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63.消えた猛禽

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真珠しんじゅ帝と大鷲おおわしの事だ。
あの二人こそ相思相愛であった。
若き賢帝と呼ばれた皇帝と、優秀な総家令。
特に、川蝉かわせみの世代は子供の頃からあの二人が大好きであった。
引き裂こうとしたらどうなった、ふくろうは呟いた。
大鷲おおわし兄上の所在は・・・」
ふくろうが首を振った。
「ずっと探してはいるんだがな。・・・さて」
沈鬱ちんうつな声色に、この話題にした責任を感じた。

公式には病死とされている真珠しんじゅ帝の死の真相は、琥珀こはく白鷹はくたかの命令で、自分と翡翠ひすい真珠しんじゅ帝を背信で討ったというものだ。
実際は真珠しんじゅ帝はこれまでと悟ったのか、責任を取ったのか、はたまた母王への抵抗か、自死していた。
捕らえられていた大鷲おおわしが逃亡し、それ以来所在を全く掴めない。

巫女愛紗みこあいさ姉上もずっとお気にされている。母親違いとは言え実弟だからな」
今は修道院長となった巫女愛紗みこあいさは、家令の中でも最高齢だ。
彼女の義理母に当たる雷鳥らいちょうという女家令が、後妻として嫁いだ先が状元じょうげんと呼ばれる殿試で首席の官吏だった。

ところが、女家令の結婚がうまくいかないのは常か、数年後に離婚。
夫と先妻の娘である巫女愛紗みこあいさと、自分と夫との子の大鷲おおわしを連れて宮廷に舞い戻り、その子は結局二人とも家令になってしまったのだ。
よくも夫たる官吏は納得したものだと思うが、当時の皇帝と総家令がもっと若い新しい嫁を提供して納得させたらしい。
家令の進退どころか婚姻も離婚も生き死にも人事とは言ったものだ。
年の離れた弟である大鷲おおわし巫女愛紗みこあいさはとても可愛がったし、大戦中の困難な時期、大鷲おおわしは公式寵姫であり軍でも重責のあった姉をよく助けた。
大戦中まだ子供だった自分達世代の家令は、年嵩としかさ大鷲おおわしに連れられて一時城を離れた事がある。
いわゆる疎開。
上の世代の家令達が日々激化する大戦から下の世代を逃したのだ。
家令の子は、雛鳥ひなどり、鳳雛《ほうすう》と呼ばれて、良からぬ輩に狙われやすい。
まだ自分達は物心ついて間も無くの頃。
当時、もうすでに自分の親達はすでに戦死していた。

「家令が自分で身を隠したら、探し出すのは至難の技だよ。大鷲おおわし然り、真鶴まづる然り」
真鶴まづる翠玉すいぎょく皇女。琥珀こはく帝が離宮で産んだ、父親が公表されない皇女だ。
琥珀こはくによく似た美しい姫。更には尋常ではない頭脳の持ち主。
真珠しんじゅ帝の政変の折に、あおりを食って正式に廃皇女にされ家令になったが。
なったらなったで、掛け値なしに素晴らしかった。
「・・・梟《ふくろう》兄上。今だから言うけど、翠玉すいぎょく皇女は琥珀こはく様に愛されたと言われていたけれど、あの方は本当にそうだったのか」
「・・・どうだろうな。琥珀こはく様はまことに王族らしい方だったから。・・・真珠しんじゅ帝の政変があった折、皇女が障りになるのであれば廃して良いとも仰った」
川蝉かわせみはため息を飲み込んだ。
あの女皇帝なら、そう言うだろう。

廃してよい、というのは本来は、地位を剥奪するという意味だが、彼女の場合は、処分しろと言う事だ。
しかし、白鷹が自分の裁量預かりという事で皇女を正式に家令にして守ったのだ。
そもそも彼女の身の上のいずれ家令にという付随するものが、いつか廃されるかもしれないという事を見越しての白鷹はくたかの防衛線であったのかもしれないとも思う。
自らの皇子も皇女も、果たして真実愛していたのか怪しい彼女だ。

白鷹はくたか姉上は、殺そうものなら真鶴《まづる》に逆に私達が殺されてしまうと言って、琥珀こはく様は笑っていたが・・・」
全く洒落にもならない。
そもそも王族、皇帝と言うのは大概が宮廷の備品たる家令の進退や命等あまり気にも留めないわけだから、笑い話にでもなるとしても。
だからこそ二妃の一件では、異例中の異例、特段のご配慮で自分達は処分を免れたのだ。
翡翠ひすいの二妃が亡くなった折も。それは早いうちから、隠そうともしない正室の所業である事は内々では知られていた。

当初は、宮城で妃を死なせた罪で、総家令代理であった川蝉《かわせみ》、正室付きであった青鷺あおさぎ、二妃付きであった猩々朱鷺しょうじょうときを、琥珀こはくは処分せよ、つまり殺せと言ったのだ。
「それともお前が裁判にでもするならそれでもいいけれど。お前弁護士なんだもの。妹たちと弟を弁護しておやり」と、ふくろうに彼女は笑いながら言った。
家令が裁判にかけられて、どんな公正な審議が望めよう。
殺される相手が、他者の手
か、もしくは家令の手かに変わるだけ。

白鷹はくたかは弟弟子と妹弟子の命を守るために、宮城から追放すると正式に通達した。
それは琥珀こはくに逆らったわけであるけれど、それでもそれ以上の措置が無かったのは、女皇帝が白鷹はくたかの願いを聞き入れての事だろう。
歪んでいるのだ、あの二人は。
「まあ。つまりだ。それが愛情ゆえと言うならば、我々はあの二人の愛憎に巻き込まれっぱなしだったということだ」
なんと迷惑な話だ。

「それに比べたら、まるで中学生のようなお付き合いの翡翠ひすい様と孔雀くじゃくは、大助かりだ。今だに交換日記みたいのやってるしな」
冷蔵庫の前に、お互いのメモを貼り合っている。
川蝉かわせみとしたら、総家令室に煮炊きの出来るキッチンがあるのが驚きだし、そもそも、総家令執務室と、皇帝執務室が繋がっているというのがどういうわけだと思ったもので。
「信じられるか。翡翠ひすい様は、孔雀くじゃくと本当に今更恋愛してるんだぞ」
バカじゃないのかねえ、とそれこそ不敬な事を言い、ふくろうはそれでも嬉しそうだった。
川蝉かわせみは面食らって黙った。

「嘘じゃない。本当だ。聞いてみな。・・・まるで素晴らしい何かに生まれ変わったような気分だと仰ってたよ。最近、何食ってもうまい。何見ても嬉しいってな。あの翡翠が」
ついこの間までは、人生など早く終われ、早く終われと、そう思っていたのに。と。

「そう変えたのがあの末妹ならば。我々家令としたら名誉な事だ。王族をたぶらかし、血と争いを好むと言われる、この悪い鳥達がだよ」
ふくろうは、自嘲でもなく卑下するのでもなく、そう思うのだ。
そう揶揄やゆされるのは決して嘘ではないし、嫌いではないが。

「・・・ああ、だからさ。お前。あんまり頑張るなよ」
さっさと死ね、ということ。
更にたちが悪いのは、この兄弟子はこの発言を気遣いや思いやりだと思っているのだ。
やはり身も蓋もないこの物言いに川蝉かわせみは両手を挙げた。
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