青天のヘキレキ

ましら佳

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33.妻の預かり知らぬうちに

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 翌日の昼休み、唐揚げを詰めたタッパーをどんとテーブルに置いてたまきはどういうことなのだと五十六いそろくに迫った。
昨夜は五分刈り程になった諒太の写真と《こいつZURAだったYO。イメチェンしたYO》という、衝撃的な内容の簡単な一文しか送られて来ず・・・。
「カッコいいだろ!?チョット惚れ直したんじゃね?あ、俺、唐揚げにはマヨネーズなんだけど」
唐揚げとおにぎりを頬張りながら五十六いそろくは言った。
ほらよ、とたまきは特大のマヨネーズチューブを渡した。
まだある、と画像を更にたまきに見せる。
「な、なんでこんなキメキメの写真撮ってんの・・・?」
そんなタイプではなかろうに諒太りょうたはトレンチコートを着ていたり、サングラスをかけていたり・・・。
「あいつノセられ上手な。何かポージングがどんどんうまくなっちゃってさー」
あはは、と五十六いそろくが笑った。
だからと言って、半裸でシーツはやりすぎだろう・・・。
確かに、酒にも飲まれるタイプだが・・・。
ああそうだ。諒太はマルチにもひっかかるタイプだ。
浄水器や洗剤、サプリメント等をよく買っていたっけ。
警察官がマルチに引っかかるって、と頭が痛くなるが。
しかし何よりこの画像。
「バカバカしい・・・」
「そう言うなよ。あいつだって、大変だったんだぞ。話聞いたらさ、二十八からカツラだったんだって」
「・・・うっそ・・・全然知らなかった」
愕然とした。
「アキラの店、やっぱ若い女の従業員辞めちまったんだって。アキラ、女全員に手を出してたんだと。どいつが始まりかはわかんねーけど全員カンジタだったっつうことだな!で、今は奥さんが店出てた。これ名刺貰っちゃったー。エステ、サービスしてくれるって。行っちゃおうかなー!」
たまきにぐいぐいと名刺を押し付ける。
「エステとか、ネイルサロンとかも行ってみてぇ!ユカパイがさ、なんだっけ、あの、よく背中の固い虫みたいな・・・なんだっけ、あれ!?カメムシじゃなくてぇ。テッカテカの爪にしてんじゃん?!なあ、先生やったことねぇの?」
「あ?ああ、カナブンの事?ジェルネイルとか言うんでしょ?樹脂を固めるやつ。ああいうのは無い無い。普通のマニキュアなら、洗面台の下のおかきの箱に何個か入ってるからやりたいなら自分でやれば?」
たまきは夫の変化を突きつけられて、手一杯だ。
隠す方も隠す方だが、気づかない方も、どうなのだ。
一緒に生活した夫婦が。
夫より、自分に情け無さを感じた。
たまきは手元の名刺に目を落とした。
「・・・サロン・ルピン・ド・トロワ、チーフスタッフ、三条藤子さんじょうふじこ・・・」
「なっ?ほんとに、ふじこちゃんって言うの。面白いなあー」
「ルパンって、ルピナスって花のことなのよ。日本語で昇り藤だっけ。・・・奥さんの事、大好きなんじゃないねえ、アキラ」
なぜそんな大好きな奥さんがいて、浮気したりするのだろう。
本当に男の考えていることはわからない。
「まあ、モテたいからじゃねえ?」
たまきはもう一度、五十六いそろくのスマホに入っている諒太の画像データを見た。
「・・・・何と言っていいやら、もう・・・」
「リョータさあ、そういうのもあって家に帰りづらかったみてーだし」
気持ちもわかるよなあ、と不思議な同情をしている。
「・・・カ、カツラだから?」
「いや。ま、カツラじゃなくてもよ。なんかそういう、つまんねー事でもさ、何か秘密があると、帰りたくないじゃん。しかも、バレたら多分、奥さんには追い詰められるような事言われるしよ」
