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56.悪趣味な運命
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猩々朱鷺は、孔雀が作り、雉鳩に持って来させた太巻寿司をつまんでいた。
更に日本酒を飲んで、いい気分で弟弟子に酌をさせながら口を開いた。
「ああ、最高。高額の小切手があって、高級クラブの元売れっ子に酌をさせて寿司を食う。・・・ほらよ、メロンちゃん、カラよ、注いでちょうだい。気が利かないわね。お前、もうトウが立ってんだから気が利かなくて愛想がないのは致命的よ?」
雉鳩が悔しそうに姉弟子を見た。
賭けに負けたのだ。
第二太子である天河がアカデミーを去るか否か。
結局、天河がアカデミーで研究を続投する旨の書類を書いて、孔雀が保証の判を押し、それを猩々朱鷺へと、雉鳩と大嘴が寿司折持参で届けに来たのだ。
つまり問題児に反省文を書かせ、保護者に付け届けをさせたようなもの。
「雉鳩、あんたは生意気な事言っても詰めが甘いのよ。海軍共は格好ばっかりつけちゃってダメよねえー」
雉鳩にとってこの姉弟子はは軍の階級も上、聖堂でも地位は上。
更には押しも押されぬアカデミー長。
さらに賭けにも負け、文句も言えない。
雉鳩《きじばと》は、今に見てろよ、と暗い炎を胸に灯した。
ふふん、と弟弟子の腹の中を察して鼻で笑った猩々朱鷺が、ちょっと声色を変えた。
「・・・私、昔、天河様をガーデンにお連れした事があるのよ」
雉鳩は不思議に思って姉弟子を見た。
「王族がガーデンにですか?何の為にあんなど田舎に?」
「孔雀の雛の観察よ」
猩々朱鷺が笑った。
まだ天河が十五歳程。
猩々朱鷺が二妃付きとして花石膏宮に仕えていた時だ。
孔雀が家令に召し上げられて日が浅く、ガーデンで毎日、白鷹にひっぱたかれていた頃。
「ストーカーみたいにさ。二階のカーテンの陰から見てたの。やっぱり白鷹お姉様にぶたれて、孔雀《くじゃく》泣いてて。真鶴が口の中に飴か何かつっこんで、やっと泣き止んで。慰めてた金糸雀と手をつないでどっか行ったっけな」
全く情緒の感じられない描写であるが、懐かしそうにそう言う。
「・・・天河様、チビだった孔雀と面識あるんですか?」
孔雀が家令になったのは十歳。
その後、白鷹は宮城に見習いとしても遣いにも出さなかったから、孔雀はたまに実家に帰る以外は、白鷹と琥珀の住む離宮と鳥達の庭《ガーデン》と神殿と聖堂と軍の往復だけしていたはずだ。
ああ、と大嘴が手を打った。
「あれだ、園遊会だ」
大嘴は、食後だというのにまた寿司を食っている。
そうそう、と言いながら、猩々朱鷺も手を止めないで次から次に平らげていた。
家令は健啖家、と言うか贅沢の大飯食らいが多いが、この大嘴と猩々朱鷺は群を抜いて、度を越している。
「孔雀が家令に召し上げられるもっと前。園遊会で、さんざん食った後、孔雀が森に入っちゃったんですよ。あの時で孔雀は、七歳くらいじゃないかな?」
「はあ?禁区だから入れないだろ」
城の裏手には、深い森があるのだ。
昔は手前まではお狩場として猟をしたようだが、現在では危険でもあるので立ち入り厳禁となっている。
「いや、でも、猫だかハクビシンだか追っかけて、入ってっちゃって。見てた俺と天河様も、仕方なく入って・・・」
何をやっているんだ、と雉鳩は呆れた。
「だって、雉鳩兄上。チビの頃の孔雀《くじゃく》のやつ、自分勝手にあちこち行っちまうんだ。猫だ犬だ、食い物だ、でかいプールだ、見た事ない葉っぱだって・・・」
確かに、母親である青嵐は、あの娘、五秒目を離すとどっかに行ってしまう、来るんじゃなかったと怒っていたっけ。
「いやあ、お気の毒だな・・・。恥かきに宮城に上がったようなもんじゃないか」
