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72.水晶回廊

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「・・・翡翠ひすい様、三妃様はまだレセプション会場にいらっしゃるそうですけれど、何かございましたか?」
水晶回廊すいしょうかいろう歩きながら孔雀くじゃく翡翠ひすいに尋ねた。
「そう。今は遅めの昼食なんだか早めの夕食なんだかを食べている頃かな。心配ないよ。なんとかとか言う俳優が来てて三妃はご機嫌だから。食事も何だったかな、三ツ星貰ったシェフのイタリアンだったかアラビアンだったかナポリタンだったか・・・なんだかそんなような・・・」
そもそも会食や設宴になるとまともに食べない翡翠ひすいにとっては興味が無いのでよく認識していなかったらしい。

戻ってきたものの総家令室に孔雀くじゃくの姿が無く、どうやら元老院に呼び出されて文句を言われているらしいと聞いて、やってきたのだろう。
「だいぶいじめられていたようだけど」
孔雀くじゃくは苦笑した。
「よろしいのですよ。元老院次席様の気持ちも分からないのではないのですもの。お互い立場で話しているのだから仕方ありません。・・・翡翠ひすい様、元老院次席様にもお会いできてよろしゅうございましたね。・・・本当に、千鳥ちどりお兄様も人手不足なんだからちょっと手伝ってくれるといいんだけど・・・」

翡翠ひすいの御学友達は、路峯ろほう以外は宮廷にあまり寄り付かないのだ。
「コウモリとは言え、ふくろうに捕まったらこき使われるからねえ。・・・孔雀くじゃく、この間買った、ホットサンドメーカーを試すチャンスだと思うんだけど」
孔雀くじゃくは微笑んだ。
最近、翡翠くじゃくは夜中のテレビショッピングを見ては、偽名であれこれ買ってしまうのだ。
主に卓上調理器が多くて、試したくて仕方ない。
「では、試してみましょうか」
翡翠ひすい孔雀くじゃくの肩を抱くようにして、回廊を進んだ。


 路峯ろほうは窓の格子から、水晶回廊かいしょうすいろうを歩って行く皇帝と総家令を見ていた。
少し離れた場所で、おそらく他の家令と通話していた慌てた様子のつばめが、急いで走って付いて行ったのが見えた。
翡翠ひすい孔雀くじゃくは仲睦まじい様子で微笑みながら何か会話している。

「・・・相思相愛とは本当だな」
元老院長がそう呟いた。
「初めは何の冗談かと思ったがね。・・・先帝の瑪瑙めのう帝は議会寄り。我々はだいぶ、軽んじられていたが。あの総家令は気に食わんが、家令も三つ子の魂というやつだな。我々も本来道理ようやくの目を見たわけだ」
「・・・・これからでしょう。琥珀こはく帝の時代は、議会もギルドもほぼ発言権等無かったわけですし。家令に召し上げられたとは言え、ギルド系の継室候補群出の総家令など、本来、ありえない人選ですよ。あの者の出ならばせいぜいが公式寵姫だ。たとえ王の子を懐妊したとしても果たして無事王夫人になれたかはわからない。宮廷では子供共々不運な事故や運命に見舞われる事も多いから」
不穏な事を言う。
翡翠ひすいが皇帝となる、これからはいよいよ元老院の我々の時代だと思った矢先、彼が総家令として迎えたのは、たった十五の子供だった。
あれには失望したものだ。
「・・・・あの時は陛下には、変わったご趣味があるのか、と噂になったな。結局は、白鷹はくたかふくろうのゴリ押しだったのだろうがね」
「・・・・だったらまだ結構な話ですよ」

見てわからないか。
あの皇帝は、一回り以上年下のあの小娘に、本気で惚れているのだ。
クセの悪いことに、仲睦まじいだの相思相愛だの言われて喜んでいるのだ。
誠に嘆かわしい。
なぜ、あの小娘に我々が気を使わねばならないのか。

「何にしても。皇太子殿下には、早めに元老院派からご継室を娶って頂くべきです。妃殿下も元老院系なのです。我々がよりお守りしやすくなるでしょうから」
元老院長も頷いた。
「・・・家令とは、宮廷の怪物、悪魔。みだらで血と争いを好む猛禽もうきん蛇蝎だかつ。ステュムパーリデスの悪魔の鳥・・・」
路峰ろほうはほんの小さな声で、国文学者の残した一節をそう呟いた。

回廊を行く皇帝が、一瞬こちらの視線を受けて返した気がしたが、気の所為か。
路峯は窓辺から身を離した。
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