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28.堕天使の初夜
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寝室の天蓋に囲まれたベッドの上で、孔雀になんとも落ち着いた様子で見据えられて翡翠は少なからず面白くなく思った。
あの妹皇女がそうさせたのか、白鷹がそう振舞うように教え込んだのか。
恐らく、どちらもだ。
緊張も感じられないし、嫌悪も、恐怖も、敬慕も。
感情がまるで凪いでいるかのように、目の前の少女は穏やかに微笑んだ。
そうではない。
自分を嫌って?いや、違う。
もともとがそういうタイプであるのだろう。
だから、ただ、見ているのだ。
見ているつもりで見られているのは、こちらか。
皇帝である自分に対する人間の状態として正しくはない。
しかも正しくは家令など人間ではない。
かつては宮廷の美品であり皇帝の持ち物だ。
こういう反応をされるのは、いささか以上に不敬ではないか。
こんな小娘に。と考えて、翡翠は思い直した。
家令というのは、人間である前に、|家令という生き方であるのです。
白鷹がそう言っていた。
とすれば、目の前のこの小さな大人の姿をしたものは、他の何でもなく家令として存在しているのだ。
「孔雀」
孔雀はそっと会釈を返した。
その様子は全く愛らしいものであるが、それは様式美でしかない。
「この度は式典においてもまことに見事であったよ。思った以上だった。急な事であったし、まだ小さいと思ったけれど」
正直、意外な程な出来であった。
何かと不平不満を口にするのが美徳で得だと思っている宮廷の人間達が、若き総家令と、家令達の振る舞いには口を慎んだのだ。
宮廷を放逐されていた家令の多くが舞い戻っていたその姿にも、声高に異議を唱える者は居なかった。
彼らの復位は、孔雀が総家令になるに当たって、翡翠が赦した事の一つだ。
「陛下の御心に叶いましたようでしたら、これ以上の安堵はございません。ですけれど、これは、家令でしたら当然の事ですので、年齢でありますとか状況によって出来ないということは、我々には無いお話ですのでどうぞお気に留め遊ばされませんように」
白鷹は、断れない立場の継室候補群の家の娘を追い詰めて無理矢理召し上げてここまで家令に洗脳したか。
大したものだ、と翡翠は正直ぞっとした。
「翠玉皇女の恋人というのは本当の話かな」
どこかで外国の血が混ざったのだろう、青菫色の双眸が初めて少し潤んだような気がした。
外国にも多く拠点を持って経済活動をするギルド筋の人間には珍しくないが、遺伝子の話と考えても、この色の瞳は多くはない。
鳥達の庭園で会った時は、陽の光をさんさんと瞳に取り込んで透き通った宝石のようだったが、今は深い湖のようだった。
「・・・ご興味がございますか」
「興味しかない。だから呼んだのだもの」
孔雀は頷いた。
「・・・そのご興味を私が満たせるのならよろしいのですけれど」
改めて孔雀は顔を上げて翡翠をじっと見つめた。
灯りが瞳に入り、青菫色の虹彩が収縮して濃度が増した。
その妖しく不思議な現象に、大の男が思わず見入ってしまったのを、孔雀が可笑しそうに笑った。
「后妃は着飾って出迎えるものだけれど、総家令の伽姿というのは随分と地味なものだね」
漆黒の家令服を脱いだだけ、薄い肌着のようなもの一枚という有様なのだ。
「これが慣例であって、正しいのだそうです。・・・家令は、実用品ですから」
そう言うと、孔雀は音もなく薄衣を脱いで見せた。
薄明かりに、紛れもない生身の体が浮かび上がる。
思ったよりもしっかりとした骨格で、柔らかな関節な動きが、甘やかで官能を感じさせた。
孔雀の周囲の温度が下がり湿度が上がったように感じる。
翡翠はそのひやりとした肌に触れた。
女の肌というのは、男のそれより肌目が細かく温度が低いものだが、こんなにしっとりと冷たいのは異常だ。
まるで全身が粘膜のようだ。
翡翠が肌をなぞり上げて、孔雀の頬から促されるように唇に触れた。
その指を孔雀は促すようにして柔らかく噛んだ。
「翠玉はなんと言って、こうしたんだい」
他人の閠房の話など悪趣味と分かっていながらも、翡翠は尋ねなくてはいられなかった。
「・・・真鶴お姉様は、可愛い孔雀、私を愛してと言って、いつも私をお求めになりました」
甘い吐息で答えると、視線を合わせたまま微笑んで、|翡翠を柔らかく押し倒すと、腰にのしかかった。
現実的な女の重みに翡翠はちりちりとした欲情を感じた。
妃が複数いて、更には恋人にも事欠かない身の上であるが、このようにされる人間には初めて出会った。
不思議な香りに包まれた。
意識が溶けていくような樹木と甘い香辛料の香り。