「はあ?そんなの隠してるほうが悪いんじゃない!?大体、別に、隠すこと!?」
「ほら、またそういうこと言う・・・」
じゃあ、何と言えばいいのだ。
「んー、絶対怒らないから話してみて、とか・・・」
たまきは呆れて手を振った。
子供か。いや、今時の子供だってもっと気の利いた言い回しをするだろう。
「あっ。そーいや、俺だって大変だったんだからなっ。なんで言わないんだよっ。昨日、せ、生理・・・来て、だからリョータと病院行っちゃったんだからな!」
耳を疑った。
「・・・え?生理?で?何で病院?え?一緒に?どうして?」
何かとんでもない事を聞いた気がする。
恥ずかしそうな表情で五十六いそろくは唐揚げをつまんでいた手を止めた。
「だからよっ。・・・ほら、リョータ帰ってきたから話し合いしようと思ったんだよ。そして、分かったって。一緒に不妊治療すんのかどうすんのかって話になって。そしたらいきなり突然ガバって襲ってきやがってよ。やるんにしても、もっとこう、手順とか、準備運動とかよ、ムードとかあるだろうによ。そしたら、何か血が出ててさ・・・」
ああもう、聞きたくない。
「ほんで、リョータも俺も焦っちゃってさー。夜間救急行ったんだよ」
「きゅ・・・救急に・・・?!」
生理来たのにびっくりして、救急に?!
有りえない不届きものの女だと思われたろう。
「大体、先生が教えてくんないからだかんな!」
「・・・ご、ごめん。いや、ここ半年ぜんぜん音沙汰なかったものだから・・・。ちょっと油断してた」
「ええー。なんだよ。おばちゃーん、上がっちゃったのかよー」
「あ・・・上がっ・・・てないわよ。多分・・・」
「てゆーかさ!人には病院行けだのなんだのウルセーくせに自分はどうなんだよ!?こ、こういうことって、すごく、大切にしなきゃいけねーんだろ?」
「いや、うん・・・、ほんと、ごめん」
たまきは素直に謝った。
不妊治療に対して、逃げる夫の反応を感じて以来、正直やけっぱちな部分もあったのだ。
だから、生理が来ないなら来ないでもういいと思っていた。
「あれじゃね?俺が最近、いろいろ女子力上げてやってるから、体が思い出したんじゃね?」
そんなわけないだろう、と五十六いそろくを見たが。
いや、そういうことも、あるのかもしれない。
以前、テレビである個性派美人女優が、年齢的な月経不順に悩み、AVを借りて見たら、復活したと言っていたし・・・。
「マジ腹痛いのは困ったけどよ。薬飲めば大丈夫だし。ちゃんと漏れないやつ買ってきたし」
まさか生理用品買う日が来るとは思わなかったが。
「で。これ、どーすりゃいいの?」
「どうって。まあ。一週間くらいしたら勝手に止まるから。久しぶりだから、すぐ止まっちゃうかもしれないけど」
「一週間もこの調子かよー。風呂とかはどうしたらいいんだよ」
「順番最後に普通に入っていいし。シャワーだけでもいいし。プールとかは避けてね。どうしてもって時はタンポン使うんだけど、そんなどうしてもって事ないでしょ」
「まあ、ダンナ帰って来ないんだから、風呂の順番もなんもねえだろうけど。タ、タンポンなんて・・・嫌だよ、そんなの怖ェよ」
女って、普通の顔して皆、恐ろしいことしてるなあ・・・。
「あとさ。・・・リョータが、病気だと警察官になれないって言うんだ」
「・・・ああ・・・そっか・・・。私、すっごい勉強してるのになぁ・・・」
昨日も夜中の一時まで、過去問を解いていたのだ。
「うん。だからさ。やっぱり俺、早く手術受けた方がいいと思うんだ。リョータは、大学まで行って、その間に体作りしたほうがいいって。柔道とか剣道とかもやってた方がいいらしいしよ!」
「そりゃ、そうよねえ・・・」
何だか突然だが、前向きになったのならいいことだ。
「じゃ、明日にでも行こうかな。お兄さんが病院ついてってくれるって言うし」
