ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

文字の大きさ
157 / 211
6.

157.北極星

しおりを挟む
 来月からはカエルマークのケータリングトレーラーが入るのだと孔雀くじゃくは言った。
軍隊を進駐させて陣を死守する緋連雀ひれんじゃくへのバックアップだ。
青鷺が海兵隊マリーンを先発させ、ほぼ同時に緋連雀ひれんじゃくが陸海空の選抜メンバーと空白地帯のほとんどを制圧した知らせは華々しく伝えられた。

軍中央セントラルからは千鳥ちどりお兄様が出向してくださいましたし」

軍中央セントラルの面々と緋連雀《ひれんじゃく》のクッション役、というか弾除けになってくれるだろう。
気の毒に、と翡翠ひすいが笑った。
しかし、この人選アイディアは彼。

「・・・大変なのはこれからです。三国のどこより先に軍がどっかり進駐して。私達、この場所は絶対どきませんけど、では皆さん、あちらもこちらも平和の為に協力しましょう。と言うのですから・・・反発もありますよねえ」

当たり前だわ、と孔雀くじゃくはため息をついた。
それを言うのは私で済んだはずなのに。
それを天河てんがにさせなくてはいけないのが辛い。
家令はそれを臆面もなく出来るけれど。

正直、天河てんがにそんな事させたくはない。
そんな事させたから、殺されかけたのではないか。
これは、悔やんでも悔やみきれない。
カエルマークのケータリングを何よりも先に手配したのはまずは緋連雀ひれんじゃくを支える軍に食わせる事という気持ちもあったが、天河てんがへのバックアップでもある。

「無事カエルにかけて、軍では縁起がいいと言われてますしね」

カエルマークのキャラクターのカエルのグッズを眺めながら孔雀くじゃくは嬉しそうに言った。そんな妹弟子を、緋連雀ひれんじゃくは、帰る事ばっかり考えてる兵隊って何なのよ、と不満気ではあるが。

「じゃあ何よ、勝にかけて、カツオのキャラクターとかならいいわけ?」」
「馬鹿じゃないの、もっとタテガミふっさふさのライオンとか勇ましいものよ、何よ魚って。ああでも。オスライオンなんて本当は働かないでゴロゴロしてばかりなんだってね。あらまあ、アンタの王様と一緒じゃないの」

とか何とか姉妹喧嘩があった事も翡翠ひすいは知っているし、想像してもおかしくて仕方ないが。

「今時、お姉様は時代劇だから・・・。緋連雀ひれんじゃくお姉様、殺伐としたところがあるでしょう」

美貌をカサにきて、やりたい放題で容赦ないのも、そこらへんが原因なのではないかと思う。

緋連雀ひれんじゃくがずっと前線で不在だから後宮は静かだね」

「・・・それも良し悪しですなんですって。女官長様が、女官方がたるんでるって怒ってらして」

服装が乱れている、髪型が崩れている、言葉の反応が鈍い、呼んでもすぐ来ない、お辞儀がフラついている、等々。一昔前の女子校並みの規律の厳しさだ。
確かに、継室の宮を訪れても、どうも和やかだなあと思っていたのだ。
宮廷育ちなら誰でもわかるが、女官達は美しいが、張り詰めてもいる。
つまり常にイラついているものだ。並々ならぬ努力もするし、様々に抑圧されたものがあるからだろう。
家令はそれがないから、女家令が特に女官とぶつかるのは仕方ない。
翡翠|《ひすい》が苦笑した。

緋連雀ひれんじゃく藍晶らんしょうのところに入ると、オカメインコがいっぱいるからね」

緋連雀ひれんじゃくに対抗して女官達の装いが目に見えて派手になるのだ。
素の美人に対抗するにはやはり化粧や装飾品で飾り立てなければならない。
家令と違い、女官はそれぞれ美しい装いをしているので、それが更にきらびやかになるわけだ。

