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23.離れゆく愛
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金糸雀は黄鶲に呼ばれてガーデンに戻っていた。
孔雀の姿を見るとホッとしたが、それでもその様子に違和感は拭えない。
思った通り、発熱して孔雀は寝込んだ。
「・・39度9分・・・」
体温計を眺めて金糸雀は呆然と呟いた。
「ああ、だいたいどこのメーカーもそこまでしか表記できないのよ。この感じだと42度くらいじゃないかしらね」
「・・・発酵して納豆になっちゃうわ・・・」
金糸雀が孔雀の口に氷と缶詰の桃を突っ込んだ。
孔雀はぐったりしながらも、嬉しそうに目をぱちぱちさせて桃を飲み込んだ。
金糸雀は事の次第を黄鶲から聞くと真っ青になった。
潔斎もしないままの生理中の孔雀を奥の院につっこんだというのだ。
なんて、野蛮。
あの野獣は、檻に放り込まれた血を滴らせた雛鳥に舌なめずりをした事だろう。
金糸雀にオリュンポスの儀式のあれこれを指導したのは鷂だ。
海外帰りの金糸雀には理解出来ない事の方が未だに多い。
そういうものだと言われてやってはいるが、納得しているわけではない。
鷂は、慎重すぎるくらい慎重だった。
『軍に行く後では無く、その前に神殿に入るようにしなさい。命取りになる。小さな切り傷だって治らないままで上がってはダメ。指に傷でもあってごらん。腕ごと食いちぎられるよ』
一歩づつ、相手との距離を測りながら、そっと。
自分が安全地帯にいるのを確かめてから、また一歩つづ身を守りながら。
それなのに、白鷹はいきなりライオンの檻に、生肉を体にくくつりつけたような孔雀を蹴り落としたのだ。
「・・・黄鶲お姉様」
孔雀は、金糸雀に薬の説明をしていた黄鶲に話しかけた。
「なに?」
「白鷹お姉様、怪我してるから、行ってあげてね。手、火傷したの」
黄鶲は首を傾げた。
そんな様子は無かったが、そう言うのなら確認してくるべきだ。
「・・・分かった。私は神殿には上がれないから、白鷹お姉様が離宮に戻ったらすぐに行くわね」
孔雀が頷いた。
「行かなくていいんじゃない?」
金糸雀がむっとして言った。
「・・・自分が悪いんだもの。白鷹お姉様、ひどい」
「仕方ないわ。白鷹お姉様は、怒ったのよ」
ぶすくれた金糸雀を、黄鶲がなだめた。
「いつも怒ってるじゃない」
「まあそうだけどさ」
孔雀が心配そうに目を開けた。
「・・・私が、泣いてばっかりだったから?」
「違う違う。今回は、あんたにじゃなくて。真鶴によ。私は、物心ついてから、三人、王を見てきたけれど。誰もが決して総家令をお離しにならなかった。・・・真鶴が皇女なのは聞いたね」
金糸雀が驚いて目を見開いた。
孔雀が小さく頷いた。
「真鶴はね、琥珀様がお産みになった最後の子なの。離宮で生まれたし、その実存在を知る人間はそんなに多くないけど。それに、父親を公表してないしね」
金糸雀が驚いて姉弟子を見上げた。
「・・・王族が何で家令やってんのよ・・・・」
男の皇帝が女家令に産ませた子は家令だが、女皇帝が生んだ子は全て王族に列せられる。
「そんなのわかんないわよ。琥珀様と白鷹お姉様の考える事なんてわかりゃしない。ただ、私にわかるのは。お前にするわと孔雀に粉をかけて。どんな事があったにせよ、孔雀から離れたなら、それはもう致命的よ。琥珀様はどんな時も白鷹お姉様を遠ざけたりはしなかったから。まあ、だからいついかなる時も距離を取らないからこっちにはトバッチリだったけども。・・・だから白鷹お姉様は怒ったのよ」
孔雀は、またべそをかきそうになったのをぐっと堪えて桃をかじった。
何があろうとも、どうであろうとも。
お前から、あの女が離れた。
それが全て。
そう姉弟子に宣言されて、改めて孔雀は、自分が悲しいのだと感じた。
女神のように美しく、悪魔のように何でも出来る皇女を思うと、また涙が出そうになる。
