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136.魔除け

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 その夜、大嘴おおはし孔雀くじゃくを訪れた。
つばめに土産のおかしな置物を渡すと、大嘴おおはしがテーブルを軽く叩いた。
何か食い物を出せ、という事だ。

つばめ翡翠ひすい様は今夜はどちらへ」
「三妃様の宮です。紅水晶べにすいしょう皇女様の婚約も内定しましたし、翡翠ひすい様は、最近孔雀くじゃく姉上の演出アレンジで、ご家族での食事というものが割にお気に召されたようですよ。まあ、だからと言ってたいして食わないから戻ってからがっついてますけど」
「・・・そんなん意味は・・・あるか」

飯を食うのが目的ではないのだから。
今まで敵対していた隣国へ嫁ぐ姫と、その母である妃と共に過ごす時間を、やるかやらないかの意味は大きい。
なんとも奇妙に思えるが。これもまた宮廷。

大嘴おおはし兄上、何ですか、これ」

タワシのような素材の、ライオンのような、大きな猫のような形の不思議な土産。
この兄弟子のセンスもまたちょっと首を傾げるものがある。

「魔除けの置物らしい。大事にしないと呪われるんだと」
「・・・魔除けに呪われるって・・・」

大体これをどう扱ったら大事にした事になるのだ。毎日磨けということだろうか。
なんという困った土産だ。

「ヘリで四時間だぞ。飲まず食わず。腹が減った」
「別に何か食べたらいいじゃないの」

当然、翡翠ひすいの夜食を用意しているが、この兄弟子に平らげられては大変だ。
孔雀くじゃくは、もう、と冷蔵庫に頭を突っ込んで笑った。

「なんだよ」
「思い出した。昔、私と大嘴おおはしお兄様で、つばめにカレーとシチューを山程作ったじゃない?」

ああ、と大嘴おおはしと燕《つばめ》も笑った。
当時、ガーデンに取り残されて、まともに食事など作れるばすもない孔雀くじゃく大嘴おおはしは、しばらく余り物と木の実や野草を食べていた。
そのうちこれでは飢えると、孔雀くじゃくの実家にSOSを出し、カエルマークのケータリングの冷凍弁当ばかり食べていたのだ。
実家の祖母が業務用の冷凍庫を送ってくれて、それに向こう一ヶ月分の弁当を貯蔵した。
和洋中、デザートまであり、なかなか充実したラインナップ。
つばめが合流する事になり、毎日楽しく三食弁当を食べていたが、つばめの通う学校から栄養指導が入り、一応母親である木ノ葉梟このはずくが担任から呼び出しをくらった。

木ノ梟このはずくが、担任に何で毎日弁当じゃだめなんだ、カエルマークのレーションはうまくて軍でも好評だ、我がチームであの弁当が原因で営倉送りになった者など一人もいない、と逆に怒鳴り返してきたと息巻いていて、孔雀ははっとしたのだ。

大嘴おおはしお兄様、これは、家庭に問題がある、と言われたのよ」
「は?家庭つうか、確かに、あの母親には問題あるだろうけど・・・」

あの木ノ葉梟このはずくが母親だなんて、すでになんて不幸だ。

「このままじゃ、つばめが不良になっちゃう。自炊しよう」

そんなドラマでも見たのか、そこから孔雀くじゃくの飯炊きは始まったのだ。
二人が、おぼつかない手つきで、手探りで弟弟子に始めて作ったのが、カレーとシチューというわけだ。
真鶴まづるお姉様はもっとおいしいごはんをたくさん作ってくれたのにごめんね、としょげ返る姉弟子をつばめは今でも覚えている。
未熟でいびつでへんてこりんな擬似家族の生活を、それでもつばめは結構楽しんでいたのだ。

「よし。思い出したところで、カレーとシチューにしよう」

孔雀くじゃくはそう言うと、手早く支度にかかった。
デザートのアイスクリームも食べてしまうと、大嘴おおはしはやっと満足したようにソファにひっくり返った。
つばめがコーヒーを入れると、香ばしい香りが漂った。

つばめ、コーヒーなんて飲んでいいいのかよ。身長伸びなくなるぞ」
「・・・大嘴おおはし兄上、何歳だと思ってるんですか」
「本当に、こんな環境なのに、ちゃんと大きくなってえらい・・・いい子、おりこう・・・」

孔雀くじゃくが涙ぐみながらそう言うのに、つばめはどきまぎした。
大嘴おおはしが、悪行をばらそうとするのを慌てて止めた。
家令は家令だ。そう身綺麗でもない。

「しかし、ふくろう兄上が総家令だった頃、ここは死体置場モルグって呼ばれてたんだぞ」

あの兄弟子だけがシンプルでモダンで最先端と悦に入っていた殺風景な部屋。
やはりどこかおかしいふくろうは、床も壁も全部ステンレス貼りにしたのだ。
調度類も昔の医務室のような真鍮ブラスとステンレスとガラスで出来たチェスト。
分厚い濃いブラウンモーブの遮光カーテン。
あの様子は、確かに死体置き場に相応しかった。
更に言えばふくろうの二つ名は死神だ。

