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92.羽根模様
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帰還後、翡翠《ひすい》と久しぶりに二人きりの夜を過ごす事になった。
本来、宮廷の実用品で備品たる家令の損壊や生死等は災害程度の自然現象に近い扱いだが、今回の事件は緩衝地帯を挟んでの戦争状態を維持しながらテロとも戦わなければならないという事態の再確認と、睨み合う三国間とのそれに伴う予防線の引き直しは国際問題にも繋がった。
骨の髄まで叩き込まれた年端も行かぬ頃からの家令の生き様は、引いては死に様。
孔雀は、死ななかったのならばやる事はあるとばかりに、姉弟子や兄弟子達とすぐに三国間で調整をし、念のためにテロリストが跋扈しているだろう不可侵空白地帯を拡大し、最低限安全を確保出来る為の協定を結んだ。
お互い貧血で青い顔をした孔雀と雉鳩が奔走しているのに、本来は付け込まれる余地であるが、今回ばかりは同情されたのかトントン拍子にまとまった。
勿論、両国共、他人事では無いと言う目の前の火事場に直面したからである。
翡翠《ひすい》としては、そんな事より早く宮城に帰還して貰いたかったのだが。
「翡翠様、この度は大変なご心配頂きまして」
「一時は、どうなることかとひやひやしたよ。アカデミーに登録してある治療薬と先端技術をあるだけ使って、なるべく早めに傷を消して貰うようにね」
翡翠の本音としては三国間の条約締結など正直どうでもいい。
この100年、いやもっと以前から何度も破られては結び直した、擦り切れた紐のような物だ。
言ってしまえば、決定的な事さえなければ、このまま何とでもなるもの。
孔雀の安否こそが最大の関心であった。
家令が城に生きて戻る事が出来なければ、それはもはや再会出来ないと言う事。
総家令であっても同じ事で、もし孔雀がどこかで命を落とせば、そのまま遺体は他の家令によって炉に焚べられて、翡翠の元には「鳥が一羽飛び立ちましたので」とだけ報告がなされて、あとはご干渉くださいますなと言う事になる。
家令達の結束は強固だから、打つ手はない。
翡翠とにかく生きてだけいてくれれば良いと願った。
「明朝書類を出せば、夕方には猩々朱鷺が許可を出すだろうから。再生手術の予定を入れるといいよ」
アカデミー長の承諾が有って初めて出来る手術。
自分の細胞を使って培養し、皮膚だろうが肝臓だろうが完全移植が可能で、見事に修復させる事ができる技術だ。
そこまでではないが、すでに鸚鵡がなるべく傷が残らないように、後々痛む事のないようにと新開発の治療を施してくれたおかげで傷跡は残りはしたものの予後は思うよりもいい。
孔雀が微笑んだ。
「・・・実は、私、再生手術をすると損してしまうんです。緋連雀お姉様がサービス残業をしてくれまして・・・」
孔雀がそっと自分の服を捲った。
背中側から腹部にぐるりと鮮やかな孔雀の羽が描かれていた。
「・・・これは見事だね・・・・」
音もなく広がり、燃える上がるような色彩。
軍属に在る者は刺青のある者は多い。
金糸雀も胸に黄金の薔薇の花が、緋連雀には肩にまさに火蜥蜴が入っている。
「触ってもいい?」
孔雀が恥ずかしそうに、それでもちょっと嬉しそうに頷いた。
姉弟子の力作であるのは自分でも良く分かる。
誰にでも見せられないのが惜しいと思うほどにそれは傑作だった。
緋連雀は「私のこの火喰蜥蜴は師匠のもの。それを上回るものが初めて出来たと思う。これは師匠の値段より上よ」とそれは得意気に意地悪く笑って見せたのだ。
きっとなるべく傷が目立たないようにと細心の注意を払って施したのだろう。
ケロイド状の傷跡が艶めいて見えるほどだ。
