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7.
179.原石
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「あ!いたいた!もう、何やってんのよ?!」
茶室でむしゃむしゃ花の形の生菓子に食いついている妹弟子を見つけると緋連雀は自分もどっかりと畳に座り込んだ。
「翡翠様が孔雀が居なくて腹が痛くなってきたから探してこいって文句言い始めたんだから」
孔雀の姿がないとわかるや、シャンパンどころか、水すら一滴も飲まなくなった。
「アンタは飯も食わないで甘いのばっかり食ってるからスタミナないのよ」
私を見てごらん。この耐久性。プロテインとりな。ホルモン定食とか牛タン定食とか、あとはトンカツ定食は絶対ロース、特に好きなのはイカのワタ焼き定食だけど、と定食の話が始まってしまう。
「だって。鶯と椿のお菓子、十四個も用意しちゃったんだもの。もったいない」
大嘴が居てくれれば、何でもかんでも食べてくれるのだが。
「誰も食べないんだもの・・・」
ピンと来た緋連雀が、わけ知り顔で嗤った。
自分も鶯の形の練切りを口に放り込んだ。
「あのお妃様はさすが慎重よね。ついでにマウンティングされたわけね。どうせ食べやしないんだ。何も出さなきゃいいのよ」
この姉弟子はそもそも三妃が嫌いなのだ。
坊主憎けりゃの気持ちか、しょっちゅう珊瑚宮の女官と揉め事を起こす。
女家令の緋連雀が皇太子宮で女官相手に牽制してるなんてよく噂されるが、あんなのただの助走。
焼き餅焼きで困ったものだ。
家令以外の宮廷の誰も知らないことではあるが、過去においてわずかな期間、梟と三妃は関係があった。
後年、それをうまく収めたのは孔雀。
三番目の妃として入宮したものの、なかなか宮廷には馴染めず、彼女も辛かったのだろう。
古風な前女官長は、そもそも彼女が真珠帝の継室で入宮するはずであり、一度縁がついたのなら、真珠帝の死後は一生を喪に服さねばならない身の上の彼女がのこのこ翡翠の継室になったと許せない心情があったそうで、あまり三妃の彼女に好感を持って居なかったそうだ。
となれば、他の女官達もそうそう彼女に寄り添うわけがない。
頼りは夫である翡翠だが、彼にその自覚というものが皆無であった。
翡翠の継室としての入宮は、真珠帝が亡くなったからといって正式に結婚もしていないお嬢さんがなんで一生喪服着て家に閉じこもってなきゃならないのだろう、という翡翠の疑問から生まれた優しい共感ではあるが、彼女自体に共感はないので、それは当然三妃にも伝わる。
優しさというより、アイディアに近い対応だったのだろう。
よって、三妃は宮廷で孤立する。
「あんな女、入宮した頃なんてみすぼらしかったんだから」
いつもはその美しい唇で毒を吐く姉弟子が、まるで子供に戻ったかのように唇をとがらせる様子がおかしかった。
「真面目でいらしたんでしょ。お姉様と違って」
緋連雀が孔雀の頬を突っついた。
二妃が後宮にて死亡した当時、世間では宮廷に反感の目が集まったのだ。
ギルド系で海外育ちで元教員という経歴、美しい榛色の瞳の二妃が入宮した時も、その彼女が太子を出産した時も話題になった。
彼女は人気があったのだ。
その彼女が突然に死亡したとなれば、どうしてもマイナスのイメージである。
そこで梟が目をつけたのが三妃。
今でこそファーストレディとして内外に活躍し、マスコミからの取材も受けて華やかなイメージの彼女だが、それを全て演出したのが梟というわけだ。
