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52.象牙の塔の悪い鳥
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アカデミー長の部屋に入ると、孔雀と雉鳩は礼をした。
「猩々朱鷺お姉様、お時間頂きましてありがとうございます」
緋連雀の母親に当たる姉弟子が笑顔で出迎えた。
「あーらら、小さな総家令なんて言われてたけど、大きくなったわね」
緋連雀の母親だけあってやはりこちらも美しい。
彼女の母親であり、今は西の修道院で暮らす家令達の最長老にある巫女愛紗も若かりし頃は相当な美貌で知られていたものだ。
「まあ、久しぶりだこと」
「そうですね。・・・・金糸雀お姉様と白鴎お兄様の結婚式以来・・・」
孔雀はため息をついたが、兄弟子と姉弟子は吹き出した。
「あれは何の余興だったのかしらねえ。結婚して一ヶ月もしないで離婚」
「結婚生活は正味十日くらいじゃないかな。いやあー。もう、白鴎の哀れなことったら、全治半年だもんなあ」
白鴎の浮気が発覚し激怒した金糸雀がテーブルひっくり返し椅子を投げつけて窓から蹴り出したとかで、白鴎は全身打撲に肋骨と両脚骨折という重症を負って入院したのだ。
「救急を呼んだのに、押し入り強盗だと思われて通報されて警察まで来ちゃって・・・」
孔雀が救急車に兄弟子を詰め込み、警察に申し開きをした。
白鴎は入院先でしばらくまるでミイラのように包帯でぐるぐる巻きになっていた。
見舞いに来た梟が「だから女家令となんか結婚しなきゃ良かったんだ、お前、訴えろ。弁護してやるから。金は払えよ」と新婦の父親であるはずなのにそう言っていたのも記憶にある。
「全く馬鹿馬鹿しい。でも可愛かったわよ。孔雀と燕のフラワーガールとリングボーイ」
新郎新婦とお揃い色違いのドレスとタキシードでおめかしをした少年少女の姿はとても人気だった。
「縁起が悪いから二度とそんな話は来ないだろうけどな」
雉鳩に言われて孔雀は悲しそうに頷いた。
「・・・わかってます・・・」
孔雀は姉弟子好みのコーヒーをいれて、兄弟子と姉弟子に出した。
「あら、猩々朱鷺お姉様、この陶磁器・・・」
そのカップが当時の引き出物だとわかると、孔雀はまた落ち込んだ。
「懲りて、お詫びのお品物は商品券とお茶とお菓子にしたの。もう残らない物の方がいいと思って」
猩々朱鷺と雉鳩がまた吹き出した。
「面白かったわよ。ほら、お湯に入れるとごめんなさいって字が出てくるこんぶ茶とか。まさにお茶を濁したと言うわけねえ」
引き出物を買った同じデパートで、今度は同じ数の離婚のお詫びの品物を買ったのだ。
担当者が、何も聞かないでくれたのが有難かった。
孔雀はおもむろに紙袋を取り出し、中から塗りの木箱を出した。
「・・・・この度は申し訳ありません・・・。あの、天河様に一体何が起きたんですか・・・」
「あらまあ。これカエルマークのごめんねカエルセットじゃない。悪いわねえ」
実家の菓子メーカーで作っている本店限定の謝罪に行く時に持参する際に使い物として購入される高額詰め合わせセットだ。
どんな業種の企業も立場の人間も、これを渡されたら大抵は謝罪を受け入れるという曰く付きの商品。
「それからこちら翡翠様からシャンパンです」
「あらっ。これ今なかなか買えないんでしょ?」
姉弟子が更に何か待っている様子なのに、孔雀はリュックから封筒を取り出した。
「・・・アカデミーの輝かしい未来と人類の発展の為にお使い頂きたいです・・・」
小切手だ。
猩々朱鷺は金額を確認してから微笑んだ。
「まあまあ、総家令のお心遣い痛み入りまぁす」
小切手をさっと素早くデスクの引き出しにしまって鍵までかけた。
