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30.皇帝脅迫案件
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知恵熱が出て額にに冷たいシートを貼られた孔雀がドーナツを食んでいた。
甘味に気持ちが落ち着いたのか、少し表情がやわらいだようだ。
孔雀はソファに座り、その横に傘を挿したリュックが置いてある。
「・・・お前、本気か・・・?」
梟に聞かれると、砂糖だらけの口で孔雀が頷いた。
「皆さん、お世話になりました・・・」
泣いて大福のように腫れた瞼でぺこりと頭を下げる。
緋連雀、金糸雀、雉鳩、白鴎が大笑いした。
燕だけがハラハラと姉弟子を見ていた。
梟は気を持ち直してソファに向かい合って座った。
孔雀がドーナツの砂糖を舐めながら小さな声で話し始めた。
「・・・ガーデンに帰ったら白鷹お姉様に怒られるし・・・いろいろ、知らなかったから、やっぱり私には無理だとわかりました・・・」
「いや、だから、それは真鶴が悪いんだろうが・・・」
あの皇女は何と面倒なことをしてくれたもんだか。
「まあ、こっちも食え」
ドーナツをさらに押し付ける。
どうしたもんか。
知らなかった、失敗したというショックと、帰ったところで、出戻り家令なんて結婚も就職も出来ない。白鷹と鸚鵡による個人教育では進学すら社会的に通用するのか不透明、と緋連雀が以前脅した事を気にしているのだろう。
「あんたこれからどうするのよ?実家のお菓子屋やるの?」
「・・・でも世間体が悪くて就職も難しいんでしょ。・・・おじいたまが漁師だから、そっち手伝おうかなって・・・。素潜り得意だし・・・」
「あの爺さん、遠洋の底引き網じゃない。・・・まあアンタ、アワビだのウニだの採れるもんね」
「こいつ素手でカレイ採ってたぞ」
「孔雀に紐つけて鵜みたいにしたらいい小遣い稼ぎになりそうだな」
と、兄弟子姉弟子は全く相談に成らない。
燕はさすがに孔雀が気の毒になった。
様子を見てくるように翡翠から言いつかったのだが、これでは何のいい報告も出来そうにない。
「・・・孔雀、とりあえずこれサインして。翡翠様が甲、あんたが乙のとこね」
金糸雀が、おもむろにファイルを孔雀に渡した。
甲の場所に翡翠のサインと印が押してある。
「なんだこれ・・・?」
ぎょっとした梟が金糸雀から書類を取り上げてページをめくり仰天した。
「お前!これ・・・?!」
孔雀に関する労働条件だ。
「家令の成年と本来の成年に差がある事は法律上は違法である。よって、満一六歳未満の年少者を一日のうち八時間、週三十時間を超過して労働させる事は労働基準法によって禁じる事。また、午後十時から翌日午前五時までの深夜労働もまた禁じる」
金糸雀が諳んじた。
「バカを言え!子役じゃないんだぞ。それで家令業が務まるか。大体、それではまともに軍属につけない。家令は軍属の度にで二回死んで生きて戻って四階級上げてこいってのが信条だぞ?」
ふん、と金糸雀が鼻で笑った。
「・・・また、年少者の健やかな心身の発達や健康を阻害する恐れのある勤務は禁止する?」
はっとして、梟は金糸雀を見た。
「そう。翡翠様がお約束して下さったわ。孔雀が二十歳までは強制的なお召しはなし。さっき鷂《はいたか》お姉様と私でまとめたの。これでダメなら、国際人権団体と、あとは、子どもの健やかな成長を見守る会、女の子の為のこことろからだを守る会、国際性犯罪者を未然に拘束する会ってのに鷂お姉様が駆け込む事なってると言ったら、翡翠様は全部この条件飲むって」
