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118.明けの明星

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自分は王族、太子であるという身分と、孔雀くじゃくは総家令であるという立場を棚上げして、アカデミーや軍に出向しているわけだが。
結局、人間が変わったわけでは無いから、驚く程何も変わらない。

身分や立場の特権を取り外せば、いっそ不自由なくらいの事が多いだろうけれど、たいして気にもならない。
一度手に入れた身分や立場というのは恐ろしいもので、それが叶わないないとなると暴れだす者や一歩も動けなくなる者もいるくらいだから。
それを引き受ける事、受け入れる事が出来るというのが一つの才能だろう。

心配事の尽きない孔雀くじゃくが尚も言い募った。

「でも、海兵隊マリーンは実務が多すぎます。王族が海兵隊マリーンというのも異例です」
「・・・海軍ネイビーの待遇がやたらいいというの聞いたけどね」

皇帝と総家令の所属した海軍ネイビーは、長年、配慮、忖度そんたくが発生していた。

海軍ネイビーの食事はおいしいカエルマークのケータリングで、軍属で太る者が出る始末。しかも、配偶者や恋人の記念日や誕生日にも休暇が取れて花束とスパークリングワインまで届く・・・」

天河てんががつらつらと述べた。
「スパークリングは翡翠ひすい様のアイディアですよ。お優しいから」

孔雀くじゃく翡翠ひすい発案のその記念スパークリングワインには、いちいちラベルに、皇帝即位と総家令の就任の記念に・・・紹介文まで付いているのだ。
天河てんがとしては、非常に気に触る。勘に触る。癪に触る。

「あの、では。せめて仏法僧ぶっぽうそうを同じ時期に派遣します。どうぞ、何かありましたらお申し付けくださいね」

仏法僧ぶっぽうそう、と言われて、天河てんがはまた複雑な表情をした。
孔雀くじゃくがスカウトした議員上がりの異色の家令だ。
孔雀くじゃくが殊の外可愛がり、皇帝すら嫉妬しているらしいと耳に入っていた。
何がそんなに気に入ったのかと翡翠ひすいに問われて、天然パーマが、と孔雀くじゃくは答えたと、家令達は大笑い。

家令にはいないタイプの清潔感のある好青年ぶりが受けて、女官や官吏にも大人気。
それをまた総家令が喜び連れ歩くので、城の人間は仏法僧ぶっぽうそうに触れ合える機会が増えて楽しみにしているらしい。


ああ、明るくなってきちゃった、と孔雀くじゃくがカーテンを開けた。

「・・・明けの明星ですね。ほら、ルシフェル」

東の空に、明るく輝く星が見えて、天河も空を仰いだ。

「金星か。ヴィーナスだろ」

唐突にどうしたのだろうと天河てんがいぶかしんだ。
それは悪魔の王の名前ではないか。

「明けの明星をルシフェルと言うんですよ。光り輝くもの、という意味で。元は神様の次に輝かしい天使だったそうです」
「・・・ああ。ルシファーは元は天使だったからか。へえ、そうなの」

堕天して悪魔の王になったのだ。

「・・・天河てんが様って、天体物理学研究してらっしゃるんですよね?」

なぜ知らないの、と不思議そうに見上げられて天河《てんが》は首を振った。

「・・・宇宙と神話は別だ。神話は本当にあったわけじゃないんだぞ。わかってるのか。大丈夫か。だいぶ偏った教育受けたのは知ってるけど。・・・地球が丸いのと、我々がホモサピエンスなのは知ってるのか」

半分冗談半分本気で尋ねると、孔雀くじゃくは真剣な顔で頷いた。
兄弟子姉弟子に子供の頃からからかわれてきたので、たまに変な事を信じているのを指摘されて驚くのだ。

「・・・まことに勉強不足でお恥ずかしい話ですけど。私、お城に上がるまで山羊の毛が伸びると羊になると思っていたし。オタマジャクシがカエルになるのは目で見たから知ってたんですけど・・・」

それは知っていたのか、と天河はほっとした。

「昔。私、鳥達の庭園ガーデンにいた頃、大嘴おおわしお兄様とオタマジャクシ捕まえに言って。水槽なんてないから、大きなジャムの瓶で飼ってたんです」

可愛くて、いつも眺めていた。

「リビングの一番日当たりがいい場所に置いておいたんです。・・・で、しばらくしたら、一気に全部カエルになってて、ぴょんぴょん出ていっちゃったんです。本当にカエルになった!って私びっくりして、全部飼おうと思って集めてたら、見つかって・・・。白鷹はくたかお姉様、カエル大嫌いだから、玄関まで走って逃げて。私、すごく怒られて。ものさしでお尻ぶたれたんです」

天河てんがが吹き出した。
あの女家令が悲鳴を上げて逃げ回って当たり散らしている様子が目に浮かぶようだ。
孔雀くじゃくもつられて微笑んだ。

「あとですね、大嘴おおはしお兄様と毎年秋になると今年の雪はどのくらい降るのか調べに行くんですけど」
「どうやって?なんか観測機飛ばすのか?」
「そんなこと出来ませんよ、子供だもの。カマキリって不思議で。豪雪の年は、高い所に卵産むんですよ。で、毎年、そのカマキリの卵を取ってくるんです。卵狩りっていう遊びです。ほら、桃狩りみたいな」

