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37.父親知らずの皇女
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「お前。きっと私が何なのかも知っているんでしょ」
「・・・はい」
白鷹の日記を読んだのだ。
孔雀も驚いたのだが、この芙蓉という正室は、実は翡翠の兄の真珠帝の娘で藍玉という公主であるらしい。
真珠《しんじゅ》帝の早逝は政変だったのだ。
革新派の真珠帝が保守派の琥珀帝に背信罪で潰された。
背信というのは最重罪。
記録抹消刑というものがあり、ダムナティオ・メモナエアという古代ローマ風に名称を伝えられるこの刑は、関わった人間達の生きた記録も死んだ記録も全て抹消される。
その後、その名前を呼ぶことも許されないのだが。
日記によると真珠帝の正室とその娘は廃妃廃嫡となったはずなのだが、琥珀が白鷹に命じて孫娘の身柄を元老院長に預けたらしいのだ。
そして彼女は新たな身分を得て、翡翠の正室として宮廷に戻って来た事になる。
それは公には伏せられていて、城でもその事実を知るのは数名のはずだ。
さらに琥珀帝は、真珠《しんじゅ》帝が後見人であった翠玉にもその刑を執行せよと言ったらしい。
それを止めたのは白鷹。
皇女の身柄は白鷹預かりとなり、廃皇女とせぬまま、真鶴はその時に正式に家令になったそうだ。
琥珀帝が離宮で産み育て、幼い頃から共に暮らしていた末娘になぜそんな事を言ったのかと言えば、皇女である翠玉にも真珠帝と同じ思想が及んでいたらと恐れたらしい。
それほど琥珀帝は革新派を憎んでいたのか。
この国の皇帝の中には、好ましいものだけを連れて離宮に暮らしを移すという者がいる。
だからこそ離宮が多いのだが。
煩わしいものから遠ざかるために、というのが本音だろうが、その中に自分の夫や子が含まれているのだ。
煩わしい、要らないと言われ、城に残された家族である彼らはどういう心情で居たものか。しかし実際に真珠も翡翠もそうして育ったのだ。
その後、真珠が皇帝として正式に即位し、薔薇という正室を迎えた。
その娘が、藍玉というわけだ。
「おばあさまが離宮で最後に産んだ皇女がいると聞いたことはあったの。でも父親を公表していないとか。・・・お前知ってる?」
孔雀は首を振った。
琥珀はもちろん知っているだろう。
だが、公式文書にも白鷹の日記にもその記述は無かったし、姉弟子から直接聞いた事もない。
「・・・琥珀《こはく》は長兄から白鷹を奪ったそうよ。だから当時は白鷹の子だと噂されたようだけど。・・・お前、どう思う?。・・・いいのよ?思ったことをおっしゃい。家令はそれを許されているのだから」
宮廷の蝶と呼ばれる女官がひらひらと美しく王族のそばを舞っても許可がなければ発言を許されないのに対して、宮廷の鳥である家令は王族に対しての発言を許可、と言うよりもそれは義務であるのだ。
勿論、耳に心地よい言葉を紡げと言われればその様にしなければならないが。
例え不興を買っても思っている事を言えと言われたら、それは義務だ。
「・・・白鷹お姉様にその選択肢は許されていなかったようですので、やっぱり違うのだと思います」
どうして、と芙蓉《ふよう》が尋ねた。
「琥珀様は多くご継室や公式寵姫をお迎えになりましたが、白鷹お姉様が、お何人か廃妃にされたというのは我々も存じております。また、白鷹お姉様も勿論、その・・・身綺麗ではございませんでした様ですので。その度に琥珀様がおよろしくは思われておられなかったとの事でしたので」
嫉妬に狂った鬼のような総家令として未だに白鷹は有名だし、人肉を喰らうダキニというあだ名は、軍ではなく後宮から生まれたらしい。むしろ大戦中、琥珀と共に泥沼の状況の戦場を駆け有利な形で戦を終わらせた白鷹は軍では好意的な感情を持って受け止められている。