なぜか家令にしては人権派の鷂が金糸雀と謀ったらしい。
「・・・お前、皇帝を強請ったのか?!脅迫だぞ、これは?!」
なんと恐ろしい。
「孔雀、ほら、もう泣かなくていいのよ。ああもう」
お召しとの事で金糸雀が腕によりをかけた化粧も全部落ちてしまった。
金糸雀がテーブルにあったタオルで孔雀の顔を拭いた。
「それ台拭きですよ、金糸雀姉上・・・・」
燕が言うと、まあ汚れ具合はこっちがひどいわよ、と、さらにぐいぐい孔雀の顔を拭く。
緋連雀といい、金糸雀といい、鷂といい。
そして、孔雀《くじゃく》。
女家令め。
梟は頭を抱えた。
昔話を面白おかしく緋連雀が終えた所で、大嘴が鵟にジュースが注がれたグラスを手渡した。
「というわけで。孔雀の宮廷家令としてのスタートは惨々たる有様。君もプレッシャーを感じる必要はないわけだ」
兄弟子姉弟子達がまた大笑いしていた。
まあ、美味しそう、楽しそう、なんて入ってきた孔雀が、耳に入って来た自分の過去の話題に短く悲鳴を上げた。
「・・・大嘴お兄様、最低!なんでそうデリカシーないの!」
「もう時効・・・。にしても、今思い出しても、おかしくて・・・」
大嘴が吹き出し、さらに火に油を注いだ。
「アンタがねえ、妹弟子に話すのに、そこだけすっ飛ばしてうまくまとめようとしてるからよ」
「そうそう。あの長ったらしいセレモニーのハイライトはやっぱアレよねー」
「・・・わざわざ話す事ないじゃない・・・」
孔雀は泣き出さんばかりだ。
「・・・孔雀お姉様かわいそう・・・」
鵟が呟いた。
大笑いしている方がどうかしている。
「え?これウケるとこじゃない?やだ、いい年しておっかしいー」
しかし、銀椋鳥もまた顔を真っ赤にして笑っている。
「銀はやっぱり家令の才能があるな。俺の見る目の確かな事!」
そう言って、大嘴は胸を張った。
甘味に気持ちが落ち着いたのか、少し表情がやわらいだようだ。
孔雀はソファに座り、その横に傘を挿したリュックが置いてある。
「・・・お前、本気か・・・?」
梟に聞かれると、砂糖だらけの口で孔雀が頷いた。
「皆さん、お世話になりました・・・」
泣いて大福のように腫れた瞼でぺこりと頭を下げる。
緋連雀、金糸雀、雉鳩、白鴎が大笑いした。
燕だけがハラハラと姉弟子を見ていた。
梟は気を持ち直してソファに向かい合って座った。
孔雀がドーナツの砂糖を舐めながら小さな声で話し始めた。
「・・・ガーデンに帰ったら白鷹お姉様に怒られるし・・・いろいろ、知らなかったから、やっぱり私には無理だとわかりました・・・」
「いや、だから、それは真鶴が悪いんだろうが・・・」
あの皇女は何と面倒なことをしてくれたもんだか。
「まあ、こっちも食え」
ドーナツをさらに押し付ける。
どうしたもんか。
知らなかった、失敗したというショックと、帰ったところで、出戻り家令なんて結婚も就職も出来ない。白鷹と鸚鵡による個人教育では進学すら社会的に通用するのか不透明、と緋連雀が以前脅した事を気にしているのだろう。
「あんたこれからどうするのよ?実家のお菓子屋やるの?」
「・・・でも世間体が悪くて就職も難しいんでしょ。・・・おじいたまが漁師だから、そっち手伝おうかなって・・・。素潜り得意だし・・・」
「あの爺さん、遠洋の底引き網じゃない。・・・まあアンタ、アワビだのウニだの採れるもんね」
「こいつ素手でカレイ採ってたぞ」
「孔雀に紐つけて鵜みたいにしたらいい小遣い稼ぎになりそうだな」
と、兄弟子姉弟子は全く相談に成らない。
