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24.ビーキーパー
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孔雀は咲き始めた桜桃の花の花粉交配をしていた。
桜の花に似ているがそれより小ぶりでまるで雪の一片のように軽やかな白い花が、ふさふさと枝に一斉に咲く。
猩々朱鷺から送られてきた果樹の苗から、より良質の果実の新品種を開発するというのが孔雀と猩々朱鷺の目標でもあり楽しみにもなっていた。
サンプルの果樹に、ナンバリングをして日付を書き込む。
満開の白い花の下に木箱がいくつか置かれていて、綿雲のように花の間を蜜蜂が飛び回る。
これが孔雀の花粉交配なのだ。
今日は風があるから、花粉もよく飛ぶだろう。
蜜蜂が花粉交配をしてくれて、その上、蜂蜜までいただいちゃうというのは気がひけるのだけど。
桜桃、桃、梨、林檎。
それぞれの季節に置いた巣箱から取れる蜂蜜の味が違うのにすっかり夢中になり、熊の子のように楽しみにしている。
「熊は蜂蜜とるから左手がおいしいらしいけど、味見ばっかりしてるからアンタは絶対口が一番美味しいわね。タンシチューにされちゃうわよ」
そう言ったのは、果樹の品種改良や養蜂の仕組みを教えてくれた真鶴だった。
「おいしい果物の苗なんて。そんなの最初っから作ればいいじゃない。めんどくさい。私、作ってあげようか」
と、手っ取り早く遺伝子操作しようとする姉弟子に、孔雀は、今あるもので目で見えるくらいでいいから確認しながらやりたいの、と言うと。
「・・・あのね。つるつるかシワシワかだけのエンドウ豆だって、わかるまでものすごく時間かかったんだからね。わかってることやったほうがいいのに。時間と労力の無駄じゃないの」
と言いつつも、調べてきてくれた。
その姉弟子の協力こそが荒れ果てた鳥達の庭園を、今の花咲くエデンのような庭園にしたのだ。
白鷹が言うように、あれだけなんでも出来るひとが自分で身を隠したなら、自分になんか見つけることなんかできやしないのだろう。
まるで綿雪を纏ったかのような豊かな花房の枝の間から自分を呼ぶ声がして、蜜蜂を目で追いながら顔を上げた。
「・・・孔雀、ここか。・・・お見事な咲きぶりだけれど、これはいつ食えるんだ」
現れた梟が妹弟子に尋ねた。
「六月には美味しいさくらんぼになります」
そうか、楽しみだ、と梟が答えた。
桜桃は梟の好物だ。
いつもは難しい顔をした兄弟子も、やはりこの鳥達の庭園には、若き日過ごした思い出もあるのだろう。
いつもより穏やかな顔をしている。
皇帝が崩御し、その半身たる総家令であったこの兄弟子の事も気がかりであった。
だが、長く体を患った皇帝が苦しみから解放されたのは彼にとってもやはり安堵であったのかもしれない。
「・・・ちゃんと作業服を着ろ。河童みたいな真緑色のツナギを買ってやったろう。それになんだそのつっかけは。軍手つけて地下足袋でも履け。怪我をしたら危ないだろう。虫除けは振ったのか」
この妹弟子はちょっとそこまで、という格好で何でもするのだ。
今日も金糸雀が余った生地で縫ったと思われる白っぽいワンピースに、共布で作ったと思われるステテコのようなズボンにサンダルと言う出で立ちだ。
だから花の色と保護色になってなかなか見つからなかったのか。
「目立つ格好で作業しろ。危険だろうが」
「だって、見てこれ、お兄様、緋連雀お姉様にヤギの絵を描いてもらったの」
孔雀が嬉しそうに裾を引っ張った。
確かにこの妹弟子の服はサボテンだのカエルだのよく描いてある。
