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97.片翼の猛禽
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翡翠は孔雀の手を取った。
「大戦中に大鷲が、まだほんの子供だった弟妹を連れて疎開した先で、大鷲を捕らえて神殿に閉じ込めた王族がいたと聞いたよ。弟妹の命を握られて、大鷲は従うしかなかったろう」
黒曜帝の兄に当たる王族により、戦中と戦後の混乱期に大鷲の所在が分からなくなったのだ。
彼は神殿を管理をする神殿長であった。
大嘴は神殿に監禁されていたのだ。
それを知った白鷹は激怒し、琥珀が真珠を差し向けた。
真珠によって救い出された大嘴は、衰弱してしばらくは社会生活が送れない程だったそうだ。
その後、白鷹が怒りに任せて神殿を焼き討ちにさせたのは有名な話。
白鷹が神殿に仕える巫女神祇官でありながら、当の彼女が神殿を焼き、関わった者は王族すら処したその異常な事態に当時は当然ながら、人々は震撼したそうだ。
人肉を屠るダキニというあだ名が定着したのも頷ける所業。
社会的にも、命もまた救われた大鷲が、真珠を慕うのは当然だろう。
真珠や大鷲を知る世代の姉弟子や兄弟子がたまに真珠や大鷲の話題をする時に、本当に相思相愛だった、と自分たちの方が愛し気に言うのを聞いたものだ。
だからこそ、孔雀は彼の成れの果てを知るのが怖かった。
その大鷲が、妄執の果てにどんな変貌を遂げたかなど。
けれど、と孔雀は微笑んだ。
「・・・北の遺跡の石棺に、真珠様の首級を納めましたら、大きな鳥が飛び立って行きました。私を妹弟子と撫でてくださった。お土産に三枚、羽根もくださいました」
ああ、と合点がいったように翡翠が頷いた。
「真珠には、肩にね。翼の刺青があったんだよ。不思議なことに片翼でね」
「大鷲お兄様にも、片翼の彫り物があったそうです。・・・まあ、では、両翼がやっと揃って飛んで行けたんでしょうね」
だからか、と孔雀は合点が行った。
「大鷲お兄様のお墓に真珠様の首を入れたら、大きい鳥が飛んでった」と梟に告げると現実主義の彼であるがなんとも言えない表情をしていた。
白鷹にもきっとそれは伝えられて、あの姉弟子は人知れずわんわん泣いたに違いない。
あの二人は、大鷲をいつか弔う為にも自分を家令にしたのだから。
あの気難しく性格の破綻した姉弟子と兄弟子の気持ちが少し救われたのならと今はただ嬉しい。
木ノ葉梟にお土産と羽を一枚渡してその事を話すとそれは嬉しそうに笑っていた。
「羽根は、それから燕にも」
燕は小さな頃から趣味で標本ケースに様々な鳥の羽根を収集しているのだが、その風切羽がなぜ自分のところに来たのか薄々分かっているようだ。
「木ノ葉梟お姉様が体を張って守った形見ですからね」
燕が木ノ葉梟と大鷲の子供である事は白鷹も分かってはいるだろうし、他の兄弟子姉弟子も数人は知ってはいるのだろうが、誰も詮索はしなかった。
「どんどん似てくるもの」
翡翠は面白そうに言った。
後ろ姿など、たまに驚く。
翡翠でさえそうなのだ。大鷲を本当の兄のように慕った世代の家令達など、気づかないわけもない。
「・・・そうですか。日記でしか私は大鷲お兄様を知らないわけですが。・・・確かに、どっちもとっても焼き餅焼き」
孔雀は笑った。
大鷲本人はそんな素振りを全く見せなかったらしい。
けれど、日記には、真珠の正室がどうの、継室の話は何としても阻止しなくちゃ、新任の可愛らしい女官を真珠《しんじゅ》が気にしている等、孔雀はつい微笑ましくて笑ってしまうような事がちらほら書いてある。
燕が仏法僧にやたら噛み付くのも、その好青年ぶりが受けて女官や官吏に人気だからだ。
仏法僧宛にプレゼントが届くと、燕は添えられた連絡先を軒並みシュレッダーにかけているらしい。
