11 / 28
11.薬膳鍋
しおりを挟む
年末年始は爆弾低気圧の為、嵐になるようだった。
積雪30㎝の予報で、年末年始の鉄道網も大混乱のようだ。
それを言い訳に、今年も実家に帰省しない事にした。
交通網の大混乱に加えて、猫を飼ったと言うのはいい口実になってくれた。
猫と言えばコタツでしょうと言う事で、この部屋に越して来て初めてコタツを設置した。
スープは予想以上に気に入ったらしく、いそいそとコタツに入っては出てこない。
おやつやおもちゃを運んで営巣してしまっている。
おかげで、最近あまり店に姿を現さないと客達は不満気だ。
日々、常連客達からスープへの、おもちゃやおやつやまたたび等、貢物が増えていく。
虹子は厨房の冷蔵庫から大きなタッパーを取り出した。
ゼリー状に固まったものの上に浮いた脂を取り除き、スプーンですくい取ったゼリーを一口食べた。
香味野菜と香辛料とよく炊かれた鶏の風味。
冬の人気メニューの薬膳鍋のベースになるスープだ。
固まっているのは、鶏のコラーゲンだ。
温めると溶け出して、それは滑らかなスープになる。
味のベースは醤油とオイスターソース味。丸鶏に、生姜、大蒜、干し椎茸、大棗、枸杞子、八角、松の実、肉桂、月桂樹、茴香、青花椒、陳皮、黄耆、干海鼠、酒。
これに、好きな鍋の具材を選んで貰う。
野菜や、肉や魚介の団子、雲呑等。
黄耆、干海鼠は少し値が張ったが、年末年始はお疲れの人も多い中、ぜひ元気になる為に食べて欲しい食材だった。
食後のお茶は菊普洱茶にしよう。
客足が少し落ち着いて来た夜の9時過ぎに、すっかり常連になった湊人が同僚と現れた。
忘年会の帰りらしい。
スープはコタツから出てこないのだと虹子は笑った。
「本当に猫ってコタツ好きなんですね。・・・あのー、一次会がオシャレすぎる店で、食べる物があまりなくて・・・。何か食べたいんですけど・・・。あれとか」
隣の客が食べている鍋を見て、湊人が指をさした。
「うわ!うまそー。外寒かったから、いいな!」
同僚も同意した。
「あ、じゃあ。その、薬膳鍋で。・・・具は・・・じゃあー、イカ団子と、蓮根餅と・・・」
「全部、全部!」
同僚はイテテ、と言いながら椅子に座った。
「・・・すんません、ちょっと、ギックリやっちゃって。治りかけで・・・」
あともう少しで正月休みだからなんとか持ち堪えて欲しいのだと言った。
「腰痛ですか?目もお疲れじゃ無いですか?なぜか腰と目って追っかけて悪くなったりするんですよ。食後にお茶お出ししてるんですけど。菊のお花と枸杞の実って目にいいから飲んでくださいね」
「へえ。なんかばーちゃんみたいな事言うんですね。俺もばーちゃんに黒豆は体にいいからツユ飲めってよく飲まされたなあー。あれって何に効いたんだろ?そっか、薬膳ってそう言うこと?」
「そうです。黒豆はねぇ、むくみとかめまいとか、白髪とか。解毒作用があるなんても言いますよね。あ、腰痛にもいいらしいですよ」
虹子は微笑み、キッチンに戻って言った。
「・・・なんか、確かにいい感じだよな・・・」
幾つなんだろ、と同僚の坂本が呟いた。
社畜、患畜とからかわれていた湊人が最近、顔色も良く、飯時にいつも飲み込んでいたコンビニチキンではなくキュウリの一本漬けなんかかじっているのを不思議に思ったのだ。
変だろと思って問い詰めたら、猫を見つけた縁で薬膳カフェに通っていて、そこの女主人が気になっていると白状した。
それで、忘年会の二次会を二人ですっぽかして来てみたと言うわけだ。
彼女は、多分、三十代前半と言う感じ。
とにかく目と肌がきれいだと言う印象。
薬膳と言うのは何だかよくわからないが、食い物屋を経営していると言うのはポイントが高い。
浮いた話のない湊人に春が来たという事ではないだろうか。
「・・・なあなあ」
同僚の坂本が、ずいっと迫って来て小声で囁いた。
「・・・お前それさ、きっとNNNだよ」
「は?PPKなら知ってるけど・・・?」
「違う!ピンピンコロリじゃなくて・・・!ウチの奥さんが言ってたんだけどさ、猫が縁を運んでくるとかそういうやつだよ。ネコネコネットワークって言ってな・・・」
湊人は、なんだそれぇと吹き出した。
真剣な表情で、何だか変な事言ってるのがおかしかった。
「本当なんだって!」
「・・・いやいや、もしかしたらそう言うのもあるのかもしれないけどさ・・・。でもなんか、うーん・・・」
「なんだよ。あ、彼氏いるかぁ」
「・・・うーん・・・」
どうにも歯切れが悪い湊人を坂本がつまらなそうに見た。
タンタンに会いに言った時、青磁はあの豪華で快適な猫部屋は、「虹子の部屋だった」と言ったのだ。
あれは、つまりどういう事だったのか。
思い当たるのは、牽制・・・?