「・・・それで、第二太子様なんだけれどね」
やっと本題に入れるようだ。
「アカデミーが、前期四ヶ月、後期四ヶ月その間二ヶ月づつ休みってのは知ってるわよね」
孔雀が頷いた。
「今は前期なんだけど。バカンスにはちょっと早い。でも天河様、ここに二ヶ月近くお姿が見えなくて」
「四ヶ月のうち半分出ないではまずいでしょう。研究員は研究してるから在籍が認められてるんだから」
雉鳩が詰め合わせの最中に手をつけながら言った。
「学生じゃないから留年はないし。このままじゃ除籍だな」
「そうなるわね、除籍処分も否めないわねぇ」
「・・・・それは、困ります。そもそも天河様、今どこにいらっしゃるの?」
孔雀がすがるように姉弟子を見た。
「あの殿下も困ったものよねえ」
どこか可笑しそうに言う。
「雉鳩、あんた久々なんだから、方々に挨拶して行きなさい」
猩々朱鷺は箱の中の羊羹《ようかん》を二竿取り出すと手渡し、雉鳩が嫌そうに頷いた。
小切手を眺めて猩々朱鷺は上機嫌。
「おいしいコーヒーにお菓子。入手困難な酒。そして、あぶく銭。これに勝る幸せってあるかしらね」
あんた欲深いんだから他にもいろいろあるだろうが、と雉鳩は姉弟子をちらりと見た。
大戦後に青春時代を過ごした彼女たちの世代は、自由な風に吹かれて育ち、非常に奔放だ。
その上、戦後処理にかかりきりだった白鷹や梟、上の世代の厳しい手も目も回らず、海外に留学をし勉強以外にもせっせと精を出し、あちこちで好き放題していたのだ。
雉鳩が腕を組んだ。
「天河様どこ行ったんですか?」
「左岸の八百屋」
小切手を爪で弾きながら猩々朱鷺は言った。
もしかしてこの金が目的だったのではないだろうか。
自分も含めて家令等、食えない連中ばかりだ。
「・・・果物屋でしょう」
「大体同じよ」
接客側に果物の名前がついた人員の在籍する平たく言うと高級娼館。
そこに入り浸りだというわけか。
「大丈夫よ、老舗だしね。毎月うちの医局の下請けが検査入ってるじゃないの。不名誉な病気にはならないでしょ。ただ。そろそろ連れ出さないとねえ。後で孔雀連れて乗り込もうかしらね」
本気でやりそうだ。
あの難しい年頃の妹弟子はきっとぶっ倒れて保健局を呼んで一斉検査だ。
「・・・笑ったよねえ。去年、緋連雀が海軍をハーレム状態にしちゃってさ、大体新人全員に手をつけてたじゃない。孔雀が視察に行ってびっくり仰天」
変な病気はやってたらどうしよう!と焦った孔雀が黄鶲に連絡し、緋連雀は、何よ!ひとをバイキン扱いして!と憤慨。
黄鶲が艦隊ほぼ全員の身体検査をした。
あまりの件数に忙殺されて「このサキュバス、死んじまえ!」と黄鶲に恫喝されようが緋連雀は知らんぷり。
「・・・あーあ、バカだよねえ。面白いったら」
自分の娘のしでかした事なのに、いい根性している。
そもそも家令は親子ではなく兄弟姉妹の関係に着地しているから基本親子関係はどうしても希薄になる。
「昨年ようやく中学生の保健体育を読み終えた孔雀には刺激が強かったでしょうよ、そりゃあ・・・」
「あらあ。いまだにまだあの子、そんななの。・・・頑張るわねえ、王様。まあ、私はいいんだけどねえ」
孔雀が翡翠とどうなるか、賭けているらしい。
口ぶりからすると、孔雀が翡翠を拒否する、に賭けているようだ。
「猩々朱鷺姉上が天河様の教育係だったのは知ってますよ。だから天河様贔屓なのはわかるけど。あまり孔雀を引っ張り出さないでくださいよ。翡翠様の機嫌が悪くなる」
ふん、と猩々朱鷺が笑った。
「・・・お前が翡翠贔屓なのは知ってるわ」
美貌の悪魔が二人対峙しているわけだから嫌でも空気が張り詰めた。
「姉上。よもやおかしな事考えてないでしょうね」
「おかしなことってなあに?この国で何度も何度も繰り返された、家令主導のクーデターの事かしら」