孔雀が、シュレッダーの受け箱が、きれいなリボンの切れ端だの、カードと思われる色鮮やかな紙でいっぱいなのを不思議に思って雉鳩に聞いたら、燕の仕業だと分かったわけだ。
「実行するあたりは、母親に似たんだろうね」
木ノ葉梟は、小粒ながら破壊力はすさまじいと、小型爆弾だの、空軍所属である事からコカトリスと呼ばれるだけはある気の荒さで有名な女家令だ。
加えて、戦後に育った世代特有の自由で大胆な性質。
困ったもんだと翡翠は苦笑した。
「あの世代が真珠や大鷲に抱く気持ちは特別なものだよ。大体一緒に宮廷で育ったしね、小さい時は宮廷の大人から妖精なんて呼ばれていたけれど、悪さするたびにこの小鬼共って梟は怒鳴って頭を抱えていたもんだよ」
妖精と小鬼ではだいぶ違うようだが。
そんな暴れん坊の小鬼達も、大鷲の言う事だけは聞き慕っていたそうだ。
まだ少年少女だった彼らが、大好きな兄弟子とその彼が慕う皇帝の側で育つ事が出来たというのは幸福な事だと思う。
大戦が終わって、嵐が吹き荒れる前のほんの短い間ではあったが、確かに彼らにとって穏やかに過ごした輝くような時代がこの城にはあったのだ。
孔雀は、自分は知る事のないその時代にそっと想いを馳せた。
ふと翡翠《ひすい》は不思議に思った。
「羽根は、三枚と言ったけど。木ノ葉梟と燕と?」
「鷂お姉様のところです」
ああ、と翡翠は頷いた。
あの女家令は、真珠《しんじゅ》帝の公式寵姫だった事がある。
勿論それは政治の都合、家令の人事ではあるが、彼女もまた生贄になったのだ。
彼女は、真珠帝と大鷲を守る為にその立場を引き受けたが、結局、守ることはできなかったと、とても悔やんでいたから。
猛禽の風切羽を手渡した時、鷂はいつまでも大切そうに見つめていた。
心許ない子供のような顔をしていた。
そんな顔をする姉弟子を見るのは初めてで、悲しくさせたかと少し後悔した程だったと孔雀は話した。
それで良かったのだと、翡翠は言った。
「大戦中に大鷲が、まだほんの子供だった弟妹を連れて疎開した先で、大鷲を捕らえて神殿に閉じ込めた王族がいたと聞いたよ。弟妹の命を握られて、大鷲は従うしかなかったろう」
黒曜帝の兄に当たる王族により、戦中と戦後の混乱期に大鷲の所在が分からなくなったのだ。
彼は神殿を管理をする神殿長であった。
大嘴は神殿に監禁されていたのだ。
それを知った白鷹は激怒し、琥珀が真珠を差し向けた。
真珠によって救い出された大嘴は、衰弱してしばらくは社会生活が送れない程だったそうだ。
その後、白鷹が怒りに任せて神殿を焼き討ちにさせたのは有名な話。
白鷹が神殿に仕える巫女神祇官でありながら、当の彼女が神殿を焼き、関わった者は王族すら処したその異常な事態に当時は当然ながら、人々は震撼したそうだ。
人肉を屠るダキニというあだ名が定着したのも頷ける所業。
社会的にも、命もまた救われた大鷲が、真珠を慕うのは当然だろう。
真珠や大鷲を知る世代の姉弟子や兄弟子がたまに真珠や大鷲の話題をする時に、本当に相思相愛だった、と自分たちの方が愛し気に言うのを聞いたものだ。
だからこそ、孔雀は彼の成れの果てを知るのが怖かった。
その大鷲が、妄執の果てにどんな変貌を遂げたかなど。
けれど、と孔雀は微笑んだ。
「・・・北の遺跡の石棺に、真珠様の首級を納めましたら、大きな鳥が飛び立って行きました。私を妹弟子と撫でてくださった。お土産に三枚、羽根もくださいました」
ああ、と合点がいったように翡翠が頷いた。
「真珠には、肩にね。翼の刺青があったんだよ。不思議なことに片翼でね」
「大鷲お兄様にも、片翼の彫り物があったそうです。・・・まあ、では、両翼がやっと揃って飛んで行けたんでしょうね」
だからか、と孔雀は合点が行った。