あれでやはり画伯と呼ばれるだけはあるのだ。
孔雀という鳥はやはり大昔の人々にとっても印象深いもので世界中に不思議な逸話がある。
孔雀の羽根は、父親に信仰を咎められ殺された聖女の象徴の一つで、桜や杏の花とも縁が深い。危険な仕事に従事する人々の守護聖人として崇められている。
彼女が登場する絵画には稲妻や塔、剣や聖杯、本等共にシュロの枝も縁が深いと描かれる。
棕梠や杏、それは勿論、孔雀の本名でもあって。
特に家令や軍の人間にとってお前が守護聖人であってくれるように。何だか面白い話よねと、緋連雀はそんな話をしながら、お腹が空いたの、動き回りたいのと言う妹弟子を叱りつけて特急で仕上げたのだ。
「海軍では、緋連雀お姉様に彩色して貰うのが名誉な事なんですよ。でもお姉様、気分で初鰹とかふきのとうとか入れちゃうんです・・・。まあ、それはそれで皆さんお喜びですけど・・・」
「・・・絵手紙みたいだね」
翡翠は笑った。
いわゆる職人というより、やはりそこは花鳥風月を好む画家なのだろう。
あの姉弟子はノートサイズのただの紙に籠に盛った蜜柑を描いた絵が片手の値段で売れる画伯だ。
「おかげでグラム単価上がりましたね、私」
「これはもう最高だけど。どうかもうこんなことがないように。こっちが死ぬかと思ったよ」
愛し気に触れていた手を離し、翡翠が言った。
「ご心配をおかけしました。・・・白鷹お姉様がいらしたと聞きました」
老女家令が城に上がるのは、翡翠《ひすい》の即位以来。
珍しく白鷹が宮城に乗り込んできた。
白銀の鷹《たか》、別名人肉を屠るダキニの登場に内廷も外廷も緊張が走った。
確かに、彼女が宮廷で牽制を奮っていた頃は常にこういう一束触発の雰囲気だった。
老女家令による「あののんびりとした妹弟子の影響で女官共たるんでるんじゃ無いの」という圧力に、三代続く女官長も顔色を失くしていた程だ。
早く帰ってくれ、と誰もが思う中、孔雀の救出と報復と支援に禁軍を出すと聞いたと白鷹は嗤った。
彼女は、妹弟子が戦場で死ぬのならばそれはそれで正しい事、死なないならばそれもよし。そんなに何かしたいのであれば、戻って来たらあの子の言うようにされたらいいでしょう。と言い。
返す刀で「そもそもあの大戦の折も城から一歩も出なかった軍というのもおこがましい警備員とも言えぬ、付き人風情に前線で何が出来ますやら」と更にせせら嗤い、じゃあごめんくださいませ、と言いたいことだけ言って、ついでに自分の恩給年金の増額を取り付けさせてさっさと退殿してしまった。
そしてそれは確かに正解だったようで、孔雀は翡翠が動かなかったことをとても喜んだ。
「とても良い事でございました。平時に禁軍が城を出るなど、皇帝の不在と同義ですから」
そんな噂が国内どころか国外に聞こえたら、権威どころか彼自身の人格に傷がつく。
「いらない誤解などされては悲しい事です」
目的が歴とした公式寵姫の救出や援護でもあれば、いささか望まぬ事態となっても皇帝は賛美され、何かあればあとは公式寵姫が叩かれれば済む事。
実際、孔雀は何度かその方法で乗り切って来た事もあるが、今回ばかりは事が大きすぎて、何ともグレーな存在の自分では、バッシングはそのまま皇帝に跳ね返ってしまう。
翡翠自身も、今までも孔雀が受ける謗りや礫に、憤って心を痛めて来たのだが。さすがにこの度は、正直我を失ったのだ。
普段、不敬とも言える程あけすけな家令共だというのに、今回彼らから届けられる報告は、「前線において総家令が負傷」のみ。
それは当然、孔雀の状態の厳しさを感じさせるもので。
翡翠は、軍中央の茉莉をどやしつけて情報を上げるように指示し、かなりの重症である事が判明し、使用した輸血量と薬品の種類と量の多さに愕然とした。
重症どころか、重体ではないかと血の気がひいた。