その二人の間に何か特別な関係があった、というのは、家令しか知らない事であり、これはきつく家令以外には漏らす事は許されない。
なぜ彼女の珊瑚宮に、緋連雀や金糸雀が嫌いに嫌う、モグリの女官、つまり正式に宮廷女官ではない彼女達が奉職しているのかと言えば、梟が三妃の要望を許可したからなのだ。
利用されたんだか利用されたんだか。
まあどっちもだろう。にしても、全く、宮廷の人間というのはろくなもんじゃない。
それは、全員。誰もが、自分も|翡翠も含めて。
そもそも梟が翡翠に、このままではまずい、リベラル共がギルドと結託して、宮廷への反感が強くなる。
三妃にファーストレディーとしての広告塔になって頂きたいと翡翠に進言したのだ。
翡翠は、(どうでも)いいんじゃない、と対応したが、お前が好きにやりなさい。何をしてもいいから。彼女の歓心をかって、諾と言わせたらいい。得意だろう、家令なんだから。と言ったそうだ。
と、梟が日記に書いていたのだ。
日記は書いた本人と孔雀しか読んでいないのだから、勿論あとは他の誰も知らない事。
「理解出来ないけど梟お兄様はね、ああいうなんていうか、ほっときゃ冴えないタイプが好きなの。農薬なしの野菜っていうのかしらね」
「・・・宝石の原石っていう意味?」
宝石の原石や、磨けば光る、という表現は、緋連雀の翻訳機だと、そういう言葉になるらしい。
ふん、と緋連雀がつんと顔を背けた。
全く、仮にも妃に何という言い草か。
悪い顔をした時のこの姉弟子は本当にきれいだなあ、たまったもんじゃないな、と孔雀は椿の和菓子を齧りながら笑った。
「のんきにしてないで、鈴蘭様に申し開きに行かなきゃでしょ」
|藍晶との一件は、宮に残って居た彼の正室の耳にも入ったことだろう。
女官達が高速で耳に入れたのか。
「全く、あの王子様、何の嫌がらせかしらね。アンタ、これから大変よ?」
あの皇太子が、この妹弟子を望むなど、あるわけないじゃないか。
自分含め家令達の感想としては、違和感。どこまでも違和感。
これは、我々に取ったら危険を知らせるシグナルだ。
さて。宮廷で何が起きているのか。
あの皇太子が、何を考え始めたのか。
何より不審に思ったのは翡翠だろう。
だからこそふいに姿が見えなくなった孔雀を心配して探してこいと緋連雀に言ったのだから。
後で、かわいそうな妹弟子は三妃に密室に呼び出されてリンチされそうになっていたと翡翠に告げ口しておこうと緋連雀は思った。
あの議員筋の妃はこういうタイミングが悪いのだ。
そんなの自分が悪い。
宮廷で本当に必要なのは、ゴマスリやオモネリではない。
機を見て敏、それが美徳。
自分のような宮廷育ちの家令や見習いから始めた女官、そして王族には染み込んでいる。
それは自分や、周りの大切な人を守る靭く美しいヴェールだ。
そこがあの三妃には、わからないのだろう。
彼女の思う正しさとは愚かさでもある時がある。
だから、彼女では、宮廷において誰も守れない。
だから翡翠にイマイチ信用されないのよ、と緋連雀は気の毒にも、疎ましくも、もちろんざまあみろとも思う。
(気をつけなさいよ)と、緋連雀が唇で孔雀に伝えた。
孔雀が頷いた。
「・・・バカばっかよね」
緋連雀が最後の鶯の生菓子を平らげながら言った。
結局、二人で全部食べれた。良かった良かったと|孔雀は喜んだ。
「あんな出来の悪いヤラセか余興の寸劇見たいな出し物、なんで誰も彼も信じるのかしら。バカみたい」
人は信じたいものを信じる。
「ま、その方が面白いもんねぇ。あんた面白すぎんのよ」
孔雀の頬をまたつっついてちょっかいを出してから緋連雀が笑った。
