仔猫のスープ

ましら佳

文字の大きさ
上 下
15 / 28

15.逃げられた新郎

しおりを挟む
 年明け早々、湊人みなとは風邪をひいていた。
ポピドン薬局なら、正月も空いているはずと風邪薬と食料を求めて立ち寄ると、レジに見知った顔があった。
 羊子ようこだった。
以前、母猫のお墓参りに彼女の自宅を訪れて以来、何やかんやと親身になってくれる。
それは可愛らしい陶器で出来た小さなお墓で、冬だというのに花も供えられて、猫用のおやつもあり、卒塔婆まで立っていた。
・・・・良かったなあ、お前。こんなに優しくしてもらって。子供達もさ、いい人に貰われて、皆に可愛がられてるからな。
そっと手を合わせて来た。
不思議なものだ。
この親子猫をきっかけにして、自分の生活がずいぶん変わったように感じる。
ポピドン薬局は、この地区では結構な大手で、薬品も食品も一通り揃っている。
「あら、高階たかしな君。あけましておめでとうねえ。今年もよろしく・・・って、なんか顔赤くない?」
「・・・こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。・・・そうなんです・・・。風邪、ひいて。熱はだいぶ下がったみたいなんですけど。・・・・なんか、効く風邪薬ってありますかね。あとスポドリでも買って帰ります・・・」
「ちょっと!声ガラガラじゃない?」
何か書類を書いていた薬剤師も手を止めて心配してやって来た。
「発熱って今何度あるんですか?」
「・・・いや、はっきりは、わかんないんですよ」
「なんで?」
「体温計無いし・・・」
羊子ようこが呆れた様子で、どこからか体温計を出して来て、計るようにと手渡す。
「じゃ、熱が上がったも下がったもちゃんとわからないじゃないのよ。・・・男の一人暮らしなんてこんなもんかしらねえ。・・・どれどれ」
老眼鏡をかけて体温計を覗き込む。
「・・・・ちょっと・・・。39度突破してるわよ!?アンタよく来れたわねえ!?」
「えぇ?!本当ですか・・・?うわ、知りたくなかった・・・・」
具体的な数字を聞いたら、突然にガックリ来てしまった。
帰る、帰って寝る・・・と湊人みなとは繰り返した。


