ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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50.不良王子

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醜聞沙汰にならないように、どうかうまく物事が転がって行けばいいけれど。
いや、そうであってもそれを何とかするのが孔雀くじゃく及び家令の役目である。
雉鳩きじばとのことかい?」
翡翠ひすいが茶化した。
孔雀くじゃくが最近、雉鳩きじばとの修羅場の後始末の為に奔走していたのを知っているのだ。
「何なんでしょう・・・。どうして皆さん、バッグを欲しがるの?」

雉鳩きじばとが引っ掛けて捨てた女達から訴えるだの何だの言われて、孔雀くじゃくが謝罪に行き、もしご興味があればと縁談を持って行くと案外誰もが訴訟を取り下げるのだが、金銭だとどうしても申告の義務があるのでお詫びに欲しい物仰って下さいと言うと大抵バッグと言われる。

「私、なんて高いバッグだろうとずっと思ってたんですけれど。・・・ちょっと割引してくださるっていうから、金糸雀カナリアお姉様と、有名なブランドさんの直販工場見学に行ったら、ワニやダチョウがたくさんでもう驚いて」
ワニの皮やダチョウの皮が並べてあったらしい。
「・・・合皮の型押しだとばかり思っていたのに。・・・翡翠ひすい様、あのバッグ作るのに、ワニが二頭必要なんですって・・・。私、この間、王立動物園に、ワニを一頭とても苦労して寄贈したのに・・・」
煩雑な手続きを済ませ、健康診断にワクチン接種まで立ち会い、やっと水槽にたどり着いたのを見届けた時は愛情が芽生えた程だった。
「・・・ワニを二頭腕に下げてお買い物やお食事にお出かけになるなんて・・・」
孔雀くじゃくは恐ろしい事だと呟いた。
翡翠ひすいは吹き出しそうになるのをこらえた。
「・・・悪い兄弟子だね」
本当です、あのワニ殺し、と孔雀くじゃくが答えた。

「悪口かよ。・・・失礼仕りました、雉鳩きじばとが参りました」
くだんの兄弟子の登場に孔雀くじゃくが膨《ふく》れた。
「何してんだよ、ほらよ」
「・・・雉鳩きじばとお兄様のせいで地球上から何頭のワニとダチョウが消えたのか数えていたの」
「暗いな、お前。ほら、アカデミーからだ」
孔雀くじゃくは封書を受け取った。
「・・・お兄様ったら伝書鳩ね。これ、猩々朱鷺しょうじょうときお姉様の公印。わざわざ郵便?・・・内容証明?」
封筒を見てはっとする。
瑠璃鶲るりびたき亡き後、翡翠ひすい孔雀くじゃくの推薦でアカデミー長に就任した猩々朱鷺しょうじょうときから、総家令直通の封書だ。
しかし、彼女も家令の身の上なので、こうやって大っぴらに肩書きつきの封書を届けてくるなど珍しい。
用事があれば、家令の誰かに届けさせればいいのだから。
しかも配達記録郵便である。
孔雀くじゃくが総家令に就任して以来、交通、物流、流通業務に力を入れ、特に国営から民間に帰属してすたれていた郵便業務を国営に戻し、金融と切り離して独立した業務に編成し直したのだ。
現在、普通郵便ですら逐一辿れる程のシステムだというのに、それをわざわざ配達記録にするという事は、中継したハブ局にも半永久的に記録が残っているという事。

「何かまた新しい発明でもして予算寄越せってじゃないかい?」
猩々朱鷺しょうじょうときお姉様の発明は、ちょっと大っぴらにできないものが多くいものですから・・・」
孔雀くじゃくは笑いながら羽の形のガラスのペーパーナイフで封を切り、内容を一読して青くなった。
「ど、どうしましょう・・・天河様が退去処分・・・!」
翡翠ひすいの次男である天河てんがが個人的な事情によりアカデミーを退去する処分を検討すると書いてあった。
「何やらかしたんだか。ほっときなさい。つまりクビだね」
翡翠ひすいは呆れて言った。
「そんな、前代未聞です」
孔雀くじゃくは大いに慌てた。
王族の在籍研究員が退去処分だなんて。
今までも天河の素行を問う文書は何回かあったが、アカデミー長から正式な文書が上がってきたということはお互いの文書に記録に残る。

「アホの第二太子がクビ検討中って書かれて、ほぼ永久に残るわけだね」
他人事のように翡翠ひすいはそう言った。
大事件だ。
吃驚《びっくり》不意《ふい》に起き、とはこの事。と孔雀は立ち上がった。
雉鳩きじばとお兄様、私、今から行ってくる。猩々朱鷺しょうじょうときお姉様がこんなの送ってくるなんてよっぽどよ?」
「・・・待て待て。侍従に大嘴おおはしをつけてんだから、まずは大嘴おおはしに聞けよ」
大嘴おおはしお兄様なんて、天河てんが様と遊んでるんだもの。自分もばれるから絶対言わないもの」
苦労するなあ、と翡翠ひすい孔雀くじゃくを見た。
こうなると心配でどうしても行くと言いだすだろう。
雉鳩きじばと。ついて行きなさい」
また面倒事、と雉鳩きじばとは気が乗らない様子だった。
「でないと、ワニとダチョウが気の毒だって一生言われるよ」
素行の悪さを皇帝に指摘されて、美貌の家令が仕方なしと頷いた。
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