仔猫のスープ

ましら佳

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9.金木犀のお茶

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 しばらくすると、友人の前にトレイが運ばれてきた。
「お待たせしました。百合根のお粥と、鴨のスパイス焼き、白菜と蕪のミルク煮、梨と白木耳しろきくらげのシロップ漬けです。・・・こちらは厚揚げと豆乳クリームの腸粉ライスクレープと、チキンのトマト煮と蓮の実と南瓜のスープ、ゴマのキャロットケーキです」
全く違う料理が、それぞれ可愛らしい食器に盛り付けられていたのに、思わず歓声を上げた。
「・・・え、すごい、カフェっぽくなってきた」
由実ゆみが言ったのに、虹子にじこがごゆっくりどうぞと言って笑った。
由実ゆみが嬉しそうに石榴ざくろの描かれたレンゲを持った。
「・・・美味しい。百合根って初めて食べた。木耳きくらげって、白もあるんだ」
木耳きくらげを甘くしてあるだけでも驚きだ。
白い木耳きくらげなんて変なの、としげしげ見てみると、フリルのように白い半透明なものは確かに木耳きくらげの形をしていた。
「・・・なんか私、最近、咳出るし。薬膳って何それって思ってたけど、健康にいいならこういうのもいいかも」
と、由実ゆみは嬉しそうだ。
「ちょっと体にいい事してるような気にはなるよね」
紗良さらも答えた。
腸粉ライスクレープというのは初めて食べたが、もちもちして美味しい。
家が寺だから蓮の花には馴染みがあるが、蓮の実を食べたのは初めてだ。
結構量があるなと思ったが、二人でぺろりと食べてしまった。
お茶に手を伸ばした時、あ、この香り、とはっとした。
ゼリーとプリンのシロップ漬けの香りだ。
「・・・・これ、何の匂いなんだろう・・・?」
と言うと、由実ゆみも、どれどれと、口をつけて、首を傾げた。
「・・・何だろう・・・。知ってる気がするんだけど・・・。お花みたいな・・・?」
でも、バラとかではないし、と不思議そうだ。
そう、確かに知っている。懐かしいような・・・。
ふと、紗良さらの足に何かかが触れた。
由実ゆみの足にでも当たったかと思ってテーブルの下を覗くと、突然に黒い猫がいた。
「・・・え・・・?」
仔猫に、ん?と言う顔で見上げられ、こちらが戸惑う。
緑色の目がガラス玉のように輝いていた。
タンタンと同じデザインの水色の首輪。
「・・・もしかして、スープ・・・ちゃん・・・?」
「え、なになに?」
由実ゆみも足下のテーブルの下に頭を突っ込んだ。
「・・・猫?!いつからいたの?」
驚きつつも、可愛いと騒いでいると、気づいた虹子にじこが慌ててやって来た。
「あーもう!また!すみません。ちょっと、もー、さっきご飯食べたばっかりでしょー・・・」
テーブルの下から引きずり出そうとするが、黒猫は由実ゆみの足下に隠れてしまった。
「・・・抱っこしていいですか?私、実家でも猫飼ってるんです、わー、猫触るの久しぶりー。癒されるぅー」
由実ゆみは嬉しそうに抱き上げた。
黒猫は真っ正面から客人を見ると、甘えるように胸に飛び込んだ。
「・・・可愛い!・・・まだ小さいんですね。猫って、猫飼ってる人とか猫好きわかるらしいですよ。猫との出会いは不思議らしいです。NNNって言うんですけど」
「・・・NNN?」
虹子にじこは聴き慣れない単語に目を丸くした。
「ネコネコネットワークの略なんですけど。ネコ同士の繋がりとかテレパシーみたいのがあって、ネコ欲しいなって思ってるとふらっと現れたり。家出したネコを知らないかってボスネコに聞くと、探してくれたりするみたいです」
変な話に、紗良さらは吹き出した。
「やだ、何それ、嘘でしょ!?」
現実的でバリキャリの由実ゆみがそんな事言い出すのも意外。
だが、虹子にじこは感心したかのようなその話を聞いている。