「オヤジと二番目の息子を手玉に取って、更に長男からも口説かれてさ。とんだ親子丼だって、世間に公表したわけだもんね」
姉弟子のあまりのあけすけさに孔雀は絶句した。
だが、状況だけを集めてしまえば、ぐうも音も出ない事実。
「ロイヤルミルクティーってうまいし、ロイヤル親子丼もなんかうまそうじゃない?」
あはは、ウケる!と緋連雀は自分で言って笑い転げた。
「・・・それ、絶対、ネタにする気でしょ」
孔雀が姉弟子を軽く睨んだ。
本当に、なぜ人々が信じてしまうのか、理解出来ない。
家令は皆、何の茶番や余興だと思っているのに。
しかし、姉弟子も兄弟子も分かっていながら誰も否定せず、宮廷の人間達に有る事無い事吹聴しているくせに。
孔雀は、またか、と勘づいた。
「お姉様、誰がどっちにいくらよ・・・?」
どうせまた賭けていたのだろう。
緋連雀が笑って舌を出した。
「だって。アンタが王子様の求愛乗っても騒動、乗らなくても騒動。いやあ、私儲かっちゃって。ありがとねー。後でカニでも奢ってあげるから。・・・ご心労の皇太子殿下がお気の毒で、これは鈴蘭様のお耳に入れなくてはと思って」
賭けに買って気をよくしたこの姉弟子が妃殿下にわざわざ報告に行ったということか。
「お姉様・・・、信じられない。なんでそうデリカシーがないのよ!」
|孔雀は畳をばんばん叩いた。
「いやでも、褒めてよ。私、妃殿下、連れてきたんだから」
「え?」
「だって、その話聞いて正室が引っ込んでたら余計立場ないじゃないのよ。まあ私の知ったことじゃないけど。あんた嫌でしょ」
彼女なりの優しさも発動したのか。
「やっぱり。発破かけるのって大切よ。鈴蘭様、今まで見たことないど根性見せて、日当たりいい庭に出てきて振られたダンナの隣でにこにこしてたわよ。なかなかよ。見直したわ」
「あ、そう・・・」
孔雀は複雑な気持ちで頷いた。
藍晶の継室の話はこれでしばらく延期になるだろう。
少々手荒だが、これを機会に皇太子の身辺整理を勧めてみよう、と孔雀は思った。
「・・・ねぇ、お姉様。ダンナさんが浮気してるから負い目があって優しくしてくれるのと。浮気してないけど、奥さんとの生活に不満でそっけないのどっちがいい?」
緋連雀《ひれんじゃく》が目を見開いた。
「・・・・ねえ。これから結婚する私にそういうこと聞くってあんたひどくない?あんたこそデリカシーどうなってんのよ・・・」
素行が悪い姉弟子だが、本気で愛される新妻を目指しているので傷付いたらしい。
お祝いに何が欲しいの、と聞いたらエプロンと言い出した時は、調度、軍の浴室設備の改築を考えていたので、バスタブ側面のエプロンと呼ばれる部品の事かと思ったくらいだ。
この姉弟子から、まさか服飾のエプロンの話が出るなんて、と未だに信じがたい。
家庭生活のイメージに乏しく、実体験はゼロの生まれついての家令である彼女の頭の中の、新妻のイメージがエプロンなのだろう。
孔雀はちょっとすまなく思った。
彼女こそ、確かに梟の為に身辺整理をしたのだから。
問題は|梟だが。まあ、この美人で焼き餅焼きの全身地雷が妻なのだ。
今までのようにそうわくわく浮気も出来まい。
何せ凶暴な火喰蜥蜴が妻だと言うのだから。
|梟お兄様に家令組合で傷害保険作って入った方がいいと勧めておこう、と|孔雀は思った。
|孔雀はぎゅっと姉弟子を抱きしめた。
「家令の結婚は人事だなんていうけど。・・・おめでとう|緋連雀お姉様。どうか幸せになって」
|孔雀が総家令になる直前、|緋連雀は一度目の結婚をしていた。政治的な思惑の絡むもので、指示したのは|梟。
当初の計画通り、すぐに離婚した。