「大鷲お兄様のお墓に真珠様の首を入れたら、大きい鳥が飛んでった」と梟に告げると現実主義の彼であるがなんとも言えない表情をしていた。
白鷹にもきっとそれは伝えられて、あの姉弟子は人知れずわんわん泣いたに違いない。
あの二人は、大鷲をいつか弔う為にも自分を家令にしたのだから。
あの気難しく性格の破綻した姉弟子と兄弟子の気持ちが少し救われたのならと今はただ嬉しい。
木ノ葉梟にお土産と羽を一枚渡してその事を話すとそれは嬉しそうに笑っていた。
「羽根は、それから燕にも」
燕は小さな頃から趣味で標本ケースに様々な鳥の羽根を収集しているのだが、その風切羽がなぜ自分のところに来たのか薄々分かっているようだ。
「木ノ葉梟お姉様が体を張って守った形見ですからね」
燕が木ノ葉梟と大鷲の子供である事は白鷹も分かってはいるだろうし、他の兄弟子姉弟子も数人は知ってはいるのだろうが、誰も詮索はしなかった。
「どんどん似てくるもの」
翡翠は面白そうに言った。
後ろ姿など、たまに驚く。
翡翠でさえそうなのだ。大鷲を本当の兄のように慕った世代の家令達など、気づかないわけもない。
「・・・そうですか。日記でしか私は大鷲お兄様を知らないわけですが。・・・確かに、どっちもとっても焼き餅焼き」
孔雀は笑った。
大鷲本人はそんな素振りを全く見せなかったらしい。
けれど、日記には、真珠の正室がどうの、継室の話は何としても阻止しなくちゃ、新任の可愛らしい女官を真珠《しんじゅ》が気にしている等、孔雀はつい微笑ましくて笑ってしまうような事がちらほら書いてある。
燕が仏法僧にやたら噛み付くのも、その好青年ぶりが受けて女官や官吏に人気だからだ。
仏法僧宛にプレゼントが届くと、燕は添えられた連絡先を軒並みシュレッダーにかけているらしい。
孔雀が、シュレッダーの受け箱が、きれいなリボンの切れ端だの、カードと思われる色鮮やかな紙でいっぱいなのを不思議に思って雉鳩に聞いたら、燕の仕業だと分かったわけだ。
「実行するあたりは、母親に似たんだろうね」
木ノ葉梟は、小粒ながら破壊力はすさまじいと、小型爆弾だの、空軍所属である事からコカトリスと呼ばれるだけはある気の荒さで有名な女家令だ。
加えて、戦後に育った世代特有の自由で大胆な性質。
困ったもんだと翡翠は苦笑した。
「あの世代が真珠や大鷲に抱く気持ちは特別なものだよ。大体一緒に宮廷で育ったしね、小さい時は宮廷の大人から妖精なんて呼ばれていたけれど、悪さするたびにこの小鬼共って梟は怒鳴って頭を抱えていたもんだよ」
妖精と小鬼ではだいぶ違うようだが。
そんな暴れん坊の小鬼達も、大鷲の言う事だけは聞き慕っていたそうだ。
まだ少年少女だった彼らが、大好きな兄弟子とその彼が慕う皇帝の側で育つ事が出来たというのは幸福な事だと思う。
大戦が終わって、嵐が吹き荒れる前のほんの短い間ではあったが、確かに彼らにとって穏やかに過ごした輝くような時代がこの城にはあったのだ。
孔雀は、自分は知る事のないその時代にそっと想いを馳せた。
ふと翡翠《ひすい》は不思議に思った。
「羽根は、三枚と言ったけど。木ノ葉梟と燕と?」
「鷂お姉様のところです」
ああ、と翡翠は頷いた。
あの女家令は、真珠《しんじゅ》帝の公式寵姫だった事がある。
勿論それは政治の都合、家令の人事ではあるが、彼女もまた生贄になったのだ。
彼女は、真珠帝と大鷲を守る為にその立場を引き受けたが、結局、守ることはできなかったと、とても悔やんでいたから。
猛禽の風切羽を手渡した時、鷂はいつまでも大切そうに見つめていた。
心許ない子供のような顔をしていた。
そんな顔をする姉弟子を見るのは初めてで、悲しくさせたかと少し後悔した程だったと孔雀は話した。
それで良かったのだと、翡翠は言った。
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