だろうけれど。
でも、過去形であるという事は。
別れた、という事だとしか見当がつかないけれど・・・。
微かにドアベルが鳴り、また客が入って来たようだった。
今日は冷えるからか、皆、お鍋が目当てかしらね、と虹子は思った。
遠慮がちな様子で、首藤紗良が立っていた。
「あら、紗良ちゃん、遅くに珍しいですねぇ」
彼女はたまにランチやデザートを食べに寄ってくれるようになっていたのだ。
「お一人?寒かったでしょ?カウンターがいい?奥のガスストーブの前もあったかいの・・・」
「へぇ、ガスストーブなんて珍しいですね。初めて聞きました」
湊人がそう言ったのに、虹子が頷いた。
「カロリーが高いから、すっごいあったかいのよ。うち、炊飯器もこだわりのガスで・・・」
「あー、だからここのご飯おいしいんだ。よっぽど高い米なのかなあと思ってました」
「えっ?!今時、ガス炊きの飯?食いたい・・・!」
同僚も食いついた。
「ぜひ食べてください。ほんと違うから!鮭の麹漬けか明太子か温玉乗っけて食べます?」
湊人も、それ自分にも、と言い出そうとした時、紗良がまっすぐ歩って来た。
どこかで見た事があるなぁとつい目で追う。
あれ、この子、どっかで・・・・?
紗良がテーブルに近づいて、虹子に封書のような物を差し出した。
「・・・ん?あら、これ、披露宴の招待状?・・・紗良ちゃん結婚するの?えー、おめでとう・・・!」
と笑顔で言って受け取ってから、その笑みが固まった。
レース模様が美しく印刷された白い封筒には、新郎・月ノ輪青磁と新婦・榊虹子と書いてあった。
「・・・これ、どういう事ですか・・・?」
紗良は、やっとそれだけ声に出した。
積雪30㎝の予報で、年末年始の鉄道網も大混乱のようだ。
それを言い訳に、今年も実家に帰省しない事にした。
交通網の大混乱に加えて、猫を飼ったと言うのはいい口実になってくれた。
猫と言えばコタツでしょうと言う事で、この部屋に越して来て初めてコタツを設置した。
スープは予想以上に気に入ったらしく、いそいそとコタツに入っては出てこない。
おやつやおもちゃを運んで営巣してしまっている。
おかげで、最近あまり店に姿を現さないと客達は不満気だ。
日々、常連客達からスープへの、おもちゃやおやつやまたたび等、貢物が増えていく。
虹子は厨房の冷蔵庫から大きなタッパーを取り出した。
ゼリー状に固まったものの上に浮いた脂を取り除き、スプーンですくい取ったゼリーを一口食べた。
香味野菜と香辛料とよく炊かれた鶏の風味。
冬の人気メニューの薬膳鍋のベースになるスープだ。
固まっているのは、鶏のコラーゲンだ。
温めると溶け出して、それは滑らかなスープになる。
味のベースは醤油とオイスターソース味。丸鶏に、生姜、大蒜、干し椎茸、大棗、枸杞子、八角、松の実、肉桂、月桂樹、茴香、青花椒、陳皮、黄耆、干海鼠、酒。
これに、好きな鍋の具材を選んで貰う。
野菜や、肉や魚介の団子、雲呑等。
黄耆、干海鼠は少し値が張ったが、年末年始はお疲れの人も多い中、ぜひ元気になる為に食べて欲しい食材だった。
食後のお茶は菊普洱茶にしよう。
客足が少し落ち着いて来た夜の9時過ぎに、すっかり常連になった湊人が同僚と現れた。
忘年会の帰りらしい。
スープはコタツから出てこないのだと虹子は笑った。
「本当に猫ってコタツ好きなんですね。・・・あのー、一次会がオシャレすぎる店で、食べる物があまりなくて・・・。何か食べたいんですけど・・・。あれとか」
隣の客が食べている鍋を見て、湊人が指をさした。
「うわ!うまそー。外寒かったから、いいな!」
同僚も同意した。
「あ、じゃあ。その、薬膳鍋で。・・・具は・・・じゃあー、イカ団子と、蓮根餅と・・・」
「全部、全部!」
同僚はイテテ、と言いながら椅子に座った。
「・・・すんません、ちょっと、ギックリやっちゃって。治りかけで・・・」
あともう少しで正月休みだからなんとか持ち堪えて欲しいのだと言った。
「腰痛ですか?目もお疲れじゃ無いですか?なぜか腰と目って追っかけて悪くなったりするんですよ。食後にお茶お出ししてるんですけど。菊のお花と枸杞の実って目にいいから飲んでくださいね」
「へえ。なんかばーちゃんみたいな事言うんですね。俺もばーちゃんに黒豆は体にいいからツユ飲めってよく飲まされたなあー。あれって何に効いたんだろ?そっか、薬膳ってそう言うこと?」
