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15.逃げられた新郎
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年明け早々、湊人は風邪をひいていた。
ポピドン薬局なら、正月も空いているはずと風邪薬と食料を求めて立ち寄ると、レジに見知った顔があった。
羊子だった。
以前、母猫のお墓参りに彼女の自宅を訪れて以来、何やかんやと親身になってくれる。
それは可愛らしい陶器で出来た小さなお墓で、冬だというのに花も供えられて、猫用のおやつもあり、卒塔婆まで立っていた。
・・・・良かったなあ、お前。こんなに優しくしてもらって。子供達もさ、いい人に貰われて、皆に可愛がられてるからな。
そっと手を合わせて来た。
不思議なものだ。
この親子猫をきっかけにして、自分の生活がずいぶん変わったように感じる。
ポピドン薬局は、この地区では結構な大手で、薬品も食品も一通り揃っている。
「あら、高階君。あけましておめでとうねえ。今年もよろしく・・・って、なんか顔赤くない?」
「・・・こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。・・・そうなんです・・・。風邪、ひいて。熱はだいぶ下がったみたいなんですけど。・・・・なんか、効く風邪薬ってありますかね。あとスポドリでも買って帰ります・・・」
「ちょっと!声ガラガラじゃない?」
何か書類を書いていた薬剤師も手を止めて心配してやって来た。
「発熱って今何度あるんですか?」
「・・・いや、はっきりは、わかんないんですよ」
「なんで?」
「体温計無いし・・・」
羊子が呆れた様子で、どこからか体温計を出して来て、計るようにと手渡す。
「じゃ、熱が上がったも下がったもちゃんとわからないじゃないのよ。・・・男の一人暮らしなんてこんなもんかしらねえ。・・・どれどれ」
老眼鏡をかけて体温計を覗き込む。
「・・・・ちょっと・・・。39度突破してるわよ!?アンタよく来れたわねえ!?」
「えぇ?!本当ですか・・・?うわ、知りたくなかった・・・・」
具体的な数字を聞いたら、突然にガックリ来てしまった。
帰る、帰って寝る・・・と湊人は繰り返した。
その三十分後、湊人は月ノ輪小児科のベッドの上に寝かされていた。
慌てた羊子が、青磁に電話をするとすぐに来いと言われ、羊子の車に乗せられて担ぎ込まれた。
脱水がひどいと言われて、点滴を受けていた。
「・・・すいません・・・。正月に・・・」
「ああ、いいよ。どうせ家、隣だし。・・・職場で風邪流行ってた?」
青磁が点滴の様子を見ながら答えた。
「いえ、今年は風邪もインフルも全然・・・。・・・でも、元日にちょっと、二時間くらい外にいて・・・」
「なんでまた?昨日すごい寒かったろ。ダメだよー」
そう言われて、少しカチンと来た。
誰のせいだ。
あの寒空の下、失恋して泣いている女性に、寒いんで、それじゃどーもと立ち去る事は出来なかった。
しかもその原因は、アンタだ・・・とは飲み込んだ。
大体、紗良の方が薄着だった。
子供向けアニメの忍者学校の生徒達が着ている制服のような服を着ていたなあと思い出す。
「・・・あの、ここの受付の、首藤さんとたまたま初詣のお寺で会いまして。落ち込んでましたよ・・・」
「へぇ。なんで?・・・ああ」
思い当たったと、青磁が頷いた。
「うーん、若いからね、興味持っちゃったんだろうけどね」
「・・・興味って・・・。欲しいならあげるって言ったらしいじゃないですか」
振るにしたって、もっと言葉を選ぶべきだろう。
いかにも、眼中に無い、ものの数でも無いと言う言い草。
大体なんでこんなおっさんにあんな若い娘が好意を持つのかわからない。
「いや言ったけど・・・。でも、本当にさ。まあ、いらないだろうけど、欲しいなら、別に・・・」
「いや、それすごい傷つくでしょう?」
「なんで?だって、いっぱいあるからさ」
「・・・は?」
「虹子から聞いたんだろう?招待状出す前におじゃんになったから。あと199通あるんだよね」
「・・え?」
「納戸のダン箱に入ってる。だから別に一枚くらい・・・」
「・・・いや、あの・・・すごい規模の披露宴ですね・・・?」
「まあ、当時は、特に珍しくないよ。招待客三百人とかザラだったから」
「そう・・・なんですか・・・。いや、あの、そうじゃなくて・・・」
言い方っていうか、彼女の気持ち、そう、気持ちの問題であって・・・。
高熱でクラクラして言葉がうまく出てこない。