同時に、恐ろしくなったのだ。
孔雀が死ねば、次の総家令は雉鳩、その次は金糸雀、と家令達は当然のように共有しているし、口にもするが、それが現実に起るであろう事態に。
本来、宮廷の実用品で備品たる家令の損壊や生死等は災害程度の自然現象に近い扱いだが、今回の事件は緩衝地帯を挟んでの戦争状態を維持しながらテロとも戦わなければならないという事態の再確認と、睨み合う三国間とのそれに伴う予防線の引き直しは国際問題にも繋がった。
骨の髄まで叩き込まれた年端も行かぬ頃からの家令の生き様は、引いては死に様。
孔雀は、死ななかったのならばやる事はあるとばかりに、姉弟子や兄弟子達とすぐに三国間で調整をし、念のためにテロリストが跋扈しているだろう不可侵空白地帯を拡大し、最低限安全を確保出来る為の協定を結んだ。
お互い貧血で青い顔をした孔雀と雉鳩が奔走しているのに、本来は付け込まれる余地であるが、今回ばかりは同情されたのかトントン拍子にまとまった。
勿論、両国共、他人事では無いと言う目の前の火事場に直面したからである。
翡翠《ひすい》としては、そんな事より早く宮城に帰還して貰いたかったのだが。
「翡翠様、この度は大変なご心配頂きまして」
「一時は、どうなることかとひやひやしたよ。アカデミーに登録してある治療薬と先端技術をあるだけ使って、なるべく早めに傷を消して貰うようにね」
翡翠の本音としては三国間の条約締結など正直どうでもいい。
この100年、いやもっと以前から何度も破られては結び直した、擦り切れた紐のような物だ。
言ってしまえば、決定的な事さえなければ、このまま何とでもなるもの。
孔雀の安否こそが最大の関心であった。
家令が城に生きて戻る事が出来なければ、それはもはや再会出来ないと言う事。
総家令であっても同じ事で、もし孔雀がどこかで命を落とせば、そのまま遺体は他の家令によって炉に焚べられて、翡翠の元には「鳥が一羽飛び立ちましたので」とだけ報告がなされて、あとはご干渉くださいますなと言う事になる。
家令達の結束は強固だから、打つ手はない。
翡翠とにかく生きてだけいてくれれば良いと願った。
「明朝書類を出せば、夕方には猩々朱鷺が許可を出すだろうから。再生手術の予定を入れるといいよ」
アカデミー長の承諾が有って初めて出来る手術。
自分の細胞を使って培養し、皮膚だろうが肝臓だろうが完全移植が可能で、見事に修復させる事ができる技術だ。
そこまでではないが、すでに鸚鵡がなるべく傷が残らないように、後々痛む事のないようにと新開発の治療を施してくれたおかげで傷跡は残りはしたものの予後は思うよりもいい。
孔雀が微笑んだ。
「・・・実は、私、再生手術をすると損してしまうんです。緋連雀お姉様がサービス残業をしてくれまして・・・」
孔雀がそっと自分の服を捲った。
背中側から腹部にぐるりと鮮やかな孔雀の羽が描かれていた。
「・・・これは見事だね・・・・」
音もなく広がり、燃える上がるような色彩。
軍属に在る者は刺青のある者は多い。
金糸雀も胸に黄金の薔薇の花が、緋連雀には肩にまさに火蜥蜴が入っている。
「触ってもいい?」
孔雀が恥ずかしそうに、それでもちょっと嬉しそうに頷いた。
姉弟子の力作であるのは自分でも良く分かる。
誰にでも見せられないのが惜しいと思うほどにそれは傑作だった。
緋連雀は「私のこの火喰蜥蜴は師匠のもの。それを上回るものが初めて出来たと思う。これは師匠の値段より上よ」とそれは得意気に意地悪く笑って見せたのだ。
きっとなるべく傷が目立たないようにと細心の注意を払って施したのだろう。
ケロイド状の傷跡が艶めいて見えるほどだ。
あれでやはり画伯と呼ばれるだけはあるのだ。
孔雀という鳥はやはり大昔の人々にとっても印象深いもので世界中に不思議な逸話がある。
