仔猫のスープ

ましら佳

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26.黄金のトンカツ

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 ドアベルが鳴ったのに、二人は顔を上げた。
虹子にじこはパッと青磁せいじから体を離した。
「・・・いらっしゃいま・・・」
言いきらないうちに、虹子にじこは笑顔で駆け寄った。
柚雁ゆかりちゃん!」
久しぶりに会う、青磁せいじの姉だった。
「・・・えっ、なんで・・・姉ちゃ・・・」
虹子にじこと過ごす時間を奪われただけでも嫌なのに、突然の姉の登場に、いい予感はしない。
虹子にじこ!ちゃんとやってるのね。偉いわー!」
「いきなりどうしたの、柚雁ゆかりちゃん!言っててくれたら迎えに行ったのに!」
突然、賑やかになり2匹の猫が驚いて起きあがった。
「・・・ああ、これが噂の猫姉妹ね!可愛いじゃない!・・・あ、お土産いっぱい持ってきたの。まずこれ、春節限定の年糕お餅詰め合わせ、こっちは限定化粧品。クリスマス用のダセーター。もう過ぎちゃったから今年着て。新しい調理着。これは桜ちゃんからケーキ。利是お年玉もあげるわ。・・・もう、春節なのに全然来ないんだもの!だから来ちゃったわよ」
お年玉の赤い袋を渡されて、虹子にじこがありがとうとお礼を言った。
「・・・重陽節には青磁せいじと蟹食べに行こうと思ってはいたんだけど・・・」
ふと青磁せいじが違和感を感じて柚雁ゆかりを見た。
「・・・ジュジュ君は?」
ああ、と柚雁ゆかりが手をひらひらさせた。
「別れる。置いてきた。もう知らない」
言いながら、テーブルの上のおかずを勝手につまむ。
「うまいわね、この卵焼き。甘じょっぱくて最高。・・・青磁せいじ、ちょっと、ご飯よそって来て」
「・・・え!?ジュジュ、何かしたの?」
柚雁ゆかりに一目惚れして、猛アタックで絨毯爆撃じゅうたんばくげきのようなプレゼント攻勢をして結婚し、その後もそれはそれは愛妻家だと言うのに。
「・・・いや・・・、虹子にじこ、なんかしたのはこっちじゃないのか?・・・姉さん、それ、誰の子だ?」
驚いて虹子にじこはさっさと食べ始めた柚雁ゆかりを見た。
「え・・・え?!」
「ふん、よく分かること。7ヶ月よ」
「えええ?!すごい、柚雁ゆかりちゃん、おめでとう!じゃあ、もっと食べなきゃ!何食べたい?」
「えー、そうねえ。トンカツ食べたい!」
「トンカツね!ロース派よね!」
厨房にすっ飛んで行こうとした虹子にじこ青磁せいじが引っ張った。
「いや、待って待って・・・。おかしいだろ。ジュジュの子じゃないんじゃないのか?」
「いいわよ!そんなのどうだって!柚雁ゆかりちゃんがトンカツ食べたいんだから、離して!」
どうだっていいと言われて、青磁せいじは軽くショックを受けた。
「・・・バカね。虹子にじこは私が大好きなんだから」
柚雁ゆかりちゃーん、お肉、どのくらい食べる?」
「そうね!600はいけるわ」
分かった、と厨房から声が返って来た。
「・・・ろっ・・・。半キロ以上食うのかよ・・・。なぁ、ちょっと。本当、どう言う事だよ」
「まず、この子の父親はジュジュで間違いないわよ」
そうか、と青磁せいじはとりあえずほっとした。
姉が不義を働いたとしたら、さすがにあの義弟に申し訳ない。
「・・・不妊治療してたの。でも年齢的にね、ドクターストップされてね。でも私、続けてたの」
「・・・危険だろ・・・」
「そう、まさにそこ。ジュジュなんて、もうさっさとやめようって言ってたんだから」
「・・・それは、姉さんを思ってだ・・・」
「そうよ。でもね、私を思ってくれるなら、まずは、私の意思を優先して欲しいのよ!」
断言されて、青磁せいじはもはや黙った。
私のしたいようにさせてくれないなんてこの裏切り者!とかでも言って飛び出して来たのだろう。
目に浮かぶ。
「・・・でも7ヶ月だろー?よくまあ・・・」
「うん。バレたの先週だから」
「だ、黙ってたのか・・・?」
「まあね」
青磁せいじがさすがに絶句した。
「・・・はい。え?来てるけど?・・・私、今、揚げ物してるの!後でね!」
厨房で声がするのは、ジュジュから虹子にじこの携帯に泣きが入ったのだろう。
さっさと通話を切ろうとするのに、慌てて青磁せいじが立ち上がって携帯を受け取った。
「・・・ジュジュ、話は聞いたから。・・・うん、大変だったね。・・・泣くなよ、うん。・・・泣くなって、何言ってんだか全然わかんねえ・・・」
わあわあ泣くばかりで、ちっとも話にならない。
とにかく、彼が妻を心配しているのはよく分かった。
「・・・アンタ、産婦人科もやれるはずよね?循環器と産婦人科、サブで取ってたじゃない。御免状、しまってあるみたいだけどさ」
「とんでもない話だ。必要だから転科して小児心臓はまあなんとか・・・。でも産婦人科なんて無理。基礎がない、経験不足、怖ェ」
青磁せいじは青くなった。
「小児科産婦人科に看板替えといてよ。私、とにかく産むから」
虹子にじこは揚げたての黄金色のトンカツを運んできた。
「・・・美味しそう・・・!!!」
柚雁ゆかりは歓声を上げた。
「香港にも、日式トンカツ屋結構あるけど、美味しいんだけど、なんか違うのよね!おコメもおいしいし最高。このなめこの味噌汁のうまい事!なんなのここの味噌は・・・?!・・・私、しばらくここ動かない!」
「・・・帰ってくれ・・・」
青磁せいじは頭を抱えたい気分。
厨房で今度はエビフライを揚げていた虹子にじこが大声を出した。
またジュジュが電話をよこしたようだ。
「え?・・・柚雁ゆかりちゃーん、ジュジュが今、赤鱲角チェプラッコック着いたって。飛行機にキャンセル出たから乗れるって。夕方には羽田着くみたい」
赤鱲角チェプラッコック國際機場は、香港国際空港の別名だ。
慌てふためいて追っかけて来るのだろう。
「アラソー、ふーん、勝手にすればぁー」
「・・・いや、なあ、本当、紹介状何とかするから、医大に行って、怒られて来いよ。なあ、死ぬぞ、本当に」
ふん、と柚雁ゆかりは適当に答えて、またトンカツを頬張った。
様子を見ていた2匹の猫達がそっと柚雁ゆかりに近づいた。
「あら!やっぱり優しい人の事はわかるのねー。トンカツのトンをあげるわ」
味付けされていない部分をほじくると、猫に与える。
スープとタンタンは夢中になって食べ始めた。
ああ、何だ、何がどうして、どうしたもんだか・・・・。
青磁せいじは、自分もトンカツを一切れ口に突っ込んだ。
やっと山登りが終わったと思ったのに。
今度は、とんでもない嵐に巻き込まれそうだ。

 
 その数ヶ月後。
月ノ輪邸にはもう一つ、派手な仏壇が増えた。
それから、双子の女の子の新生児。
彼女達は千胡莉ちこり真楼まろうと名付けられて、年の離れた妹である蝶子ちょうこと共に、いつも2匹の猫がそばに寄り添うようにして育つことになる。
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