「そうです。黒豆はねぇ、むくみとかめまいとか、白髪とか。解毒作用があるなんても言いますよね。あ、腰痛にもいいらしいですよ」
虹子は微笑み、キッチンに戻って言った。
「・・・なんか、確かにいい感じだよな・・・」
幾つなんだろ、と同僚の坂本が呟いた。
社畜、患畜とからかわれていた湊人が最近、顔色も良く、飯時にいつも飲み込んでいたコンビニチキンではなくキュウリの一本漬けなんかかじっているのを不思議に思ったのだ。
変だろと思って問い詰めたら、猫を見つけた縁で薬膳カフェに通っていて、そこの女主人が気になっていると白状した。
それで、忘年会の二次会を二人ですっぽかして来てみたと言うわけだ。
彼女は、多分、三十代前半と言う感じ。
とにかく目と肌がきれいだと言う印象。
薬膳と言うのは何だかよくわからないが、食い物屋を経営していると言うのはポイントが高い。
浮いた話のない湊人に春が来たという事ではないだろうか。
「・・・なあなあ」
同僚の坂本が、ずいっと迫って来て小声で囁いた。
「・・・お前それさ、きっとNNNだよ」
「は?PPKなら知ってるけど・・・?」
「違う!ピンピンコロリじゃなくて・・・!ウチの奥さんが言ってたんだけどさ、猫が縁を運んでくるとかそういうやつだよ。ネコネコネットワークって言ってな・・・」
湊人は、なんだそれぇと吹き出した。
真剣な表情で、何だか変な事言ってるのがおかしかった。
「本当なんだって!」
「・・・いやいや、もしかしたらそう言うのもあるのかもしれないけどさ・・・。でもなんか、うーん・・・」
「なんだよ。あ、彼氏いるかぁ」
「・・・うーん・・・」
どうにも歯切れが悪い湊人を坂本がつまらなそうに見た。
タンタンに会いに言った時、青磁はあの豪華で快適な猫部屋は、「虹子の部屋だった」と言ったのだ。
あれは、つまりどういう事だったのか。
思い当たるのは、牽制・・・?
だろうけれど。
でも、過去形であるという事は。
別れた、という事だとしか見当がつかないけれど・・・。
微かにドアベルが鳴り、また客が入って来たようだった。
今日は冷えるからか、皆、お鍋が目当てかしらね、と虹子は思った。
遠慮がちな様子で、首藤紗良が立っていた。
「あら、紗良ちゃん、遅くに珍しいですねぇ」
彼女はたまにランチやデザートを食べに寄ってくれるようになっていたのだ。
「お一人?寒かったでしょ?カウンターがいい?奥のガスストーブの前もあったかいの・・・」
「へぇ、ガスストーブなんて珍しいですね。初めて聞きました」
湊人がそう言ったのに、虹子が頷いた。
「カロリーが高いから、すっごいあったかいのよ。うち、炊飯器もこだわりのガスで・・・」
「あー、だからここのご飯おいしいんだ。よっぽど高い米なのかなあと思ってました」
「えっ?!今時、ガス炊きの飯?食いたい・・・!」
同僚も食いついた。
「ぜひ食べてください。ほんと違うから!鮭の麹漬けか明太子か温玉乗っけて食べます?」
湊人も、それ自分にも、と言い出そうとした時、紗良がまっすぐ歩って来た。
どこかで見た事があるなぁとつい目で追う。
あれ、この子、どっかで・・・・?
紗良がテーブルに近づいて、虹子に封書のような物を差し出した。
「・・・ん?あら、これ、披露宴の招待状?・・・紗良ちゃん結婚するの?えー、おめでとう・・・!」
と笑顔で言って受け取ってから、その笑みが固まった。
レース模様が美しく印刷された白い封筒には、新郎・月ノ輪青磁と新婦・榊虹子と書いてあった。
「・・・これ、どういう事ですか・・・?」
紗良は、やっとそれだけ声に出した。
3
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

乗り換え ~結婚したい明子の打算~
G3M
恋愛
吉田明子は職場の後輩の四谷正敏に自分のアパートへの荷物運びを頼む。アパートの部屋で二人は肉体関係を持つ。その後、残業のたびに明子は正敏を情事に誘うようになる。ある日、明子は正敏に結婚してほしいと頼みむのだが断られてしまう。それから明子がとった解決策 は……。
<登場人物>
四谷正敏・・・・主人公、工場勤務の会社員
吉田明子・・・・正敏の職場の先輩
山本達也・・・・明子の同期
松本・・・・・・正敏と明子の上司、課長
山川・・・・・・正敏と明子の上司

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる