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110.斜陽の貴族
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ひとしきり笑った後、紋白がため息をついた。
「・・・でも困ったわ。私、証拠見つけてつき出すつもりでした」
彼女も元は貴族の出であり、女官として上り詰めた人間だ。
貴族とは、まずは第一の廷臣。
その身分階層の者が、継室として入宮した後宮での暴挙、愚弄とは何事であるかと腹に据えかねるものがあるのだろう。
揚羽だってその気持ちは共感できる。
後宮は皇帝の奥庭。
そこで継室、そして継室の腹心が、好き勝手されるのは気に入らないし、それは不敬である。
女官長は苛立ちを隠せなかった。
「如何にしましょうね」
「とりあえず、紋白様、後で他のキャビネットを見てくださいますか。多分、柏様は黙って見せてくださいますよ。中身確認したら、わかりましたとだけ仰ってください」
「まあ、それだけですか。承りましたけれど」
「・・・今後が問題よ。一宮家は元老院でも王族に近い貴族でしょう。我々どころか、総家令でもなかなか口出し出来ないでしょう」
つまり、きっと。横流し、というか。実家が継室として賜った品物を取り上げている、もしくは、請求書そのものが虚偽、と言う事。
「一宮家はそこまで困窮していらっしゃるの・・・」
没落貴族出身の紋白が複雑な表情をした。
身につまされる、というか、憤りもある、それから情けなさと、同情も。
一昔前までは貴族が凋落した原因など、王族の誰かの怒りを買ったとか、総家令に陥れられたとか、配信とか不敬とか、いかにもそれらしい理由がついたものだが。
宮廷では昔からその無念と悲哀に満ちた物語などいくつもある。
斜陽の貴族の子弟等惨めなものだ。
廷臣たる体裁も面子も守れず、ただ立ち腐れていく古木のようなもの。
紋白は、親から家令に売られた継室候補群の娘と蔑んでいたこの総家令を嗤っていた過去を、悲しく思い出す。
難関の女官の試験を合格して宮城での奉職を許された等と耳に聞こえ良く言ったって、実情は、自分は親に売られる前に自分で自分を売ったという事だもの。
「・・・嫌な言い方ですけれどね。総家令、斜陽の立場にある貴族というものは、かつての栄光が大きければそれだけ、醜いものです」
四妃の父親である一宮家の当主というのは青年の頃から宮廷に出入りしていた。
家令も素行が悪いが、彼もまた王族に近い貴族であるという身分を嵩にきて女官に手を出した事も一度や二度ではない。
女官や官吏というのは、宮廷に関わる以上、そう野暮な存在ではない。
宮廷では恋愛や火遊び程度なら、どちらも未遂以上未満であれば許容される。大袈裟に騒ぎ立てる事こそが礼儀知らずとされるのだ。
例えば、女官と家令がならばお互い織り込み済みの関係であるし、家令も女官も黙ってはいない、ある程度対等とも言える。
しかし、相手が大貴族ならば、女官は泣き寝入りだ。
だからこそ、彼のその芳しくない行動も見過ごされて来たのだけれども。
でもそれは許容された事ではない。
孔雀は頷いた。
ギルド筋の自分に貴族のその気位の高さはきっと理解出来ないと思うけれど、考える事は出来る。
「ご継室おひとりに一族郎等の浮沈がかかっているわけですから。それはプレッシャーであろうとは思います。ご実家はご息女やご子息のご栄華を望むでしょうし。ご実家に事情があるのだとしたらご実家の助けになりたいと思うのは当たり前でしょう。でも・・・私、どうしても違和感があるんです」
孔雀が悲しそうに言った。
それは揚羽と紋白も感じていた。
あの継室は、実家から無心どころか冷遇されているのではないだろうか。
しかしなぜ、大貴族の一の姫で、しかも継室にまで上がった姫を、と腑に落ちない。
彼女の動向に家に関わる人間達の今後がかかっているようなものなのに。
「・・・担保になるようなムスメで実家としてはとりあえずは良かったですよね。四妃様も紋白様も私も。だから、大事にして頂きたいものだわ。使い減りさせてどうするのかしら」
そう孔雀があけすけに愉快そうに言ったのに、紋白が吹き出した。
「ウチの母も父も。おばあもおじいも。私が子供の時、あの白鷹と梟に睨まれたのではもうウチじゃ断りきれないって。本当にダメだと思ったら泣いて戻って来い、その時はその時考えるからって言ったんですよ。なんていきあたりばったり」
なかなか悲壮感のある話なのだが、この女家令が話すとどうしても笑い話に聞こえてしまう。
自分の出自をどこかで恨みにも引目にも思っていたけれど、そんな風に考えてみてもいいのかもしれないと紋白は思った。
「総家令、今後、どうしましょうか」
孔雀《くじゃく》は城の物品を目録を作って管理しているようだが、女官が継室の私物に関してそこまで出来ない。
困ったわね、と女官長も首をひねった。
「帳簿で確認出来ますから。今後は請求書に明細つけてもらいましょうか。柏様きっと家計簿くらいお手の物でしょう。・・・そうしたら、今度はそれを確認するのは、三途の川のお船賃の明細まで明らかにしろと言うような雉鳩お兄様が相手ですからね」
孔雀は、さすがギルド出、と思うような事を言う。
「そして。あとは当座の物入りですよねえ。何せ箪笥も納戸もカラッポなんですから。でもまた同じ事になったら面倒だし」
全く、四妃に子が生まれたら、外戚として更に一宮家の存在は無視できないものになろう。
今後が思いやられる。
三妃が家令も女官もなるだけ遠ざけ、自前の職員を身近に置いて、手前勝手のクラブ活動もどきの催事を行われるのも困りものだが、一宮家の人間が後宮にずかずか上がり込まれるのもたまらない。
しかし、いかなる状況でも後宮というものは、澱みなく美しく存在しなければならない。
そうするのが女官の務めだ。
女官達はため息を飲み込んだ。
孔雀が新しい茶を淹れながら微笑んだ。
「お買い物に行きませんか。何買ったか分かるし。ほら、スマホで繋いで四妃様にでお洋服とかお好みの選んで貰って。やっぱり自分の好きなもの買わないと、物って身に付かないんですよ。ここはひとつ、四妃様に営業をかけましょう」
孔雀が、ナイスアイディア、というように微笑んだ。
「・・・でも困ったわ。私、証拠見つけてつき出すつもりでした」
彼女も元は貴族の出であり、女官として上り詰めた人間だ。
貴族とは、まずは第一の廷臣。
その身分階層の者が、継室として入宮した後宮での暴挙、愚弄とは何事であるかと腹に据えかねるものがあるのだろう。
揚羽だってその気持ちは共感できる。
後宮は皇帝の奥庭。
そこで継室、そして継室の腹心が、好き勝手されるのは気に入らないし、それは不敬である。
女官長は苛立ちを隠せなかった。
「如何にしましょうね」
「とりあえず、紋白様、後で他のキャビネットを見てくださいますか。多分、柏様は黙って見せてくださいますよ。中身確認したら、わかりましたとだけ仰ってください」
「まあ、それだけですか。承りましたけれど」
「・・・今後が問題よ。一宮家は元老院でも王族に近い貴族でしょう。我々どころか、総家令でもなかなか口出し出来ないでしょう」
つまり、きっと。横流し、というか。実家が継室として賜った品物を取り上げている、もしくは、請求書そのものが虚偽、と言う事。
「一宮家はそこまで困窮していらっしゃるの・・・」
没落貴族出身の紋白が複雑な表情をした。
身につまされる、というか、憤りもある、それから情けなさと、同情も。
一昔前までは貴族が凋落した原因など、王族の誰かの怒りを買ったとか、総家令に陥れられたとか、配信とか不敬とか、いかにもそれらしい理由がついたものだが。
宮廷では昔からその無念と悲哀に満ちた物語などいくつもある。
斜陽の貴族の子弟等惨めなものだ。
廷臣たる体裁も面子も守れず、ただ立ち腐れていく古木のようなもの。
紋白は、親から家令に売られた継室候補群の娘と蔑んでいたこの総家令を嗤っていた過去を、悲しく思い出す。
難関の女官の試験を合格して宮城での奉職を許された等と耳に聞こえ良く言ったって、実情は、自分は親に売られる前に自分で自分を売ったという事だもの。
