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145.これは罰

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「・・・・元老院次席が二代に渡って、背信行為をしていた確信を雉鳩きじばとお兄様は持っていました。私は根拠たる資料を見せられたけど・・・」

マネーロンダリングや海外との遣り取りの証拠。

「だいぶA国に情報を出されていたようでした。ご本人は政治ポリティクスのおつもりだったみたいだけれど、あれでは諜報エスピオナージュどころか国を売ったと言われても仕方ないような内容でした・・・」

家令の外部組織であるエトピリカにふくろうはいたかが出向して調査をした所、間違いないと裏が取れた。
これは元老院次席一人ではなく、雉鳩きじばとが彼の身近にいる人間を多分、五、六人たらしこんで得た情報であろうと改めて、兄弟子の手癖の悪さと身持ちの悪さ、能力の高さに呆れて、感心した。

「それだけでは訴追の決め手にはならなかったかい」
「いいえ。さすが雉鳩きじばとお兄様です。全て揃っていました。翡翠ひすい様のご友人が、というだけでも言葉がないのに、内容はご家族全員に累が及ぶ程のものです」

翡翠ひすいが頷いた。
貴族の背信罪だ。首謀者である路峰ろほうは死罪、その妻子及び三等親までの人間が死罪または懲罰。
さらにはその直接の刑から免れた係累は、背信罪である事を名前に背負う、いわゆる緋文字罪スカーレットレターに処される。

「・・・どうするかは総家令の匙加減次第、というのは不謹慎ですけれど」

白鷹はくたかなら、焼き討て、首を晒せ、と言うだろうか。
梟《ふくろう》なら、死んでいる者は墓を掘り起こし、戸籍を、生きていた証を残らず消せ、そう言うだろうか。
しかし、孔雀くじゃくはそうはしなかった。
さらに、雉鳩きじばとは、孔雀くじゃくによって彼と芙蓉ふようとの関係を知ったのだ。
雉鳩きじばとは不満だったろう。

「・・・よくまあ、あの海蛇が引き下がったもんだね」

自分の時間とプライドと体を張って手に入れた証拠物件だろうに。
あの美貌の兄弟子の二つ名は、大海蛇シーサーペント

「・・・雉鳩きじばとお兄様が、そうしようとしたのも、そうはしなかったのも、愛ゆえにでございます」

孔雀くじゃくは微笑んだ。

この兄弟子が心を寄せているのは、目の前の翡翠ひすいなのだ。
だからこそ、孔雀くじゃくは兄弟子を信じる。

「他に気付いた者はいないの?」

孔雀くじゃくが困ったように頷いた。
「・・・大嘴おおはしお兄様が早々に勘付いておりました。今では家令全員の知るところです。・・・でも、家令の他ではそうですね。お一人、多分・・・雉鳩きじばとお兄様のお母様、前元老院長の後妻様がご存知です」

雉鳩きじばとの母親。
翡翠ひすいの祖父にあたる黒曜こくよう帝の末妹が当時の総家令である白雁はくがんに降嫁し、産まれた。
翡翠ひすい雉鳩きじばとは血縁上では又従兄弟に当たるのだ。

「・・・・それは・・・」

と、翡翠ひすいが、何か手を打った方が良いのではと提案するより前に孔雀くじゃくが微笑んだ。

「・・・ご葬儀の際、大嘴おおわしお兄様に、私に伝えるようにと。・・・これでよいと仰ったそうです」

彼女が葬儀を取り仕切った枢機卿の甥でもあり司祭でもある兄弟子に、たったそれだけ言付けた。

「・・・あの方もやはり、蝙蝠こうもりでいらっしゃる。・・・まだお小さい元老院次席のご子息の成人までの後見人を雉鳩《きじばと》お兄様にと約束させられましたけれど。他の誰でもなく雉鳩きじばとお兄様と言うのですから、お小さい孫と家令の息子、二人ともの立場をお守りになったのでしょうね」

彼女が孔雀くじゃくに取り付けたのはもう一つ。
路峰ろほうの残された妻が、望むならば他家に嫁げるように、と。
その際は、総家令の取りなしであるとお墨付きを頂きたいと。
全部総家令におっつけようという訳だ。

「・・・普段より煙たく思っていた元老院次席が死んだ事をこれ幸いと、総家令が元老院を解体、返す刀で元老院で最も力のあった次席の若い妻を無理やり他家へ嫁がせて、無体を働かれた路峰ろほう家と、若き未亡人、彼女を迎えた心優しい新郎家は世間の同情をかって、然る後、路峯ろほう家に取り残された祖母とその血は繋がらぬ孫を助けんと後妻の息子である家令の雉鳩きじばとが颯爽と現れて、実母と幼い甥を助けて丸く収まるわけです」
「・・・・なんだい、それは・・・」

あまりの話に翡翠ひすいは絶句した。
「・・・自分を中心に置いたストーリーを考え出す所なんて、さすがお姫様です。でも、ちゃんと、最後はめでたしめでたし」

孔雀くじゃくはどこか楽し気で。
王家筋の皇女達、芙蓉ふよう真鶴まづるや、そして琥珀こはくを思い出しているのだろう。

雉鳩きじばとが母親をあまり良く思っていなかったのは知っているが、最近は嫌々ながらも、孔雀に菓子折りを持たされて、主を亡くした母親の婚家にたまに通っているのはそういう訳であったか。

雉鳩きじばとお兄様の甥っ子君、まだ小さいんですけど。雉鳩きじばとお兄様の事が大好きなのですって。おばあちゃまは家令にだけはなっちゃダメって言うけど、僕、おじちゃまの言うことなんでもきくよ、と言うんですよ。かわいらしいですね」
「さすが雉鳩きじばと。子供までたらしこんで」

孔雀くじゃくがふふ、と笑った。

「・・・王族の母親と総家令の父親を持った蝙蝠こうもりのお姫様が守っていて、魔除けの大蛇がいるおうちですからね。きっと心配はないでしょう」

その点は間違いなく、安堵している。
雉鳩きじばとは、あれで一番面倒見がいいのだ。
子供の時、大嘴おおはしとキャンプしてくると出かけた時も。
客観的には山中で遭難していたわけだが、夜中中探し回ってくれた。
孔雀くじゃく白鷹はくたかに叱られて物置に閉じ込められた時に、弁当を買ってきてくれて差し入れてくれたのも。

できる事なら、雉鳩きじばとを慕う、その小さな蝙蝠こうもりの血を引く少年が万年人手不足の家令に正式になってくれるなら有り難いが。

さあ。それでは。あとは。

「・・・翡翠ひすい様、私、反省はしても後悔はしておりません。あのような方法で、元老院次席を死に至らせましたのは、浅ましい事でありましょうけど。けれど、天河てんが様がこうなってみて・・・」

これがきっと罰だと、震えが止まらなかった。

「では陛下。どうぞ孔雀くじゃくに御裁可を賜りますように」

孔雀くじゃくは立ち上がり、優雅に礼をした。
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