だからこそその姉弟子が宮廷でどれだけ嫌われて恐れられていたのかがわかる。
妃を廃妃にするなど。
嫉妬なのか、政治的な思惑なのか、その真実はわからないけれど。多分、両方。
そして、琥珀もまた同じ様なものだろう。
白鷹の夫が、琥珀によって離婚だの城から遠ざけたのならばまだいい。
言葉そのままにどこに行ったかわからない、という者も何人かのかいるのだ。
その女皇帝が、白鷹に円満な夫婦関係や家庭を望むことなどあり得ないと思うのだ。
芙蓉は美しい眉をそっと顰めて首を小さく傾げた。
その仕草はどこか芝居じみていたけれども、なんと美しい事か。
あの青鷺《あおさぎ》の愛した女性なのだ、というのが理解できる。
「・・・どういうことなのかしらね。私、やはり白鷹の子ではないかと思うのよ。なんとしても家令でしょう。小さな孔雀、お前はどう思う?」
問われて、孔雀は僭越《せんえつ》ではごさいますが、と口を開いた。
「私が思い当たりますのは、白鷹お姉様が他の男性の子供を産むという案件は、畏れ多い事を申し上げる事をお許し頂けるならば、琥珀様にあられては許せない事であった事でしょう。白鷹《はくたか》お姉様から直接聞いた事もございますので本当だと思います」
事ある事にそう言う姉弟子が結局何が言いたいのかと言えば、私はこんなに琥珀様に愛されていたの、という事だ。
多分、自分が子供だから感じるというだけではないだろうと思う。
その関係性の異常に近い違和感に、怖いと感想を言ったら、お前はまだまだコダヌキだねえ、なんて嗤われた。
それが白鷹の言う愛というものならば、愛とはなんともやっかいで難解なもので、きっと彼女の言うその成分のほとんどは愛ではない別のもので出来ていると思う。
水に温泉がちょっと入ったら温泉と言える、と言う様なものであろうと孔雀は理解していているが。
きっと、真鶴はやはり、白鷹の子ではないと思う。
「・・・はい」
白鷹の日記を読んだのだ。
孔雀も驚いたのだが、この芙蓉という正室は、実は翡翠の兄の真珠帝の娘で藍玉という公主であるらしい。
真珠《しんじゅ》帝の早逝は政変だったのだ。
革新派の真珠帝が保守派の琥珀帝に背信罪で潰された。
背信というのは最重罪。
記録抹消刑というものがあり、ダムナティオ・メモナエアという古代ローマ風に名称を伝えられるこの刑は、関わった人間達の生きた記録も死んだ記録も全て抹消される。
その後、その名前を呼ぶことも許されないのだが。
日記によると真珠帝の正室とその娘は廃妃廃嫡となったはずなのだが、琥珀が白鷹に命じて孫娘の身柄を元老院長に預けたらしいのだ。
そして彼女は新たな身分を得て、翡翠の正室として宮廷に戻って来た事になる。
それは公には伏せられていて、城でもその事実を知るのは数名のはずだ。
さらに琥珀帝は、真珠《しんじゅ》帝が後見人であった翠玉にもその刑を執行せよと言ったらしい。
それを止めたのは白鷹。
皇女の身柄は白鷹預かりとなり、廃皇女とせぬまま、真鶴はその時に正式に家令になったそうだ。
琥珀帝が離宮で産み育て、幼い頃から共に暮らしていた末娘になぜそんな事を言ったのかと言えば、皇女である翠玉にも真珠帝と同じ思想が及んでいたらと恐れたらしい。
それほど琥珀帝は革新派を憎んでいたのか。
この国の皇帝の中には、好ましいものだけを連れて離宮に暮らしを移すという者がいる。
だからこそ離宮が多いのだが。
煩わしいものから遠ざかるために、というのが本音だろうが、その中に自分の夫や子が含まれているのだ。
煩わしい、要らないと言われ、城に残された家族である彼らはどういう心情で居たものか。しかし実際に真珠も翡翠もそうして育ったのだ。