「・・・嫌な言い方ですけれどね。総家令、斜陽の立場にある貴族というものは、かつての栄光が大きければそれだけ、醜いものです」
四妃の父親である一宮家の当主というのは青年の頃から宮廷に出入りしていた。
家令も素行が悪いが、彼もまた王族に近い貴族であるという身分を嵩にきて女官に手を出した事も一度や二度ではない。
女官や官吏というのは、宮廷に関わる以上、そう野暮な存在ではない。
宮廷では恋愛や火遊び程度なら、どちらも未遂以上未満であれば許容される。大袈裟に騒ぎ立てる事こそが礼儀知らずとされるのだ。
例えば、女官と家令がならばお互い織り込み済みの関係であるし、家令も女官も黙ってはいない、ある程度対等とも言える。
しかし、相手が大貴族ならば、女官は泣き寝入りだ。
だからこそ、彼のその芳しくない行動も見過ごされて来たのだけれども。
でもそれは許容された事ではない。
孔雀は頷いた。
ギルド筋の自分に貴族のその気位の高さはきっと理解出来ないと思うけれど、考える事は出来る。
「ご継室おひとりに一族郎等の浮沈がかかっているわけですから。それはプレッシャーであろうとは思います。ご実家はご息女やご子息のご栄華を望むでしょうし。ご実家に事情があるのだとしたらご実家の助けになりたいと思うのは当たり前でしょう。でも・・・私、どうしても違和感があるんです」
孔雀が悲しそうに言った。
それは揚羽と紋白も感じていた。
あの継室は、実家から無心どころか冷遇されているのではないだろうか。
しかしなぜ、大貴族の一の姫で、しかも継室にまで上がった姫を、と腑に落ちない。
彼女の動向に家に関わる人間達の今後がかかっているようなものなのに。
「・・・担保になるようなムスメで実家としてはとりあえずは良かったですよね。四妃様も紋白様も私も。だから、大事にして頂きたいものだわ。使い減りさせてどうするのかしら」
そう孔雀があけすけに愉快そうに言ったのに、紋白が吹き出した。
「ウチの母も父も。おばあもおじいも。私が子供の時、あの白鷹と梟に睨まれたのではもうウチじゃ断りきれないって。本当にダメだと思ったら泣いて戻って来い、その時はその時考えるからって言ったんですよ。なんていきあたりばったり」
なかなか悲壮感のある話なのだが、この女家令が話すとどうしても笑い話に聞こえてしまう。
自分の出自をどこかで恨みにも引目にも思っていたけれど、そんな風に考えてみてもいいのかもしれないと紋白は思った。
「総家令、今後、どうしましょうか」
孔雀《くじゃく》は城の物品を目録を作って管理しているようだが、女官が継室の私物に関してそこまで出来ない。
困ったわね、と女官長も首をひねった。
「帳簿で確認出来ますから。今後は請求書に明細つけてもらいましょうか。柏様きっと家計簿くらいお手の物でしょう。・・・そうしたら、今度はそれを確認するのは、三途の川のお船賃の明細まで明らかにしろと言うような雉鳩お兄様が相手ですからね」
孔雀は、さすがギルド出、と思うような事を言う。
「そして。あとは当座の物入りですよねえ。何せ箪笥も納戸もカラッポなんですから。でもまた同じ事になったら面倒だし」
全く、四妃に子が生まれたら、外戚として更に一宮家の存在は無視できないものになろう。
今後が思いやられる。
三妃が家令も女官もなるだけ遠ざけ、自前の職員を身近に置いて、手前勝手のクラブ活動もどきの催事を行われるのも困りものだが、一宮家の人間が後宮にずかずか上がり込まれるのもたまらない。
しかし、いかなる状況でも後宮というものは、澱みなく美しく存在しなければならない。
そうするのが女官の務めだ。
女官達はため息を飲み込んだ。
孔雀が新しい茶を淹れながら微笑んだ。
「お買い物に行きませんか。何買ったか分かるし。ほら、スマホで繋いで四妃様にでお洋服とかお好みの選んで貰って。やっぱり自分の好きなもの買わないと、物って身に付かないんですよ。ここはひとつ、四妃様に営業をかけましょう」
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