方達、偉い大人が揃いも揃って非常識な事ばかり考えつくものね!」
残雪ざんせつ五位鷺ごいさぎを叱り飛ばした。
「雪、もう、本当、大好き!」
感激して蛍石ざんせつは残雪を抱きしめた。

 
 翌々春に、残雪ざんせつ五位鷺ごいさぎとの間に女の子を産み、棕梠春北斗しゅろはるほくとと名付けられ、また初夏に差し掛かる頃に蛍石ほたるいし女皇帝が総家令の子を産み、銀星ぎんせいと名付けられて王族に列せられた。
その頃、予定通り、宮城の皇帝の私室に近い一室に太子と乳母の為の瀟洒しょうしゃな部屋が用意されていた。
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