110 / 211
4.
110.邪恋の果実
しおりを挟む
翡翠の次の皇帝は藍晶とすると琥珀帝の決定を賜った元老院派貴族の母を持つ第一太子である藍晶と、瑪瑙帝の勧めで入宮した三妃の間に皇女が産まれた宮廷に、死んだ妃の太子であり、失墜したギルド長の外孫である天河の居場所など無かった。
そもそもいい思い出の無い城からは足がますます遠のいたのだが、現在において、同じギルド系という事もあろうが、孔雀が第二太子である自分の待遇をだいぶ改善させた。
まずは侍従に幼馴染でもある大嘴を正式につけた。
大嘴は、聖堂の司祭長の甥に当たる。
貴族でこそないが、特権階級の一族だ。
元老院派はすべからく聖堂に近しい、正しくは元老院派すら聖堂には傅かねばならない。
もし万が一があり得る家令という存在が司祭長に近い人間だという事実は、後ろ盾が弱い天河に取って充分なくらいの手助けとなった。
それが孔雀の判断だとして、やはり彼女は家令なのだと言わざるを得ない。
「もし、万が一、天河様が皇帝になりましたら、聖堂派の大嘴が総家令、かもしれませんね」という総家令とひいては皇帝の思惑の表明でもある。
それはただの予防線だとしても、牽制にはなるのだ。
天河はアカデミーでの研究を存分に出来るように、花石膏宮付きとして二妃に仕え、天河の教育係でもあった猩々朱鷺をアカデミー長にした。
アカデミー長になるには、アカデミー委員全員の認可が必要であり、皇帝と総家令の推薦状があったとしても、そう容易では無い。
猩々朱鷺が、それをどう取り付けたのか未だに謎ではあるが。
孔雀は翡翠と天河の親子の溝がどうたらとやたら心配するが以前など溝どころか距離しか無かった。
まるで新婚夫婦のように、カタログを眺めながらお互いの執務室や離宮の改装の準備を進める翡翠と孔雀が憎らしくて仕方なかった頃もあった。
何事にも特に興味の無い、感動が薄いタイプのあの父親が、こんなに何かに情熱を傾けるのも知らなかった。
そもそも彼は後宮にもそれほど寄り付か無かったのだ。
それが、見る見る更生し始めたわけだ。
今では、自分で国中あちこちに足を運び、国民にも親しむ皇帝として、稀有なほど支持されている。
リベラルと称えられた瑪瑙帝ですら、国民からの実際の支持率と言えば高くは無かった。
王族、貴族、皇帝。それは既得権益を貪る遠い存在でしか無かったのだから。
総家令である孔雀は、若いというより子供に近いからフットワークが軽い。
兄弟子や姉弟子が常に城にも軍にもおり、盤石なせいもあるので、孔雀が実際にあちこちに視察と言う名の用足しに行くのにそれほど障りがない。
それに翡翠がくっついて行っている結果でしか無いと天河は知っている。
その上、現在、翡翠には愛妻家でマイホームパパのイメージすら定着しているのだ。
それを孔雀は喜ぶのだ。
三妃とその間の紅水晶と出かけた先の写真や映像がよく報道されている。
あのズボラで薄情な男のどこにそんな甲斐性があるのだろうと信じがたいが、それもまた孔雀の采配の結果なのだと思うと「孔雀ってトリッキーだけど方々勘違いさせてある意味アゲマンよねえ」と猩々朱鷺が不遜にも言うのにも渋々ながら頷ける。
だから今回の四妃の入宮に関しても、孔雀は政治だ嫉妬だ以前に、真剣なのだ。
カーテンがどうの、壁紙がどうの、家具はどうしよう、食器はああで、でもお姫様が使うにはこのフォークは重いとか、そんなところまで気を回す。
継室を出す一宮家から、準備はそちらに任せると言われたものだから、失礼があってはならない、お気に召して頂けるようにと必死。
そもそも改装や模様替えが好きなタイプなのはわかっているが、政治がもはや二の次に何とも楽しそうなのだ。
小さな孔雀風と皇太子が名付けた趣味の良さは宮廷でも知られているから、そこに問題はないだろうが。
あの白鷹は琥珀を愛しいあまりに何人もの継室を廃妃にして、公式寵姫を追い出したのは未だ語り草だ。
天河の祖父であり、翡翠の父である継室の椿は廃される事は無かったが、結局は体良く実家に返された。祖父は、白鷹を未だに悪魔のような女だと言っている。
しかし、その琥珀だって嫉妬してあてつけからの行動だったらしい。
皇帝と総家令が特定の感情を伴う関係である事は別に必要ではない。
瑪瑙や梟がそうだったように。彼らは確かに皇帝と臣下であり、旧友であったが、そこを越える事は無かった。
しかし、琥珀と白鷹は間違いなく、ほぼ内縁関係のようなもの。
そうなると、愛憎任せにどこまでもこじれるという、あれはわかりやすい例だ。
天河は、ここに疑問というか、風穴を見つけたのだ。
「天河様。壁紙のお色。お若い方って、このサーモンピンクとライラック、どっちがいいでしょうか」なんて、自分よりも年上の継室だろうに、お若い方、と呼ぶのもおかしかったが。
その様子に、違和感を感じたのも事実。
「ああもう、白鷹お姉様ったら、継室が来るなんて言うと毎回狂ったように嫉妬して、おかしいやら、とばっちりだわで・・・」
孔雀達よりも上の世代の家令達がよくそう話していたではないか。
なのに、この寵姫宰相は嫉妬なんかしてないじゃないか。
さて、この胸に実り今や熟さんとする果実は甘いか苦いか。
天河は、いつかその果実を味わう事を心に決めた。
そもそもいい思い出の無い城からは足がますます遠のいたのだが、現在において、同じギルド系という事もあろうが、孔雀が第二太子である自分の待遇をだいぶ改善させた。
まずは侍従に幼馴染でもある大嘴を正式につけた。
大嘴は、聖堂の司祭長の甥に当たる。
貴族でこそないが、特権階級の一族だ。
元老院派はすべからく聖堂に近しい、正しくは元老院派すら聖堂には傅かねばならない。
もし万が一があり得る家令という存在が司祭長に近い人間だという事実は、後ろ盾が弱い天河に取って充分なくらいの手助けとなった。
それが孔雀の判断だとして、やはり彼女は家令なのだと言わざるを得ない。
「もし、万が一、天河様が皇帝になりましたら、聖堂派の大嘴が総家令、かもしれませんね」という総家令とひいては皇帝の思惑の表明でもある。
それはただの予防線だとしても、牽制にはなるのだ。
天河はアカデミーでの研究を存分に出来るように、花石膏宮付きとして二妃に仕え、天河の教育係でもあった猩々朱鷺をアカデミー長にした。
アカデミー長になるには、アカデミー委員全員の認可が必要であり、皇帝と総家令の推薦状があったとしても、そう容易では無い。
猩々朱鷺が、それをどう取り付けたのか未だに謎ではあるが。
孔雀は翡翠と天河の親子の溝がどうたらとやたら心配するが以前など溝どころか距離しか無かった。
まるで新婚夫婦のように、カタログを眺めながらお互いの執務室や離宮の改装の準備を進める翡翠と孔雀が憎らしくて仕方なかった頃もあった。
何事にも特に興味の無い、感動が薄いタイプのあの父親が、こんなに何かに情熱を傾けるのも知らなかった。
そもそも彼は後宮にもそれほど寄り付か無かったのだ。
それが、見る見る更生し始めたわけだ。
今では、自分で国中あちこちに足を運び、国民にも親しむ皇帝として、稀有なほど支持されている。
リベラルと称えられた瑪瑙帝ですら、国民からの実際の支持率と言えば高くは無かった。
王族、貴族、皇帝。それは既得権益を貪る遠い存在でしか無かったのだから。
総家令である孔雀は、若いというより子供に近いからフットワークが軽い。
兄弟子や姉弟子が常に城にも軍にもおり、盤石なせいもあるので、孔雀が実際にあちこちに視察と言う名の用足しに行くのにそれほど障りがない。
それに翡翠がくっついて行っている結果でしか無いと天河は知っている。
その上、現在、翡翠には愛妻家でマイホームパパのイメージすら定着しているのだ。
それを孔雀は喜ぶのだ。
三妃とその間の紅水晶と出かけた先の写真や映像がよく報道されている。
あのズボラで薄情な男のどこにそんな甲斐性があるのだろうと信じがたいが、それもまた孔雀の采配の結果なのだと思うと「孔雀ってトリッキーだけど方々勘違いさせてある意味アゲマンよねえ」と猩々朱鷺が不遜にも言うのにも渋々ながら頷ける。
だから今回の四妃の入宮に関しても、孔雀は政治だ嫉妬だ以前に、真剣なのだ。
カーテンがどうの、壁紙がどうの、家具はどうしよう、食器はああで、でもお姫様が使うにはこのフォークは重いとか、そんなところまで気を回す。
継室を出す一宮家から、準備はそちらに任せると言われたものだから、失礼があってはならない、お気に召して頂けるようにと必死。
そもそも改装や模様替えが好きなタイプなのはわかっているが、政治がもはや二の次に何とも楽しそうなのだ。
小さな孔雀風と皇太子が名付けた趣味の良さは宮廷でも知られているから、そこに問題はないだろうが。
あの白鷹は琥珀を愛しいあまりに何人もの継室を廃妃にして、公式寵姫を追い出したのは未だ語り草だ。
天河の祖父であり、翡翠の父である継室の椿は廃される事は無かったが、結局は体良く実家に返された。祖父は、白鷹を未だに悪魔のような女だと言っている。
しかし、その琥珀だって嫉妬してあてつけからの行動だったらしい。
皇帝と総家令が特定の感情を伴う関係である事は別に必要ではない。
