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40.花散る海

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 翌日から孔雀くじゃくはまたベッドに逆戻り。
螺鈿らでん宮を出て、来た道の|水晶回廊《すいしょうかいろう)まで戻った時、「ちゃんとつっ返したのかい。それともひっかけてやったの」と問い詰めた緋連雀ひれんじゃくを見上げて、孔雀くじゃくは「ごめん、飲んじゃった」と呟いたのだ。
「なんか、やっぱり気持ち悪くなってきた」と青い顔で言われて、慌てた緋連雀ひれんじゃくは大急ぎで孔雀くじゃくの私室の浴室に妹弟子を引っ張り込むと、口に手を突っ込んで吐かせて水を飲ませた。
「このバカ!」と孔雀《くじゃく》を怒鳴り、驚いて様子を見に来たつばめに向かって、急いで黄鶲きびたきを呼んでこいと更に怒鳴りつけた。

|燕《つばめ)に話を聞いて顔面蒼白で現れた黄鶲きびたきはぐったりしている孔雀くじゃくとヒステリックに叫んでいる緋連雀ひれんじゃくに一瞬身が竦んだが、すぐに浴室に飛び込んで処置をした。
一体全体何の薬物だったのかわからないままだが黄鶲きびたきの処置が早かった。
毒物が触れた舌と口内、喉、食道と胃は火傷したかのようにただれていたが、緋連雀が吐かせたおかげでそれ以上は到達しなかったらしい。

高熱が出て、リンパが腫れた。
きっかり三日意識が無く寝込んだが、今はだいぶ良い。
そんな事実があった事は当然宮廷では知らされない。
総家令は体調不良でまた寝込んでいると伝わり、今度の総家令はなんと虚弱だ、まだ子供だから知恵熱ではないのかと噂された。
実際、よく熱を出すので、それは否定出来ないのだが。

今朝も緋連雀ひれんじゃくが朝一番に現れて、孔雀くじゃくの口に缶詰の桃を突っ込んで、バカ!と怒鳴って部屋を出て行ってしまった。
厨房を預かる白鴎はくおうに言われて、毎日孔雀《くじゃく》に缶詰の桃を運んで食べさせに来るのだが、まだ怒っているのだ。
「・・・緋連雀ひれんじゃくお姉様、まだ喋ってくれないの」
孔雀くじゃくはまだ掠れた声で呟き、しゅんとしながら痛む喉で桃を飲み込んだ。
採血をしていた黄鶲きびたきがため息をついた。
「仕方ないわよ。・・・桃、食べちゃいな」
孔雀くじゃくはなんとも悲しい気持ちで泣けてきた。
意地悪なところのある緋連雀《ひれんじゃく》ではあるが、話してくれないなんて初めてだ。

「お前も悪いよ。どうして飲んだの。形だけのものでいいってふくろうお兄様が言っていたんでしょう」
「・・・芙蓉ふよう様の気が済むならそれでいいかもしれないと思ったの・・・」
孔雀くじゃくはそう呟いた。
「・・・甘いほうがいいでしょうってとても甘くしてくださって・・・。芙蓉ふよう様からしたら、そんなのどうでもいいはずよね」
口当たりをよくして飲ませやすく、とかそういう類のものではない。
もし、孔雀くじゃくが毒を飲むのなら、最後に口にするものは少しでも甘いほうがいいだろうという優しい気持ちがあったのだろうと思うのだ。歪んでいるけれど。
でもそんな事を行ったら緋連雀ひれんじゃくはきっともっと怒る。
「・・・孔雀くじゃく、あのね。二妃様・・・木蓮もくれん様がお倒れになった時、そばにいたのは緋連雀ひれんじゃくなの」
孔雀くじゃくは驚いて姉弟子を見上げた。
「だからね、緋連雀《ひれんじゃく》は怒ってるんじゃないのよ。悲しいの。・・・後でちゃんと話して仲直りしなさい」
黄鶲きびたきはそう言うと、孔雀の頬をつねった。

 美貌の宮廷育ちは、ぶすくれていてもきれいだった。
孔雀がごめんなさい、とカステラが二切れ乗った兎の形の皿を差し出して謝ると、緋連雀ひれんじゃくは釈然としないまでもカステラを掴んでぺろりと食べてしまうと頷いた。
「・・・何で飲んだのよ」
螺鈿らでん宮で何か出されても、飲むな、食うな、つっ返せ、出来るならひっくり返してやれ。
血の気が多い彼女は孔雀くじゃくにそう言い含めていたのだ。
なのに、と、妹弟子のバカさ加減というより、裏切られた気持ちと、昔を思い出して辛かった。
「・・・・木蓮もくれん様ってさ。変わった女だったのよ。そもそもギルド筋の妃なんて数合わせだけどさ。海外育ちの元小学校の先生だもの。後宮からしたら異例で異色で異常よ。でも結構お構いなしな感じで、宮廷にいる子ども集めてよく学校ごっこしてたの。書き取りに暗唱。サボると黒板を叩くの。えらいスパルタだった。・・・学校ごっこが終わると、おやつを頂くの。子供達がいつでも食べれるようにって、ボンボン入れにお菓子がいつも入ってた。あの時、私が食べたのは、赤いチョコレートボンボン。木蓮もくれん様が食べたのは、緑色のチョコレートボンボンだったの」
その後、木蓮もくれんはなんだか気分が悪いと言って、疲れたのかそれとも熱中症かしら、なんて言っているうちに、意識を失ったのだ。

少女だった緋連雀ひれんじゃくは驚いて、母である猩々朱鷺しょうじょうときと典医である黄鶲きびたきを呼んだ。
猩々朱鷺しょうじょうときと、黄鶲きびたき、女官長が駆けつけた時にはすでに木蓮もくれいの鼓動は止まっていたのだと思う。
おびただしい出血の血だまりの真ん中に木蓮もくれん緋連雀ひれんじゃくは座り込んでいた。

「・・・何をどうやっても、血が止まらなかったのよ。・・・・あの時、二妃様はご懐妊されていたんだと思う」
「・・・黄鶲きびたきお姉様が言ったの?」
二妃が第二子を妊娠していたという公式文書は作られていなかったはすだ。
「・・・誰もそうは言わないけど・・・。あの時、私が触ったのは間違いなく胎児よ」
血の海で、血よりも赤く、青くて白いあの塊は、人間の胎児だ。
ああ、と孔雀は頷いた。
公式文書にそのどちらも記載して居なかったのは、きっと白鷹はくたかふくろうの裁量だ。

「・・・当時はまだ、懐妊してその子を無事産めなかったら妃は処罰される決まりがあったからじゃない?生死は問わないで送検されるもの」
ギルド出身の妃である木蓮もくれんの立場はそれほど盤石なものではない。
彼女の実家からしたら娘を亡くし、更に処罰されたとあってはあまりにも酷といものだろう。
白鷹はくたかふくろうは、木蓮もくれんとその実家、ひいてはギルドの立場を守ったことになる。
そんな話はどうでもいい緋連雀ひれんじゃくは舌打ちした。
「・・・皇后がやったのよ・・・」
怒りも恨みも越えた、激しい感情に姉弟子の声が震えていた。
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