「兄ちゃん?また家にいんの?」
意外だった。
「うん。そうなの。昨日帰ってきてね。そしたら、お父さんもいらして。何食べたいか聞いたら唐揚げって言われて。だから唐揚げなのよ」
タッパーいっぱいの唐揚げはそういうことだったのか。
「そうなのよ!お父様とお兄様にちゃんとやってるってとこ見せようと思って。頑張って唐揚げ作ったのよ、先生は!」
「・・・ふーん」
五十六いそろくは唐揚げにマヨネーズを絞って口に放り込んだ。
誇らしそうに胸を張られても・・・。
父ちゃんも兄ちゃんも、俺が唐揚げ揚げてるところを見せられてもなあ。
「我ながら好評だったわー。・・・そうそう、お兄さん、今付き合ってる方いるんだって。結構、真剣なお付き合いみたいよ」
一三かずみが、よく出張先のあちこちの名物をあげると彼女が喜んでくれるのだと嬉しそうに話すのを、父が興味深そうに聞いていたのが印象的だった。
五十六いそろくの顔色が変わった。
「・・・え?」
「だからあ、彼女がいるんだって。心配して損したわねー」
見通しは?と父に聞かれて、年内には無理だけれど、来年のうちには、形にできると思います、と答えていた。
つまり、来年にはゴールインの予定ということだろう。
「社内恋愛なのかな?職場での様子が気に入ったとか言ってたし。お父様も、仕事をしている様子が一番ひととなりを知るいい機会なんだって仰ってたし」
「違う・・・。センセー、ヤベーよ。それ・・・」
「・・・確かに結婚式に、自分たちが入れ替わったままだとまずいわよねえ・・・。さすがそれまでには、何とかねぇ・・・。まあ、でもいいわよー。そしたら私、親族だし!タキシード着ちゃおうかしら!」
久々の浮いた話で、たまきもなんとなくうきうきしていた。
この年になると落ち着く友達は皆落ち着いてしまって、結婚式にお呼ばれの話もご無沙汰なのだ。
「違うよ!違うって!・・・それ、先生っつうか、俺のことだって!ヤベーよ!先生がタキシードなら、俺がウェディングドレスか、姫ダルマみてーな着物着るハメになってるよ、ソレ!?」
「はあ?別に会社一緒でも何でもないじゃない。何で職場よ?」
「一回来たじゃん!カステラ持って!ここに!」
「え?だって名物だのお土産なんて・・・確かに仙台のお土産は貰ったけど・・・その後は別に・・・」
「いや。貰ってる。こっちに届いてんだ。最近だと、ケーキと瓦煎餅とバームクーヘンと、丸バタサンドとじゃがぽっくると、もみじ饅頭と、坊ちゃん団子・・・あ、でっち羊羹とかるかんもあったな」
今、たまきの自宅には、銘菓が山積みになっているのだ。
それにしてもあちこち出張しすぎだろ、とも思う。
「はあ?知らないわよ、それ!何普通に貰ってんのよ!?なんで住所教えてんのよ!?」
「いや、ちょっとストーカーっぽいけど、まさかそこまでとは思わなくて・・・」
甘かったと五十六いそろくは後悔した。
「先生も美味しいと言ってたとか、適当に返してたんだけど・・・」
そういえば、いそも応援してくれてますとかわけわかんないこと言っていた。
婚約者が誰なのかは知らないから、こっちも上の空で話し合わせてたけど・・・・。
彼の頭の中で、何か間違ったストーリーが出来上がっていたとは。
「ちょっとちょっと、困るからちゃんと説得してよー」
「だな。うん・・・。困ったもんだ・・・」
「待って。一回、家に帰ったら、ちゃんと確認してみるから・・・。何のつもりなのか」
今日帰宅したら、話してみよう。
一三かずみは今週いっぱいは本社勤務だと言っていた。
「オッケー。話の中身が見えたら、連絡してよ。そこまで思い込み激しいとは思わなかった」
五十六いそろくも、真面目な顔で頷いた。
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