「あのな、首藤嬢のあれは勘違い」
「・・・勘違いって・・・、アンタ・・・ひどいな・・・」
「いや、本当。・・・経験者は語るだから。・・・誰かの人生を変えたり変えてもらおうなんては、勘違い」
紗良が何を求めて自分に特定の感情を寄せていたのか検討はつく。
まるでそれは昔の自分。
何かをきっかけにすっかり人生が良くなるような、そんな心情を思い出す。
「・・・虹子に逃げられてね、いやあ、母ちゃんに怒られた怒られた」
自分の為に若い娘の人生飲み込もうとして何様のつもりだ。虹子ちゃんがお前色になんか染まるか、バーカ。何者かになる前に取り込もうなんて。染めてもらいたいのはお前だ、この臆病モン、亡き母親はそう言って蹴り飛ばさんばかりだった。
普通、息子が嫁に逃げられたら、慰めるものだろうに。
「怪物みてーな母親に加えて、姉も相当とんでもねータイプだから。そんな家で生き抜いてるわけだから、父ちゃんは基本的にあの二人には逆らわない。つまり当時、俺を擁護する声はゼロだった。・・・大学と研修先こそ県外出たけどさ、基本、地元暮らし長いわけだ。ここいらの年配の人は知ってるわけだろ、あと、職場、同業、同級生とか、生活圏のほぼ全てが知ってる状態。あそこの先生、結婚前に奥さんになる人に逃げられたらしいよー・・・と・・・何年言われたっけな・・・。虹子を恨もうにも、自分が悪かったのも、わかるしで・・・」
青磁がちょっと遠い目をした。
うわあ、気の毒、と湊人は青磁を眺めた。
「虹子の両親は平謝りだったけど、でもねぇ、ウチの娘、グルーミングしやがってみたいな、そんな感じでも言われ・・・。まあ、当時だと年齢差の印象が悪いしね・・・」
こんな体調の悪い時に聞くにはダメージがデカすぎる。
「虹子も、ごめんって何回も言う割に、じゃあ戻って来いって言っても、それは無理!って言うし・・・」
「・・・無理・・・ですか・・・」
「そう、無理」
嫌、駄目、よりも、無理。
そうか、それはなんというか、その先に何も見えない絶望感と言うか。
「・・・いや、俺も、・・・元カノと別れた事ありましたけど・・・無理は、キツイっすね・・・」
お互いのライフスタイルがすれ違って自然消滅に近い形、またはお互いの性格が合わないと言う理由での別れしか経験した事がない。
それはいわゆる、発展的解散とも言えたけど。
無理かあ・・・。
まるで人格、存在、全否定。
・・・言われたくない。
湊人はため息をついた。
ポピドン薬局なら、正月も空いているはずと風邪薬と食料を求めて立ち寄ると、レジに見知った顔があった。
羊子だった。
以前、母猫のお墓参りに彼女の自宅を訪れて以来、何やかんやと親身になってくれる。
それは可愛らしい陶器で出来た小さなお墓で、冬だというのに花も供えられて、猫用のおやつもあり、卒塔婆まで立っていた。
・・・・良かったなあ、お前。こんなに優しくしてもらって。子供達もさ、いい人に貰われて、皆に可愛がられてるからな。
そっと手を合わせて来た。
不思議なものだ。
この親子猫をきっかけにして、自分の生活がずいぶん変わったように感じる。
ポピドン薬局は、この地区では結構な大手で、薬品も食品も一通り揃っている。
「あら、高階君。あけましておめでとうねえ。今年もよろしく・・・って、なんか顔赤くない?」
「・・・こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。・・・そうなんです・・・。風邪、ひいて。熱はだいぶ下がったみたいなんですけど。・・・・なんか、効く風邪薬ってありますかね。あとスポドリでも買って帰ります・・・」
「ちょっと!声ガラガラじゃない?」
何か書類を書いていた薬剤師も手を止めて心配してやって来た。
「発熱って今何度あるんですか?」
「・・・いや、はっきりは、わかんないんですよ」
「なんで?」
「体温計無いし・・・」
羊子が呆れた様子で、どこからか体温計を出して来て、計るようにと手渡す。
「じゃ、熱が上がったも下がったもちゃんとわからないじゃないのよ。・・・男の一人暮らしなんてこんなもんかしらねえ。・・・どれどれ」
老眼鏡をかけて体温計を覗き込む。
「・・・・ちょっと・・・。39度突破してるわよ!?アンタよく来れたわねえ!?」
「えぇ?!本当ですか・・・?うわ、知りたくなかった・・・・」
具体的な数字を聞いたら、突然にガックリ来てしまった。
帰る、帰って寝る・・・と湊人は繰り返した。
その三十分後、湊人は月ノ輪小児科のベッドの上に寝かされていた。
慌てた羊子が、青磁に電話をするとすぐに来いと言われ、羊子の車に乗せられて担ぎ込まれた。