しかし、その後、妊娠していた事が分かった。
許可もなく妊娠した事には目を瞑った梟だったが、妊娠継続は困難であり胎児を取るか母体を取るかの選択を迫られる状況だと判明した時、判断を|孔雀に放って寄こしたのだ。
もうお前が総家令だ、決めろ。と。
まだ十五の孔雀は、姉弟子とその子の命の選択をしろと言われ、泣き出した。
そんなもの、決めれるわけない、ならば母親の姉弟子が決めるべきと思った。
しかし、緋連雀もまた孔雀が決裁しろと言ったのだ。
結局、孔雀は、姉弟子の命を取った。
泣きながら書類にサインをして、処置をする黄鶲に渡した時の事は今でも思い出す。
そういう辛い判断は他にいくつかあって。
そして、その度に、翡翠は孔雀を慰めたのだ。
一時間でも二時間でも、一晩でも。
辛い選択の度に、物置のような所にこもって泣いてばかりいた妹弟子が少しづつでも目に見えて鍛えられて行ったのは翡翠の功績でもある。
だからこそ、孔雀は翡翠の総家令なのだ。
それは他の家令も認めるところだ。
「宝石の原石かあ。・・・お姉様。それって伸び代しかないってことよ?伸び切ったゴムみたいな私たち家令は何でもあるようで何もない」
孔雀が少し寂しそうにそう言ったのに緋連雀も妹弟子をぎゅっと抱きしめ返して、背中を叩いた。
「・・・ほらさっさと戻らないと、翡翠様が腹が頭痛とかわけわかんない事言い出すわよ」
孔雀はそうだった、と立ち上がった。しかし、姉弟子がとんでもない事を言いだした。
「天河様は大喜びですって。公式の場で交際宣言だもんねえ。苦節二十年。報われてよかったわね」
「・・・なんで遠方の|天河様がご存知なの・・・」
「雉鳩がライブ中継してたからよ」
家令達にはすっかり知れ渡っているということか。
全く。家令というのはどうしようもない。
茶室でむしゃむしゃ花の形の生菓子に食いついている妹弟子を見つけると緋連雀は自分もどっかりと畳に座り込んだ。
「翡翠様が孔雀が居なくて腹が痛くなってきたから探してこいって文句言い始めたんだから」
孔雀の姿がないとわかるや、シャンパンどころか、水すら一滴も飲まなくなった。
「アンタは飯も食わないで甘いのばっかり食ってるからスタミナないのよ」
私を見てごらん。この耐久性。プロテインとりな。ホルモン定食とか牛タン定食とか、あとはトンカツ定食は絶対ロース、特に好きなのはイカのワタ焼き定食だけど、と定食の話が始まってしまう。
「だって。鶯と椿のお菓子、十四個も用意しちゃったんだもの。もったいない」
大嘴が居てくれれば、何でもかんでも食べてくれるのだが。
「誰も食べないんだもの・・・」
ピンと来た緋連雀が、わけ知り顔で嗤った。
自分も鶯の形の練切りを口に放り込んだ。
「あのお妃様はさすが慎重よね。ついでにマウンティングされたわけね。どうせ食べやしないんだ。何も出さなきゃいいのよ」
この姉弟子はそもそも三妃が嫌いなのだ。
坊主憎けりゃの気持ちか、しょっちゅう珊瑚宮の女官と揉め事を起こす。
女家令の緋連雀が皇太子宮で女官相手に牽制してるなんてよく噂されるが、あんなのただの助走。
焼き餅焼きで困ったものだ。
家令以外の宮廷の誰も知らないことではあるが、過去においてわずかな期間、梟と三妃は関係があった。
後年、それをうまく収めたのは孔雀。
三番目の妃として入宮したものの、なかなか宮廷には馴染めず、彼女も辛かったのだろう。
古風な前女官長は、そもそも彼女が真珠帝の継室で入宮するはずであり、一度縁がついたのなら、真珠帝の死後は一生を喪に服さねばならない身の上の彼女がのこのこ翡翠の継室になったと許せない心情があったそうで、あまり三妃の彼女に好感を持って居なかったそうだ。
