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91.総家令、春の帰還

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 春が来て、総家令が城に帰還した。

前線で総家令が負傷との報告が城を巡り、宮城では相当騒ぎになったらしい。
襲撃に遭い負傷という一報の後は、一向に情報が入らず、日が変わる頃にやっと処置済み容態安定という報告のみ。
その情報量の簡潔さと続報の無さは、明らかに作為的な物であり、それは事態がよりよろしくない事を感じさせた。
止めようが抑えようが、情報というのは不思議なことに、運のように人々にもたらされるもの。

「だいぶ危ないようだ」と、誰が知り得たのか、その事実は宮廷中に駆け巡った。
この長い王朝の歴史で、皇帝より先に死んだ総家令は二人のみ。
最強最悪の総家令と言われた火喰鳥ひくいどりと、雉鳩きじばとの祖父にあたる白雁はくがん

皇帝と共に訪問先で共に暴漢に襲われ死亡という異例や、戦争で皇帝と共に命を落とした者はいるが、総家令が仕える皇帝より先に死ぬというのは、事故であろうが病気であろうが大いなる失態、罪であるとすら考えられている。

何にせよ、総家令が死んだら、即時、新しい総家令が引き継がなければならない。
ふくろうは「この度の混乱の責任をどうするのだ」と元老院と議会に責められ、平然と「孔雀くじゃくが死んだら次は雉鳩きじばと雉鳩きじばとが死んだら金糸雀カナリアと決まっております。それは織り込み済みの事。それだけの事です。家令の生き死には人事でしかありません」と言ったらしい。
そして、更に、あの妹弟子がまだ生きているうちに余計な事をしたらお前ら殺してやるぞ、と唇だけで告げたのを悟ったのは、その場にいた他の家令のみ。

そして当の総家令は、突然に月に一度の御前定例会に現れ、いつものように優雅に礼をしたのだ。
「皆様、この度、宮城に戻りましたのでお礼申し上げます。・・・久しぶりに戻りましたらすっかり春ですこと」
まるで旅行帰りのように楽し気な様子。
冬に前線視察に参りますと出発の挨拶をした時よりも顔色もよく少しふっくらした程だ。
ご負傷のご容態は、と尋ねた者に孔雀くじゃくは頷いた。
「ええ。とっても痛うございましたの。私、負傷兵で帰還兵ですので機密に関わる詳細は申し上げられませんけど。とってもお勧めはできません。・・・それでは、本日もおよろしくお願い申し上げます」
と、いつものようににこやかに言うのに、誰もが、どこが重体だったのか、本当は腰痛やら虫垂炎か食当たりの間違いだったのでは無いのかと疑った。

  
前日、孔雀《くじゃく》が皇太子宮に帰還の挨拶に向かった時。
女官達の化粧が驚くほど濃いのは、緋連雀ひれんじゃくが皇太子の側仕えとして入っているからだろう。
雉鳩きじばとがいる時はやたら気を回してくれるが、緋連雀ひれんじゃく相手だとまた妙な緊張感があるのだ。

「失礼致します。総家令の孔雀くじゃくが参りました」
礼をすると、正室である皇太子妃の鈴蘭すずらんが近づいた。
「・・・孔雀くじゃく、あなた、大怪我をしたと聞いたのに。大丈夫なの」
孔雀くじゃくの後押しで比嘉ひが家から入宮した彼女は、快活でとても人当たりがいい。
「はい。お心遣いありがとうございます」
「血がとても出たと聞いたわ・・・」
雉鳩きじばとお兄様から貰ったから大丈夫ですよ」
鈴蘭きじばとが驚いて孔雀を見た。
雉鳩きじばと、血が薄まって、少しはあの気取ってねじ曲がった根暗の性格も薄まるかもしれませんよ。」
緋連雀ひれんじゃくがいけずを言い、妹弟子の頬をつっついたのに、藍晶らんしょうが苦笑した。
「妹弟子が心配で、金糸雀カナリア軍中央セントラルに意見を申し立てに行ったのは聞いて居るだろう?緋連雀ひれんじゃくは前線に飛び出していこうとしたのをふくろうに説教されて以来機嫌が悪くてね」
緋連雀ひれんじゃくがふんと鼻で笑った。

「そもそも私がついて行けばこんなことにはなりませんでしょう」
怒っていてもやはり美貌の女家令は格別に美しく、女官どころか正室まで心を騒がせているようだ。
ご心配なく、この人、根性曲がりだから、と孔雀は鈴蘭すずらんに言ってやりたいが、さすがにはばかられる。
「・・・私がふくろうお兄様に足止め食らったから、陛下が禁軍を出すなんて騒ぎになったの。家令と軍で対応できなくて禁軍出すなんて、家令も軍も不名誉な事よ」

孔雀くじゃくは驚いて姉弟子を見た。
初耳だった。禁軍を前線に出すなんて。
「本当だよ。孔雀くじゃくが重傷と聞いて、陛下のご心配はいかばかりだったか」
「・・・まあ、そうでございましたか。では、藍晶らんしょう様がおいさめくださったのですね」
「いや、私も、そうした方がいいと進言した」
孔雀くじゃくはいよいよ驚いて皇太子を見上げた。
白鷹はくたかが現れてね。陛下を説得していたようだよ。すぐに帰ってしまったけれど」
孔雀くじゃくは軽く動転した。
初めて聞くことばかり。
大分いろんな事があったようだ。

「・・・ともかく良かった。小さな孔雀くじゃく、よく戻ったね」
藍晶らんしょうは、そう言うと微笑んだ。
初めて城に上がった日以来、彼は孔雀をそう呼ぶ。
孔雀くじゃくはこの貴皇子にそう言われるのが好きであったし、そう言われる度に宮廷の見えるものからも見えないものからも責められる以上に守られてきたのを知っている。
「殿下に帰還のご報告が出来ますのは嬉しい事です。家令一同同じ心持ちでしょう」
素直にそう言うのに、藍晶らんしょう孔雀くじゃくを見つめ返して、少し黙ってから「ありがとう」と言った。

鈴蘭《すずらん》が不安そうな目で夫を見ていたのを、緋連雀ひれんじゃくが面白いものを見たと言うように顔を綻ばせた。
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