脱水がひどいと言われて、点滴を受けていた。
「・・・すいません・・・。正月に・・・」
「ああ、いいよ。どうせ家、隣だし。・・・職場で風邪流行ってた?」
青磁が点滴の様子を見ながら答えた。
「いえ、今年は風邪もインフルも全然・・・。・・・でも、元日にちょっと、二時間くらい外にいて・・・」
「なんでまた?昨日すごい寒かったろ。ダメだよー」
そう言われて、少しカチンと来た。
誰のせいだ。
あの寒空の下、失恋して泣いている女性に、寒いんで、それじゃどーもと立ち去る事は出来なかった。
しかもその原因は、アンタだ・・・とは飲み込んだ。
大体、紗良の方が薄着だった。
子供向けアニメの忍者学校の生徒達が着ている制服のような服を着ていたなあと思い出す。
「・・・あの、ここの受付の、首藤さんとたまたま初詣のお寺で会いまして。落ち込んでましたよ・・・」
「へぇ。なんで?・・・ああ」
思い当たったと、青磁が頷いた。
「うーん、若いからね、興味持っちゃったんだろうけどね」
「・・・興味って・・・。欲しいならあげるって言ったらしいじゃないですか」
振るにしたって、もっと言葉を選ぶべきだろう。
いかにも、眼中に無い、ものの数でも無いと言う言い草。
大体なんでこんなおっさんにあんな若い娘が好意を持つのかわからない。
「いや言ったけど・・・。でも、本当にさ。まあ、いらないだろうけど、欲しいなら、別に・・・」
「いや、それすごい傷つくでしょう?」
「なんで?だって、いっぱいあるからさ」
「・・・は?」
「虹子から聞いたんだろう?招待状出す前におじゃんになったから。あと199通あるんだよね」
「・・え?」
「納戸のダン箱に入ってる。だから別に一枚くらい・・・」
「・・・いや、あの・・・すごい規模の披露宴ですね・・・?」
「まあ、当時は、特に珍しくないよ。招待客三百人とかザラだったから」
「そう・・・なんですか・・・。いや、あの、そうじゃなくて・・・」
言い方っていうか、彼女の気持ち、そう、気持ちの問題であって・・・。
高熱でクラクラして言葉がうまく出てこない。
「あのな、首藤嬢のあれは勘違い」
「・・・勘違いって・・・、アンタ・・・ひどいな・・・」
「いや、本当。・・・経験者は語るだから。・・・誰かの人生を変えたり変えてもらおうなんては、勘違い」
紗良が何を求めて自分に特定の感情を寄せていたのか検討はつく。
まるでそれは昔の自分。
何かをきっかけにすっかり人生が良くなるような、そんな心情を思い出す。
「・・・虹子に逃げられてね、いやあ、母ちゃんに怒られた怒られた」
自分の為に若い娘の人生飲み込もうとして何様のつもりだ。虹子ちゃんがお前色になんか染まるか、バーカ。何者かになる前に取り込もうなんて。染めてもらいたいのはお前だ、この臆病モン、亡き母親はそう言って蹴り飛ばさんばかりだった。
普通、息子が嫁に逃げられたら、慰めるものだろうに。
「怪物みてーな母親に加えて、姉も相当とんでもねータイプだから。そんな家で生き抜いてるわけだから、父ちゃんは基本的にあの二人には逆らわない。つまり当時、俺を擁護する声はゼロだった。・・・大学と研修先こそ県外出たけどさ、基本、地元暮らし長いわけだ。ここいらの年配の人は知ってるわけだろ、あと、職場、同業、同級生とか、生活圏のほぼ全てが知ってる状態。あそこの先生、結婚前に奥さんになる人に逃げられたらしいよー・・・と・・・何年言われたっけな・・・。虹子を恨もうにも、自分が悪かったのも、わかるしで・・・」
青磁がちょっと遠い目をした。
うわあ、気の毒、と湊人は青磁を眺めた。
「虹子の両親は平謝りだったけど、でもねぇ、ウチの娘、グルーミングしやがってみたいな、そんな感じでも言われ・・・。まあ、当時だと年齢差の印象が悪いしね・・・」
こんな体調の悪い時に聞くにはダメージがデカすぎる。
「虹子も、ごめんって何回も言う割に、じゃあ戻って来いって言っても、それは無理!って言うし・・・」
「・・・無理・・・ですか・・・」
「そう、無理」
嫌、駄目、よりも、無理。
そうか、それはなんというか、その先に何も見えない絶望感と言うか。
「・・・いや、俺も、・・・元カノと別れた事ありましたけど・・・無理は、キツイっすね・・・」
お互いのライフスタイルがすれ違って自然消滅に近い形、またはお互いの性格が合わないと言う理由での別れしか経験した事がない。
それはいわゆる、発展的解散とも言えたけど。
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