孔雀は、涙を堪えたまま、シロップを大事そうに飲み干した。
孔雀の姿を見るとホッとしたが、それでもその様子に違和感は拭えない。
思った通り、発熱して孔雀は寝込んだ。
「・・39度9分・・・」
体温計を眺めて金糸雀は呆然と呟いた。
「ああ、だいたいどこのメーカーもそこまでしか表記できないのよ。この感じだと42度くらいじゃないかしらね」
「・・・発酵して納豆になっちゃうわ・・・」
金糸雀が孔雀の口に氷と缶詰の桃を突っ込んだ。
孔雀はぐったりしながらも、嬉しそうに目をぱちぱちさせて桃を飲み込んだ。
金糸雀は事の次第を黄鶲から聞くと真っ青になった。
潔斎もしないままの生理中の孔雀を奥の院につっこんだというのだ。
なんて、野蛮。
あの野獣は、檻に放り込まれた血を滴らせた雛鳥に舌なめずりをした事だろう。
金糸雀にオリュンポスの儀式のあれこれを指導したのは鷂だ。
海外帰りの金糸雀には理解出来ない事の方が未だに多い。
そういうものだと言われてやってはいるが、納得しているわけではない。
鷂は、慎重すぎるくらい慎重だった。
『軍に行く後では無く、その前に神殿に入るようにしなさい。命取りになる。小さな切り傷だって治らないままで上がってはダメ。指に傷でもあってごらん。腕ごと食いちぎられるよ』
一歩づつ、相手との距離を測りながら、そっと。
自分が安全地帯にいるのを確かめてから、また一歩つづ身を守りながら。
それなのに、白鷹はいきなりライオンの檻に、生肉を体にくくつりつけたような孔雀を蹴り落としたのだ。
「・・・黄鶲お姉様」
孔雀は、金糸雀に薬の説明をしていた黄鶲に話しかけた。
「なに?」
「白鷹お姉様、怪我してるから、行ってあげてね。手、火傷したの」
黄鶲は首を傾げた。
そんな様子は無かったが、そう言うのなら確認してくるべきだ。
「・・・分かった。私は神殿には上がれないから、白鷹お姉様が離宮に戻ったらすぐに行くわね」
孔雀が頷いた。
「行かなくていいんじゃない?」
金糸雀がむっとして言った。
「・・・自分が悪いんだもの。白鷹お姉様、ひどい」
「仕方ないわ。白鷹お姉様は、怒ったのよ」
ぶすくれた金糸雀を、黄鶲がなだめた。
「いつも怒ってるじゃない」
「まあそうだけどさ」
孔雀が心配そうに目を開けた。
「・・・私が、泣いてばっかりだったから?」
「違う違う。今回は、あんたにじゃなくて。真鶴によ。私は、物心ついてから、三人、王を見てきたけれど。誰もが決して総家令をお離しにならなかった。・・・真鶴が皇女なのは聞いたね」
金糸雀が驚いて目を見開いた。
孔雀が小さく頷いた。
「真鶴はね、琥珀様がお産みになった最後の子なの。離宮で生まれたし、その実存在を知る人間はそんなに多くないけど。それに、父親を公表してないしね」
金糸雀が驚いて姉弟子を見上げた。
「・・・王族が何で家令やってんのよ・・・・」
男の皇帝が女家令に産ませた子は家令だが、女皇帝が生んだ子は全て王族に列せられる。
「そんなのわかんないわよ。琥珀様と白鷹お姉様の考える事なんてわかりゃしない。ただ、私にわかるのは。お前にするわと孔雀に粉をかけて。どんな事があったにせよ、孔雀から離れたなら、それはもう致命的よ。琥珀様はどんな時も白鷹お姉様を遠ざけたりはしなかったから。まあ、だからいついかなる時も距離を取らないからこっちにはトバッチリだったけども。・・・だから白鷹お姉様は怒ったのよ」
孔雀は、またべそをかきそうになったのをぐっと堪えて桃をかじった。
何があろうとも、どうであろうとも。
お前から、あの女が離れた。
それが全て。
そう姉弟子に宣言されて、改めて孔雀は、自分が悲しいのだと感じた。
女神のように美しく、悪魔のように何でも出来る皇女を思うと、また涙が出そうになる。
孔雀は、涙を堪えたまま、シロップを大事そうに飲み干した。
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