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34.鬼女の妹

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翡翠ひすいは大いに戸惑って目の前に置かれたティーカップを見ていた。
「・・・お紅茶、お嫌いでしたか・・・?」
心配そうに聞かれ翡翠ひすいは首を振った。
家令が茶を入れたぞともう驚きである。
家令というのは、自分で何もしないのだと思っていた。
宮廷の管理をし、暗躍し、戦争をし、神事を執り行い、外交、政治、建築から何からなんでもするが、およそ生活能力が著しく低いのには子供の頃から見ていて知っている。
ふくろうだって、厨房からコーヒーの一杯を日に何度も届けさせて、ぬるいだのまずいだのやり直せだの文句を言っていたのだし、白鷹はくたかは妹弟子達に手伝わせて着替えすらまともに自分でしなかったのではないか。

小さな浜千鳥はまちどりが描かれたティーカップ。
翡翠ひすいは茶を飲んで、その味の良さに驚いた。
それを見て、孔雀くじゃくはほっとしたように微笑んだ。
もともと翡翠ひすいはおよそ茶などどうでもいいたちで、見た目に反して、内実は雑。
それが、初めて茶などがうまいと感じた。
目の前のこの若い家令は、どんな魔法を使ったのか。それともよほど高い茶葉なのか。
「そんな。とんでもない。お城の厨房で見せて頂いたお茶なんて最高級のものですけど。これは、あの、二百グラムで八百円くらいです。あったから実家から持ってきたもので・・・」
「じゃ、どうして」
「温度と、時間ですかね」
孔雀くじゃくは微笑み、それから、翡翠ひすいと目があうと、ぱっと頬を赤くした。
驚くべきウブさで、こちらまで困惑する。

そもそも、確かに興味しかなかった。
家令等、どうせ素行が悪い。そもそもあの悪魔のような妹が仕込んだというでは無いか。
どんな手慣れた女だか、と。そう思って面白半分に召したのに。
あの堕天使のごとき様子はどこへやら、騒ぎの翌日遅くに、やっと現れた孔雀くじゃくは、大変なご無礼を致しましたと土下座せんばかりであった。
翡翠ひすい様、あの、私、本当に本当に・・・申し訳ありません」
孔雀くじゃくは改めてそう詫びた。
なんでも出来るなんでも分かってるなんて思っていた自分が恥ずかしい。世界ってなんて広いの。私ったら生まれ変わらなきゃ、とでも言うような表情に、翡翠ひすいは、罪悪感とどうにも可笑しさが込み上げる。
「いや、こちらが悪かったのだしね・・・」
いや、あの皇妹が悪いのだ。
こんな娘に、何をどう教えて行ったのか。

白鷹はくたかお姉様が黄鶲きびたきお姉様に私をちゃんと教育し直せと言ったらしくて、私、目下、勉強中ですので」
「・・・勉強って、何するの」
それこそとんでもない話、と慌てた。
「あの、小学校五年生の為の保健体育っていう教科書毎日三回読みなさいって・・・。ご覧になったこと、ありますか・・・」
孔雀くじゃくは恥ずかしいのと、戸惑っているのと半分づつの表情をした。
果たして何が正しいのか、もはや判断がつかないのだろう。
「私、家令になる為に小学校退学してまして。皆、あんなことちゃんと習ってたんですねえ・・・」
その言葉に翡翠ひすいはため息を飲み込んだ。
小学校中退とは呆れた。これは人権団体から文句が来るわけだ。
「・・・義務教育を中退なんてできるのかい?」
「教育を受ける権利と教育を受けさせる義務が満たされればいいということで、白鷹はくたかお姉様が当時の文科省管轄の教育長様に談判して、許可を頂いたそうです。白鷹はくたかお姉様、教職持ってるので・・・」
あの女家令が教師、と翡翠は信じがたいものを感じた。
「およそ教員には向いていなそうだけど・・・。そんな志《こころざし》があったのか・・・」
孔雀《くじゃく》はちょっと首を傾げた。
「志《こころざし》はわかりませんけれど。当時タイミング的に取れるのが保育士資格か教員資格だったそうで。教職取ったらしいです」

確かに。その二択では、と合点がいった。
人肉を喰らうダキニが、保育士など。鬼や怪獣の子でも育てる以外に需要がないだろう。
「なんだか、気の毒でならないんだけど・・・。何か困ったことがあるのなら言いなさいね」
この度の一連の事柄に対して、自分でも意外な程良心の呵責を感じてならない。
「まあ、そんな。・・・困り事なんていくらもありますけれど・・・」
兄弟子姉弟子の顔を思い浮かべたのだろうとわかり、目が合い、つい笑い合った。
「・・・では、あの。・・・姉弟子や兄弟子に聞くと、またきっと笑われるので・・・」
孔雀くじゃくは聞こうかどうしようか悩んでいたようだったが、兄弟子姉弟子に聞いたところで、こっちが泣くまで笑われて揶揄からかわれるのだと思うと意を決して顔を上げた。
「あの、翡翠ひすい様はアカデミーでドクターにおなりになったとか」
可哀想なくらい困惑した表情のままで孔雀くじゃくは訊ねた。
何か高尚なこころざしがあった選択した進路ではない。
琥珀こはく白鷹はくたかが決めた事だし、医学部は、卒業するだけでも六年かかる。
その分自由な時間が増える、と考えたからなだけだ。
父親の身分が劣る二番目の子の自分の身の振り方等、あの元女皇帝と白鷹はくたかの肚では、軍医にして戦場で働かせて何かあっても生死は問わないくらいの算段であったろう。

戦場に送り込む為に家令達でも医学部に進学するように決められた者も多い。
黄鶲きびたき鸚鵡おうむ雉鳩きじばともそのクチだ。
「・・・あの教科書に書いてあることって、本当なんですか・・・?」
姉弟子が持ってきた教科書の内容が信じられないのか、信じたくないのか。
翡翠ひすいは申し訳なさでいっぱいになった。
翡翠ひすいが多分、と頷くと、孔雀くじゃくはやっぱりとため息をついた。
「私が何も知らなかったばかりに、大変なご迷惑をおかけしました・・・」
白鷹はくたかに電話で怒鳴りつけられたらしく、しゅんとしている。
母親に当たる琥珀帝の総家令だったあの女家令の恐ろしさはよく知っている。
人肉を食うダキニ、その鬼女でもあり神でもある、そんな渾名のある女である。
孔雀くじゃくがそのダキニの妹弟子としたら、今回の件はいささかではすまない失態と、激怒したのだろう。
翡翠ひすいは、それはあんまり気の毒だと哀れに思った。

白鷹はくたかは大戦の折は女皇帝と戦場を共にし、さらに戦後処理に明け暮れた。
彼女達の信頼というか愛情は、全くはげしいものでそれに周囲は巻き込まれて、非常に迷惑を被ったものだが。
さらに今回も琥珀こはく帝の指示でその死は伏せられていたときたものだ。
今更、あの二人のやる事に驚きはしないが、よくもまあ白鷹はくたかは二年も隠し通したものだと感心する。
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