ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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46.ある家令の死

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瑠璃鶲るりびたきがベッドに身を横たえた。
「・・・心残りは、お前の呪いをちゃんと解いてあげられなかったことよ」
真鶴まづるが孔雀にかけた呪いは、まだきちんと解けていない。
メカニズムは半分はわかったけれど。
いつどうしてそうなったのかもわからないのだ。
「・・・翡翠ひすい様にはまあしばらく自粛して頂いたとしてもね。・・・お前と愛し合ったら死んでしまうなんて、本当に悪趣味な呪いですよ・・・翡翠ひすい様はまあ置いて置くとしても。総家令は結婚の義務があるんですよ・・・」
あの皇女の焼き餅焼きにも困ったものだ。

「でも、私。もう別にそういうのしなくていいかなって気もして来てて・・・。不都合があるわけじゃないし」
「お前はよくても、翡翠ひすい様もお前の夫もそういうわけにもいかないかもしれないじゃないの・・・」
家令になったら女がやらなきゃならないと全部やらなくてもいい、ほら、楽ちんでしょ。と白鷹はくたかに押し切り教育されてきた孔雀くじゃくは、事態をあまり理解していないのかもしれないが。
この雛鳥だって時が来れば大人になるのだ。
ちゃんとした大人になるのかは、家令だから別問題だとしても。
瑠璃鶲るりびたきはため息をついた。
出来うる限りの資料は残した。
あとは黄鶲に託すしかないけれど。

「・・・孔雀くじゃく、あとは、川蝉かわせみの事だけれど・・・」
川蝉かわせみ翡翠ひすいの二妃が宮廷で亡くなった事を理由に城から放逐されたまま戻らないのだ。
瑪瑙めのうから翡翠ひすいに代替わりした後も、宮廷に姿を現さない。
翡翠ひすい様は、二妃様の件で罪に問われた家令の処遇は全て回復してくださったんですけれど。・・・川蝉かわせみお兄様と青鷺あおさぎお姉様が戻って来ないの・・・」
他の家令達は、宮廷に再び出入りを許されたのに、当時総家令代理だった彼と、正室付きだった青鷺あおさぎにとったらやはり責任を重く噛みしめているところは当然あるのだ。

瑠璃鶲るりびたきの夫であった藪雨やぶさめという家令と前妻の息子に当たるのが川蝉かわせみ
血縁はないが、それでも親であり兄弟でもある弟弟子の事。
残念に思っている。
「・・・今は国外ですって?」
「はい。ふくろうお兄様と白鴎はくおうお兄様はたまに会っているようなんですけれど。川蝉かわせみお兄様は、エトピリカの方に出向して、それっきり」
まあ、それは。と瑠璃鶲るりびたきが眉を寄せた。
国外で超法規活動、諜報活動エスピオナージもする家令の外部組織名だ。
不真面目で文句が多く目立つから、家令にはスパイなんて無理と自他共にも認めているが、それでもそういった活動は不可欠となる。
ふくろうはそこに川蝉かわせみを投入していたのか。
家令でございますといえば道理も引っ込む国内や公式の国際機関ではなく。
瑠璃鶲るりびたきは仕方ない事ね、と小さく呟いた。

