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77.囚われた鳥
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雉鳩は路峯に封書を渡された後、すぐに孔雀のところへ駆け込んでいた。
兄弟子の常にない慌てて怒っている様子と、手に持っていた封筒を孔雀に手渡して、「藍晶の父親は、誰だ」と詰め寄った。
孔雀は夜食を作っていた手を止めると、兄弟子をソファに座らせた。
「・・・どなたからのお話?」
「自称父親」
孔雀は頷いた。
「・・・正室との間に子を成して、それが皇太子だなど。背信にもほどがある!」
藍晶は路峯と亡き皇后との子であると告白されたのだ。
孔雀は、自室から小さな箱を持って来た。
大切なもの入れ、宝物入れ、と子供の時からよく箱に何か入れるのが好きな妹弟子ではあった。
同じデザインの封筒を取り出して、雉鳩に見せる。
小さなランプを出して来て照らすと、孔雀が持つ封筒に割印が浮かび上がり、それは雉鳩が持ってきたものとぴったりと揃った。
「これは、青鷺お姉様が、芙蓉《ふよう》様から頂いたお手紙。私が青鷺お姉様からお預かりしたもの。以前、これを青鷺お姉様にお届けしたのは雉鳩お兄様のはずよ」
ああ、と雉鳩は頷いた。
伝書鳩さん、またお願いできるかしら。
芙蓉は、あの平坦で優美な声でいつもそう言って、自分に青鷺への手紙を託したのだ。
では、この事実は青鷺も知っていると言う事か。
皇后は、わざわざ割印までして自分の不貞を残したのか。
何の為に?どういう意図で?
「梟兄上も知ってるのか」
孔雀は頷いた。
「白鷹お姉様も、日記に書いてらしたから」
雉鳩は怒りにまかせてソファを蹴りつけた。
この兄弟子がこんな風に感情を晒すのは珍しい。
それでは、王家とは関係ない皇太子がいずれ皇帝となるということか。
なぜ、姉弟子も兄弟子も見ぬ振りをしているのか。
「元老院次席は、他に何か言っていましたか?芙蓉様のこと」
「この書面に書いてある事で全てだとだけな。義父は、そもそも娘を後宮に正室として上げたかったが、その娘がいなかったから遠縁の子を琥珀様の後押しを頂き、養女にしたと言っていた。もう義父は亡くなっているから、詳しくはわからないが」
「そう。これは琥珀様も、翡翠様もご存じの事。芙蓉様は真珠様とご正室の薔薇《そうび》様の公主様なんです。ご正室様のご実家は、真珠《しんじゅ》様が亡くなった時に、廃妃廃公主のあおりで、お取り潰しになりましたが。もとは最も王室に近い貴族ですから」
真珠も琥珀の正室の子であり、元老院の貴族の出だ。
翡翠が琥珀と元老院でも中堅の地位の貴族出の継室との子であるのと比べても、本来芙蓉の皇統が一番正統であると言う事になる。
「正しくは。芙蓉様が次席との間に嗣子をもうけるというのは、芙蓉様が宮廷に戻る条件として、琥珀様と交わされた事だったそうです」
「・・・なんだ、その話は・・・・。琥珀様は、真鶴姉上を女皇帝にしたかったのだとばかり思っていた。・・・本命はあの皇后か・・・・」
琥珀になど全く似ていない、嫋やかな亡き皇后を思い出す。
「いえ。そっくりよ。激しい方。物事を決する事ができる方。・・・真鶴お姉様はやっぱりどこかアッサリしているというか・・・薄情なところがあるじゃない?」
孔雀がそう言うのは勇気が言ったろう。
つい最近まで「アンタ、結局、真鶴お姉様に振られたのよ、置いていかれたのよ」と緋連雀に言われては、前線に飛ばされた鸚鵡に電話して二人でグズグズ傷を舐め合っていたのだから。
芙蓉の激しさと言われると、雉鳩はどうしても二妃の死に行き着く。
「今思い出しても、翡翠様と木蓮様はうまく行ってた。子供の俺から見ても、仲がよかったからな。とするとやっぱりあの動機は嫉妬なのか・・・?」
