ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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163.再び交差する星

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いきなり目を覚ました。

体は起きたのだが、意識が付いて行かずにしばらく天井を眺めていた。
黄金色に近い大理石の天井。

と思ったら、頭痛と吐き気がこみ上げた。
体だけが寝具に張り付くように重いのに、意識が天井に飛び上がるようだ。
薬の副作用だ。

ドアの外で、何か破裂音のような音がした。
まるで稲妻でも閃いたかのような気配。
意識を体に沈めてみると、それは人の声なのだと分かった。
ベッドから起き上がろうとすると、がくんと力が抜けて、中途半端に転がった。
バタンとドアが遠慮もなく開けられて、悲鳴が聞こえた。
自分としてはちょっと縦になり損ねて横になったくらいに思っているが、だいぶ状況が悪いのだろうか。
乱暴に抱えられて、口に甘い水と何か飴のようなものを押し込まれた。

「吐き止めよ。・・・あのバカ、感動の再会を台無しにしてくれて。怒鳴りつけてひっぱたいといたわ。あんたってなんでも食べちゃうんだから・・・・」

懐かしい真鶴《まづる》の声だった。

孔雀くじゃくはなんとまあ藪から棒な話だ、と唖然とした。
現れたのは、相変わらず、いやそれ以上に美しい姉弟子の姿。
当時よりも輝きが増したかのようだ。

シルクのガウンドレスをまとった姿は見惚れる程。
もしや荒んだ暮らしでもしているのではないか、ならば居たたまれないことだなどと一瞬でも考えたのが馬鹿らしいほどに。
ぽかんと孔雀くじゃくが見上げているのに、真鶴まづるが大輪の花のように微笑んだ。

「ああ、私の雛鳥ピーファウル!大人になったのね・・・!三年前、あの子がお前を撃ったと聞いた時は心臓が止まるかと思ったのよ。その上、今日はこんな薬を飲ませて」

憎々しげに言い、ドアの外を睨みつける。

「・・・真鶴お姉様、どうか、あんまりなことはしないで」

それだけをやっと言った。
姉弟子が記憶よりも激情型になっていて、このままではあの子がどんな目に遭うか。

「・・・お姉様、私達は確かに白鷹はくたかお姉様達に叩かれもしましたが、今時あんまりです。・・・あの子、私を姉と呼びました。あの子は家令として下さるつもりではないですか」

まだ釈然としない様子だったが、真鶴まづるが頷いた。

孔雀くじゃくを死なせそうになったのだからお前の生き死にはもう孔雀くじゃくのものだよと言い含めたのよ」

それだけではないでしょう、と孔雀くじゃくは水を受け取りながら言った。
甘いリコリスとアマレットの風味がつけてある。

「あの子、真鶴お姉様の子ではないの?とても可愛らしかった。いいの?家令にしてしまって。名前はなんて言うの?」

女家令の子は家令というのは鉄則ではあるが、そもそも真鶴《まづる》は皇女である。

おおとり
「・・・ステキ。大白鳥ね」

嬉しそうな孔雀くじゃくの額を真鶴まづるが小突いた。

「呑気だこと。死にかけたんでしょう・・・。家令の自覚も母親の自覚もそりゃあ低いほうだけれどね。そうね、あの子は家令にするつもりでいたけれど」
「でも、降嫁されたのでなければ、皇女様の子は王族になれますよ」
「結婚なんてしていないもの。あの子の身分をどうやって保証すればいいのだかもまだはっきりしてないの」

意図を掴みかねて、孔雀くじゃくは首を傾げた。

「・・・大体、私の復位を翡翠ひすいは許さないわ。私を家令に堕としたのは翡翠ひすいよ」

孔雀は首を振った。

「真珠様の一件があり、お姉様がその災禍を被らない為でしょう。そもそもは白鷹はくたかお姉様が琥珀こはく様に取り付けたお約束です」

あの女皇帝は、一時は、もし真珠しんじゅと同じ思想を持っているならばとこの皇女すら手放そうとしたくらいだ。
真鶴《まづる》は孔雀《くじゃく》の頬を両手で挟んだ。

「きっかけがそうだとしても。・・・私からお前をかっさらったのは翡翠《ひすい》。今更私を王族に戻すもんですか。・・・私がどれだけ気を揉んだか。私の魔法がちっとも効かなくて」

信じがたいが、誰もが、呪いだの迷惑な置き土産だの、時限爆弾だの言っている孔雀《くじゃく》の身の毒を、彼女は魔法だと表現するわけだ。

一月待っても二月待っても、翡翠ひすいが死んだという知らせが入らない。
翡翠《ひすい》が勝手に死んだら、颯爽さっそうと自分が舞い戻ろうと思っていたのに。
しびれを切らしているところに、皇帝と総家令は仲睦まじい様子だという話しか入ってこない。
自分のこの仕掛けた仕組みを解明や解除できる者などいる訳などないという自信があったのに。