「翡翠様の次は藍晶様ですよ。そう決まっている」
猩々朱鷺が黙ったまま、優雅にシャンパンを飲んだ。
「猩々朱鷺お姉様、お時間頂きましてありがとうございます」
緋連雀の母親に当たる姉弟子が笑顔で出迎えた。
「あーらら、小さな総家令なんて言われてたけど、大きくなったわね」
緋連雀の母親だけあってやはりこちらも美しい。
彼女の母親であり、今は西の修道院で暮らす家令達の最長老にある巫女愛紗も若かりし頃は相当な美貌で知られていたものだ。
「まあ、久しぶりだこと」
「そうですね。・・・・金糸雀お姉様と白鴎お兄様の結婚式以来・・・」
孔雀はため息をついたが、兄弟子と姉弟子は吹き出した。
「あれは何の余興だったのかしらねえ。結婚して一ヶ月もしないで離婚」
「結婚生活は正味十日くらいじゃないかな。いやあー。もう、白鴎の哀れなことったら、全治半年だもんなあ」
白鴎の浮気が発覚し激怒した金糸雀がテーブルひっくり返し椅子を投げつけて窓から蹴り出したとかで、白鴎は全身打撲に肋骨と両脚骨折という重症を負って入院したのだ。
「救急を呼んだのに、押し入り強盗だと思われて通報されて警察まで来ちゃって・・・」
孔雀が救急車に兄弟子を詰め込み、警察に申し開きをした。
白鴎は入院先でしばらくまるでミイラのように包帯でぐるぐる巻きになっていた。
見舞いに来た梟が「だから女家令となんか結婚しなきゃ良かったんだ、お前、訴えろ。弁護してやるから。金は払えよ」と新婦の父親であるはずなのにそう言っていたのも記憶にある。
「全く馬鹿馬鹿しい。でも可愛かったわよ。孔雀と燕のフラワーガールとリングボーイ」
新郎新婦とお揃い色違いのドレスとタキシードでおめかしをした少年少女の姿はとても人気だった。
「縁起が悪いから二度とそんな話は来ないだろうけどな」
雉鳩に言われて孔雀は悲しそうに頷いた。
「・・・わかってます・・・」
孔雀は姉弟子好みのコーヒーをいれて、兄弟子と姉弟子に出した。
「あら、猩々朱鷺お姉様、この陶磁器・・・」
そのカップが当時の引き出物だとわかると、孔雀はまた落ち込んだ。
「懲りて、お詫びのお品物は商品券とお茶とお菓子にしたの。もう残らない物の方がいいと思って」
猩々朱鷺と雉鳩がまた吹き出した。
「面白かったわよ。ほら、お湯に入れるとごめんなさいって字が出てくるこんぶ茶とか。まさにお茶を濁したと言うわけねえ」
引き出物を買った同じデパートで、今度は同じ数の離婚のお詫びの品物を買ったのだ。
担当者が、何も聞かないでくれたのが有難かった。
孔雀はおもむろに紙袋を取り出し、中から塗りの木箱を出した。
「・・・・この度は申し訳ありません・・・。あの、天河様に一体何が起きたんですか・・・」
「あらまあ。これカエルマークのごめんねカエルセットじゃない。悪いわねえ」
実家の菓子メーカーで作っている本店限定の謝罪に行く時に持参する際に使い物として購入される高額詰め合わせセットだ。
どんな業種の企業も立場の人間も、これを渡されたら大抵は謝罪を受け入れるという曰く付きの商品。
「それからこちら翡翠様からシャンパンです」
「あらっ。これ今なかなか買えないんでしょ?」
姉弟子が更に何か待っている様子なのに、孔雀はリュックから封筒を取り出した。
「・・・アカデミーの輝かしい未来と人類の発展の為にお使い頂きたいです・・・」
小切手だ。
猩々朱鷺は金額を確認してから微笑んだ。
「まあまあ、総家令のお心遣い痛み入りまぁす」
小切手をさっと素早くデスクの引き出しにしまって鍵までかけた。
「・・・それで、第二太子様なんだけれどね」
やっと本題に入れるようだ。
「アカデミーが、前期四ヶ月、後期四ヶ月その間二ヶ月づつ休みってのは知ってるわよね」
孔雀が頷いた。