珊瑚色コーラルカラーの頬紅を丸くするのが流行りなんですって。かわいいですよね、あれ」

藍晶《らんしょう》は対抗させて喜んでいるが、天河てんがは少々怯えていた。

「りんご病かインフルエンザでも流行ってるのかと仰ってましたね。・・・やっぱりあれですかねぇ。チーターがいないとガゼルも平和でいいけど気が緩んで足遅くなるみたいな・・・」

とすると、女官の能力を向上させていたのは緋連雀ひれんじゃくか。

「そう言えば、この間、雉鳩きじばとお兄様が、緋連雀ひれんじゃくお姉様が一番痩せてた時のドレスが入って。緋連雀ひれんじゃくお姉様も金糸雀カナリアお姉様も顔面蒼白」

食いすぎじゃないの君たち、と雉鳩きじばとが鼻で笑っていた。

緋連雀ひれんじゃくお姉様は、私しばらく塩辛と焼酎だけで生きるって矯正下着買って来るって出かけて。金糸雀カナリアお姉様はサウナスーツ着て走って来るって飛び出して行きまして」

眼に浮かぶようだと翡翠ひすいは笑った。

「へえ。孔雀くじゃくは?」
「私は。この毎日十個食べてるマシュマロを五個にしてみます」

孔雀くじゃくが棚から巨大な袋を出して見せた。
色とりどりのスポンジのようなものが入っている。

「へえ。おっきいね。子猫くらいあるね」
「そうなんです。おひとつどうぞ」

翡翠ひすいがなんともおもちゃのような食い物だと笑った。

極端な偏食家だった自分がこんなものまで食えるようになるとは、と自分でも驚く。
宮城はいつも通りに優雅で、温かな空気が流れており通常運転であるが、北では兄弟子や姉弟子、そして天河《てんが》の身に危険が迫っているという事を孔雀くじゃくはひしひしと感じているのだろう。
たまに北の空を眺めている。
半分ぼんやりと、そして半分、頭ではどうすべきかをものすごい容量で処理しながら。
翡翠ひすい孔雀くじゃくを引き寄せた。

「・・・天河てんがのところに行かなくていいの」
「ええ。私は、ここでメソメソしていた方がいいのですって」
「ここでメソメソ・・・」

翡翠ひすいがむっとしたように呟いた。
困った方達ね、と孔雀《くじゃく》が笑った。

孔雀くじゃく。私の可愛い人。私は捨てられるのかな」
「・・・私は、今まで散々身勝手な押し付けをして参りましたね」

今まで翡翠ひすいが何度か孔雀くじゃくに訴えたのだ。

「愛しているよ、だからもういいだろう。なぜ今更、ほかの女のところに?そう思うのは、おかしい?」

そもそもマメなタイプではない。
大体、普通、寵姫総家令と言うものは、例えば白鷹はくたかのようにそれはそれは嫉妬深く皇帝の周りから他の女も男も退けたがるものなのだ。

「あなたは私を愛していればいい。そしたら私が全部やってあげる」
一体何人の皇帝が寵姫総家令のその腐りろけるほどの甘い言葉に溺れてきたか。
しかし、普段は何でも甘やかすというのに、継室の事を放り出そうとした翡翠を孔雀は許さなかった。

「おかしくなんかない。貴方は誠実な方。だから苦しんでる。私はそれが嬉しい。でもそれでは私は貴方と貴方の世界を守れない。私の守りたいものを貴方は守れない」

自分を取り巻く世界は、ただあるのではなく、自分の世界の一部なのだと考えたことすらなかった。
貴方のまわりの世界を愛する貴方は、同様に世界から愛されるでしょう。どうか、貴方は貴方のまわりの世界を愛して。大切にして。私はその貴方を愛したい。

結局、自分と孔雀くじゃくの立場を守るのは自分。
翡翠ひすいはそれを受け入れた。
私はお前を守りたいから、私を愛しているなら他の女の所に行って来い。
平たく言えばこういう事。