皇后が嫉妬して継室を手にかけたと言うのは、当時の後宮の人々の共通認識であったけれど。
あの皇后はやはり夫を愛していたのだろうか。
でも、違和感がずっとあったのだ。
「私が皇后様から賜った毒は、寵姫の黒猫。木蓮様が服まれたのは、姫神の天秤って言う名前なの。成分は違うけど、効果は一緒。とすると、・・・そう、大事なのは、動機よね」
何だそりゃ、と雉鳩は嫌そうに首を振った。
「私へは牽制。皇帝の寵姫になって子供を産んで王夫人になどならぬよう、身を弁えろと言うね」
「じゃあ、その姫神の天秤てのは?」
「・・・芙蓉様を、あの方が審判したと言うこと。本来最も正当な皇女様ですもの。・・・父を殺し、母を廃した男の妻は、共に父を殺した家令の子を身篭《みごも》った」
孔雀がバッサリそう言ったのに、雉鳩が立ち上がった。
「・・・二妃に・・・川蝉《かわせみ》兄上の子がいたのか・・・」
「そのようなの。でも、木蓮様はそのまま亡くなってしまったから。・・・正直、後宮においてこの手の話が全く無いわけじゃないじゃない?それをなんとかする為に家令はいるんだもの。でも、木蓮様の事、正統な公主様である方からしたら許せなかったのね。でも、当の翡翠様は一向にお構いなし。それどころか、川蝉お兄様に妃を子供ごと賜下することにしていた。お優しい方ね」
孔雀が微笑むのに、雉鳩はソファに座り直した。
「川蝉お兄様はそれを知らずに亡くなった。・・・それで良かったと思うの」
木連を死なせたのは自分が至らなかったせいと自分を責めた兄弟子であったが、そればかりか原因が己のせいであったとしたら。
悲しみも苦しさもいかばかりであったか。
皇后が継室に嫉妬して手にかけた。
あまりにも陳腐な物語だが、一番収まりがいい。
やはり人は納得したい形で納得するものだ。
「芙蓉様にとっては不本意な役回りでしょうけれど。それはちょっとは勘弁してもらうしかないわね。
雉鳩はため息をついて、頭を降った。
「・・・ああ、こっちの頭がおかしくなりそうだ」
あの皇后が亡き真珠帝のたった一人の皇女だとして、では青鷺の役割というのは、思うよりきな臭いものになる。
女官どころか妃よりも典雅で教養深いと言われたあの姉弟子の真意は、いつか翡翠を斃して公主である皇后を皇帝位につけるつもりであったということか。
けれども結局は、青鷺が降りてしまった事で、最も正統な元公主の野望は潰えた事になる。
そして、もう一人の、誰よりも王の器と思われる公女である真鶴もまた、宮城から離れた。
結局、星を掴んだのは翡翠《ひすい》だ。
この妹弟子の存在がいかに作用したかと思うと、何と奇縁だと改めて思う。
兄弟子の常にない慌てて怒っている様子と、手に持っていた封筒を孔雀に手渡して、「藍晶の父親は、誰だ」と詰め寄った。
孔雀は夜食を作っていた手を止めると、兄弟子をソファに座らせた。
「・・・どなたからのお話?」
「自称父親」
孔雀は頷いた。
「・・・正室との間に子を成して、それが皇太子だなど。背信にもほどがある!」
藍晶は路峯と亡き皇后との子であると告白されたのだ。
孔雀は、自室から小さな箱を持って来た。
大切なもの入れ、宝物入れ、と子供の時からよく箱に何か入れるのが好きな妹弟子ではあった。
同じデザインの封筒を取り出して、雉鳩に見せる。
小さなランプを出して来て照らすと、孔雀が持つ封筒に割印が浮かび上がり、それは雉鳩が持ってきたものとぴったりと揃った。
「これは、青鷺お姉様が、芙蓉《ふよう》様から頂いたお手紙。私が青鷺お姉様からお預かりしたもの。以前、これを青鷺お姉様にお届けしたのは雉鳩お兄様のはずよ」
ああ、と雉鳩は頷いた。
伝書鳩さん、またお願いできるかしら。
芙蓉は、あの平坦で優美な声でいつもそう言って、自分に青鷺への手紙を託したのだ。
では、この事実は青鷺も知っていると言う事か。
皇后は、わざわざ割印までして自分の不貞を残したのか。
何の為に?どういう意図で?
