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5.
144.罪を賜る権利
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話を聞いて、翡翠は絶句した。
聞いていた金糸雀《カナリア》や雉鳩が唖然とする程に孔雀は有りのまま話したのだ。
「・・・・放っておきなさい」
孔雀は泣き出さんばかりだ。
「バカがバカな事をしてバカな事になっただけだよ」
優しく言うが、呆れと怒りが滲んでいた。
その通りだと雉鳩と金糸雀も思っていた。
燕だけが姉弟子が気の毒でならなかった。
「・・・翡翠様、どうぞ天河様のお命と孔雀助けるとお思いになってくださいまし」
「いや、孔雀の害悪にしかならないから」
その通りだ、と金糸雀と雉鳩は頷いた。
「これからどうなるって?」
「・・・処置をしなければ、血圧と心拍数が落ちて、心臓の筋肉の動きが止まって。意識が戻らないまま、死亡します」
孔雀は声を震わせて翡翠の膝に取り縋って必死に頼み込んだ。
妹弟子がここまでするのに金糸雀も雉鳩も呆れていた。
そもそも孔雀はこういうタイプではない。
独特の感性というのも相まって、ある程度、距離というかフィルター一枚置いたようにして物事に取り組むタイプだ。
それは彼女が幼い頃から常に嵐とは言え台風の目に置かれていたからだが。
翡翠はため息を一つつくとデスクの引き出しから、ドクターズバッグ代わりのビスケット缶を取り出すと、注射器を出した。
自分で手早く採血をしてボトリングすると、雉鳩が差し出した書類にサインをする。
孔雀はほっとしてその書類に急いで印鑑を押した。
「・・・ありがとうございます。感謝申し上げます・・・」
孔雀は大切そうに手を伸ばしたが、翡翠はデスクの上の書類とボトルを雉鳩に渡した。
雉鳩は頷くと礼をして退出した。
「金糸雀、今後の天河の処分は後で決める。とりあえず、総家令に近付くのを禁止する」
「承りました。正式に文書を作成致します。日付は、天河様がご回復してからでよろしいでしょうか」
「いや、回復するかどうかが問題じゃない。今の今から」
金糸雀としては、辺境の離宮送りくらいにして欲しいものだ。
金糸雀が燕に指示をした。
「・・・正式に書類なんて・・・。記録が残る・・・」
第二太子の経歴に、その一生に、瑕が残る。
孔雀が姉弟子にそう言うと、金糸雀が首を振った。
「・・・総家令。ここは宮廷よ。・・・孔雀、アンタが一番わかってるでしょう。家令じゃ無いのよ。天河様は王族に列せられている方よ」
「・・・わかってる・・・。宮廷の家令とは違う・・・。名誉も罪も死も賜る義務と権利がある方よ・・・」
宮廷において、その一切が淀みなく進められる為に家令がいるのだ。
孔雀は顔を覆った。
ああ、もう、天河が助かれば、それでいい。
だが、もし、間に合わなかったら、と考えると、恐ろしかった。
「・・・私のせいです・・・」
「違う。天河のせい。・・・孔雀、おいで」
翡翠は孔雀を引き寄せてソファに座らせた。
「・・・このままだと、突然に虚血性心疾患になって、心臓が止まるわけだ。よくあるわけじゃないけど、ままあることだね」
それは医師である翡翠の方が詳しいだろう。
孔雀が頷いた。
「・・・心臓は、電気で動くのよって、昔、真鶴お姉様が言ってたんです。メカニズムとしては、その電気信号を止める命令が脳から出るらしいと瑠璃鶲お姉様が書き遺していかれました」
心疾患にしか見えないわよね。と瑠璃鶲も感心していた。
あの女神のような悪魔のような姉弟子が考え出した魔法、呪い。
結局その魔法を抑える事は出来ても解く事は誰もできなかった。
翡翠が孔雀の頬に触れた。
「・・・元老院次席と同じだね」
孔雀が顔を上げて頷いた。
翡翠はベッドの上の孔雀の足の傷を洗浄して、麻酔用の軟膏を塗った。
傷が深く皮膚が破れていて、少し縫合した。
破傷風のワクチンも摂取するようにと指示をした。
天河が用いたのは、孔雀と燕が園芸に使っていたジュートロープだったようだ。
悪い事に、それは孔雀が持ち込んでいた最近カエルマークが開発したナイロンザイル並みに頑丈な試作品。
素手でちょっとやそっとでは切れるはずもない。
表面の粗い麻の繊維が傷に入り込んで、更に痛かったろう。
懇願されて戸惑ったまま事に及んだものの、後悔いっぱいで一刻も早く黄鶲に知らせなくてはと飛び出して行こうとする孔雀を、天河はあろうことか紐で括ったわけだ。
そのうち天河は意識混濁、孔雀はまさか人も呼べずに罠にかかった狸のように、紐が取れないか切れないかと引っ張ったせいで、傷になり食い込んでしまったのだ。
「・・・しばらく痛いよ。可哀想に」
「そんな・・・私なぞ。・・・天河様に比べれば・・・」
孔雀がしょんぼりして言うのに、翡翠はため息をついた。
