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64.妃の恋人
しおりを挟む「わたくしが、わたくしが一番好きなのは……」
「一番好きなのは?」
マリアンはやっぱり口をつぐんでしまった。
「いないんですか?」
「そ、そんなことないわ! みなさん個性豊かで、整ったお顔立ちをしていて、とっても魅力的だと思います……」
でも、とマリアンはぎゅっと自分の手を握りしめた。
「現実はどの方も物語の姿とは違っていた……わたくしのことなどまるで眼中になくて、優しくしようとしても、余計なお節介だと跳ね返されて……」
たしかに彼らのマリアンに対する反応は酷いものだった。いくら気に入らない相手だろうが、表面上はそれを出さず、どこまでも紳士的に振る舞うのが、貴族としてのあるべき姿ではないだろうか。
「わたくしはどうして彼らに愛されなかったのでしょうか……」
落ち込むマリアンに、リディアは優しい声で慰めた。
「まだ恋は始まってもいないんですから、そんなに悲しまないで下さい」
「でも……」
「わたしが思うに……たぶんマリアン様は彼ら全員と仲良くなろうとして、それでマリアン様が知っていた夢? の内容と違ってきたんじゃないでしょうか」
あれだけ癖の強い彼らだ。夢の中では相当の時間と気力を要してようやく心を開いてくれたに違いない。一対一でじっくりと向かい合わなければ、マリアンが言ったような彼らにはならないだろう。
マリアンが見た夢と、実際に彼らが違ったのは、彼女が運命の相手を一人に絞り切れなかったからではないか。
(師匠もあちこちフラフラしてるから女性に遊び相手って思われて、結局上手くいかないんだよな……)
結局人は一人の人間しか相手にできないよう作られているものだ。何人も同時に愛するなんてよほど器用な人間でないと無理だろうし、できていると思っても、最後には破滅が待っているのではないか、とリディアは述べた。
「ではわたくしは……一体どうすればいいの?」
マリアンが縋るようにリディアを見つめた。答えは決まっている。
「これからは対象を一人に絞って、アプローチしていけばいいと思いますよ」
「一人……」
「はい。マリアン様が今後人生を一緒に歩みたいって思う人は誰ですか?」
「人生を一緒に……」
しばし沈黙した後、マリアンはぽつりと言った。
「……いませんわ」
「いないんですか?」
「ええ。物語の彼らはとっても素敵で、マリアンは幸せそうだったけれど……いざ自分がこれからその道を歩むのだと思うと……正直嫌だと思う自分がいるんですの」
本当はこんなこと思ってはいけないのに、というように彼女は眉を寄せた。
「わたくしには、やはり無理ですわ。愛するより、愛される方が、性に合っていますもの」
「マリアン様……」
彼女の出した答えに、正直リディアはほっとしていた。
セエレやロイドはともかく、グレンやメルヴィンを選んだりしたらマリアンが苦労するのは目に見えていた。いくら最後は結ばれるとしても、それまで彼女が辛い目にあったりするのは、なるべくならして欲しくなかった。
「マリアン様なら、最初からうんと愛してくれる優しい殿方が他にもいますよ」
なんたって侯爵令嬢。お金持ちでかっこいい相手なんてこの学園にはたくさんいるだろう。
「今は学園生活を楽しんで、これからゆっくりとそうした相手を探していけばいいと思いますよ」
「リディアさん……」
あれだけの騒動を起こしてまで彼らの心を手に入れようとしたマリアン。そんな彼女がやっぱり無理だ、やめたいと言っても、目の前の少女は受け入れ、肯定してくれた。次がありますよ、という優しい言葉まで添えてくれて。
マリアンはリディアを潤んだ目で、じっと見つめた。
そんな彼女に気づかず、リディアは笑顔で言った。
「さっ、もうそろそろ暗くなってしまいますし、帰りましょう。マリアン様はご自宅から通われて――」