絵の達者な緋連雀が描いているのだろうが、題材のセンスがおかしい。
「・・・ヤギじゃなくて、そりゃカモシカじゃないか」
思わず梟が笑い出した。
「梟お兄様、これは鴨じゃないし鹿じゃないよ?」
「・・・違う。山にいる・・・。なんだあれは・・・牛か?」
牛?山に?と今度は孔雀が吹き出した。
「居るんだよ、本当に。羚羊。目玉が4つあるように見えるやつもいてな」
だから神の使いとも呼ばれている生き物だ。
そう言えば、この妹弟子は"天眼"と言われる生まれらしい。
自分にはサッパリ意味不明だが、白鷹によると、たまにいるひとつの才能とも欠落とも言える|霊的な資質の事らしい。
梟は、今は亡き姉弟子に占星術を教え込まれた事がある。
だから、弟妹弟子の生まれをひと通りは把握しているのだが、確かに家令になるような人間は、どいつもこいつもやっかいな星の下に生まれているようだ。
それによると、孔雀もなかなかの因業娘ぶりであるが。
大嘴もまた天眼持ちで、あの弟弟子によると、"孔雀は額にもう一個目玉がある"との事だ。
なんのことやら。
この広い地球上にはそんな変わったトカゲの一種はいるらしいが。
目玉が4つだの3つだの。
まあ、少ないよりは多い方がいいか。
まあいいや、と梟が後ろを振り返った。
「・・・お待たせを致しました。こちらです。カモシカがおりました。よりにもよって白い格好をしているから見つからなかったわけです」
男が蜜蜂を珍しそうに眺めながら近寄ってきた。
「楽しそうな声がしたよ。本格的な養蜂家だね」
梟がこんな風に話して笑うのは珍しくてつい興味をそそられた。
「・・・孔雀。ご挨拶をしなさい」
梟がそう促した。
孔雀は頷くと、甘く、少し酸っぱいような香りを運びながら、ひらりと身を翻えした。
「・・・翡翠殿下。ようこそのおいでを歓迎申し上げます。家令の孔雀と申します」
孔雀は優雅な女家令の礼をして、兄弟子とその背後の男を迎え、その不思議な葡萄色の瞳をゆらめかせて笑みこぼれた。
桜の花に似ているがそれより小ぶりでまるで雪の一片のように軽やかな白い花が、ふさふさと枝に一斉に咲く。
猩々朱鷺から送られてきた果樹の苗から、より良質の果実の新品種を開発するというのが孔雀と猩々朱鷺の目標でもあり楽しみにもなっていた。
サンプルの果樹に、ナンバリングをして日付を書き込む。
満開の白い花の下に木箱がいくつか置かれていて、綿雲のように花の間を蜜蜂が飛び回る。
これが孔雀の花粉交配なのだ。
今日は風があるから、花粉もよく飛ぶだろう。
蜜蜂が花粉交配をしてくれて、その上、蜂蜜までいただいちゃうというのは気がひけるのだけど。
桜桃、桃、梨、林檎。
それぞれの季節に置いた巣箱から取れる蜂蜜の味が違うのにすっかり夢中になり、熊の子のように楽しみにしている。
「熊は蜂蜜とるから左手がおいしいらしいけど、味見ばっかりしてるからアンタは絶対口が一番美味しいわね。タンシチューにされちゃうわよ」
そう言ったのは、果樹の品種改良や養蜂の仕組みを教えてくれた真鶴だった。
「おいしい果物の苗なんて。そんなの最初っから作ればいいじゃない。めんどくさい。私、作ってあげようか」
と、手っ取り早く遺伝子操作しようとする姉弟子に、孔雀は、今あるもので目で見えるくらいでいいから確認しながらやりたいの、と言うと。
「・・・あのね。つるつるかシワシワかだけのエンドウ豆だって、わかるまでものすごく時間かかったんだからね。わかってることやったほうがいいのに。時間と労力の無駄じゃないの」
と言いつつも、調べてきてくれた。
その姉弟子の協力こそが荒れ果てた鳥達の庭園を、今の花咲くエデンのような庭園にしたのだ。