「・・・あー、そうなのかも・・・。この子達ね、生まれてすぐに、お母さん猫が車に轢かれちゃって死んじゃったの。見つけてくれた人がいて。私、たまたまそこに出会くわしてね、何見てるのかなぁ、あの人って思ったら、この子達だったの。それで、私が引き受けたんだけど。今ではね、小さいながら看板猫なんですよ」
何だかんだと常連客に愛されている。
「あなたもどなたから聞いたんでしょう?」
「え?」
紗良さらは何の事かと首を傾げた。
「だって、ほら。この子の名前、知ってたから」
あ、つい・・・と、紗良さらは舌打ちしたい気持ちだった。
「・・・はい、あの。私、月ノ輪小児科で働いているんです」
紗良さらは名乗るつもりなど無かったのに、とちょっと後悔しながらもそう言った。
少しの気後れと、少しの自己顕示欲も含めて。
ああ、と虹子にじこが合点がいったと頷いた。
青磁せいじのとこの?あ、瑞臨寺ずいりんじのお嬢さんね。薬局の奥様に、この子達のお母さん猫がお寺さんにお世話になったって聞いたの。ありがとうございます。・・・タンタン元気?すっかり帰ってこなくて、ついに戻って来なくなっちゃってね。来てくれてありがとうございます。まあ、スープ、良かったわね。・・・こう言うのもNNN?」
由実ゆみは、頷いた。
「そうです。猫同士と、猫好き同士の繋がりと言うか、コミニュケーションの事なので」
なるほど、と虹子にじこは頷いた。
「そうかぁ、ネコネコネットワークすごいのねぇ」
と素直に喜んでいる。
「・・・あの、何で、私と由実ゆみのメニューって違うんですか?」
メインが違うというならまだ分かるが、何から何まで違うのだ。
「ああ、あなたちょっと顔色悪いかなって思って。女の人は割に皆貧血気味で血色悪いけど。あなたの場合、脾って言うのね。その機能が少し落ちてるのかなあって。唇も痛そうだなって・・・」
紗良さらは驚いた。
確かに、倦怠感や口内炎が出やすくて、いつもサプリメントを飲んでいた。
今回は乾燥の為か保湿をしているのに唇の周りが荒れてなかなか治らなくて困っていたのだが。
「だから、ちょっと元気になるものをね」
「私は?」
由実ゆみが尋ねた。
「・・・ちょっと咳してたでしょ。だから、肺の機能が落ちてるのかなと思って。あと少しお肌乾燥してるかなとも思って」
「えーすごい!そうなんです。子供の時、喘息だったからかなあ。今も台風の時とかも、ちょっと、ダメなんです」
気圧の関係か、息苦しくなるのだ。
子供の時ほどの重症ではないけれど。
「それは大変ねえ。・・・そうね。あとはねぇ、沢山泣いたり、悲しすぎても咳って出るわよね」
そんな事もあるんだ、と紗良さらは思った。
薬膳とはまたよく分からないけど、風邪っぽい時に生姜湯を飲んだりするような事なのだろうか。
それで体によく美味しいなら、まあ良いかもしれない。
猫が小さく鳴いたのに、紗良さらは顔を上げた。
視線の先で、由実ゆみが突然泣き出していたのに、ギョッとした。
「・・・・え、何・・・?どうしたの・・・」
紗良さらは突然のことに困惑して慌てたが、虹子にじこは、落ち着いた様子で、あら、とか何とか言って、カウンターからポットを持って来た。
ポットからまたあの優しく懐かしいような不思議な花の香りがした。
吸い込むと、心が解れて行くような香り。
「・・・良かったらもっと飲んでね。沢山泣くと体から水分無くなっちゃうから。お茶まだまだあるからね。これね、金木犀きんもくせい青橄欖あおかんらん、オリーブのお茶なの」
ああ、金木犀きんもくせいか、と紗良さらは納得した。
そうだ、この香りは金木犀きんもくせいで違いない。
少し冷えて来た秋の風で運ばれてくる、あの優しく温もりのある香り。
黒猫が慰めるように声を殺して泣き続ける由実ゆみの首筋に頬を擦り付けていた。
「・・・猫って、やっぱり何か分かるのかもね。・・・それもNNNね」
虹子にじこはそう言うと、温かい茶を継ぎ足した。
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