仔猫のスープ

ましら佳

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13.少女とアライグマ

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 これ、どうしよう。
紗良さらは手元のレース模様の封筒を眺めた。
今日で仕事納めだから、今日中に戻しておかないと。
先週、点滴を嫌がる子供が猫ちゃんが来てくれたら頑張れると泣き出し、青磁せいじが自宅からにタンタンを連れて来る時に一緒について行って、見つけてしまったのだ。
月ノ輪邸は和洋折衷の変わった造りで、洒落たステンドグラスがあるかと思えば、いきなり畳敷きに囲炉裏端の板の間があったり、中華料理屋みたいなターンテーブルや家具があったり、よくわからない巨大な象やどこかの国の石像みたいな置物があちこちにあったりする。
代々、個性の強い住人たちが好き放題にアレンジした結果なのだと青磁せいじはあまり興味もなさそうだ。
立派な本棚の手前のアンティーク調のライティングデスクの上にずらりと赤べこやこけしやシーサーが並んでいた。
きっとこれも青磁せいじの先祖に当たる誰かのコレクションなのだろう。
更に、シルバーやヴェネチアンガラス製の写真立てがあって、つい目がひかれた。
家族写真や、どこかへ旅行に行った時に撮ったらしき写真。
少年と思わしき青磁せいじの姿。
隣にいるのはきっと姉に当たる女性だろう。
青磁せいじの写真は思うより少ないが、姉と、もう一人の少女の写真はやたらあった。
成長の様子が分かるほどにあるから、親類か誰かなのだろうか。
どこかで見覚えがあるな、とその写真の一つを手に取った。
よく見て、その写真に首を傾げる。
「・・・・何これ・・・。犬じゃ無いよね・・・?」
夏祭りなのか、写真の中の彼女は水ヨーヨーとリンゴ飴を持って、カエルの描かれた浴衣を着ている。
そこまではいい。
なぜかその少女は水槽に手を突っ込んで、アライグマとトマトやきゅうりを洗っている。
なんと言うか、すごく変な写真。
なんでこんな写真を撮ろうと思ったのか動機も謎だし、大体、こんな状況あるか?
合成だろうか。
じっと見て、はっとした。
これ、虹子にじこさんだ・・・。
その横に、この封筒があったのだ。
手紙だろうかとふと手にとって見て、それが青磁せいじ虹子にじこの結婚に関わるものだと悟って、そこからはよく覚えていない。
「・・・・首藤しゅとうさーん、タンタン連れて行くから、先に行って藤野さんに点滴の準備しておいてって言ってくれますか?」
猫を抱いて階段を降りてきた青磁せいじから猫用のおもちゃをいくつ預かると、そのまま知らないそぶりで返事をした。
思わず、持っていたブランケットに封筒を隠して持ち出してしまった。
そして、その翌日の夜、思い余って虹子にじこの店に行ってしまったのだけれど。
タンタンは子供が点滴している間中、おもちゃで遊んだり、静かにそばについていた。
「介助犬なんて聞くけど、介助猫も行けそうですね」
と藤野が笑うと、青磁せいじは、居るだけで果たして介助になっているかなあと言ったけれど、子供が喜んでいたので嬉しそうだった。
「先生、これでとりあえず、いいですね。年末年始は、私、二日は実家に挨拶に行くんですけど。あとはこちらにいますから、何かあったら連絡してくださいね。来ますから」
「はいはい。ありがとうございます。今年は休日当番になっていないけど。急患来ますかね」
「わかりませんよ。子供って、なんでかそういう時に高熱出したり、骨折してみたり。うちの子もそうでしたよ。土日と言えば風邪、お盆に水疱瘡みずぼうそうだおたふく風邪。年末年始はインフルエンザに胃腸炎。・・・紗良さらちゃん、入り口に貼り紙してくれた?」
話が回ってきて、紗良さらは、慌てて返事をした。
「はい。あと、ホームページにもお知らせ載せておきました。何かあれば、LINEで先生にお知らせも入ります」
年末年始は休業ですが、急患の場合はご自宅にお知らせくださいと言う旨の貼り紙。
「助かるわあ。今の人はやっばり、ネットよ、ネット。モバイルよ」
わかっているのか茶化しているのか、藤野はそう言って笑った。
「先生、年末年始はどうされるの?」
「うーん。休み中のどこかのタイミングで姉が来るかもしれないけど。でも、あっちはお正月がこっちと時期が違うんですよね、さて・・・」
アジアにおいて、特に東アジアにおいて、一月一日に正月をやっている日本が実は珍しいらしい。
他の国は、大抵は従来通りの太陰暦の正月を祝っている。
「ああ。柚雁ゆかりさん、レストランだからお忙しそうですよねえ。飲食店は大変ですよね。虹子にじこちゃんも今年は帰らないって言ってたし」
手早く片付けをしながら藤野は話していた。
紗良さらちゃんは、今年はお友達と旅行には行かないの?」
毎年、夏休みと年末年始は、友達と国内旅行や海外旅行に行っていたのだが、今年は家業を手伝いなさいと母に怒られた。
兄がすでに父である住職の補佐をしているし、今までは気楽なものだったのだけれど。
三十歳が見えてきて、自分以上に両親も焦っているような気がする。
「お寺さんも神社さんも年末年始は大変よねえ。・・・それでは、良いお年をお迎えくださいね」
年末の挨拶をすると、藤野は職場を後にした。
「・・・先生は、この後、どうされるんですか?」
「んー、とりあえず、タンタンにエビでも煮てもらいに行くかな・・・」
またエビか、また虹子にじこか、と紗良さらはほんの少し腹が立った。
「あの、それって、体にいいんですか?うちも小型犬いるんですけど、獣医さんに基本的にドライフードだけあげてくださいって言われてて。でも、父が果物とかサツマイモばかりあげていて。・・・タンタンちゃん、ドライフードって食べないんですか?」
「食べるよ。・・・三粒くらい」
痛いところを突かれたと青磁せいじは苦笑いした。
定期検診で獣医にも、一週間何食べさせたか書いてこいと言われて、エビばかりなのに苦言を呈されたばかり。
虹子にじこのところのスープは雑食でなんでも食うらしい。
なので、獣医の待合室にある患畜アルバムには、タンタンの写真の横には好物・エビと書いてあり、スープの写真には、なんでも食べると書いてある。
好き嫌いしないいい子なんだと虹子にじこは褒めていたが。
でもそれも、まんじゅうでも餃子でもなんでも食っちゃうと言う事だから、猫にとって体に悪い食材もある訳だし、決して良いことだけでは無いと思うのだが。
「・・・・さて。じゃあ、休みになっちゃうしな。・・・首藤しゅとうさん、持ってったもの、返してくれる気はある?」
突然そう言われて、紗良さらは驚いて、顔色を失った。
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