「わたくし、あなたがいいわ」
立ち上がったリディアの手をつかまえて、マリアンがそう言った。へ、とリディアは気の抜けた声で聞き返す。
「すみません、マリアン様。聞き間違いでしょうか。もう一度……」
「何度だって言いますわ。わたくしと一緒に、人生を歩んで欲しいんですの」
一緒に。マリアンと。
「誰と、ですか」
「あなたですわ。リディアさん」
言葉を失うリディアに、マリアンは立ち上がってぐっと距離を近づけてきた。
「新聞部の方たちに襲われそうになった時、あなたは身を挺してわたくしを庇ってくれた。今まで散々酷いことばかり言ったのに」
「いや、それは……」
侯爵令嬢に何かあったら大問題になり、一緒にいたリディアにも責任が問われるのではないか、という自分の身を守る考えもあったからだ。まるっきり善意で助けたとは言えない。
けれどマリアンはそんなことない! といわんばかりに熱く語った。
「今だってこうしてわたくしの話を頭がおかしいなどと言わず、真面目に聞いて下さった。お父様やお母様もメイドたちも、みんなわたくしが病でおかしくなったと涙を流したのに!」
(あ、わたし以外にも話したんだ……)
そして何を言っているんだ、と変に思われたのか。その事実にちょっと安心する。
「こんなわたくしを理解して受け止めて下さる方は、これから先あなた以外に現れないと思うんです。女であろうが、関係ありませんわ。リディアさんとこれから先もずっと一緒にいたい。あなたが好きなんですもの」
「マリアン様……」
なんて情熱的な告白だろう。マリアンらしく真っ直ぐで、愛にあふれた言葉だった。こんなふうに言われて、心が傾かない人間なんて――
「そんなのだめに決まってるだろ」
自分が同性であることも忘れ、思わず承諾しかけたその時、ガサリと物音がした。びくっとマリアンと揃って振り返ると、茂みの中からこちらを鋭く睨んでいるグレン・グラシアの姿があった。
「一番好きなのは?」
マリアンはやっぱり口をつぐんでしまった。
「いないんですか?」
「そ、そんなことないわ! みなさん個性豊かで、整ったお顔立ちをしていて、とっても魅力的だと思います……」
でも、とマリアンはぎゅっと自分の手を握りしめた。
「現実はどの方も物語の姿とは違っていた……わたくしのことなどまるで眼中になくて、優しくしようとしても、余計なお節介だと跳ね返されて……」
たしかに彼らのマリアンに対する反応は酷いものだった。いくら気に入らない相手だろうが、表面上はそれを出さず、どこまでも紳士的に振る舞うのが、貴族としてのあるべき姿ではないだろうか。
「わたくしはどうして彼らに愛されなかったのでしょうか……」
落ち込むマリアンに、リディアは優しい声で慰めた。
「まだ恋は始まってもいないんですから、そんなに悲しまないで下さい」
「でも……」
「わたしが思うに……たぶんマリアン様は彼ら全員と仲良くなろうとして、それでマリアン様が知っていた夢? の内容と違ってきたんじゃないでしょうか」
あれだけ癖の強い彼らだ。夢の中では相当の時間と気力を要してようやく心を開いてくれたに違いない。一対一でじっくりと向かい合わなければ、マリアンが言ったような彼らにはならないだろう。
マリアンが見た夢と、実際に彼らが違ったのは、彼女が運命の相手を一人に絞り切れなかったからではないか。
(師匠もあちこちフラフラしてるから女性に遊び相手って思われて、結局上手くいかないんだよな……)
結局人は一人の人間しか相手にできないよう作られているものだ。何人も同時に愛するなんてよほど器用な人間でないと無理だろうし、できていると思っても、最後には破滅が待っているのではないか、とリディアは述べた。
「ではわたくしは……一体どうすればいいの?」
マリアンが縋るようにリディアを見つめた。答えは決まっている。