となれば、他の女官達もそうそう彼女に寄り添うわけがない。
頼りは夫である翡翠だが、彼にその自覚というものが皆無であった。
翡翠の継室としての入宮は、真珠帝が亡くなったからといって正式に結婚もしていないお嬢さんがなんで一生喪服着て家に閉じこもってなきゃならないのだろう、という翡翠の疑問から生まれた優しい共感ではあるが、彼女自体に共感はないので、それは当然三妃にも伝わる。
優しさというより、アイディアに近い対応だったのだろう。
よって、三妃は宮廷で孤立する。
「あんな女、入宮した頃なんてみすぼらしかったんだから」
いつもはその美しい唇で毒を吐く姉弟子が、まるで子供に戻ったかのように唇をとがらせる様子がおかしかった。
「真面目でいらしたんでしょ。お姉様と違って」
緋連雀が孔雀の頬を突っついた。
二妃が後宮にて死亡した当時、世間では宮廷に反感の目が集まったのだ。
ギルド系で海外育ちで元教員という経歴、美しい榛色の瞳の二妃が入宮した時も、その彼女が太子を出産した時も話題になった。
彼女は人気があったのだ。
その彼女が突然に死亡したとなれば、どうしてもマイナスのイメージである。
そこで梟が目をつけたのが三妃。
今でこそファーストレディとして内外に活躍し、マスコミからの取材も受けて華やかなイメージの彼女だが、それを全て演出したのが梟というわけだ。
その二人の間に何か特別な関係があった、というのは、家令しか知らない事であり、これはきつく家令以外には漏らす事は許されない。
なぜ彼女の珊瑚宮に、緋連雀や金糸雀が嫌いに嫌う、モグリの女官、つまり正式に宮廷女官ではない彼女達が奉職しているのかと言えば、梟が三妃の要望を許可したからなのだ。
利用されたんだか利用されたんだか。
まあどっちもだろう。にしても、全く、宮廷の人間というのはろくなもんじゃない。
それは、全員。誰もが、自分も|翡翠も含めて。
そもそも梟が翡翠に、このままではまずい、リベラル共がギルドと結託して、宮廷への反感が強くなる。
三妃にファーストレディーとしての広告塔になって頂きたいと翡翠に進言したのだ。
翡翠は、(どうでも)いいんじゃない、と対応したが、お前が好きにやりなさい。何をしてもいいから。彼女の歓心をかって、諾と言わせたらいい。得意だろう、家令なんだから。と言ったそうだ。
と、梟が日記に書いていたのだ。
日記は書いた本人と孔雀しか読んでいないのだから、勿論あとは他の誰も知らない事。
「理解出来ないけど梟お兄様はね、ああいうなんていうか、ほっときゃ冴えないタイプが好きなの。農薬なしの野菜っていうのかしらね」
「・・・宝石の原石っていう意味?」
宝石の原石や、磨けば光る、という表現は、緋連雀の翻訳機だと、そういう言葉になるらしい。
ふん、と緋連雀がつんと顔を背けた。
全く、仮にも妃に何という言い草か。
悪い顔をした時のこの姉弟子は本当にきれいだなあ、たまったもんじゃないな、と孔雀は椿の和菓子を齧りながら笑った。
「のんきにしてないで、鈴蘭様に申し開きに行かなきゃでしょ」
|藍晶との一件は、宮に残って居た彼の正室の耳にも入ったことだろう。
女官達が高速で耳に入れたのか。
「全く、あの王子様、何の嫌がらせかしらね。アンタ、これから大変よ?」
あの皇太子が、この妹弟子を望むなど、あるわけないじゃないか。
自分含め家令達の感想としては、違和感。どこまでも違和感。
これは、我々に取ったら危険を知らせるシグナルだ。
さて。宮廷で何が起きているのか。
あの皇太子が、何を考え始めたのか。
