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44.女王蜂の嫉妬

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 黄鶲きびたきに促されて、孔雀くじゃくが|瑠璃鶲るりびだきに女家令の礼をした。
「初めてお目にかかります。瑠璃鶲るりびたきお姉様、ごきげんよう」
「ありがとう。式典に出れなくて申し訳なかったね。体調がかんばしくなくてね。醜態しゅうたいをさらしたくなかったものだから。祭祀さいしでは天女のように優雅に舞って、翡翠ひすい様を夢中にさせたと聞いたよ。・・・あの悪い王様はお前にひどいことをしたのだって?」
心配そうに言われて、孔雀は真っ赤になって黄鶲きびたきを見た。
「・・・申し訳ないのは私の方です。不心得ふこころえな事でした・・・」

黄鶲きびたきが困ったもんだと笑った。
「・・・まあ、中途半端に一度きりはね。このチビッコが、話が違うとわんわん泣いて。はいたか金糸雀カナリアが、なんと陛下にまるで子役並みの労働契約書を突きつけたの。・・・二十歳までは翡翠ひすい様からのお招ばれは無しよ。ひどいのはどっちなのやら・・・・」
改めて全くとんでもないことだ。
「・・・とんでもないついでに。以前、貰った手紙ね。あのなんとも雅で野蛮な薬。内容は大体合っていると思うわ。現物は手に入れたのかい?」
「ありません。その女官が全て処分しておりました。内容も明かさぬまま亡くなりましたので、わかりません」
「そう。・・・全ては宮城で起きる事。仕方ないね」
瑠璃鶲るりびたきが頷いた。
おそらく緋連雀ひれんじゃくが手を下したのだろう。

「本人も、正確にはそれが何なのかも分かっては居なかったようなんです。秘伝のタレみたいにずっとあったものをその都度、持ち出して居たようで。・・・多分、少なくとも五、六十年はたってると思うんですよね。賞味期限とか消費期限とか大丈夫なんですかね。私そんなの飲んじゃって・・・」
おかしいですよね、なんて笑っている。
「秘伝のタレって。鰻や焼き鳥じゃないのよ。それに殺されかけたのになんて呑気なの。腐ってる心配どころか毒物よ」
黄鶲きびたき孔雀くじゃくの頬を突っついた。
「それが何か知ることもせずに用いるなんて。なんて愚かで恐ろしいこと。女官の悪習はもう過去のものと思って居たけれど」
女官が最初に叩き込まれる事は、礼節に背くことに注目してはならぬ。礼節に背くことに耳を傾けてはならぬ。礼節に背くことを口にしてはならぬ。礼節に背くことを行ってはならぬ。
つまり、それが礼節に背く事であるのなら、善悪すら知ってはならぬのだ。

瑠璃鶲るりびたきが女官登用試験を導入した狙いはそこを崩す事であった。
「今の女官長樣のお祖母様の時代からは大分風通し良くなったようですね」
「それでも全部とはいかないね・・・ちょっと無念だわ」
「礼は悪いものではないですもの。礼も節もない家令とそりゃあぶつかるわけですねえ」
その呑気さに瑠璃鶲るりびたきは苦笑した。
確かに、何でもかんでもやるだけやって命を最後まで燃やして前のめりで死ね、と教えられる家令の対極の存在であろう。
「では、小さな孔雀くじゃく。お前、真鶴まづるに何か人体実験されてないかい?」
孔雀は葡萄ぶどうの飴玉のような目をまん丸にして、首を傾げた。
黄鶲きびたきが、ファイルを取り出した。
膨大なデータで、孔雀の既往歴、毎日の体温や、その都度の血液検査の結果、問診票等が綴ってある。
男家令は皮膚、女家令は皮膚と子宮口に避妊用の器具を装着している。
そのメンテナンスも兼ねて、毎月健康診断があるのだ。