孔雀の羽根は、父親に信仰を咎められ殺された聖女の象徴の一つで、桜や杏の花とも縁が深い。危険な仕事に従事する人々の守護聖人として崇められている。
彼女が登場する絵画には稲妻や塔、剣や聖杯、本等共にシュロの枝も縁が深いと描かれる。
棕梠や杏、それは勿論、孔雀の本名でもあって。
特に家令や軍の人間にとってお前が守護聖人であってくれるように。何だか面白い話よねと、緋連雀はそんな話をしながら、お腹が空いたの、動き回りたいのと言う妹弟子を叱りつけて特急で仕上げたのだ。
「海軍では、緋連雀お姉様に彩色して貰うのが名誉な事なんですよ。でもお姉様、気分で初鰹とかふきのとうとか入れちゃうんです・・・。まあ、それはそれで皆さんお喜びですけど・・・」
「・・・絵手紙みたいだね」
翡翠は笑った。
いわゆる職人というより、やはりそこは花鳥風月を好む画家なのだろう。
あの姉弟子はノートサイズのただの紙に籠に盛った蜜柑を描いた絵が片手の値段で売れる画伯だ。
「おかげでグラム単価上がりましたね、私」
「これはもう最高だけど。どうかもうこんなことがないように。こっちが死ぬかと思ったよ」
愛し気に触れていた手を離し、翡翠が言った。
「ご心配をおかけしました。・・・白鷹お姉様がいらしたと聞きました」
老女家令が城に上がるのは、翡翠《ひすい》の即位以来。
珍しく白鷹が宮城に乗り込んできた。
白銀の鷹《たか》、別名人肉を屠るダキニの登場に内廷も外廷も緊張が走った。
確かに、彼女が宮廷で牽制を奮っていた頃は常にこういう一束触発の雰囲気だった。
老女家令による「あののんびりとした妹弟子の影響で女官共たるんでるんじゃ無いの」という圧力に、三代続く女官長も顔色を失くしていた程だ。
早く帰ってくれ、と誰もが思う中、孔雀の救出と報復と支援に禁軍を出すと聞いたと白鷹は嗤った。
彼女は、妹弟子が戦場で死ぬのならばそれはそれで正しい事、死なないならばそれもよし。そんなに何かしたいのであれば、戻って来たらあの子の言うようにされたらいいでしょう。と言い。
返す刀で「そもそもあの大戦の折も城から一歩も出なかった軍というのもおこがましい警備員とも言えぬ、付き人風情に前線で何が出来ますやら」と更にせせら嗤い、じゃあごめんくださいませ、と言いたいことだけ言って、ついでに自分の恩給年金の増額を取り付けさせてさっさと退殿してしまった。
そしてそれは確かに正解だったようで、孔雀は翡翠が動かなかったことをとても喜んだ。
「とても良い事でございました。平時に禁軍が城を出るなど、皇帝の不在と同義ですから」
そんな噂が国内どころか国外に聞こえたら、権威どころか彼自身の人格に傷がつく。
「いらない誤解などされては悲しい事です」
目的が歴とした公式寵姫の救出や援護でもあれば、いささか望まぬ事態となっても皇帝は賛美され、何かあればあとは公式寵姫が叩かれれば済む事。
実際、孔雀は何度かその方法で乗り切って来た事もあるが、今回ばかりは事が大きすぎて、何ともグレーな存在の自分では、バッシングはそのまま皇帝に跳ね返ってしまう。
翡翠自身も、今までも孔雀が受ける謗りや礫に、憤って心を痛めて来たのだが。さすがにこの度は、正直我を失ったのだ。
普段、不敬とも言える程あけすけな家令共だというのに、今回彼らから届けられる報告は、「前線において総家令が負傷」のみ。
それは当然、孔雀の状態の厳しさを感じさせるもので。
翡翠は、軍中央の茉莉をどやしつけて情報を上げるように指示し、かなりの重症である事が判明し、使用した輸血量と薬品の種類と量の多さに愕然とした。
重症どころか、重体ではないかと血の気がひいた。
同時に、恐ろしくなったのだ。
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