瑪瑙や梟がそうだったように。彼らは確かに皇帝と臣下であり、旧友であったが、そこを越える事は無かった。
しかし、琥珀と白鷹は間違いなく、ほぼ内縁関係のようなもの。
そうなると、愛憎任せにどこまでもこじれるという、あれはわかりやすい例だ。
天河は、ここに疑問というか、風穴を見つけたのだ。
「天河様。壁紙のお色。お若い方って、このサーモンピンクとライラック、どっちがいいでしょうか」なんて、自分よりも年上の継室だろうに、お若い方、と呼ぶのもおかしかったが。
その様子に、違和感を感じたのも事実。
「ああもう、白鷹お姉様ったら、継室が来るなんて言うと毎回狂ったように嫉妬して、おかしいやら、とばっちりだわで・・・」
孔雀達よりも上の世代の家令達がよくそう話していたではないか。
なのに、この寵姫宰相は嫉妬なんかしてないじゃないか。
さて、この胸に実り今や熟さんとする果実は甘いか苦いか。
天河は、いつかその果実を味わう事を心に決めた。
2
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜
ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。
女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。
そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。
嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。
女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。
出会いと、世界の変化、人々の思惑。
そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。
※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。
⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。
⌘后妃は、花の名前。
⌘家令は、鳥の名前。
⌘女官は、上位五役は蝶の名前。
となっております。
✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。
⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

神の居る島〜逃げた女子大生は見えないものを信じない〜
(旧32)光延ミトジ
キャラ文芸
月島一風(つきしまいちか)、ニ十歳、女子大生。
一か月ほど前から彼女のバイト先である喫茶店に、目を惹く男が足を運んでくるようになった。四十代半ばほどだと思われる彼は、大人の男性が読むファッション雑誌の“イケオジ”特集から抜け出してきたような風貌だ。そんな彼を意識しつつあった、ある日……。
「一風ちゃん、運命って信じる?」
彼はそう言って急激に距離をつめてきた。
男の名前は神々廻慈郎(ししばじろう)。彼は何故か、一風が捨てたはずの過去を知っていた。
「君は神の居る島で生まれ育ったんだろう?」
彼女の故郷、環音螺島(かんねらじま)、別名――神の居る島。
島民は、神を崇めている。怪異を恐れている。呪いを信じている。あやかしと共に在ると謳っている。島に住む人間は、目に見えない、フィクションのような世界に生きていた。
なんて不気味なのだろう。そんな島に生まれ、十五年も生きていたことが、一風はおぞましくて仕方がない。馬鹿げた祭事も、小学校で覚えさせられた祝詞も、環音螺島で身についた全てのものが、気持ち悪かった。
だから彼女は、過去を捨てて島を出た。そんな一風に、『探偵』を名乗った神々廻がある取引を持ち掛ける。
「閉鎖的な島に足を踏み入れるには、中の人間に招き入れてもらうのが一番なんだよ。僕をつれて行ってくれない? 渋くて格好いい、年上の婚約者として」
断ろうとした一風だが、続いた言葉に固まる。
「一緒に行ってくれるなら、君のお父さんの死の真相、教えてあげるよ」
――二十歳の夏、月島一風は神の居る島に戻ることにした。
(第6回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった方、ありがとうございました!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる