仔猫のスープ

ましら佳

文字の大きさ
上 下
17 / 28

17.シャコの悲鳴

しおりを挟む
  月ノ輪邸のダイニングに移動すると、食卓に物凄い品数が並んでいた。
「食べれる?お正月だしちょっとご馳走。それに栄養をつけた方がいいのかなあと思って」
にしても、揚げ物やら鰻の蒲焼や鳥の丸焼きなんかは、常識的に病人食としては無理だろう。
この人の言う薬膳というのは、多分、引き算ではないんだな、と湊人みなとは確信した。
「・・・ちょっと、た、食べれません・・・」
「そう?じゃ、お粥と、食べれるのだけ食べてみて」
それから、正月だしかにが食べたくなったと言って、今度は中華鍋で物凄い火力でかにを炒め始めた。
一般の家ではそう見ないような火柱が上がって、火事になるのではとヒヤヒヤする。
食卓につくと、それぞれが自分のペースで食べ始めた。
タンタンは好物のエビ、スープはパン粥とかものローストを貰ったらしく嬉しそうに食べていた。
「・・・やっぱりこの鍋、置いておこうかな。鉄鍋持って、行ったり来たりとか変よね・・・」
置いといたら?と青磁せいじが返事をした。
「中華鍋なんかとは違くてさ。ほら、でっかいなんとかって鉄兜みたいなフランス製の鍋。あれ、いろんな色に塗って、日本の女子にだいぶ売って儲けた会社のさ」
「あー、可愛いわね、あれ。・・・まあ、持ってませんけど」
「ああいうの持って飯作りに来られたりすると若干引くよね」
「うわあ、具体的。それって経験?・・・自慢?健気な女心分からないなんて最低」
ねえ、と虹子にじこに同意を求められる。
「・・・普通、嬉しいんじゃないですか?・・・鉄鍋だって相当変ですよ?」
どっちかと言ったら、鉄鍋の方が引く。
「だって、私。これしか持ってないもの。中華鍋ってすごいんだから、洗う、焼く、炒める、揚げる、煮る、蒸す、全部出来るの。・・・ここんち、昔から鍋もないのよ?」
「昔って・・・?」
「ああ、私ね、小さい頃、ここの家で生活させてもらってた時期があるの。ここ、昔は小児科の他に産婦人科もあってね。私、ここで産まれてね」
亡き青磁せいじの母と虹子にじこの母が親友だったのだ。
「うち、パパが転勤多くて。今で言う完全ワンオペになっちゃって。ママは仕事してたしね。その上、私、虚弱児で。今はあんまり聞かないけど自家中毒じかちゅうどくでしょっちゅう吐いたり、喘息ぜんそく蕁麻疹じんましん盲腸もうちょうだって。その上、家族も学校も誰もなってないのに、県内でたった一人、唯一のO-15ナントカとかにかかっちゃうし。お医者さんにも学校の先生にも保健所の人にも何拾い食いしたんだってすごい聞かれたり・・・。そんなだから、うちの親、スキルはある二人だったんだけど、キャパがパンクして家庭崩壊しそうになったのね。で、もうここにしばらく置いて行けって青磁せいじのママが言ってくれてね。うちは助けられました」
湊人みなとはその話を呆然として聞いていた。
「そうそう。でもだからと言って、ウチの母ちゃんは診察は出来るし薬も出せるけど、育児が得意なわけじゃないからね。姉は我が道を行くタイプだし。父ちゃんと俺で虹子にじこの世話してたんだから」
なんと変な昔話、と湊人みなとは呆れていた。
「その当時から、鍋はなかったよね?」
「うーん、ちっこいフライパンはあったような気はするけど・・・。そもそも料理大っ嫌いだからね、うちの母ちゃん。だからうちに鍋があった事はないな」
そんなの、ただ鍋を買えばいい話だろう、と湊人みなとは呆れた。
「・・・鍋、買えばいいんじゃないんですか・・・?」
「やだ。めんどくさい。・・・ほら、高階たかしな君、かには食っとけ、正月なんだから」
青磁せいじかにに夢中でかじりついていた。
「・・・はぁ・・・」
風邪の為はっきりしない味覚だったが、何やら香辛料で炒められたかにはパンチが効いていて美味だった。
かに食べたら、その黒糖の生姜湯飲んでね。かにって体冷えるから」
また足し算だな、と湊人みなとは笑った。
「・・・なんか、シャコも食べたくなって来た・・・炒めちゃおうかな・・・」
車庫?と湊人みなとは疑問に思った。
蝦蛄しゃこ知らない?結構見た事ない人いるのよね!見る?」
虹子にじこは嬉しそうに冷蔵庫からボウルを出して来てテーブルに置いた。
どれどれ、と覗き込むと、エビというよりムカデに近いようなものが何匹もうごめいていた。
湊人みなとはあまりの気色悪さに悲鳴を上げた。
「ウワァァ・・・!?な、なんですかこれ!?でっかい虫?!」
「うん。なんかやっぱり甲殻類って昆虫っぽいよね。節足動物だから。知ってる?そのタラバガニもね、カニよりは、ヤドカリの仲間らしいの」
「・・・ええええ・・・ヤドカリとかザリガニとかちょっと・・・」
はっきり言うと苦手である。
「あら、ザリガニも美味しいのよ。茹でて食べると最高。30匹くらい食べちゃう。あとね、カエルとか食べたことある?カエルの脂肪ってクニュクニュしてるんだけど、それだけ集めたデザートがあるんだけどね。これが美容にいいらしいのよ・・・」
「・・・カ、カエルの、脂肪ですか・・・?」
虹子にじこはその後も、薬効がある珍味の話をしていたが、湊人みなとからしたらゲテモノの罰ゲームにしか聞こえない。
・・・・うん、やっぱりこういう女、嫌かも。
スープとタンタンが、テーブルの上のボウルの中身をじっと見ていた。
シャコを見ていると、狩猟本能が騒ぐらしい。
挑戦したいサイズ感なのだろう。
ついに手を出しひっくり返してしまった。
「・・・あ、逃げた」
「えっ・・・うわっ・・・!」
冷蔵庫から出されて室温に慣れて元気になったのか、シャコ達が水を垂らしながらシャカシャカとテーブルを這い回り、湊人みなとはあまりの恐怖に固まった。
虹子にじこは、素手で何匹か捕まえると、猫達が捕まえてはしゃいでいるのにも手を伸ばした。
「バラバラになっちゃう!茹でてあげるから一回返して!」と取り合いしている。
青磁せいじがテーブルの皿の間に隠れながらウゴウゴ逃走していたシャコを持っていた箸で器用に何匹か摘むと、またボウルに返した。
「・・・す、すごいっすね・・・」
「俺、大豆どころか小豆も箸で摘むの得意だからね」
いや、そこじゃなくて、と湊人みなとは苦笑いした。
「活きがいい事!やっぱり新鮮なうちに食べちゃおう」
虹子にじこはシャコを戻したボウルを持ってキッチンに向かうと改めて鉄鍋を握った。
また火柱が上がる。
「あっ!?」
「・・・な、なんですか?」
「シャコがキュッって全員悲鳴を上げた!やっぱり熱かったみたい!醤油しみるしね!」
そう言って嬉しそうにシャコを痛めつけ、ではなく炒めている。
猟奇的な・・・。
・・・うん、やっぱり。
こういうちょっと特殊なタイプの女は、特殊部隊の男じゃないと無理だろう。
こんな日常はとっても困る。はっきり言えば願い下げだ。
全く、高熱で見るおかしな悪夢みたいな一幕であった。
この人、毎日この調子なのか。
その様子を青磁せいじは面白そうに笑っていた。
「・・・ほらね、君にあれは無理だろう」
そう言われて、湊人みなとは真顔で頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

乗り換え ~結婚したい明子の打算~

G3M
恋愛
 吉田明子は職場の後輩の四谷正敏に自分のアパートへの荷物運びを頼む。アパートの部屋で二人は肉体関係を持つ。その後、残業のたびに明子は正敏を情事に誘うようになる。ある日、明子は正敏に結婚してほしいと頼みむのだが断られてしまう。それから明子がとった解決策 は……。 <登場人物> 四谷正敏・・・・主人公、工場勤務の会社員 吉田明子・・・・正敏の職場の先輩 山本達也・・・・明子の同期 松本・・・・・・正敏と明子の上司、課長 山川・・・・・・正敏と明子の上司

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...