あの妹弟子は小学校の入学式でもそうだった。じっとさせるには餌付けが効くと分かったが、食い終わるとまたどこかに行こうとする。
「で、猫だかとっ捕まえて、川に落っこちたもんだから全員傷だらけのずぶ濡れで戻ったわけで。梟兄上に怒られた・・・」
そりゃあそうだろう。
「当然だろ。禁区にまで立ち入って、第二太子様が負傷だぞ?本来ならきつい処分がある程のことだ」
「青嵐が、だからこんなとこ来るんじゃなかった。着物なんか着せんじゃなかった。こんな冷たい料理ばかり食べに来る為に来たなんて最悪。うちは飲食業もしてるって言うのに、だったらうちで食べた方がよかった。さっさと帰りたいって泣き言言ってたもの」
立食の軽食を嗜《たしな》む昼餐の宴など、大抵は彼女の言う冷たい料理が多いのは当たり前であるし、大体、宮城の園遊会は飯を食いに来る場所ではない。
そもそも参加は廷臣の義務であるし、社交の場である。
全く継室候補群の自覚というものに欠けた発言で、さすが棕梠家と呆れるが、同時に青嵐の気持ちもわかる。
「孔雀なんか、上等のお召しがチョコレートだらけの泥だらけで川にも落ちて水浸し。猫に引っかかれて鼻の頭に向こう傷まで作っちゃってさ。黄鶲が孔雀に手当てしてね。あの子、大暴れの猫持って帰るって言うから、鷂《はいたか》が洗濯ネットに猫ぐいぐい詰めて段ボールにガムテでグルグル巻きにしてさあ。飼うったって飼えるような状態じゃないんだから・・・。野良猫丸出しの成猫よ・・・」
猩々朱鷺の世代の家令達は、孔雀《くじゃく》が家令になると聞いた時、あの時の子狸か、と驚いたものだ。
大嘴が思い出して腹を抱えて笑った。
「ありゃあひどかったわ!他のお嬢さんたちの嫌そうな顔ったら・・・。こりゃ全く継室になんか向かないわ。ここんち実績少ないわけだ、と梟兄上も呆れてたもんなあ。前の女官長もあの子は出禁にして欲しいと言ってたし」
それがどうだ。確かに継室にはなり損ねたが、総家令ときたものだ。
全く、運命と言うのは不思議を超えて悪趣味、いやもう笑い話だ。
更に日本酒を飲んで、いい気分で弟弟子に酌をさせながら口を開いた。
「ああ、最高。高額の小切手があって、高級クラブの元売れっ子に酌をさせて寿司を食う。・・・ほらよ、メロンちゃん、カラよ、注いでちょうだい。気が利かないわね。お前、もうトウが立ってんだから気が利かなくて愛想がないのは致命的よ?」
雉鳩が悔しそうに姉弟子を見た。
賭けに負けたのだ。
第二太子である天河がアカデミーを去るか否か。
結局、天河がアカデミーで研究を続投する旨の書類を書いて、孔雀が保証の判を押し、それを猩々朱鷺へと、雉鳩と大嘴が寿司折持参で届けに来たのだ。
つまり問題児に反省文を書かせ、保護者に付け届けをさせたようなもの。
「雉鳩、あんたは生意気な事言っても詰めが甘いのよ。海軍共は格好ばっかりつけちゃってダメよねえー」
雉鳩にとってこの姉弟子はは軍の階級も上、聖堂でも地位は上。
更には押しも押されぬアカデミー長。
さらに賭けにも負け、文句も言えない。
雉鳩《きじばと》は、今に見てろよ、と暗い炎を胸に灯した。
ふふん、と弟弟子の腹の中を察して鼻で笑った猩々朱鷺が、ちょっと声色を変えた。
「・・・私、昔、天河様をガーデンにお連れした事があるのよ」
雉鳩は不思議に思って姉弟子を見た。
「王族がガーデンにですか?何の為にあんなど田舎に?」
「孔雀の雛の観察よ」
猩々朱鷺が笑った。
まだ天河が十五歳程。
猩々朱鷺が二妃付きとして花石膏宮に仕えていた時だ。
孔雀が家令に召し上げられて日が浅く、ガーデンで毎日、白鷹にひっぱたかれていた頃。
「ストーカーみたいにさ。二階のカーテンの陰から見てたの。やっぱり白鷹お姉様にぶたれて、孔雀《くじゃく》泣いてて。真鶴が口の中に飴か何かつっこんで、やっと泣き止んで。慰めてた金糸雀と手をつないでどっか行ったっけな」
