ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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20. 瑕疵《かし》無しの巫女

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 神殿オリュンポスは、近くに美しい湖のある山合いにある。
参道の長いヒバ並木からは深い森の香りがする。
孔雀くじゃくが大好きな香りだ。
全国的にも有名な場所でもあり、実家からも近いので、学校の遠足といえばこの場所だった。
昔、「ヒバの匂い。いい匂い」と言ったら、ふくろうは「アスナロの木だろ」と言っていた。
地方によって呼び方が違うようだとその時知った。
金糸雀カナリアは毎回カビ臭いと言うし、はいたかは割り箸の材料でしょと言う。
女家令と言うのはそもそも情緒が欠落している。

参道を登った先の梅林も見事で、開花すると毎年お祭りが開かれる程だ。
季節を通して観光客が多く、今日もどこかの中学校が修学旅行で立ち寄っているようだ。
自分と同じ頃の学生が、楽し気に参道の土産物屋を見て回り、ちょっとした軽食を買い食いしては楽しそうにしていた。
いつもなら羨ましそうに見ていると、帰りに何か買ってあげるからと白鷹はくたかは言ってくれたが。
今日は厳しい表情のまま。
そのまま進むと、いつの間にか人影は消えて、遠くに美しい池が見えた。
その上に赤い橋がかかり、その先にある建物が目的の場所だ。
ここが本来の神殿オリュンポス
現在、神殿オリュンポスで最も在位が長く高位の白鷹はくたかを神官達が出迎えた。
孔雀はその中に姉弟子のはいたかの姿を見つけてほっとした。
上の世代は宮城からは追い出されたが、軍と神殿オリュンポス聖堂ヴァルハラには変わりなく奉職しているようだ。


突然白鷹はくたかの訪れを知らせが入って驚いた、という様子のまま、はいたかは礼を尽くした。
不安そうな表情の妹弟子のおさげが突然風に煽られ、池の水もざわりと波立ったのに、はいたかもまた胸騒ぎが消えない。
「・・・この度は潔斎がお済みでないようですけれど、緊急でいらっしゃいますか?」
常ならば事前に、琥珀こはくの名前で、白鷹はくたかが無事潔斎を終えた証明と、正式に神殿オリュンポスに仕える期間を記された書類が事前に神殿オリュンポスに届くはずなのだ。
随伴ずいはんの孔雀がいるならばそれも必ず記される。
しかし、今はそれが無い。
「・・・無いよ。あの方は二年前にお隠れになっている」
バサリと無造作に言われてはいたかは何を言われたのか理解できずに立ち尽くした。
冗談や嘘を言うわけはない。きっとこの女家令が、看取って、黙っていたのだ。
空恐ろしい物を感じた。
「・・・正直そうじゃなくていいと望んだけれど。でもこの子は翡翠ひすいにくれてやることにした」
驚く妹弟子を無視して白鷹はくたか孔雀くじゃくの腕を掴んだ。
もう老年に達した白鷹はくたかのどこにこんな馬力があるのか。
そのままぐいぐいと妹弟子を渡り廊下に引きずって行った。
「・・・待って!白鷹はくたかお姉様、潔斎どころか、今この子、月の障りのはずでしょう!?」
はいたかが追いかけて叫んだ。
家令の情報はすべからく共有される。
プライバシー等ほぼ存在しない。
十歳で家令に召し上げられ、最初にふくろうに連れてこられたのはこの神殿オリュンポス
あの時、白鷹はくたかは、孔雀くじゃくを丸裸にしてしげしげと体を眺めてから、よし、と言ったのだ。
『どこも怪我はないようだね。口の中も見せてごらん。・・・うん、よし、瑕疵かし無しの巫女だね。いいかい。どこか怪我している時とか、お前はまだ子供だからいいけれど、女の月の障りの時は絶対に神殿に上がっちゃだめだよ。家令は必ず軍属に就くから怪我もしやすい。女家令は尚、気をつけなきゃならない』
『なんで?おばちゃん』
白鷹はくたかは舌打ちをしながら妹弟子になったばかりの孔雀くじゃく巫女服を着せ付けた。
「可愛いから水色がいい」と孔雀くじゃくが言うのに、お前はまだ子供だから白、と言って。
「いいの?白の服なんか着たことない。ママが、私は汚すから白はダメって」と答えると「お前はそうだろうねえ」と白鷹はくたかはため息をつくいた。
「・・・あとね、お姉様だよ、白鷹はくたかお姉様。そう呼ぶの」
白鷹はくたかは、人肉を喰らうダキニと呼ばれるこの元総家令の悪口の話すら親にしてもらってないのかい、といぶかしんだ。
「全く教育が行き届いてない事だよ。・・・いいかい、とにかく、怪我している時にここにきてはダメ。特に一番奥の部屋の神様の寝室にはね。・・・なんでだと思う?苺大福」
「苺じゃないです、杏です」
「じゃ杏餅だ」
人肉どころか実は酒すら飲めない甘党の白鷹はくたかがそう茶化しながらも、妹弟子の為に用意していた水色の房のついた組紐をお下げに結んでくれた。
嬉しそうに房を撫でながら、孔雀は少し考えて、なんとかそれらしい答えを口にした。
「・・・神様に失礼だから?」
「違う。・・・喰われるからだよ。お前なんか一口だ」
そう言って、怖らがせたくせに。


「あんなにダメだと自分で言ってたのに・・・!」
孔雀くじゃくがそう叫んだ。
「だからだよ」
白鷹はくたかはそう言って、付き当たりの水晶で出来た美しい彫刻の扉をぐいっと押した。
あんたはまだ入っちゃダメ、と言われていた場所。
孔雀くじゃくは身体を強張らせた。
白鷹はくたかは、扉に触れたてのひらが、有りえない事にたまらなく熱く感じて舌打ちした。
熱源等あるわけもない。だが、脳に、そう信号が送られて、身体が反応する。
ああ、これが我々の神。
・・・忌々しい。
白鷹はくたかは、皮膚が溶け肉が焼ける程の灼熱を感じながら、そのまま扉をこじ開けて隙間に孔雀を押し込んだ。
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