「梟兄上も知ってるのか」
孔雀は頷いた。
「白鷹お姉様も、日記に書いてらしたから」
雉鳩は怒りにまかせてソファを蹴りつけた。
この兄弟子がこんな風に感情を晒すのは珍しい。
それでは、王家とは関係ない皇太子がいずれ皇帝となるということか。
なぜ、姉弟子も兄弟子も見ぬ振りをしているのか。
「元老院次席は、他に何か言っていましたか?芙蓉様のこと」
「この書面に書いてある事で全てだとだけな。義父は、そもそも娘を後宮に正室として上げたかったが、その娘がいなかったから遠縁の子を琥珀様の後押しを頂き、養女にしたと言っていた。もう義父は亡くなっているから、詳しくはわからないが」
「そう。これは琥珀様も、翡翠様もご存じの事。芙蓉様は真珠様とご正室の薔薇《そうび》様の公主様なんです。ご正室様のご実家は、真珠《しんじゅ》様が亡くなった時に、廃妃廃公主のあおりで、お取り潰しになりましたが。もとは最も王室に近い貴族ですから」
真珠も琥珀の正室の子であり、元老院の貴族の出だ。
翡翠が琥珀と元老院でも中堅の地位の貴族出の継室との子であるのと比べても、本来芙蓉の皇統が一番正統であると言う事になる。
「正しくは。芙蓉様が次席との間に嗣子をもうけるというのは、芙蓉様が宮廷に戻る条件として、琥珀様と交わされた事だったそうです」
「・・・なんだ、その話は・・・・。琥珀様は、真鶴姉上を女皇帝にしたかったのだとばかり思っていた。・・・本命はあの皇后か・・・・」
琥珀になど全く似ていない、嫋やかな亡き皇后を思い出す。
「いえ。そっくりよ。激しい方。物事を決する事ができる方。・・・真鶴お姉様はやっぱりどこかアッサリしているというか・・・薄情なところがあるじゃない?」
孔雀がそう言うのは勇気が言ったろう。
つい最近まで「アンタ、結局、真鶴お姉様に振られたのよ、置いていかれたのよ」と緋連雀に言われては、前線に飛ばされた鸚鵡に電話して二人でグズグズ傷を舐め合っていたのだから。
芙蓉の激しさと言われると、雉鳩はどうしても二妃の死に行き着く。
「今思い出しても、翡翠様と木蓮様はうまく行ってた。子供の俺から見ても、仲がよかったからな。とするとやっぱりあの動機は嫉妬なのか・・・?」
皇后が嫉妬して継室を手にかけたと言うのは、当時の後宮の人々の共通認識であったけれど。
あの皇后はやはり夫を愛していたのだろうか。
でも、違和感がずっとあったのだ。
「私が皇后様から賜った毒は、寵姫の黒猫。木蓮様が服まれたのは、姫神の天秤って言う名前なの。成分は違うけど、効果は一緒。とすると、・・・そう、大事なのは、動機よね」
何だそりゃ、と雉鳩は嫌そうに首を振った。
「私へは牽制。皇帝の寵姫になって子供を産んで王夫人になどならぬよう、身を弁えろと言うね」
「じゃあ、その姫神の天秤てのは?」
「・・・芙蓉様を、あの方が審判したと言うこと。本来最も正当な皇女様ですもの。・・・父を殺し、母を廃した男の妻は、共に父を殺した家令の子を身篭《みごも》った」
孔雀がバッサリそう言ったのに、雉鳩が立ち上がった。
「・・・二妃に・・・川蝉《かわせみ》兄上の子がいたのか・・・」
「そのようなの。でも、木蓮様はそのまま亡くなってしまったから。・・・正直、後宮においてこの手の話が全く無いわけじゃないじゃない?それをなんとかする為に家令はいるんだもの。でも、木蓮様の事、正統な公主様である方からしたら許せなかったのね。でも、当の翡翠様は一向にお構いなし。それどころか、川蝉お兄様に妃を子供ごと賜下することにしていた。お優しい方ね」
孔雀が微笑むのに、雉鳩はソファに座り直した。
「川蝉お兄様はそれを知らずに亡くなった。・・・それで良かったと思うの」
木連を死なせたのは自分が至らなかったせいと自分を責めた兄弟子であったが、そればかりか原因が己のせいであったとしたら。
悲しみも苦しさもいかばかりであったか。
皇后が継室に嫉妬して手にかけた。
あまりにも陳腐な物語だが、一番収まりがいい。
やはり人は納得したい形で納得するものだ。
「芙蓉様にとっては不本意な役回りでしょうけれど。それはちょっとは勘弁してもらうしかないわね。
雉鳩はため息をついて、頭を降った。
「・・・ああ、こっちの頭がおかしくなりそうだ」
あの皇后が亡き真珠帝のたった一人の皇女だとして、では青鷺の役割というのは、思うよりきな臭いものになる。
女官どころか妃よりも典雅で教養深いと言われたあの姉弟子の真意は、いつか翡翠を斃して公主である皇后を皇帝位につけるつもりであったということか。
けれども結局は、青鷺が降りてしまった事で、最も正統な元公主の野望は潰えた事になる。
そして、もう一人の、誰よりも王の器と思われる公女である真鶴もまた、宮城から離れた。
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