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53.青楼の伝説

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 孔雀くじゃくはアカデミーに在籍する家令達が身を寄せる為の邸宅で洗濯をしていた。
家令の為の寮のようなもので、現在は天河の侍従である大嘴おおはしが住んでいるはずなのだが、全く生活の気配が無い。
電気代も水道代もほぼ基本料金のみの請求で、おかしいと思ってはいたのだ。
天河てんがにくっついて遊びまわっているのだろう。
とりあえずしばしの逗留をしなければならないので、寝室のシーツや毛布を引っ張り出して洗濯をする事にした。
止まり木と呼ばれるこの建物は、その昔の緑柱りょくちゅう帝の長兄であり、アカデミー長でもあった人物がその連れ合いと長年暮らした屋敷であるらしい。
変わった建築で、半二階建て、部屋がゆるやかな傾斜のある庭で全てつながっている。

海風が吹き抜けて気持ちがいい。
「洗濯物がよく乾いていいこと。・・・・まあ、大嘴お兄様にはお天気なんて関係無いだろうけど。・・・でも私、取り込むのも畳むのも大して好きじゃないからずっと干しておこうかなあ。でもそうすると、シーツも毛布もなくちゃ寝れないよなあ・・・」
大嘴おおはしもまた正統派の家令で家事なんか全くしないし、孔雀くじゃくだって家令の例に漏れず家庭的なタイプではない。必要に迫られて覚えただけの事。

士官学校、アカデミーで医学部と教育学部、更になぜか家令になってから通信で家政学まで修めた鸚鵡おうむによると、家政というものは、例えば孔雀くじゃくは次から次へと思いつくまま好きな物を好きなように作って食べているが、そういう事ではないらしい。
なぜあの兄弟子が家政学を学んだかというと、真鶴まづるに言う事を聞けば正室にしてやると言われたからだ。奥さんにでもなるつもりだったのだろうか。
その一途さというか健気さを他の兄弟子も姉弟子もバカじゃないの、騙されてと呆れて笑うが、孔雀としては好ましいと思う。
皇帝の正妻や妃達が全く家政の知識が必要ではなく、実践の機会もないとしても。
誰もがそうであるように鸚鵡おうむにも真鶴まづるは荷が重いだろうが、でも案外いい旦那さんになったかもしれない、と思う。

風が通り抜けて孔雀くじゃくは目を細めた。
「・・・どこ行っちゃったんだろう。もう」
大嘴おおはしには雉鳩きじばとが訪れる事は伝えてあるのに、姿を現さない。
そもそもふらっとどこかに行く落ち着きのない兄弟子ではあるが、ガーデンでも飯の時間になると帰って来たのから、まあ夕飯時になれば戻るだろう。
そうしたら、きつく問い詰めなくては。
孔雀くじゃくは思いつくまま夕飯の支度をする事にした。

 大嘴おおはしきらびやかなシャンデリアを眺めながら思案中。
どうも、雉鳩きじばとが来たらしいのだ。
猩々朱鷺しょうじょうときから公式文書が宮城に送られていたのは知っているが。
孔雀くじゃくは慌てた事だろう。
雉鳩きじばと猩々朱鷺しょうじょうときに渡すようにと言い含めて、実家の一番高い菓子折りと、きっと大金を持たせたに違い無い。
「あいつ、いいカモだよなあ」
しなだれかかる美女を撫で回しながら大嘴おおはしが呟いた。
あちこちで美男美女が、ご飲食を伴った接客中。
ご飲食を伴わない接客をご所望の場合、折り合いがつけばそのまま、私室へと通される。

つまりは、ここは高級クラブであり、青楼、いわゆる娼館である。
学都として栄え、国際機関や企業の研究所も多い自由な都市であるから、こういった店は少なくはない。
他の都市なら多少なりともプライバシー厳守であるようにと衆目につかないような接客形態であるが、この街ではオープンであることがむしろ良いとされ後めたいような気分は全く無く、昨夜は誰がどこの店に誰と居た等と面白おかしくランチの話題になる程だ。
そんな訳で、最近、第二太子が職場放棄してこの店に居続けであることは誰もが知る事であろう。
かもって?」
「いーやなんでも。じゃ、みかんちゃん。ついでに、このボトルも頼んじゃおうかなー」
「ほんと?」
「あと、カツサンドと味噌煮込みうどんと麻婆豆腐・・・」
「どっちもまたデリだから、割増料金だけどいい?」
「あ、いーのいーの」
どうせ俺の金じゃないし、と言おうとして、大嘴おおはしが凍りついた。

目の前に、突如として宮廷一とも二とも言われる美貌の持ち主がどっかりと座ったのだ。
そもそも衆目を集める顔立ちがより際立つのはこれはもう怒っているからだろう。
「ほお。・・・お前、毎月毎月、とんでもない額の請求書が届くと思ってたらこういうわけかい」
「・・・雉鳩きじばと兄上・・・・。これは、ご苦労様で・・・」
思わず、姿勢を正しくする。
「ここはたらふく飯を食うような店か?!出前料金でお前、七倍はふっかけられてんだろうが!?」
「い、いや、ですから、兄上・・・」
「確かに、お前が家令になった時に、ふくろう兄上がお前の食費は家令の予算持ちで手を打った。しかしな、食い盛りなんかもう過ぎただろうが!」
「いやー、何食ってもうまいんです・・・」
雉鳩きじばとがテーブルの上のワイン瓶を大嘴に投げつけた。
女が悲鳴を上げた。
天河てんが様はどこだ?侍従のお前が何をしてる」
締め上げていると、見かねた女が声をかけた。
「アンタなんなの!?あんずちゃんの部屋だから自分で行けば!?」
雉鳩きじばとに睨みつけられて、みかんが怯んだ。
「離れて、みかんちゃん、こ、殺されるよ・・・!」
大嘴おおはしもまた震えた。
とんでもない整った顔立ちというのは、作り物のようで怖い。
「ふん・・・。あんずだぁ?で?お前はみかん?はん、みかんだのバナナだのが、俺に意見するなんぞ」
慌てた様子で支配人が席に駆けつけて来た。
「エントランスでお待ち頂いているとばかり・・・。こちらでご案内致しましたのに・・・」
なぜかその手に羊羹ようかんを一竿持っている。
「マネージャー、知ってる人なの・・・?」
みかんが青い顔で尋ねた。
「知ってるも何も。この方は、当館の伝説の永久欠番、メロンさんだ」
大嘴おおはしは驚いて兄弟子を見上げた。

 雉鳩きじばとは黙ったまま第二太子を見ていた。
多かれ少なれ、アカデミーでは誰もが羽目を外すのは折り込み済みだが。
ちょっと陳腐じゃないか、と腕を組んで天河と対峙していた。
部屋は百合の香りの香水に満ちていた。
叩き出した部屋の持ち主が身に付けていた香水が、当然だが彼女の私室には染み付いているのだ。
「杏ねえ・・・」
雉鳩は鼻で笑った。
天河は雉鳩きじばとを睨みつけた。
「殿下がご存知のあんずはこんな高価な花の匂いはしないでしょう。日がな一日食っている砂糖の塊の匂いくらいしか。ああ、それとも陛下のお好みの乳香オリバナムの移り香はするかもしれませんな」
当てこすりに天河が舌打ちした。
「殿下。総家令がお帰りを待っております。どうぞご用意を」
孔雀くじゃくが来たのか。
大嘴おおはしは、あちゃあ、と天を仰いだ。
天河てんがは、驚くほど素直に従った。
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