「・・・瑠璃鶲るりびたきお姉様ですよ。亡くなるまでに、仕組みの当たりをつけてくださって。対処療法は千鳥ちどりお兄様です」

瑠璃鶲るりびたき、と聞いて真鶴まづるは舌打ちし、敵わない、という顔をした。
あの、執念のように緻密な女。
地道に積み上げて、いつの間にか巨大な何かを組み上げる。
彼女の努力には誰も敵わない。
あの女は、自分にとって高い壁だった。

「・・・その上」

真鶴まづるは憎々し気に眉を顰めた。

「あの二番目。お前の恋人というじゃないの」

孔雀《まづる》は目を丸くした。

「なんでも知ってるのね・・・」

「そうよ。総家令の寵姫宰相っぷりも。それから、蜜教みつおしえの働きぶりもね」

嬉々としてそう言う。

そもそも蜜教《みつおしえ》という名前を使うようにと孔雀《くじゃく》に言ったのは真鶴まづる
ディビジョンを編成する事があったらこのシンボルがいいと、六角形の蜂の巣に女王蜂と蜜教鳥みつおしえどりの図案を提示したのも彼女。

「で?二番目の話は本当なの?」

孔雀くじゃくは頷いた。

「・・・天河てんが様が私にお飽きになるまでは」

ああもう、と真鶴まづるはクッションを投げた。

「ああ、やっぱりあの時。皆殺しにすればよかった。・・・ねえ、孔雀くじゃく翡翠ひすいがどんなに悪い人間なのかちゃんと聞いて頂戴ちょうだい。あいつはね、悪い狼よ。ほら、前話してくれたたじゃない・・・。森にお使いに行く、なんだっけ」
「・・・赤ずきんちゃん?」
「そう、それ」

孔雀くじゃくは吹き出した。

翡翠ひすい様は真鶴まづるお姉様を悪い蛇だって言ったわ」

真鶴まづるはむっとしたように腕を組んだ。
孔雀くじゃくは頭痛が楽になると、改めて周囲を見た。
豪華で華やかな真鶴まづる好みの邸宅のようだ。
テロリストのアジトにしては、豪華すぎる。
そもそも、テロリストではないのではないか、と思い始めていた。

壁に掛かっていた大きな額を見て、孔雀くじゃくは、ああ、と合点が入った。

淡雪あわゆき先生・・・」

とても静かな絵で、月と白い牛の絵。
優しい目をしているからきっと雌牛なのだろう。
緋連雀ひれんじゃくの師匠の人間国宝の作品だ。
そうか。淡雪あわゆきが絡んでいたのか。
孔雀くじゃくは観念したように顔を上げた。
真鶴まづるは少し距離を取ると、じっと妹弟子を見た。

「・・・なぜお前が家令になっているのか、本当に妙なことね。本来、お前こちらにいるはずじゃないの」

こちら、と聞いて、孔雀くじゃくは、ああ、と得心が入った。

「・・・真鶴まづるお姉様は淡雪先生と本当にご夫婦なのね。・・・その物語は、妻や夫と子供にしかしてはならないのよ」
「夫婦じゃないわよ。結婚してないんだから」
「でもその話は。伴侶とその子供にしかしてはならないの」

孔雀くじゃくは母である青嵐あおあらしに聞いたのだ。そして青嵐あおあらしはその父である春雷しゅんらいに。

「・・・ヘルメスという思想団体があるってね、白鷹はくたか一時躍起いちじやっきになって探していたのよ。ヘルメスは宮廷を見張る番人、家令の看守だなんて言ってた。・・・それがお前、家令になっているなんて。棕櫚しゅろ家はその総本山だったなんて」

ヘルメスとはね、つまりは秘密結社、テロリストよ、なんていかがわしい、と白鷹はくたかがよく言っていた。
たまに、家令が全て身動きが取れなくなる時があるのだ。
その時に暗躍しているのは、必ず彼らだと言われていた。

苦し紛れに、憎いあまり琥珀こはく白鷹はくたかがヘルメス狩りをしたこともあった。
それが一番身近にいたなんて、白鷹はくたかは腰を抜かすかしら、血圧上がって死ぬかもね、と真鶴まづるはうきうきしたように言った。

「いえ、そんな恐ろしい団体ではないんですよ。だって、自分たちだって、誰がヘルメスなのかわからないんですもの。・・・意思とは不思議なもの。そう伝えられているうちに、各々でそう動く者が現れる。・・・私や、淡雪あわゆき先生は、たまたまその系譜が残っていただけ」

孔雀くじゃくは夢見るように微笑んだ。
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