燕はさすがに孔雀が気の毒になった。
様子を見てくるように翡翠から言いつかったのだが、これでは何のいい報告も出来そうにない。
「・・・孔雀、とりあえずこれサインして。翡翠様が甲、あんたが乙のとこね」
金糸雀が、おもむろにファイルを孔雀に渡した。
甲の場所に翡翠のサインと印が押してある。
「なんだこれ・・・?」
ぎょっとした梟が金糸雀から書類を取り上げてページをめくり仰天した。
「お前!これ・・・?!」
孔雀に関する労働条件だ。
「家令の成年と本来の成年に差がある事は法律上は違法である。よって、満一六歳未満の年少者を一日のうち八時間、週三十時間を超過して労働させる事は労働基準法によって禁じる事。また、午後十時から翌日午前五時までの深夜労働もまた禁じる」
金糸雀が諳んじた。
「バカを言え!子役じゃないんだぞ。それで家令業が務まるか。大体、それではまともに軍属につけない。家令は軍属の度にで二回死んで生きて戻って四階級上げてこいってのが信条だぞ?」
ふん、と金糸雀が鼻で笑った。
「・・・また、年少者の健やかな心身の発達や健康を阻害する恐れのある勤務は禁止する?」
はっとして、梟は金糸雀を見た。
「そう。翡翠様がお約束して下さったわ。孔雀が二十歳までは強制的なお召しはなし。さっき鷂《はいたか》お姉様と私でまとめたの。これでダメなら、国際人権団体と、あとは、子どもの健やかな成長を見守る会、女の子の為のこことろからだを守る会、国際性犯罪者を未然に拘束する会ってのに鷂お姉様が駆け込む事なってると言ったら、翡翠様は全部この条件飲むって」
なぜか家令にしては人権派の鷂が金糸雀と謀ったらしい。
「・・・お前、皇帝を強請ったのか?!脅迫だぞ、これは?!」
なんと恐ろしい。
「孔雀、ほら、もう泣かなくていいのよ。ああもう」
お召しとの事で金糸雀が腕によりをかけた化粧も全部落ちてしまった。
金糸雀がテーブルにあったタオルで孔雀の顔を拭いた。
「それ台拭きですよ、金糸雀姉上・・・・」
燕が言うと、まあ汚れ具合はこっちがひどいわよ、と、さらにぐいぐい孔雀の顔を拭く。
緋連雀といい、金糸雀といい、鷂といい。
そして、孔雀《くじゃく》。
女家令め。
梟は頭を抱えた。
昔話を面白おかしく緋連雀が終えた所で、大嘴が鵟にジュースが注がれたグラスを手渡した。
「というわけで。孔雀の宮廷家令としてのスタートは惨々たる有様。君もプレッシャーを感じる必要はないわけだ」
兄弟子姉弟子達がまた大笑いしていた。
まあ、美味しそう、楽しそう、なんて入ってきた孔雀が、耳に入って来た自分の過去の話題に短く悲鳴を上げた。
「・・・大嘴お兄様、最低!なんでそうデリカシーないの!」
「もう時効・・・。にしても、今思い出しても、おかしくて・・・」
大嘴が吹き出し、さらに火に油を注いだ。
「アンタがねえ、妹弟子に話すのに、そこだけすっ飛ばしてうまくまとめようとしてるからよ」
「そうそう。あの長ったらしいセレモニーのハイライトはやっぱアレよねー」
「・・・わざわざ話す事ないじゃない・・・」
孔雀は泣き出さんばかりだ。
「・・・孔雀お姉様かわいそう・・・」
鵟が呟いた。
大笑いしている方がどうかしている。
「え?これウケるとこじゃない?やだ、いい年しておっかしいー」
しかし、銀椋鳥もまた顔を真っ赤にして笑っている。
「銀はやっぱり家令の才能があるな。俺の見る目の確かな事!」
そう言って、大嘴は胸を張った。
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