すっかり、この女家令のペースに呑まれている。
ああ、これはとんだ小悪魔、いや悪徳を知った堕天使か。
翡翠は予想外にこれから自分が溺れるであろう事を予感して、身震いをした。
あの妹皇女がそうさせたのか、白鷹がそう振舞うように教え込んだのか。
恐らく、どちらもだ。
緊張も感じられないし、嫌悪も、恐怖も、敬慕も。
感情がまるで凪いでいるかのように、目の前の少女は穏やかに微笑んだ。
そうではない。
自分を嫌って?いや、違う。
もともとがそういうタイプであるのだろう。
だから、ただ、見ているのだ。
見ているつもりで見られているのは、こちらか。
皇帝である自分に対する人間の状態として正しくはない。
しかも正しくは家令など人間ではない。
かつては宮廷の美品であり皇帝の持ち物だ。
こういう反応をされるのは、いささか以上に不敬ではないか。
こんな小娘に。と考えて、翡翠は思い直した。
家令というのは、人間である前に、|家令という生き方であるのです。
白鷹がそう言っていた。
とすれば、目の前のこの小さな大人の姿をしたものは、他の何でもなく家令として存在しているのだ。
「孔雀」
孔雀はそっと会釈を返した。
その様子は全く愛らしいものであるが、それは様式美でしかない。
「この度は式典においてもまことに見事であったよ。思った以上だった。急な事であったし、まだ小さいと思ったけれど」
正直、意外な程な出来であった。
何かと不平不満を口にするのが美徳で得だと思っている宮廷の人間達が、若き総家令と、家令達の振る舞いには口を慎んだのだ。
宮廷を放逐されていた家令の多くが舞い戻っていたその姿にも、声高に異議を唱える者は居なかった。
彼らの復位は、孔雀が総家令になるに当たって、翡翠が赦した事の一つだ。
「陛下の御心に叶いましたようでしたら、これ以上の安堵はございません。ですけれど、これは、家令でしたら当然の事ですので、年齢でありますとか状況によって出来ないということは、我々には無いお話ですのでどうぞお気に留め遊ばされませんように」
白鷹は、断れない立場の継室候補群の家の娘を追い詰めて無理矢理召し上げてここまで家令に洗脳したか。
大したものだ、と翡翠は正直ぞっとした。
「翠玉皇女の恋人というのは本当の話かな」
どこかで外国の血が混ざったのだろう、青菫色の双眸が初めて少し潤んだような気がした。
外国にも多く拠点を持って経済活動をするギルド筋の人間には珍しくないが、遺伝子の話と考えても、この色の瞳は多くはない。
鳥達の庭園で会った時は、陽の光をさんさんと瞳に取り込んで透き通った宝石のようだったが、今は深い湖のようだった。
「・・・ご興味がございますか」
「興味しかない。だから呼んだのだもの」
孔雀は頷いた。
「・・・そのご興味を私が満たせるのならよろしいのですけれど」
改めて孔雀は顔を上げて翡翠をじっと見つめた。
灯りが瞳に入り、青菫色の虹彩が収縮して濃度が増した。
その妖しく不思議な現象に、大の男が思わず見入ってしまったのを、孔雀が可笑しそうに笑った。
「后妃は着飾って出迎えるものだけれど、総家令の伽姿というのは随分と地味なものだね」
漆黒の家令服を脱いだだけ、薄い肌着のようなもの一枚という有様なのだ。
「これが慣例であって、正しいのだそうです。・・・家令は、実用品ですから」
そう言うと、孔雀は音もなく薄衣を脱いで見せた。
薄明かりに、紛れもない生身の体が浮かび上がる。
思ったよりもしっかりとした骨格で、柔らかな関節な動きが、甘やかで官能を感じさせた。
孔雀の周囲の温度が下がり湿度が上がったように感じる。
翡翠はそのひやりとした肌に触れた。
女の肌というのは、男のそれより肌目が細かく温度が低いものだが、こんなにしっとりと冷たいのは異常だ。
まるで全身が粘膜のようだ。
翡翠が肌をなぞり上げて、孔雀の頬から促されるように唇に触れた。
その指を孔雀は促すようにして柔らかく噛んだ。
「翠玉はなんと言って、こうしたんだい」
他人の閠房の話など悪趣味と分かっていながらも、翡翠は尋ねなくてはいられなかった。
「・・・真鶴お姉様は、可愛い孔雀、私を愛してと言って、いつも私をお求めになりました」
甘い吐息で答えると、視線を合わせたまま微笑んで、|翡翠を柔らかく押し倒すと、腰にのしかかった。
現実的な女の重みに翡翠はちりちりとした欲情を感じた。
妃が複数いて、更には恋人にも事欠かない身の上であるが、このようにされる人間には初めて出会った。
不思議な香りに包まれた。
意識が溶けていくような樹木と甘い香辛料の香り。
すっかり、この女家令のペースに呑まれている。
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