「ああ、本当にお前。普通に家令やっていても困難は多いんだから、おかしな苦労はしませんように。・・・全く。行く末が心配です」
瑠璃鶲るりびたき孔雀くじゃくの口に白鳥の形の甘い果実を突っ込んだ。
孔雀くじゃくはうまそうに飲み込むと微笑んだ。
「家令は不思議ですね。私、お姉様からもお兄様からも、自分が苦労したんだからお前も血反吐を吐く思いで苦労をしろなんて言われたことがないです」
徒弟制度に近いシステムなのに面白いなあと思っていたのだ。
「私も苦労したからお前も苦労しろは呪いに近いものですね。魔法をかけると、呪いをかけるというのはまたちょっと似て非なる物ですよね」
「・・・呪いだの魔法だの。私は科学者ですよ。お前はそうねえ、どちらかと言ったら錬金術とかそっちに感性が近いわね。・・・そうね。人間、あまり苦労すると歪むからねえ。女の子は特にそうなのよ」
あまりにも極端な経験や、特別な資質を持った末に成功体験すると同じ経験した人以外は偽物に見えるんだと思うと孔雀くじゃくはまた笑った。
宮廷なんてそんな人間ばかりだ。
「我々は、妹弟弟子の荷物は少しでも少なく軽くしてあげるように、行く道は平かでありますようにと願ってそうするように教育されるけれど。それは我々が群れで飛ぶ鳥だからできることですよ。それを忘れないようにね。お前も私もたった一人であってもその事実は変わらないからね」
ちょっと疲れた、と瑠璃鶲は咳き込んで浅くため息をついた。
孔雀はお茶を差し出した。
家令というのは世間的にあまり良いイメージを持たれていないし、確かに素行はよろしくない。教育は厳しいし思想は極端だけれど案外過保護なのだ。心配なうちは年長者が下の者の手を繋いで歩く程に。そういう伝統と言うか習慣らしい。
孔雀なんて、今だに手を繋がれる時がある。
「ああ、昔はね。鳳雛ほうすうとかヒヨコなんて言われて家令の小さいのはいろんな餌食にされやすかったからね。それだけ悪い鳥をやるのは大変なんですよ。まあでも、長く家令やってい者の所感としては、悪くはなかったわ」
この姉弟子こそ大変な困難も経験した人生だろうに、そう彼女が言えるのは、果たして彼女の芯と言うのは何なのだろう。
例えば、先述の苦労が自分の人生や存在の根拠である人間がいるように、例えば血統のような物がそうであるように。
おそらく家令である、という事か、と孔雀くじゃくは思い当たった。
孔雀くじゃくはその晩、ずっと姉弟子のそばについていた。
瑠璃鶲《るりびたき》の冷たい右手に自分の左手をつないで、そうして一晩過ごした。
彼女が息を引き取った時、いつなのかわからないくらいにとても静かで。
多分、夜中だったのだろうと思う。
こんなに静かな夜があるのかと思うくらいにしんとした、まるで水底のような空間。
家令の死がこんなに静かなのかと驚いた程で、たまらなく悲しかった。
夜が明けて、黄鶲きびたきがやってきた時に孔雀くじゃくはようやく姉弟子のベッドから離れた。



 城に帰還し、しばらくは何事も無かったかのように通常業務をこなしていたが、ある日孔雀くじゃくが部屋から出てこなくなった。正しくは、私室の奥にある小部屋から。
この妹弟子にとって姉弟子の死は辛いものであったのだろうけれど。
金糸雀カナリアがいつも通りに、寝て居るはずの妹弟子を起こしに行ったら、その姿が見えないと言い出し、城中探しても見つからず、ふくろうが多分ここだろうと当たりをつけたら正解だった。
納戸にしか見えない小さな観音開きの扉が小部屋だったのも驚きだが、ガーデンに居た頃、白鷹はくたかに叱責された時の様に閉じこもってしまった妹弟子にも呆れるばかり。
最近部屋に連れ込んで可愛がっている猫もいるらしく、中で猫が腹を空かして大騒ぎしていた。

「早く出ないと飯抜き」「今なら百叩きのところ半分にしてやるから出て来なさい」等と姉弟子や兄弟子がいくら言っても、扉は固く閉ざされたままだった。
「出といで! 白鷹はくたかお姉様に来てもらってやっぱり百叩きしてもらうから!」「そんなら絶対嫌だ!」という金糸雀カナリア孔雀くじゃくのやりとりを見ていた翡翠ひすいが見かねて声をかけた。
扉の前に置かれた不思議な海洋生物の標本や、おかしな匂いのする生薬、巨大なテンポドロップやガレリオ温度計を一個一個退かしながら、翡翠ひすいがちょっと考えてから扉に話しかけた。
孔雀くじゃく。怖くないから出ておいで。一緒にお菓子を食べよう」
しばらくすると、扉が少しだけ開いて、必死の形相の黒猫が飛び出して来た。
それから翡翠ひすいは孔雀をそっと引っ張り出した。
「・・・ああ、脱水だな」
翡翠ひすいが苦笑した。
またしても泣きすぎて大福の様に目を腫らした妹弟子に、金糸雀カナリアが慌てて水を差し出した。
「・・・低血糖にもなってるな。どれ、甘いもの食べようか」
孔雀くじゃくが実家から届いた果物の味のカステラがあると言って頷いた。
家令達は、その様子を意外そうに見ていた。
そう言えば、閉じこもった孔雀くじゃくを出すのがうまかったのは真鶴まづるで、あの姉弟子も同じ事を言っていたものだった。
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