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84.野戦病院

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 早朝、孔雀くじゃく鸚鵡おうむのいる前線の難民キャンプに向かった。

鸚鵡おうむ黄鶲きびたきと二人で、医療関係者を集めて野戦病院フィルド・ホスピタルを切り盛りしている。
野戦病院フィルド・ポスピタルと言うと、炎天下や強風が吹きすさぶ中、テントが張られ人員が疲弊し死亡率が高い悲惨なものと感じるが、ここは黄鶲きびたき鸚鵡おうむが展開するNGO団体と宮城からの潤沢な資金援助でほぼ王立病院の附属病院のような形態となっている。
簡易式の六角形ヘキサゴンのドーム型の大型の建築物がまさに蜂の巣のように並んで設置されており、何かあれば難民キャンプごと移動させられる仕組みになっている。

久しぶりに会う兄弟子は、精神的にも持ち直しているようで、いっそ逞しくなったようだ。
病院を訪れる戦乱で住まいや生きるよすがを失いつつある人々にも慕われている兄弟子の様子に、孔雀くじゃくはほっと胸を撫で下ろしていた。

鸚鵡おうむは元は宮廷軍閥きゅうていぐんばつの禁軍の出身。
あいつら気取ってると揶揄やゆされる海軍ネイビーなどよりもっと華やかな存在。
基本、王族を守護するのが本来の職務であり、宮城に常駐し前線には出ず、管理局である軍中央セントラルにしか出向しない事もあり、この兄弟子もかつては軟派だヤワだと言われていたのだ。
禁軍に属する者は名門揃いだが、実際に前線には出ない事から、武ではなく文、それどころかただの飾りではないか、と、実行部隊の軍から評判は芳しくはない。

白鷹はくたかなど、大戦の折に前線で苦労した経験と、兄弟子姉弟子が戦死した恨みもあり、お前らは警備員かとせせら笑う。
よって、家令と禁軍の関係はもちろん悪い。
しかし、皇帝と王族、宮城を守護する彼らが宮廷の華のひとつなのは間違いない。
さらにこの兄弟子は、その禁軍の長を出す元老院に籍を持つ非常に家柄のよろしい出身であるのだ。

鸚鵡おうむは、五年ぶりに会う妹弟子をことほか心配していた。
真鶴まづるが残した置き土産の事を黄鶲きびたき茉莉まつりから聞いていたのだ。
茉莉まつりによる漢方をベースとした投薬が始まり、体質改善中の孔雀くじゃく翡翠ひすいが服用している処方箋を、興味深そうに眺めている。

「こういうアプローチがあるんだなあ。さすが茉莉まつり先生」
「そうなの。蝙蝠こうもりなの勿体無もったいない。今からでも家令になってくれないかなあ」
軍中央セントラルでも出世頭、アカデミーに籍を置き、医師で、かつ翡翠ひすいの友人。
万年人出不足の家令業界。
見逃すのは実に惜しい人材だ。
鸚鵡おうむは妹弟子の希望に首を振った。

「それは無理だと思う・・・」
なんで、と孔雀くじゃく黄鶲きびたきに言われて持ってきた補充用の薬品を箱から取り出していた手を止めた。
茉莉まつり先生は、もともと家令の父親を持っているんだけど」
鸚鵡おうむは父親が宮廷軍閥きゅうていぐんばつ、母は代々女官長を出している家の息子だ。
現在女官長は姉に当たる事もあり、宮廷の事柄にも詳しい。
茉莉まつり先生の、母上は貴族出の女官なのは知ってるだろ?」
「ああ、唐丸とうまるお兄様って方が、遅くに結婚されて生まれたのでしょ。お母様は、確か、正室候補群の志乃井しのい家のご出身の方。琥珀こはく様のお側に長くお仕えしてたってね」
「そう。茉莉まつり先生・・・千鳥ちどり兄上のお身の上は、翠玉すいぎょく皇女がもし皇帝になった時の|継室にと琥珀こはく様が決めていたそうなんだ」
孔雀くじゃくは驚いて兄弟子を見た。

「あ、だから、茉莉まつり・・・?」
皇后や継室は花の名前を賜るという慣習がある。
「家令になったら、さすがに妃にはなれないしな。だから茉莉まつり先生は蝙蝠こうもりで貴族籍のままなわけだ」
孔雀くじゃくは改めて兄弟子を見た。
「・・・鸚鵡おうむお兄様、だって。真鶴まづるお姉様に、もし皇帝になったら正室にしてあげる、と言われたんでしょ?」
鸚鵡おうむが悲しげに頷いた。
それを本気にして、翡翠ひすいに反旗を翻す根回しをしたのだ。
真鶴まづる本人にその気があるのか無いのかは不明だが、茉莉まつりれっきとした妃候補だって存在していたわけで。
更に、孔雀くじゃくの事は総家令という名の恋人にしたいと言うわけだ。

真鶴まづるお姉様も、罪な人ねえ・・・。皆、奥さんになりたがったのに・・・」
しみじみとそう言うのに、鸚鵡おうむも立ち上がった。
「そうなんだよ。そう。でも・・・」
「大好きなのよねえ。・・・わかる・・・」
久しぶりにこみ上げてくる物もあって、二人はため息をついた。
真鶴まづるのここが好きという言い合いをしていたところに、呆れた様子ではいたかが入ってきた。

「・・・ちょっとぉ。あんたらフラれたんだから。いつまでもひきずってないの。未練ったらしいわねぇ」
「ひどい、はいたかお姉様・・・・」
「反省会くらいいいじゃないですか・・・」
なんというデリカシーのなさ。
孔雀くじゃく、ボヤボヤしてると、雉鳩きじばとが芋煮に醤油つっこもうとしてるわよ」
「え!だめです!芋煮は味噌味!」
孔雀くじゃくが炊き出しの途中で、雉鳩きじばとに火の番させていたのを後悔して飛び出した。
難民キャンプ用にケータリングのトレーラーも連れてきたのだが、汁物が足りない事に気付き、急遽きゅうきょ炊き出しをする事にしたのだ。
幼い頃からの軍属で、炊き出しは得意。