何より不審に思ったのは翡翠だろう。
だからこそふいに姿が見えなくなった孔雀を心配して探してこいと緋連雀に言ったのだから。
後で、かわいそうな妹弟子は三妃に密室に呼び出されてリンチされそうになっていたと翡翠に告げ口しておこうと緋連雀は思った。
あの議員筋の妃はこういうタイミングが悪いのだ。
そんなの自分が悪い。
宮廷で本当に必要なのは、ゴマスリやオモネリではない。
機を見て敏、それが美徳。
自分のような宮廷育ちの家令や見習いから始めた女官、そして王族には染み込んでいる。
それは自分や、周りの大切な人を守る靭く美しいヴェールだ。
そこがあの三妃には、わからないのだろう。
彼女の思う正しさとは愚かさでもある時がある。
だから、彼女では、宮廷において誰も守れない。
だから翡翠にイマイチ信用されないのよ、と緋連雀は気の毒にも、疎ましくも、もちろんざまあみろとも思う。
(気をつけなさいよ)と、緋連雀が唇で孔雀に伝えた。
孔雀が頷いた。
「・・・バカばっかよね」
緋連雀が最後の鶯の生菓子を平らげながら言った。
結局、二人で全部食べれた。良かった良かったと|孔雀は喜んだ。
「あんな出来の悪いヤラセか余興の寸劇見たいな出し物、なんで誰も彼も信じるのかしら。バカみたい」
人は信じたいものを信じる。
「ま、その方が面白いもんねぇ。あんた面白すぎんのよ」
孔雀の頬をまたつっついてちょっかいを出してから緋連雀が笑った。
「オヤジと二番目の息子を手玉に取って、更に長男からも口説かれてさ。とんだ親子丼だって、世間に公表したわけだもんね」
姉弟子のあまりのあけすけさに孔雀は絶句した。
だが、状況だけを集めてしまえば、ぐうも音も出ない事実。
「ロイヤルミルクティーってうまいし、ロイヤル親子丼もなんかうまそうじゃない?」
あはは、ウケる!と緋連雀は自分で言って笑い転げた。
「・・・それ、絶対、ネタにする気でしょ」
孔雀が姉弟子を軽く睨んだ。
本当に、なぜ人々が信じてしまうのか、理解出来ない。
家令は皆、何の茶番や余興だと思っているのに。
しかし、姉弟子も兄弟子も分かっていながら誰も否定せず、宮廷の人間達に有る事無い事吹聴しているくせに。
孔雀は、またか、と勘づいた。
「お姉様、誰がどっちにいくらよ・・・?」
どうせまた賭けていたのだろう。
緋連雀が笑って舌を出した。
「だって。アンタが王子様の求愛乗っても騒動、乗らなくても騒動。いやあ、私儲かっちゃって。ありがとねー。後でカニでも奢ってあげるから。・・・ご心労の皇太子殿下がお気の毒で、これは鈴蘭様のお耳に入れなくてはと思って」
賭けに買って気をよくしたこの姉弟子が妃殿下にわざわざ報告に行ったということか。
「お姉様・・・、信じられない。なんでそうデリカシーがないのよ!」
|孔雀は畳をばんばん叩いた。
「いやでも、褒めてよ。私、妃殿下、連れてきたんだから」
「え?」
「だって、その話聞いて正室が引っ込んでたら余計立場ないじゃないのよ。まあ私の知ったことじゃないけど。あんた嫌でしょ」
彼女なりの優しさも発動したのか。
「やっぱり。発破かけるのって大切よ。鈴蘭様、今まで見たことないど根性見せて、日当たりいい庭に出てきて振られたダンナの隣でにこにこしてたわよ。なかなかよ。見直したわ」
「あ、そう・・・」
孔雀は複雑な気持ちで頷いた。
藍晶の継室の話はこれでしばらく延期になるだろう。
少々手荒だが、これを機会に皇太子の身辺整理を勧めてみよう、と孔雀は思った。
「・・・ねぇ、お姉様。ダンナさんが浮気してるから負い目があって優しくしてくれるのと。浮気してないけど、奥さんとの生活に不満でそっけないのどっちがいい?」
