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76.星降る夜

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流星群りゅうせいぐんを見た、と孔雀くじゃくはベッドで嬉しそうに翡翠ひすいに話していた。

「地球の公転と彗星すいせいちりの周回が近くで交差した時に、プラズマ発生して光るのだそうです。あ、光ったな、と思った時はもうすでにちりは大気にぶつかって燃え尽きてしまっているんですって」
「へえ、詳しいね」
天河てんが様の受け売りです。・・・私、星の見方がそんな風にあるなんて知らなくてびっくり」
星の勉強と言えば、白鷹はくたかに習ったのは星宿せいしゅくの見方であり、ふくろうに習ったのは占星術。
鸚鵡おうむに習ったのは惑星と星座の名前。
宇宙とは何ぞやと言われて孔雀が基礎として知っているのはこれだけだったのだ。

天河てんがは、天体物理学を専攻している。
天河てんが様、流星群がニュースでやってました」と何気なく聞くと、「じゃ、とりあえず知ってる星の名前言ってみろ」と言われて、孔雀くじゃくは星図を書いて見せた。
学術名のスペルと和名で書かれた平面の星図。
天河てんがは、お前はタイムトラベルでもしてきた古代か中世の人間なのか、家令の教育はどうなってるんだ、と呆れた。

「私が白鷹はくたかお姉様に最初に習ったのは北極星。北辰ほくしんですね。・・・貴方のことです、翡翠ひすい様」
皇帝は、家令にとって北極星と呼ばれる。
それから、天の北極。
それは、総家令の事。
二人はそっと抱き合った。

「流れ星は政治や王の凶星というけどね」
翡翠ひすいが笑った。
「流れ星というのは、たいていどこの国でも凶星ですから。占いというのは、それっぽく悪い事を言うとか。世の中悪い事ばかりだからそりゃ当たりますよね」
これは白鷹はくたかの受け売り。

「ただ、例えば。彗星すいせいが来て異常気象や感染症が起きたなんて言われるのは、もしかしたら、大気に入った時に燃えるわけですから、少し地球の温度が上がって、それが原因で何らかの異常気象が起きたのかもしれないなんて説もあるらしいですよ」
「なるほどね。氷河のどこかに閉じ込められていたウィルスが、温度が二、三度上がって溶け出した、なんてあるとも聞くね」
「はい。それを海獣や海鳥が運ぶわけです。そして最終的に人に行き着く。試算してみたら、現在の人間の生活に照らし合わせると、例えば一月一日に溶け出たウィルスが、二月の半ばにはほぼ地球のほとんどに蔓延している、という事になるみたいです」
我々の世界は丸く球体で、循環しているのだという事を改めて実感する。
猩々朱鷺しょうじょうときお姉様に言ったら、そんなことになったら公衆衛生では防疫しきれない、と言っていて。今、その対策を思案中なんです」
「なるほどね。医学の前に防疫学か。防疫とは言うけれど、攻めてみようと言うわけか。確か、茉莉まつりが詳しいね」

友人でもある蝙蝠こうもりの名前を出す。
はい、と孔雀くじゃくが頷いた。
閨房けいぼうの話題にしては随分と硬い。
しかし、この二人は長年そうやって話ばかりしてきた。
公式の総家令と皇帝との閨房時、家令の誰かが立ち会う事が多いのだが、「いつまでべらべら喋ってんだ」と文句がかかるほどだ。
そこから、孔雀くじゃくが、「最低、どういうデリカシーしてんのよ。どうせ話、聞いてたでしょ、早く猩々朱鷺しょうじょうときお姉様に確認してよ」と仕事になってしまう事も多いし、「白鷹はくたかお姉様には言い付けないでよ」「嫌よ。孔雀くじゃくがサボって喋ってばっかりいるって言ってやる」などと言い合いになる事もある。
しかし。あれじゃダメじゃないか、と家令達は腹を変えて笑うが、翡翠ひすいはそれで構わないというのだから。

孔雀くじゃくが二十歳になるまでは自粛。
結局、孔雀くじゃく翡翠ひすいに寝物語をしていた。
最初は子供の頃に聞いた絵本や物語の話、ガーデンの事や、兄弟子姉弟子の素行の悪さを面白半分に話していたがどんどん内容が洒落にならなくなって来たものだ。
「どちらにしても。星は希望でありますように。・・・あら、翡翠ひすい様、そろそろ、おやすみになりませんとね」
孔雀くじゃくが時計を見て、翡翠《ひすい》の頬に軽く唇を寄せた。

孔雀くじゃくはこれからまた一仕事。
総家令が眠りにつくのは明け方だ。
翡翠ひすいがこの総家令と朝まで共寝ともねなんていうのは、宮城では無い話。
だからこそ、翡翠ひすいは自由がく夏と冬の離宮暮らしを待ち望んでいるのだ。

「・・・失礼致します。雉鳩きじばとが参りました」
天蓋てんがいとばりの向こうから声をかけられた。
予定より少し早いのに、孔雀くじゃくは体を起こした。
「・・・元老院から至急の知らせでございます。元老院次席が二十分前にお亡くなりになりました」

翡翠ひすいも起き上がった。
「・・・突然だね・・・。何か事故にでも遭ったのか」
「いえ。現時点では病死のようだと伺っています」
まあ、と孔雀くじゃくが口元を押さえた。
「・・・お気の毒な事・・・。ご学友でいらっしゃいますものね。陛下、家令一同お悔やみを申し上げます」
孔雀くじゃく翡翠ひすいの頬に唇を寄せてから、ベッドから降りた。
雉鳩きじばとが妹弟子に手早く服を着せつけた。

翡翠ひすい様、私、確認して参ります。つばめ寄越よこしますので、何かあればお申し付けください」
「明日の朝になれば正式に元老院から報告が来るだろう。気をつけて」

はい、と孔雀くじゃくは礼をすると、部屋を下がった。
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