「これからは対象を一人に絞って、アプローチしていけばいいと思いますよ」
「一人……」
「はい。マリアン様が今後人生を一緒に歩みたいって思う人は誰ですか?」
「人生を一緒に……」
しばし沈黙した後、マリアンはぽつりと言った。
「……いませんわ」
「いないんですか?」
「ええ。物語の彼らはとっても素敵で、マリアンは幸せそうだったけれど……いざ自分がこれからその道を歩むのだと思うと……正直嫌だと思う自分がいるんですの」
本当はこんなこと思ってはいけないのに、というように彼女は眉を寄せた。
「わたくしには、やはり無理ですわ。愛するより、愛される方が、性に合っていますもの」
「マリアン様……」
彼女の出した答えに、正直リディアはほっとしていた。
セエレやロイドはともかく、グレンやメルヴィンを選んだりしたらマリアンが苦労するのは目に見えていた。いくら最後は結ばれるとしても、それまで彼女が辛い目にあったりするのは、なるべくならして欲しくなかった。
「マリアン様なら、最初からうんと愛してくれる優しい殿方が他にもいますよ」
なんたって侯爵令嬢。お金持ちでかっこいい相手なんてこの学園にはたくさんいるだろう。
「今は学園生活を楽しんで、これからゆっくりとそうした相手を探していけばいいと思いますよ」
「リディアさん……」
あれだけの騒動を起こしてまで彼らの心を手に入れようとしたマリアン。そんな彼女がやっぱり無理だ、やめたいと言っても、目の前の少女は受け入れ、肯定してくれた。次がありますよ、という優しい言葉まで添えてくれて。
マリアンはリディアを潤んだ目で、じっと見つめた。
そんな彼女に気づかず、リディアは笑顔で言った。
「さっ、もうそろそろ暗くなってしまいますし、帰りましょう。マリアン様はご自宅から通われて――」
「わたくし、あなたがいいわ」
立ち上がったリディアの手をつかまえて、マリアンがそう言った。へ、とリディアは気の抜けた声で聞き返す。
「すみません、マリアン様。聞き間違いでしょうか。もう一度……」
「何度だって言いますわ。わたくしと一緒に、人生を歩んで欲しいんですの」
一緒に。マリアンと。
「誰と、ですか」
「あなたですわ。リディアさん」
言葉を失うリディアに、マリアンは立ち上がってぐっと距離を近づけてきた。
「新聞部の方たちに襲われそうになった時、あなたは身を挺してわたくしを庇ってくれた。今まで散々酷いことばかり言ったのに」
「いや、それは……」
侯爵令嬢に何かあったら大問題になり、一緒にいたリディアにも責任が問われるのではないか、という自分の身を守る考えもあったからだ。まるっきり善意で助けたとは言えない。
けれどマリアンはそんなことない! といわんばかりに熱く語った。
「今だってこうしてわたくしの話を頭がおかしいなどと言わず、真面目に聞いて下さった。お父様やお母様もメイドたちも、みんなわたくしが病でおかしくなったと涙を流したのに!」
(あ、わたし以外にも話したんだ……)
そして何を言っているんだ、と変に思われたのか。その事実にちょっと安心する。
「こんなわたくしを理解して受け止めて下さる方は、これから先あなた以外に現れないと思うんです。女であろうが、関係ありませんわ。リディアさんとこれから先もずっと一緒にいたい。あなたが好きなんですもの」
「マリアン様……」
なんて情熱的な告白だろう。マリアンらしく真っ直ぐで、愛にあふれた言葉だった。こんなふうに言われて、心が傾かない人間なんて――
「そんなのだめに決まってるだろ」
自分が同性であることも忘れ、思わず承諾しかけたその時、ガサリと物音がした。びくっとマリアンと揃って振り返ると、茂みの中からこちらを鋭く睨んでいるグレン・グラシアの姿があった。
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