緋連雀《ひれんじゃく》が目を見開いた。
「・・・・ねえ。これから結婚する私にそういうこと聞くってあんたひどくない?あんたこそデリカシーどうなってんのよ・・・」
素行が悪い姉弟子だが、本気で愛される新妻を目指しているので傷付いたらしい。
お祝いに何が欲しいの、と聞いたらエプロンと言い出した時は、調度、軍の浴室設備の改築を考えていたので、バスタブ側面のエプロンと呼ばれる部品の事かと思ったくらいだ。
この姉弟子から、まさか服飾のエプロンの話が出るなんて、と未だに信じがたい。
家庭生活のイメージに乏しく、実体験はゼロの生まれついての家令である彼女の頭の中の、新妻のイメージがエプロンなのだろう。
孔雀はちょっとすまなく思った。
彼女こそ、確かに梟の為に身辺整理をしたのだから。
問題は|梟だが。まあ、この美人で焼き餅焼きの全身地雷が妻なのだ。
今までのようにそうわくわく浮気も出来まい。
何せ凶暴な火喰蜥蜴が妻だと言うのだから。
|梟お兄様に家令組合で傷害保険作って入った方がいいと勧めておこう、と|孔雀は思った。
|孔雀はぎゅっと姉弟子を抱きしめた。
「家令の結婚は人事だなんていうけど。・・・おめでとう|緋連雀お姉様。どうか幸せになって」
|孔雀が総家令になる直前、|緋連雀は一度目の結婚をしていた。政治的な思惑の絡むもので、指示したのは|梟。
当初の計画通り、すぐに離婚した。
しかし、その後、妊娠していた事が分かった。
許可もなく妊娠した事には目を瞑った梟だったが、妊娠継続は困難であり胎児を取るか母体を取るかの選択を迫られる状況だと判明した時、判断を|孔雀に放って寄こしたのだ。
もうお前が総家令だ、決めろ。と。
まだ十五の孔雀は、姉弟子とその子の命の選択をしろと言われ、泣き出した。
そんなもの、決めれるわけない、ならば母親の姉弟子が決めるべきと思った。
しかし、緋連雀もまた孔雀が決裁しろと言ったのだ。
結局、孔雀は、姉弟子の命を取った。
泣きながら書類にサインをして、処置をする黄鶲に渡した時の事は今でも思い出す。
そういう辛い判断は他にいくつかあって。
そして、その度に、翡翠は孔雀を慰めたのだ。
一時間でも二時間でも、一晩でも。
辛い選択の度に、物置のような所にこもって泣いてばかりいた妹弟子が少しづつでも目に見えて鍛えられて行ったのは翡翠の功績でもある。
だからこそ、孔雀は翡翠の総家令なのだ。
それは他の家令も認めるところだ。
「宝石の原石かあ。・・・お姉様。それって伸び代しかないってことよ?伸び切ったゴムみたいな私たち家令は何でもあるようで何もない」
孔雀が少し寂しそうにそう言ったのに緋連雀も妹弟子をぎゅっと抱きしめ返して、背中を叩いた。
「・・・ほらさっさと戻らないと、翡翠様が腹が頭痛とかわけわかんない事言い出すわよ」
孔雀はそうだった、と立ち上がった。しかし、姉弟子がとんでもない事を言いだした。
「天河様は大喜びですって。公式の場で交際宣言だもんねえ。苦節二十年。報われてよかったわね」
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家令達にはすっかり知れ渡っているということか。
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颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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