いまいちピンと来ないなら、男女を逆にしてみるといい。
私は貴方しか好きじゃないのに、貴方は自分の保身の為に他の男のところに言って来いと言うのね。私が別れられないのを知っていて。
これだ。これを女性に強要する最低な男ではないか。
孔雀くじゃくは小さくため息をついた。

「私、天河てんが様には、他の方に触るなと申し上げたんですよ。私はそうではないのに貞節を強いるなんて、それもまた最低」

何がデリカシーか。
そもそも破綻しているのは自分だ。
この国の後宮というシステムはハーレムと言うより、ライオンの群れのようなものだと思う。
緋連雀ひれんじゃくは、翡翠ひすいを働かないでゴロゴロしてる雄ライオンと言った事があったが、言い得て妙なのだ。

圧倒的主導権を執行して突き進む王など、必要ではない。
あの強権的な琥珀帝でさえ、実際に立ち働いたのは、家令であり元老院である廷臣。
たった一人との関係を望み、自らが先頭、頂点となったシステムを考えついた真珠帝は殺された。
宮廷に置いて、皇帝の資質とは何より愛されている事。

メスライオンの群れの中で、オスライオンの1番大切な素質であり、努力せねばならないこと。
まだ若い総家令の為に努力しようと翡翠ひすいが決めた時、その延長にあるものがこれだと気づき、あまりの煩わしさにやはり全て放り出したくなった。

そして自分が一番言われたかった言葉を与えられたのはあの二番目。
理解し難いが、あの太子は龍現という生まれらしい。
王族にたまに生まれる、王に相応しい、だろう、と言われる者。真鶴《まづる》もそうであった。

そして、天眼という者もいる。
それは王族には関係なく、割に多く生まれるらしい、何らかの才能がある者。
例えば孔雀くじゃく大嘴おおはし仏法僧ぶっぽうそう

龍現、天眼。それは、どちらも運命に見張られた者と言われている。
その両者が皇帝と総家令として揃う場合が稀にある。
真珠しんじゅ大鷲おおわしがそうだったように。
良いか悪いかは別として、やはり運命的な二人であったろう。
ある程度近くで二人を見ていた翡翠ひすいにとって、兄王とその寵姫総家令は相思相愛であったと思う。
孔雀を寵姫総家令と揶揄する向きもあるが、それは白鷹はくたかや、ましてや大鷲おおわしの足元にも及ばないだろう。

何より、兄王と大鷲おおわしの、あの悲劇的な最後を思って運命だ宿命だと表現するのが一番正しいのだと思う。
あの二人に何があったのかなどもはや誰にもわからない。
だが、大鷲おおわし真珠しんじゅを手にかけた。
ひとつだけわかるのは、それは愛ゆえに。

孔雀くじゃくの話によると、大鷲おおわしは、その亡骸に皇帝の象徴でもある北極星を模したステンドガラスの欠片《かけら》を大切に握りしめていたそうだ。
そして今。孔雀くじゃく天河てんがを選んだという事か。
孔雀くじゃく翡翠ひすいの頬に触れた。

「・・・お忘れですか、私のお星様。私が北極星とお呼びするのは貴方だけ。どうか、私の選択を受け入れて」

翡翠ひすいの頬に優しく唇を寄せて囁いた。
運命の二人はともにあると言うのなら、運命でないならばお互い一緒にいる努力をし続けなければならない。
しかも、翡翠ひすい孔雀くじゃくの言う、天穹てんきゅうでたった一つの指針となる輝かしい星であるために。

恐らく。大鷲おおわし真珠しんじゅに自分以外全て放り出せと言ったのだ。
しかし、孔雀くじゃく翡翠ひすいに、彼が放り出したいものを全て愛せと言う。

どちらが難しいか。
ああ、自分がこんなに努力家だったとは。

この女家令に、私のお星様と呼ばれる為にはなんでもしよう。
星はこちらの方ではないかと思う程の美しい青菫あおすみれ色の瞳を見つめて、翡翠ひすいは頷いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...