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78.蝙蝠の娘

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ああ、因業娘め。
ふくろうがそう言っていたのを思い出す。
占星術とかいう自分から見たらまるでインチキくさい運命を見る方法で末の妹弟子をそう判断し、兄弟子は頭を抱えて居たものだ。
案外、当たるという事か。

「元老院次席が、芙蓉ふよう様から、お身の上だとか、お心持ちを聞いていないのだとしたら。あの方は、それまでの方という事」

芙蓉ふようを利用するつもりが、あの男は利用されていたのだ。
「青鷺《あおさぎ》お姉様が私にこのお手紙を私に預けたのは、路峯ろほう様の事も、それから芙蓉ふよう様の事もきっと許せなかったから」
内容と言えば、自分の出生の正統性、藍晶らんしょうの出自の真意、琥珀こはく帝の認証がある事、それが書かれているのだ。
「・・・最初から翡翠ひすい様も御存じの事。だからそれはそれで結構ですけれど。背信の意思ありとなれば話は別。そうでしょう?お兄様」

孔雀くじゃくは、この兄弟子は間違いなく路峯ろほうではなく翡翠ひすいを取る事を孔雀は知っている。

「・・・何より。私は、長く雉鳩きじばとお兄様を捕えていた事が許せない」
紫色の目が今にも溶け出しそうに潤んでいる。
雉鳩きじばとは、愛の恋だの言うつもりもないし、決してそう言うものではないのは自分がよく分かっている。
孔雀くじゃくが、何がしかの、と前置きをして、愛と言うのはそこであろう。
あの男はまだ幼かった程の年齢の自分を犯して、管理下においたのだから。
孔雀くじゃくがその事実を知ったのは城に上がってすぐの事。
まだ、大人とは言えなかったろう、その時分の雉鳩きじばとを思って泣いたのだ。

当然、それは怒りに変わり。
「私をご所望と仰るならば伺いますと伝えて。・・・でも、私は呪いのかかった身ですからね。どうなるかなんて知らないわ」
孔雀くじゃくはそう言って、路峯ろほうからの誘いを受けた。
普段、本当に女家令かと思うほどのんびりと優し気なこの妹弟子は、たまに人が変わったように残酷で粗暴な事をする。
何度か見て来たが、それは全て兄弟姉妹弟子に関する事だった。
そもそも一番簡単なのは、路峯ろほうに言い寄られたと翡翠ひすいに言いつけでもすれば良かったのだ。
しかし、自分の手で決着をつけると決めた。
家令の事は家令が。それは鉄則であるけれど。
つまり孔雀くじゃくは怒っていたのだ。

「たかが鳥だ、とあの方仰ったけど。私たちは群れで飛ぶ鳥よ」
雉鳩きじばとは頷いた。
もし、自分が孔雀くじゃくの立場だったとしたから、相手を八つ裂きにしても足らないだろうと思う。
雉鳩きじばとお兄様。・・・ふくろうお兄様が日記に書いてらしたのだけど・・・。言わないでね。どちらも恥ずかしがるから。雉鳩きじばとお兄様が家令になると言った時、雉鳩きじばとお兄様のお母様、ふくろうお兄様にどうぞよろしくとお願いに来たそうよ」

総家令の父と、皇帝の妹の母を持つ母親。
王族意識が強く、家令にはそれほど好意はない、はっきり言って嫌っているはずだ。
「お母さんも、やっぱり、コウモリなのよ」
孔雀くじゃくが笑った。

家令の父を持ち、家令にならないという選択をした者を蝙蝠こうもりと言う。
それでも、やはり、長年、鳥は蝙蝠こうもりを守ろうとし、蝙蝠こうもりもまた鳥に報いてきた。
「・・・確かに、鳥というよりは蝙蝠こうもりっぽいな、あの後妻業ごさいぎょう
後妻として入ったが、また夫を亡くし、その義息子も亡くし。
残された義息子の嫁と幼い息子を守る為、葬儀以来、女主人として手腕を振るっている。
「そこはやっぱり、雉鳩きじばとお兄様のママって事よね。・・・でも家令なんてお嫌いよね」
雉鳩きじばとが家令になると決めた時、母はなぜだと怒り狂って随分責められたものだ。
せっかく貴族の中でも有数の元老院長の義息子となったのに、どうして今更、と。
まさか、その息子に蝙蝠こうもりの子と言われて慰みものにされているから、とは言えなかったけれど。

「あのオバハン、総家令の娘のくせに何言ってんだかな」
母親が黒曜こくよう帝の妹だったからそれを鼻にかけているのかもしれないが、しかし、そもそも黒曜こくよう帝も父親が家令だ。
「まあ、だからこそ嫌なんだろうよ。コウモリ女なんて言ったら発狂しそうだ」
「・・・じゃ、もうちょっと動物寄りで。コウモリじゃなく、モモンガとかムササビ?」
そう言うと二人は笑い出した。
長い間、自分を捕えていたくさりの呆気なく砕け散る予感に、心が軽くなる。

しかし、雉鳩きじばとはふと気になった。
「お前は、大丈夫なのか?」
この妹弟子にとっての翡翠ひすいは、自分にとっての路峯ろほうと同じ存在になっていないだろうか。
この妹弟子の身の上は、結果的に道を塞がれもうこれしかないと囚われた生き方になっている。

孔雀くじゃくは、わからないと言って笑った。
誤魔化したとか、気を使ったとかではなく、本当に、わからないのだろう。

近いうちに星が落ちてくるらしいと歌うように孔雀くじゃくは言ってまた笑った。
「それじゃあ、お兄様、お約束の日にはきっと私を次席のお好みにしてね」
お化粧も、髪も、と言いながら、そのまま孔雀は二つの封筒を大切そうに箱の中に収めた。
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