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69.家令にあるまじき爽やかな人材

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「だめ」
翡翠ひすい様・・・」
孔雀くじゃくが困ったように呟いた。
「なんであんな性犯罪者をわざわざスカウトしたの」
「まあ、性犯罪者だなんて。・・・どちらかと言ったら、私が傷害罪だって金糸雀カナリアお姉様に言われました」

孔雀くじゃくは関節を外すことはできるが、元に戻す事は出来ない。
真鶴まづるが必要ないでしょと言って、外し方は教えても入れ方は教えなかったからだ。
柔整体師の資格を持つ白鴎はくおうが呼ばれて、その場で一人づつ関節を入れ直したのだ。
「肩を外すのはよくあるけど、骨盤は直すのが大変だからな・・・。外すより入れる方が大変なんだから。・・・あーあ、おまえらバカだなあ。よりにもよって孔雀くじゃくなんかに手を出すからだよ。・・・ほら、じっとしろ。痛いぞ。ああやだやだ」
白鴎はくおうが気の毒そうに言った。
現在も死ぬ苦しみだというのに、と、若き議員は怯えた。

「動くなよ。孔雀くじゃく、こいつ動けないように上に乗れ」
背中に乗れと指示されて、孔雀くじゃくは、重ねてごめんなさいね、と言って議員の背中に座った。
その様子に、更紗さらさが大げさに目を見開いた。
「まあまあ。陛下に知られたら、あなた死刑よ」
楽しそうに笑うのはやはり彼女も筋金入り。
白鴎はくおうお兄様、ちょっと待って。・・・はい、あーん」
孔雀くじゃくはハンドタオルを取り出すと、舌を噛んだら大変だからと、犬に薬を飲ませる時のように両手で口を開かせて、タオルをつっこんだ。
白鴎はくおうは両腕にぐっと力を入れて、一度青年の腰を引っ張って、思いっきり戻した。
部屋に悲痛な絶叫が響き、後日、あれは女官を襲った議員連中への家令による拷問だったのだろうと噂された。
その骨盤を外されたのが、仏法僧ぶっぽうそうである。

あまりにも荒っぽくて気の毒だと白鴎はくおうに非難されたが、「だって。よく見てみたかったんだもの」と孔雀くじゃくが言い訳をした。
この男は、天眼てんがん持ちだ、と孔雀くじゃくは初見で気づいていた。
「いいですか、孔雀くじゃく。もし天眼てんがん持ちを見つけたら何が何でも家令に召し上げなさい」と白鷹はくたかに言い含められていた。
しかし、孔雀くじゃくに対して害意があり、そそのかされたにしろ、不埒ふらちな行為を実行した。
それだけでも翡翠ひすいからしたら死刑対象であるが。
孔雀くじゃくがどうも殊の外気に入っている。
仏法僧ぶっぽうそうは自分の方が年上だと言うのに、孔雀くじゃくを嬉しそうに姉と呼んでいて、それも非常に気に入らない。

翡翠ひすい様。あのくりくり、天然パーマなんですって。ジャンボプードルみたい。おうちがお寺なんですって。だから仏法僧ぶっぽうそう。・・・お父様がご挨拶に来られて。お父様も天パなんですって。お会いしてみたらつるつるでしたけど」
と嬉しそうに話している。
家令の人事には皇帝ですら口出し無用。
仕方ないが、とりあえず気に食わない。

「・・・仏法僧ぶっぽうそう君の軍所属は決まったの?」
「それがまだなんです。白鴎はくおうお兄様が自分の配下で、陸軍アーミーでどうだと言うので、とりあえず来月一緒に見学に行こうかと思ってます。決まったら制服作らなくちゃ」
「ほお。オープンキャンパスみたいだねえ・・・、一緒行くの・・・?」
「その足で神殿オリュンポスに行って、そのまま一緒に研修に入ろうかと思ってまして」
え、と翡翠ひすいは驚いて孔雀を見た。
聖堂ヴァルハラでも欲しがられたんですけども、神殿オリュンポスが人手不足なので助かりました。ですので、合わせて三週間ほど行って参りますね」
冗談じゃない。翡翠ひすいは震えた。
「・・・孔雀くじゃく仏法僧ぶっぽうそう君はいくつなのかな」
「ええとですねえ・・・」
孔雀くじゃくは書類を取り出した。
「二十八歳です。なんと、自分で履歴書と健康診断書、住民票、納税証明書、戸籍謄本、納税証明書まで提出してくれたんです」
「ほお・・・」

翡翠ひすいは書類に目を落とした。
「・・・地元の進学校の高校から、大学は推薦で仏教科卒業。その後、受験し直して、国際流通学科。これはもう本意でない進路だったもんだから自分で仕切り直したってやつだね。特技イタリア料理。趣味テニス。ほほう。テニスでインターハイ出てるの。・・・素晴らしい経歴だね・・・」
「そうなんです。大学生の頃、イタリアンのレストランでアルバイトしていたのですって。私、イタリアンなんて作れないから教えて貰おう・・・。得意料理はアッチューガのピッツァですって。アッチューガって何かしら。なんだかすてきですねえ」
うきうきしている。
「・・・イワシの漬けものだね・・・」
「まあ。そうなんですか。イワシかあ。とってもおいしそう」
孔雀くじゃく、じゃあ、陸軍アーミーじゃない方がいいんじゃないかな。ほら、遅れてきた新人として彼自身も肩身狭く思ってるかもしれないし」
孔雀《くじゃく》がさっと表情を変え、心配そうに翡翠ひすいの横に腰掛けた。
「・・・そうでしょうか・・・?」
「ならば、海兵隊マリーンがいいんじゃないかな」
「でも、そんな。新任で海兵隊ではきつかろうと思います。研修期間は、他は三ヶ月ですけど、海兵隊は半年、その上いきなり前線配備ですもの。せめて他を経験してから・・・」
「そこはほら、経験豊かな青鷺あおさぎが上官でいるんだから。青鷺あおさぎは宮廷のたしなみをよく教えるだろうし、責任感が強いからきっとよく面倒を見てくれるよ。そうだ。そうしなさい。青鷺あおさぎに推薦状を書いてあげよう」
「まあ・・・翡翠ひすい様が自らですか。・・・なんてお優しいの・・・」
孔雀くじゃくが感激して胸に手を当てた。
「・・・当然だよ。私の可愛い総家令・・・・。つばめ金糸雀カナリアに正式に青鷺あおさぎ宛に文書を出すように伝えなさい」
「・・・承りました」
つばめはこの腹黒、と思いながら礼をした。

家令ばかりが宮廷育ちで性悪なのではない。
王族である彼がまさに宮廷育ち。
あのどうかしている程の自由気儘じゆうきままな家で育ち、その後とんでもない田舎のガーデンで過ごし、城にも上がらず、使い走りもしないまま、厳しくもそこそこ放置されのんびり生きてきたこの姉弟子など、翡翠ひすいからしたらちょろいものだろう。
まあ、しかし。見苦しい程めろめろなのは、こっちだけど。
つばめは呆れた。

その後、仏法僧ぶっぽうそうは、青鷺バジリスクの鬼のしごきの海兵隊マリーンの軍属に耐え、異例の三階級特進。
天眼てんがん持ちだと喜んだ白鷹はくたかにより神殿オリュンポスでも短期間でかなり無茶な修行をさせられて、半年で神官の資格を取って大好きな姉弟子のいる城に舞い戻ってきた。
期待の新人は、どうやら老いも若きも女性受けするらしく、爽やかな風のようなお方、家令にあるまじき人材、と女官や官吏の間で話題になった。
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