初めて城に上がり、好きに内装変えろと言われて総家令室に初めて入った孔雀くじゃくは、「まあ、ふくろうお兄様、お台所みたいなとこに住んでたのね」とそう呑気に言った。

ふくろうは、わかるかこの機能性。見ろ、この表面のマットさ。研磨するのが大変だったんだ。掃除もな、水道でジャッと流してデッキブラシで磨けば完了。冷房も暖房もバチバチに効く、と自慢していた。
思い出すと、大嘴おおはしはおかしくて仕方ない。

それが今はどうだ。
まるで個性の強い店主のいる喫茶店や居酒屋かスナックのようだ。
家令はそれぞれ所属のオフィスがあるのだが、しょっちゅうここで飲んだり食ったりしている。

「・・・そうね、ちょっとした寄り合い所ね」
「町内会じゃないんだよ」
ひとえにこの妹弟子の人柄でもあるのだろうが。
「・・・たまにさあ、スナックとかで常連の客だったと思ってたのがママの旦那だったりする店あるけど」

翡翠ひすいの事を揶揄しているらしい。
なんとまあ不敬な事、と孔雀くじゃくは首を振った。

翡翠ひすい様は真面目にお勤めのようでご不在だからちょうどいいや。・・・孔雀くじゃく、極北総督府長の件」
「ああ、はい、次回の議会で提案があるはずなので、そのおつもりで」

鸚鵡おうむ兄上か」

孔雀くじゃくが肩をすくめた。
この兄弟子は聖堂とも縁が深い。これでも元老院とも縁の深い司祭を何人も輩出している名家の出。
まだ五百旗頭《いおきべ》卿とその周囲の宮廷軍閥、元老院でも一部しか知らないだろうに。

「・・・さすがよく知ってる。そう」
「家令の鸚鵡おうむ兄上を実質上の首長に推薦するなんて、お前がどんなトリックを使ったかしらないけど。聖堂ヴァルハラは、天河《てんが》様を推すよ」

孔雀くじゃくの表情が変わった。

「・・・大嘴おおはしお兄様・・・」
「お前がどんなトリッキーな手を打とうとも。天河てんが様の正当性には勝てないだろ。翡翠ひすい様のプランAが正当だ」

大嘴おおはし孔雀くじゃくに迫った。
正当だろう、当たり前だろう、常識だろう。この兄弟子はよくそう言って押し切るが。
これでなくてはならぬ、と言われるよりも、孔雀はそれが好ましくは無いのだ。

「・・・正当」

孔雀くじゃくの声色が変わった。
普段は不思議なすみれ色、葡萄ぶどう色、と表現される双眸に、赤味が増す。
つばめははらはらと兄弟子と姉弟子を見守っていた。
孔雀くじゃくが、ギアが変えた瞬間だ。
顔色と表情、温度や湿度さえ変わったように人は感じるだろう。
スイッチが入る、憑依する、そう表現される人間はたまにいる。
この姉弟子は、それとも違い、何というか、ギアを入れたり戻したりするのだ。

「王族が行けば、間違いなく命の危険があることはわかっているでしょう。極北総督府長だなんて、肩書きだけが大きいけど、実際は何からも守ってくれなくて危ないだけだわ」

限定的な権力で、元老院や議会からノーを突きつけられれば、動けないのだ。

「言ってしまえば、命綱いのちづな家令私達だけよ。だから万が一を考えて、家令だけで済ませたい」
「だからさ。天河てんが様を特別独裁官ディクタートルにしちまえばいい」

特殊で危機的な状況に権限を集中させる事を表す地位。

「・・・大嘴おおはしお兄様。特別独裁官ディクタートルの権限というのは、一時的にしろ皇帝も凌ぐ場合があるのは当然ご存知ね。・・・天河てんが様のお立場では、謀反の意思ありと捉えられかねないのよ」

孔雀くじゃくが恐れているのはこれだ。
特別独裁官ディクタートルの権限は危機的な状況、大抵は大災害や戦争時に発動されやすいのだが、軍事も政治も、立法すらその手に委ねられる場合がある。

「お兄様はまさに天河てんが様の魔除けなのよ?なのに魔除けが魔を呼ぶようなことしないでちょうだい」

天河てんがが、冷遇された時期こそあれ比較的自由に出来たのは、皇太子である藍晶らんしょうがいずれ皇帝になると公式に決定しているからであり、翡翠ひすい孔雀くじゃくの治世が磐石であるからだ。
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