その後、真珠が皇帝として正式に即位し、薔薇という正室を迎えた。
その娘が、藍玉というわけだ。
「おばあさまが離宮で最後に産んだ皇女がいると聞いたことはあったの。でも父親を公表していないとか。・・・お前知ってる?」
孔雀は首を振った。
琥珀はもちろん知っているだろう。
だが、公式文書にも白鷹の日記にもその記述は無かったし、姉弟子から直接聞いた事もない。
「・・・琥珀《こはく》は長兄から白鷹を奪ったそうよ。だから当時は白鷹の子だと噂されたようだけど。・・・お前、どう思う?。・・・いいのよ?思ったことをおっしゃい。家令はそれを許されているのだから」
宮廷の蝶と呼ばれる女官がひらひらと美しく王族のそばを舞っても許可がなければ発言を許されないのに対して、宮廷の鳥である家令は王族に対しての発言を許可、と言うよりもそれは義務であるのだ。
勿論、耳に心地よい言葉を紡げと言われればその様にしなければならないが。
例え不興を買っても思っている事を言えと言われたら、それは義務だ。
「・・・白鷹お姉様にその選択肢は許されていなかったようですので、やっぱり違うのだと思います」
どうして、と芙蓉《ふよう》が尋ねた。
「琥珀様は多くご継室や公式寵姫をお迎えになりましたが、白鷹お姉様が、お何人か廃妃にされたというのは我々も存じております。また、白鷹お姉様も勿論、その・・・身綺麗ではございませんでした様ですので。その度に琥珀様がおよろしくは思われておられなかったとの事でしたので」
嫉妬に狂った鬼のような総家令として未だに白鷹は有名だし、人肉を喰らうダキニというあだ名は、軍ではなく後宮から生まれたらしい。むしろ大戦中、琥珀と共に泥沼の状況の戦場を駆け有利な形で戦を終わらせた白鷹は軍では好意的な感情を持って受け止められている。
だからこそその姉弟子が宮廷でどれだけ嫌われて恐れられていたのかがわかる。
妃を廃妃にするなど。
嫉妬なのか、政治的な思惑なのか、その真実はわからないけれど。多分、両方。
そして、琥珀もまた同じ様なものだろう。
白鷹の夫が、琥珀によって離婚だの城から遠ざけたのならばまだいい。
言葉そのままにどこに行ったかわからない、という者も何人かのかいるのだ。
その女皇帝が、白鷹に円満な夫婦関係や家庭を望むことなどあり得ないと思うのだ。
芙蓉は美しい眉をそっと顰めて首を小さく傾げた。
その仕草はどこか芝居じみていたけれども、なんと美しい事か。
あの青鷺《あおさぎ》の愛した女性なのだ、というのが理解できる。
「・・・どういうことなのかしらね。私、やはり白鷹の子ではないかと思うのよ。なんとしても家令でしょう。小さな孔雀、お前はどう思う?」
問われて、孔雀は僭越《せんえつ》ではごさいますが、と口を開いた。
「私が思い当たりますのは、白鷹お姉様が他の男性の子供を産むという案件は、畏れ多い事を申し上げる事をお許し頂けるならば、琥珀様にあられては許せない事であった事でしょう。白鷹《はくたか》お姉様から直接聞いた事もございますので本当だと思います」
事ある事にそう言う姉弟子が結局何が言いたいのかと言えば、私はこんなに琥珀様に愛されていたの、という事だ。
多分、自分が子供だから感じるというだけではないだろうと思う。
その関係性の異常に近い違和感に、怖いと感想を言ったら、お前はまだまだコダヌキだねえ、なんて嗤われた。
それが白鷹の言う愛というものならば、愛とはなんともやっかいで難解なもので、きっと彼女の言うその成分のほとんどは愛ではない別のもので出来ていると思う。
水に温泉がちょっと入ったら温泉と言える、と言う様なものであろうと孔雀は理解していているが。
きっと、真鶴はやはり、白鷹の子ではないと思う。
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