白鷹が言うように、あれだけなんでも出来るひとが自分で身を隠したなら、自分になんか見つけることなんかできやしないのだろう。
まるで綿雪を纏ったかのような豊かな花房の枝の間から自分を呼ぶ声がして、蜜蜂を目で追いながら顔を上げた。
「・・・孔雀、ここか。・・・お見事な咲きぶりだけれど、これはいつ食えるんだ」
現れた梟が妹弟子に尋ねた。
「六月には美味しいさくらんぼになります」
そうか、楽しみだ、と梟が答えた。
桜桃は梟の好物だ。
いつもは難しい顔をした兄弟子も、やはりこの鳥達の庭園には、若き日過ごした思い出もあるのだろう。
いつもより穏やかな顔をしている。
皇帝が崩御し、その半身たる総家令であったこの兄弟子の事も気がかりであった。
だが、長く体を患った皇帝が苦しみから解放されたのは彼にとってもやはり安堵であったのかもしれない。
「・・・ちゃんと作業服を着ろ。河童みたいな真緑色のツナギを買ってやったろう。それになんだそのつっかけは。軍手つけて地下足袋でも履け。怪我をしたら危ないだろう。虫除けは振ったのか」
この妹弟子はちょっとそこまで、という格好で何でもするのだ。
今日も金糸雀が余った生地で縫ったと思われる白っぽいワンピースに、共布で作ったと思われるステテコのようなズボンにサンダルと言う出で立ちだ。
だから花の色と保護色になってなかなか見つからなかったのか。
「目立つ格好で作業しろ。危険だろうが」
「だって、見てこれ、お兄様、緋連雀お姉様にヤギの絵を描いてもらったの」
孔雀が嬉しそうに裾を引っ張った。
確かにこの妹弟子の服はサボテンだのカエルだのよく描いてある。
絵の達者な緋連雀が描いているのだろうが、題材のセンスがおかしい。
「・・・ヤギじゃなくて、そりゃカモシカじゃないか」
思わず梟が笑い出した。
「梟お兄様、これは鴨じゃないし鹿じゃないよ?」
「・・・違う。山にいる・・・。なんだあれは・・・牛か?」
牛?山に?と今度は孔雀が吹き出した。
「居るんだよ、本当に。羚羊。目玉が4つあるように見えるやつもいてな」
だから神の使いとも呼ばれている生き物だ。
そう言えば、この妹弟子は"天眼"と言われる生まれらしい。
自分にはサッパリ意味不明だが、白鷹によると、たまにいるひとつの才能とも欠落とも言える|霊的な資質の事らしい。
梟は、今は亡き姉弟子に占星術を教え込まれた事がある。
だから、弟妹弟子の生まれをひと通りは把握しているのだが、確かに家令になるような人間は、どいつもこいつもやっかいな星の下に生まれているようだ。
それによると、孔雀もなかなかの因業娘ぶりであるが。
大嘴もまた天眼持ちで、あの弟弟子によると、"孔雀は額にもう一個目玉がある"との事だ。
なんのことやら。
この広い地球上にはそんな変わったトカゲの一種はいるらしいが。
目玉が4つだの3つだの。
まあ、少ないよりは多い方がいいか。
まあいいや、と梟が後ろを振り返った。
「・・・お待たせを致しました。こちらです。カモシカがおりました。よりにもよって白い格好をしているから見つからなかったわけです」
男が蜜蜂を珍しそうに眺めながら近寄ってきた。
「楽しそうな声がしたよ。本格的な養蜂家だね」
梟がこんな風に話して笑うのは珍しくてつい興味をそそられた。
「・・・孔雀。ご挨拶をしなさい」
梟がそう促した。
孔雀は頷くと、甘く、少し酸っぱいような香りを運びながら、ひらりと身を翻えした。
「・・・翡翠殿下。ようこそのおいでを歓迎申し上げます。家令の孔雀と申します」
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