そんな遊び聞いた事はないからきっと勝手に作ったのだろう。
なんとなく話が見えてきて天河てんがはおかしくて仕方がない。

「カマキリの卵をいっぱいおかきの缶にしまっておいて、私ころっと忘れたんです。・・・で、軍から戻ってきた白鴎はくおうお兄様がお風呂上がりにビール飲むって時、なんかつまみないのって言って、おかきの缶見つけて。・・・・時期が良かったらしくて全部孵化してて」

千を超える小さなカマキリに白鴎はくおうは絶叫して、雉鳩きじばとが手っ取り早く殺虫剤撒こうとするのを、かわいそうだからやめてと孔雀くじゃくが泣いて止めたのだ。
雉鳩きじばとがしょうがないな、と言って掃除機で丁寧に全部吸ってくれた。
その間、白鴎はくおうは気絶寸前で身動き出来なかった。
その後、孔雀くじゃくは小さなカマキリを全部山に放したのだ。

「そしたら白鴎はくおうお兄様、集合体恐怖症になっちゃって・・・。トライポフォビアというんですか。蓮の実とか、水玉模様がびっしり並んでる手拭いとか、ポコポコ穴空いてる壁材とか。イクラとかタラコとか、しらすの目とかもダメなんです」
「・・・和食の料理人じゃなくて良かったな」
「マスタードとキャビアの瓶開けられないですよ。あの粒々がダメって」

血圧が一気に下がって貧血になるそうだ。
気の毒すぎる。
しかし、と天河てんがは三つ目のカレーパンをんでいる孔雀くじゃくを見た。
家令になって。こちらとしては複雑な感情でいたのだが、孔雀くじゃくは辛くはなかったのか。
「・・・そうですね。小さい時は怒られて泣いてばかりでしたけど。姉弟子や兄弟子がいつもいて。私、寂しかったりはしなかったですよ。まあ、一時期育児放棄された時は、お腹すいて大変でしたけど」

しかし、孔雀くじゃく大嘴おおはしは驚くべき生活力で持って見事自活したというのだからたいしたものだ。
「あの、天河てんが様は・・・僭越せんえつでございますし、失礼とも存じますけれど、大変な事もあったと思います・・・」

改めて言われて、天河てんがはうーんと考え込んだ。
なんとも寄る辺なきような気分だった時期、というのは思うほど長くはない。
母の死というのは、その亡くなり方も含めて幼い自分には確かに衝撃であったが、亡くなってそう時間をおかず、海外の祖父母の元に移り生活していたのだ。

宮廷に上げた娘を亡くし、後悔の日々の祖父母ではあったが不思議とあまり恨み言は言わなかった。そこはやはり廷臣であったのだろうと思う。

自分はどうだったかと言えば、確かに母を悼み、手にかけたという皇后を嫌ったし、恨んだ。
しかし。
やはり、この件に関わった誰もが、そうとしか生きれなかったろうと思うに至ったのだ。
多分、それが宮城に関わって生きると言うことだから。
宮城に関わらないで安穏たる人生を生きるより、リスクがあろうとも、自分達が名誉と信じる生き方を選んでいたい。
もうそれは価値観の違いだし、どうする事も出来ない。

大嘴おおはしが度々派遣され、年が近いという事もあり、親友のように過ごしてきた。
宮廷での生活が遠いものに感じるほど、新鮮で穏やかな地に足のついた日々だった。
そして、ある日突然、金糸雀カナリアが迎えに来たのだ。
瑪瑙めのう帝が逝去、しかるのち数日のうちに宮城みやぎに戻られたし、と言う書類と共に。
祖母は宮城が用意した特別専用機を丁重に断り、ギルド所有の航空機を用意した。
そこでまたテロ事件に巻き込まれ散々ではあったが、金糸雀カナリア大嘴おおはしという家令が2人同乗していたのが犯人の運の尽きであった。

「・・・私、天河てんが様のお祖母ばあ様の鹿乃呼かのこ様にお写真見せてもらった事があります。お祖父《じい》様と、どこかの湖で飛行艇に乗っているところ」

まだ少年の天河てんがが、大嘴おおはしと大きな犬と写っていた。
とても楽しそうだった。

「・・・他人が思うほど、子どもの頃お互い不幸じゃありませんね」
ほっとしたように孔雀くじゃくが明るい星を見上げながら言った。
空がもう明るいのに星がこんなに輝いて見えるのかと思うほどきらめいていた。

「・・・そうだな」

天河てんがもまた、不思議と胸のつかえが溶けていくような気分で。
それから孔雀くじゃくは、兄弟子や姉弟子の散々な素行の話や、子どもの頃に読んだ絵本の話をした。
天河てんがが知る絵本の知識は一般的なものだろうが、兄弟子も姉弟子も知らないのに、あの人達、桃太郎の話すら怪しいから天河《てんが》様が知っているのが嬉しい、と孔雀くじゃくはとても喜んだ。

気づくと、天河てんがはソファで寝てしまっていた。
太子を担ぐのは不敬だろうかとさすがに躊躇ためらわれ、孔雀くじゃくは毛布を山のように持ってくると、天河てんがの上に掛けた。
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