全く情緒の感じられない描写であるが、懐かしそうにそう言う。
「・・・天河様、チビだった孔雀と面識あるんですか?」
孔雀が家令になったのは十歳。
その後、白鷹は宮城に見習いとしても遣いにも出さなかったから、孔雀はたまに実家に帰る以外は、白鷹と琥珀の住む離宮と鳥達の庭《ガーデン》と神殿と聖堂と軍の往復だけしていたはずだ。
ああ、と大嘴が手を打った。
「あれだ、園遊会だ」
大嘴は、食後だというのにまた寿司を食っている。
そうそう、と言いながら、猩々朱鷺も手を止めないで次から次に平らげていた。
家令は健啖家、と言うか贅沢の大飯食らいが多いが、この大嘴と猩々朱鷺は群を抜いて、度を越している。
「孔雀が家令に召し上げられるもっと前。園遊会で、さんざん食った後、孔雀が森に入っちゃったんですよ。あの時で孔雀は、七歳くらいじゃないかな?」
「はあ?禁区だから入れないだろ」
城の裏手には、深い森があるのだ。
昔は手前まではお狩場として猟をしたようだが、現在では危険でもあるので立ち入り厳禁となっている。
「いや、でも、猫だかハクビシンだか追っかけて、入ってっちゃって。見てた俺と天河様も、仕方なく入って・・・」
何をやっているんだ、と雉鳩は呆れた。
「だって、雉鳩兄上。チビの頃の孔雀《くじゃく》のやつ、自分勝手にあちこち行っちまうんだ。猫だ犬だ、食い物だ、でかいプールだ、見た事ない葉っぱだって・・・」
確かに、母親である青嵐は、あの娘、五秒目を離すとどっかに行ってしまう、来るんじゃなかったと怒っていたっけ。
「いやあ、お気の毒だな・・・。恥かきに宮城に上がったようなもんじゃないか」
あの妹弟子は小学校の入学式でもそうだった。じっとさせるには餌付けが効くと分かったが、食い終わるとまたどこかに行こうとする。
「で、猫だかとっ捕まえて、川に落っこちたもんだから全員傷だらけのずぶ濡れで戻ったわけで。梟兄上に怒られた・・・」
そりゃあそうだろう。
「当然だろ。禁区にまで立ち入って、第二太子様が負傷だぞ?本来ならきつい処分がある程のことだ」
「青嵐が、だからこんなとこ来るんじゃなかった。着物なんか着せんじゃなかった。こんな冷たい料理ばかり食べに来る為に来たなんて最悪。うちは飲食業もしてるって言うのに、だったらうちで食べた方がよかった。さっさと帰りたいって泣き言言ってたもの」
立食の軽食を嗜《たしな》む昼餐の宴など、大抵は彼女の言う冷たい料理が多いのは当たり前であるし、大体、宮城の園遊会は飯を食いに来る場所ではない。
そもそも参加は廷臣の義務であるし、社交の場である。
全く継室候補群の自覚というものに欠けた発言で、さすが棕梠家と呆れるが、同時に青嵐の気持ちもわかる。
「孔雀なんか、上等のお召しがチョコレートだらけの泥だらけで川にも落ちて水浸し。猫に引っかかれて鼻の頭に向こう傷まで作っちゃってさ。黄鶲が孔雀に手当てしてね。あの子、大暴れの猫持って帰るって言うから、鷂《はいたか》が洗濯ネットに猫ぐいぐい詰めて段ボールにガムテでグルグル巻きにしてさあ。飼うったって飼えるような状態じゃないんだから・・・。野良猫丸出しの成猫よ・・・」
猩々朱鷺の世代の家令達は、孔雀《くじゃく》が家令になると聞いた時、あの時の子狸か、と驚いたものだ。
大嘴が思い出して腹を抱えて笑った。
「ありゃあひどかったわ!他のお嬢さんたちの嫌そうな顔ったら・・・。こりゃ全く継室になんか向かないわ。ここんち実績少ないわけだ、と梟兄上も呆れてたもんなあ。前の女官長もあの子は出禁にして欲しいと言ってたし」
それがどうだ。確かに継室にはなり損ねたが、総家令ときたものだ。
全く、運命と言うのは不思議を超えて悪趣味、いやもう笑い話だ。
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