 その三十分後、湊人みなとは月ノ輪小児科のベッドの上に寝かされていた。
慌てた羊子ようこが、青磁せいじに電話をするとすぐに来いと言われ、羊子ようこの車に乗せられて担ぎ込まれた。
脱水がひどいと言われて、点滴を受けていた。
「・・・すいません・・・。正月に・・・」
「ああ、いいよ。どうせ家、隣だし。・・・職場で風邪流行ってた?」
青磁せいじが点滴の様子を見ながら答えた。
「いえ、今年は風邪もインフルも全然・・・。・・・でも、元日にちょっと、二時間くらい外にいて・・・」
「なんでまた?昨日すごい寒かったろ。ダメだよー」
そう言われて、少しカチンと来た。
誰のせいだ。
あの寒空の下、失恋して泣いている女性に、寒いんで、それじゃどーもと立ち去る事は出来なかった。
しかもその原因は、アンタだ・・・とは飲み込んだ。
大体、紗良さらの方が薄着だった。
子供向けアニメの忍者学校の生徒達が着ている制服のような服を着ていたなあと思い出す。
「・・・あの、ここの受付の、首藤しゅとうさんとたまたま初詣のお寺で会いまして。落ち込んでましたよ・・・」
「へぇ。なんで?・・・ああ」
思い当たったと、青磁せいじが頷いた。
「うーん、若いからね、興味持っちゃったんだろうけどね」
「・・・興味って・・・。欲しいならあげるって言ったらしいじゃないですか」
振るにしたって、もっと言葉を選ぶべきだろう。
いかにも、眼中に無い、ものの数でも無いと言う言い草。
大体なんでこんなおっさんにあんな若い娘が好意を持つのかわからない。
「いや言ったけど・・・。でも、本当にさ。まあ、いらないだろうけど、欲しいなら、別に・・・」
「いや、それすごい傷つくでしょう?」
「なんで?だって、いっぱいあるからさ」
「・・・は?」
虹子にじこから聞いたんだろう?招待状出す前におじゃんになったから。あと199通あるんだよね」
「・・え?」
「納戸のダン箱に入ってる。だから別に一枚くらい・・・」
「・・・いや、あの・・・すごい規模の披露宴ですね・・・?」
「まあ、当時は、特に珍しくないよ。招待客三百人とかザラだったから」
「そう・・・なんですか・・・。いや、あの、そうじゃなくて・・・」
言い方っていうか、彼女の気持ち、そう、気持ちの問題であって・・・。
高熱でクラクラして言葉がうまく出てこない。
「あのな、首藤しゅとう嬢のあれは勘違い」
「・・・勘違いって・・・、アンタ・・・ひどいな・・・」
「いや、本当。・・・経験者は語るだから。・・・誰かの人生を変えたり変えてもらおうなんては、勘違い」
紗良さらが何を求めて自分に特定の感情を寄せていたのか検討はつく。
まるでそれは昔の自分。
何かをきっかけにすっかり人生が良くなるような、そんな心情を思い出す。
「・・・虹子にじこに逃げられてね、いやあ、母ちゃんに怒られた怒られた」
自分の為に若い娘の人生飲み込もうとして何様のつもりだ。虹子にじこちゃんがお前色になんか染まるか、バーカ。何者かになる前に取り込もうなんて。染めてもらいたいのはお前だ、この臆病モン、亡き母親はそう言って蹴り飛ばさんばかりだった。
普通、息子が嫁に逃げられたら、慰めるものだろうに。
「怪物みてーな母親に加えて、姉も相当とんでもねータイプだから。そんな家で生き抜いてるわけだから、父ちゃんは基本的にあの二人には逆らわない。つまり当時、俺を擁護する声はゼロだった。・・・大学と研修先こそ県外出たけどさ、基本、地元暮らし長いわけだ。ここいらの年配の人は知ってるわけだろ、あと、職場、同業、同級生とか、生活圏のほぼ全てが知ってる状態。あそこの先生、結婚前に奥さんになる人に逃げられたらしいよー・・・と・・・何年言われたっけな・・・。虹子にじこを恨もうにも、自分が悪かったのも、わかるしで・・・」
青磁せいじがちょっと遠い目をした。
うわあ、気の毒、と湊人みなと青磁せいじを眺めた。
虹子にじこの両親は平謝りだったけど、でもねぇ、ウチの娘、グルーミングしやがってみたいな、そんな感じでも言われ・・・。まあ、当時だと年齢差の印象が悪いしね・・・」
こんな体調の悪い時に聞くにはダメージがデカすぎる。
虹子にじこも、ごめんって何回も言う割に、じゃあ戻って来いって言っても、それは無理!って言うし・・・」
「・・・無理・・・ですか・・・」
「そう、無理」
嫌、駄目、よりも、無理。
そうか、それはなんというか、その先に何も見えない絶望感と言うか。
「・・・いや、俺も、・・・元カノと別れた事ありましたけど・・・無理は、キツイっすね・・・」
お互いのライフスタイルがすれ違って自然消滅に近い形、またはお互いの性格が合わないと言う理由での別れしか経験した事がない。
それはいわゆる、発展的解散とも言えたけど。
無理かあ・・・。
まるで人格、存在、全否定。
・・・言われたくない。
湊人みなとはため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

乗り換え ~結婚したい明子の打算~

G3M
恋愛
 吉田明子は職場の後輩の四谷正敏に自分のアパートへの荷物運びを頼む。アパートの部屋で二人は肉体関係を持つ。その後、残業のたびに明子は正敏を情事に誘うようになる。ある日、明子は正敏に結婚してほしいと頼みむのだが断られてしまう。それから明子がとった解決策 は……。 <登場人物> 四谷正敏・・・・主人公、工場勤務の会社員 吉田明子・・・・正敏の職場の先輩 山本達也・・・・明子の同期 松本・・・・・・正敏と明子の上司、課長 山川・・・・・・正敏と明子の上司

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...