雉鳩きじばとお兄様!何やってるのよ!」
「お前だと味噌汁になっちまうだろ!大体、豚肉じゃねえか!これただの豚汁だろ!」
「なんでよ!それが普通でしょ!麺つゆベースで、お味噌でコクを出すの!きのこも白菜もいっぱい入れるのよ!」
「なんでもかんでも入れるな!煮物じゃないんだぞ」
外で言い合っている弟妹の声が聞こえて来る。
普段穏やかな孔雀くじゃくと、取り澄ましている雉鳩きじばとも、なぜか芋煮で毎回喧嘩している。
これに更に大嘴うどんがいると、うどんをぶち込まれるのだが。

「お正月もあれよね。孔雀が、お雑煮作るっておすましに海老だのハゼだの鴨だのイクラだのいっぱいいれると、緋連雀ひれんじゃく白鴎はくおうが、そんなの煮物だって。雑煮は白味噌だって大騒ぎ。・・・まあ、芋煮も雑煮も鍋も最後はルウ入れてカレーになるんだから、どうでもいいわね」
あいかわらず大味だなあと鸚鵡おうむは姉弟子を見た。
この世代の家令達は総じて、こんな感じだ。

「やっぱり姉上方は戦中戦後、食べる事に苦労したからですか・・・」
「してない。してないわよ。あのね、戦中派は白鷹はくたかお姉様とふくろうお兄様。私達はあくまでもフリーダムな戦後派だから。それに私たち飢えた事とかないから。宮廷では好きな物たらふく食べてたし。ガーデンではジビエ獲って焼肉食い放題よ。戦時中は疎開先の天領総督府でももてなして頂いたからね。あんたのお祖母様に、お世話になったわ」
「当時、総督府夫人でしたっけね。女官から総督府夫人になって。その後、離婚して宮廷に舞い戻ってしまった」
彼女は、真珠と大鷲の宮廷で出戻り女官ながら女官長まで務めたのだ。
「大戦ではお兄様やお姉様方がね、私の親も含めて大分戦死してしまったけれど。大鷲お兄様が私たちを連れて総督府に避難してくれたから今私たちこうしているんだもの。真珠様がその褒賞も兼ねて、女官長として招聘したのよ」
真珠しんじゅ大鷲おおわしの話題というのは、そう昔の事ではないのに、宮廷では口にするのはタブー視されていた。
白鷹はくおうふくろうが厳しくしつけるから、家令の間でもそれに近い。

が、彼女たちの世代では、そうでもない。
いつまでも懐かしく楽しかった思い出として語られる。
それは、かの兄弟子の亡骸なきがらが見つからず、生死不明の日々が長かったからだ。
もしかしたら、どこかで生きているかもしれない、そうほんの少しでも思っていた。
だから思い出は現在につながっているまま。
いつまでもそれでもいいと思っていたけど。
はいたかがため息をついた。

「・・・ふくろうお兄様の執念深い事。・・・見つけただなんてね」
「亡くなっていたそうですね。空白地帯まで来られていたとは、当時、どうやって来られたのか」
この北の果てのさらに先は、冬は凍てつく凍土。
当時、軍もここまでも来れなかったし、もちろん交通機関すらない。
インフラ整備が得意な家令が戦争と同時に道路敷設を始めるものだから、戦線が進めばそれだけ人の移動や生活もまた拡大してきたものだ。
しかし、前線の進退を繰り返した歴史の中においても、いまだかつて空白地帯と呼ばれるその場所まで前線が進んだ事はない。

ふくろうが、その場所に大鷲おおわしの痕跡を見つけ出してきた。
しかし、入れないと言う。
この辺りの機微ニュアンス霊感サイキックのようなもの。
例えば神殿オリュンポスが、相応ふさわしくないもの、望まれないものは、その奥の院に辿り着けないように。

その為にも今回ここまで孔雀くじゃくを引っ張り出して来たのだ。
いい機会だから、と孔雀くじゃくは二つ返事であったが、よく翡翠ひすいも許可したと思う。
ふくろうお兄様、先に一度、大嘴おおはしを連れて行ったけど、やっぱり入れなかったって。あの子も天眼てんがんだからね。・・・大鷲おおはしお兄様も天眼てんがんでらした。真珠しんじゅ様は龍現りゅうげんのお生まれ。・・・あの頃は、あの二人が皇帝と総家令になった時、これからいいことばかりだと思ってた」
鷂《はいたか》が悲しそうに言った。

鸚鵡おうむは、改めて大鷲おおわしという家令の存在の大きさを感じた。
ふくろう兄上は、孔雀くじゃくを連れて行ってどうするつもりなんでしょうね」
「まさか、墓暴きなんてごめんだけど・・・」

琥珀こはくは、王族の墓地に自分の息子である真珠しんじゅ合祀ごうしする事を許さなかった。
その亡骸なきがらキルンで焼却されたのだ。
仕方ない事だとは言え、仮にも皇帝位にあった王族をだ。
それを指示したのは、母である琥珀こはくだと言うのだから、無残だと思う。無慈悲だと思う。

「・・・お優しい方だったわ。真珠しんじゅ様も大鷲おおわしお兄様も、二人とも。・・・私達、大好きだった。あの子達の事もきっと可愛がってくれたでしょうね」

はいたかは、そう思うだけでなんとも幸せな気持ちになるのだと窓越しの弟妹達を見た。
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