「お前、真鶴まづるに何か、薬でも与えられていた?」
「どうしてですか?」
「うん。血を採るとね、結構いろんなことがわかるんだよね。この数値がね。普通の人間はこんな高くない。何か病気かなと思ったけれどそうでもない」
グラフを見せる。
「免疫というやつだよ。ご正室様に毒を賜ったってね。いくら吐かせたといっても、これだけ飲んだら致死量だもの。・・・感染症に強かったり、食中毒になりにくかったり、傷の治りが早かったりするんじゃないかと思う。・・・真鶴まづるはね、アカデミーにいくつも研究成果を残しているの。その中のいくつかは、アカデミー特別委員全員の許可がないと表に出せないものだから私も見れないのよ。すごいよね。あの子は私と違って、天才というのかなあ、ひらめくタイプだからね・・・」

孔雀くじゃくはじっと瑠璃鶲るりびたきの話を聞いていた。
真鶴まづるお姉様が、私に薬品を投与したなんて、思い当たりません。注射や経口薬の類も・・・。ただ、お前に魔法をかけてあげると言われて、泣くと必ず同じお菓子を貰ってました」
物語では魔女は魔法で王子様をカエルにしたり、お姫様を眠らせたりしていたけれど、特段そんな事も無かったので姉弟子が自分をなだめる為に言っていたのだと思っていた。
真鶴ならそんなことも出来てしまいそうだったけれど。
「お菓子?どんな」
砂糖菓子コンフィズリー。パートドフリュイっていうきれいな色の果物の味のするゼリーなの」
ああ、と瑠璃鶲るりびたきは頷いた。
確かに魔法のお菓子だよ、なんて言われたら子供、特にこの妹弟子が喜んで食べてしまいそうな色ガラスのように鮮やかな見かけをしている甘い砂糖菓子だ。
瑠璃鶲るりびたきはため息をついた。

物語でも子供に甘いことを言って食い物をくれるのは大抵悪い魔女じゃないか。
魔法の結果はわかってるの。でもどう作用するかはちょっとまだわかんないのよね。苦しいことになるかもしれないし。そうあの姉弟子はさらっとそう言った。
しかし、孔雀くじゃくは別にいいと言ったのだ。
孔雀くじゃくにはよくわからないけれど、真鶴まづるがかけてくれる魔法はきっといいものに違いないと思った。
その後、真鶴まづるは居なくなってしまったけれど。
「でも、私、免疫は弱いと思ってました。しょっちゅう熱出すし、特別丈夫なんてこともなく健康でもないです。どちらかといったら虚弱な方で。金糸雀カナリアお姉様や緋連雀ひれんじゃくお姉様が羨ましい・・・」
「あの二人は装甲板が厚いしエンジンの馬力の仕様が違うよ。・・・とにかく真鶴まづるは、とんでもない悪い魔女だわ。アナフィラキシーってあるね。食物アレルギーとか、よく聞くのはスズメバチに刺されたりね、それで死んでしまう症状」

孔雀は頷いた。
聞いたことがあるけれど、しかし、スズメバチに刺されたこともない。
ガーデンの養蜂の蜜蜂だって、あれだけ花が咲いているから孔雀くじゃくには興味もなく、忙しく蜜集めに精を出していた。
「これはねえ。クィーンビーという副題がついていたプランだよ。女王蜂ね。・・・つまり。あんたと誰かがある程度以上の濃厚接触をすると、相手がアナフィラキシーみたいに死んじゃうのね」
信じがたい事をすっぱり言われて、孔雀くじゃくは驚いて姉弟子を見つめた。
「・・・あらまあ、命拾いしたわよねえ、あの王様。非濃厚接触だものねえ」
黄鶲きびたきが笑った。
「なんて嫉妬深いお姫様だろう。きっと自分はお前と愛し合っても大丈夫にしてるんだよ。でもそれはきっとお前を縛るかせでしかないよ。自分はあっちでもこっちでもつまみ食いしてるのにさ。全く、王族出の家令なんて始末に負えないねぇ。・・・ああ、私もトシだしねえ。あの真鶴まづる相手にどこまでは出来るかはわからないけれど。私は家令だもの。やっぱり妹弟子が心配だよ」
瑠璃鶲るりびたきはそう言うと、孔雀くじゃくの頭を撫でた。
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