「加害者は天河。被害者は孔雀。犯人は天河だよ」
「・・・ならば、私も加害者です。・・・私は、そのつもりで、元老院次席を・・・」
孔雀は静かに話し始めた。
聞いていた金糸雀《カナリア》や雉鳩が唖然とする程に孔雀は有りのまま話したのだ。
「・・・・放っておきなさい」
孔雀は泣き出さんばかりだ。
「バカがバカな事をしてバカな事になっただけだよ」
優しく言うが、呆れと怒りが滲んでいた。
その通りだと雉鳩と金糸雀も思っていた。
燕だけが姉弟子が気の毒でならなかった。
「・・・翡翠様、どうぞ天河様のお命と孔雀助けるとお思いになってくださいまし」
「いや、孔雀の害悪にしかならないから」
その通りだ、と金糸雀と雉鳩は頷いた。
「これからどうなるって?」
「・・・処置をしなければ、血圧と心拍数が落ちて、心臓の筋肉の動きが止まって。意識が戻らないまま、死亡します」
孔雀は声を震わせて翡翠の膝に取り縋って必死に頼み込んだ。
妹弟子がここまでするのに金糸雀も雉鳩も呆れていた。
そもそも孔雀はこういうタイプではない。
独特の感性というのも相まって、ある程度、距離というかフィルター一枚置いたようにして物事に取り組むタイプだ。
それは彼女が幼い頃から常に嵐とは言え台風の目に置かれていたからだが。
翡翠はため息を一つつくとデスクの引き出しから、ドクターズバッグ代わりのビスケット缶を取り出すと、注射器を出した。
自分で手早く採血をしてボトリングすると、雉鳩が差し出した書類にサインをする。
孔雀はほっとしてその書類に急いで印鑑を押した。
「・・・ありがとうございます。感謝申し上げます・・・」
孔雀は大切そうに手を伸ばしたが、翡翠はデスクの上の書類とボトルを雉鳩に渡した。
雉鳩は頷くと礼をして退出した。
「金糸雀、今後の天河の処分は後で決める。とりあえず、総家令に近付くのを禁止する」
「承りました。正式に文書を作成致します。日付は、天河様がご回復してからでよろしいでしょうか」
「いや、回復するかどうかが問題じゃない。今の今から」
金糸雀としては、辺境の離宮送りくらいにして欲しいものだ。
金糸雀が燕に指示をした。
「・・・正式に書類なんて・・・。記録が残る・・・」
第二太子の経歴に、その一生に、瑕が残る。
孔雀が姉弟子にそう言うと、金糸雀が首を振った。
「・・・総家令。ここは宮廷よ。・・・孔雀、アンタが一番わかってるでしょう。家令じゃ無いのよ。天河様は王族に列せられている方よ」
「・・・わかってる・・・。宮廷の家令とは違う・・・。名誉も罪も死も賜る義務と権利がある方よ・・・」
宮廷において、その一切が淀みなく進められる為に家令がいるのだ。
孔雀は顔を覆った。
ああ、もう、天河が助かれば、それでいい。
だが、もし、間に合わなかったら、と考えると、恐ろしかった。
「・・・私のせいです・・・」
「違う。天河のせい。・・・孔雀、おいで」
翡翠は孔雀を引き寄せてソファに座らせた。
「・・・このままだと、突然に虚血性心疾患になって、心臓が止まるわけだ。よくあるわけじゃないけど、ままあることだね」
それは医師である翡翠の方が詳しいだろう。
孔雀が頷いた。
「・・・心臓は、電気で動くのよって、昔、真鶴お姉様が言ってたんです。メカニズムとしては、その電気信号を止める命令が脳から出るらしいと瑠璃鶲お姉様が書き遺していかれました」
心疾患にしか見えないわよね。と瑠璃鶲も感心していた。
あの女神のような悪魔のような姉弟子が考え出した魔法、呪い。
結局その魔法を抑える事は出来ても解く事は誰もできなかった。
翡翠が孔雀の頬に触れた。
「・・・元老院次席と同じだね」
孔雀が顔を上げて頷いた。
翡翠はベッドの上の孔雀の足の傷を洗浄して、麻酔用の軟膏を塗った。
傷が深く皮膚が破れていて、少し縫合した。
破傷風のワクチンも摂取するようにと指示をした。
天河が用いたのは、孔雀と燕が園芸に使っていたジュートロープだったようだ。
悪い事に、それは孔雀が持ち込んでいた最近カエルマークが開発したナイロンザイル並みに頑丈な試作品。
素手でちょっとやそっとでは切れるはずもない。
表面の粗い麻の繊維が傷に入り込んで、更に痛かったろう。
懇願されて戸惑ったまま事に及んだものの、後悔いっぱいで一刻も早く黄鶲に知らせなくてはと飛び出して行こうとする孔雀を、天河はあろうことか紐で括ったわけだ。
そのうち天河は意識混濁、孔雀はまさか人も呼べずに罠にかかった狸のように、紐が取れないか切れないかと引っ張ったせいで、傷になり食い込んでしまったのだ。
「・・・しばらく痛いよ。可哀想に」
「そんな・・・私なぞ。・・・天河様に比べれば・・・」
孔雀がしょんぼりして言うのに、翡翠はため息をついた。
「加害者は天河。被害者は孔雀。犯人は天河だよ」
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