「今は前期なんだけど。バカンスにはちょっと早い。でも天河様、ここに二ヶ月近くお姿が見えなくて」
「四ヶ月のうち半分出ないではまずいでしょう。研究員は研究してるから在籍が認められてるんだから」
雉鳩が詰め合わせの最中に手をつけながら言った。
「学生じゃないから留年はないし。このままじゃ除籍だな」
「そうなるわね、除籍処分も否めないわねぇ」
「・・・・それは、困ります。そもそも天河様、今どこにいらっしゃるの?」
孔雀がすがるように姉弟子を見た。
「あの殿下も困ったものよねえ」
どこか可笑しそうに言う。
「雉鳩、あんた久々なんだから、方々に挨拶して行きなさい」
猩々朱鷺は箱の中の羊羹《ようかん》を二竿取り出すと手渡し、雉鳩が嫌そうに頷いた。
小切手を眺めて猩々朱鷺は上機嫌。
「おいしいコーヒーにお菓子。入手困難な酒。そして、あぶく銭。これに勝る幸せってあるかしらね」
あんた欲深いんだから他にもいろいろあるだろうが、と雉鳩は姉弟子をちらりと見た。
大戦後に青春時代を過ごした彼女たちの世代は、自由な風に吹かれて育ち、非常に奔放だ。
その上、戦後処理にかかりきりだった白鷹や梟、上の世代の厳しい手も目も回らず、海外に留学をし勉強以外にもせっせと精を出し、あちこちで好き放題していたのだ。
雉鳩が腕を組んだ。
「天河様どこ行ったんですか?」
「左岸の八百屋」
小切手を爪で弾きながら猩々朱鷺は言った。
もしかしてこの金が目的だったのではないだろうか。
自分も含めて家令等、食えない連中ばかりだ。
「・・・果物屋でしょう」
「大体同じよ」
接客側に果物の名前がついた人員の在籍する平たく言うと高級娼館。
そこに入り浸りだというわけか。
「大丈夫よ、老舗だしね。毎月うちの医局の下請けが検査入ってるじゃないの。不名誉な病気にはならないでしょ。ただ。そろそろ連れ出さないとねえ。後で孔雀連れて乗り込もうかしらね」
本気でやりそうだ。
あの難しい年頃の妹弟子はきっとぶっ倒れて保健局を呼んで一斉検査だ。
「・・・笑ったよねえ。去年、緋連雀が海軍をハーレム状態にしちゃってさ、大体新人全員に手をつけてたじゃない。孔雀が視察に行ってびっくり仰天」
変な病気はやってたらどうしよう!と焦った孔雀が黄鶲に連絡し、緋連雀は、何よ!ひとをバイキン扱いして!と憤慨。
黄鶲が艦隊ほぼ全員の身体検査をした。
あまりの件数に忙殺されて「このサキュバス、死んじまえ!」と黄鶲に恫喝されようが緋連雀は知らんぷり。
「・・・あーあ、バカだよねえ。面白いったら」
自分の娘のしでかした事なのに、いい根性している。
そもそも家令は親子ではなく兄弟姉妹の関係に着地しているから基本親子関係はどうしても希薄になる。
「昨年ようやく中学生の保健体育を読み終えた孔雀には刺激が強かったでしょうよ、そりゃあ・・・」
「あらあ。いまだにまだあの子、そんななの。・・・頑張るわねえ、王様。まあ、私はいいんだけどねえ」
孔雀が翡翠とどうなるか、賭けているらしい。
口ぶりからすると、孔雀が翡翠を拒否する、に賭けているようだ。
「猩々朱鷺姉上が天河様の教育係だったのは知ってますよ。だから天河様贔屓なのはわかるけど。あまり孔雀を引っ張り出さないでくださいよ。翡翠様の機嫌が悪くなる」
ふん、と猩々朱鷺が笑った。
「・・・お前が翡翠贔屓なのは知ってるわ」
美貌の悪魔が二人対峙しているわけだから嫌でも空気が張り詰めた。
「姉上。よもやおかしな事考えてないでしょうね」
「おかしなことってなあに?この国で何度も何度も繰り返された、家令主導のクーデターの事かしら」
「翡翠様の次は藍晶様ですよ。そう決まっている」
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